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キーボードのタイピング音と同僚の「終わらない」という嘆きの声をBGMにしながら、伊地知も目の前に山積みとなっている書類やら請求書と戦っていた。
これは先月の請求書、こっちは先々週の物だから後回し。この書類は直ぐに送らなければならないから優先してーーと、慣れた手付きで処理をしているがデスクが一度たりともまっさらの状態になった事はない。
椀子蕎麦の様に毎度、処理が終わる頃に追加されていくのだ。それに、伊地知限定で仕事を増やす男が居るからである。
「い~じち!」
「ひっ!」
後ろから声を掛けられ、振り向けば何がそんなに愉快なのだろうかというぐらいニンマリと笑った五条が立っていた。
「おいおい、その悲鳴はなんだよ」
「少々、驚いただけです!」
「ほんとかな~?まるで、仕事を増やしてくる上司が来て怯えてるみたいだったけどなぁ」
完全に解ってやっているな、この人は。
顔をひきつらせる伊地知に追い討ちをかけるように五条は出し忘れていたという申請書や調べて欲しい呪霊の出現した場所等々、ついでに来月に発売されるコンビニスイーツも調べるようにとメモとUSBを渡してきた。
最後のは自分で調べた方が早いのでは?と毎度思うのだが、必ず伊地知に調べさせてくるのだ。
「後さ」
「ま、まだあるんですか!?」
「んっ」
スッと手を出され、それはまるで何かを要求している様だった。
首を傾げる伊地知に五条は溜め息をつくと「お、菓、子」と言いながら、もう一度手を差し出した。
「お菓子、ですか?」
「そうそう。小腹が空いちゃってさぁ」
「ガムならありますけど」
「僕、お腹空いたって言ったよね」
「いや、生憎ですが小腹を満たせるようなものはーー」
「伊地知。ビンタね」
「はい!?」
避ける間も無く伊地知に鋭いビンタが叩き込まれた。パァンッと良い音が響いた。
「いったああああ!!!!」
「今度から僕専用のお菓子セット置いといて」
「な、何で私が!?というか、ほんっと痛い!!」
「んじゃ、頼んだからね~」
スタコラと去っていった五条を睨みながら、頬を擦った。触れるだけでヒリヒリと痛み、間違いなく赤くなっているだろうなと伊地知は氷を貰いに行こうかと思ったが、その時間も惜しいと目の前の仕事に再び集中した。


「終わった……!!」
本日中に終わらせねばならなかった仕事が全て終わったのは日が落ち、すっかり暗くなってからだった。
荷物を纏めて、立ち上がるとフラフラとした足取りで帰路へと向かった。
外は真っ暗で道中の居酒屋や飲食店からは酔いが回って賑やかになって飲んでる客達の声が聞こえてきた。
また家入さんと食事に行きたいなぁと、考えながら歩いているとコンビニが目に入る。
「あ、朝食用のパン」
今朝、食パンを全て食べ終えた事を思い出した伊地知はコンビニへと立ち寄った。
目的である食パンを取ると、ついでに栄養ドリンク剤と寝酒にでもしようと缶ビールを手に取る。
さっさと済ませようとレジに向かおうとした伊地知だったが、お菓子コーナーに新発売と書かれたポップと甘さ抜群!と書かれたパッケージのチョコレートが置いてあるのが見えた。
「五条さんが好きそうだな……」
小さく自分の声が出てしまい、慌てて口を塞ぎ周りを見回すが誰も近くには居らずホッとすると、そのチョコレートを手に取り五条との会話を思い出した。

「僕専用のお菓子セット置いといて」

どう考えても滅茶苦茶な言い分なのだが、用意していなかった時が恐いのだ。
今日もビンタをお見舞いされた伊地知は身震いをすると入り口まで戻り、カゴを手にした。
既に持っていた商品とそのチョコレートを入れると、五条がたまにお土産だと買ってくる甘いものとお気に入りだと話していたお菓子を思い浮かべた。
そこから五条の好みに当てはまるお菓子を次々にカゴへと入れ、こんなものかと今度こそレジへと向かった。
「2,380円です」
「……袋もお願いします」
「ありがとうございました~」
そんなに買っていたのかと驚きつつ、コンビニを後にした伊地知はこれで五条からの理不尽な制裁を受けずに済むのなら安いものだと情けなく笑った。

家に着くとジャケットを脱ぎ、ひと息つく為にソファに倒れ込むように座った。
テーブルに置いた膨らんでいるレジ袋を眺めながら、明日はこれをどうやって持っていこうかと考えた。
このまま持っていくのも何だか1人でこれを全て食べるようで気恥ずかしくもあり、せめて中身が見えないように紙袋へと移そうとぼんやり考えた。
「後は…………」
自身のデスクの何処へと置こうかと頭を抱えた。買ったは良いが、置場所が無いのだ。
デスクの上は様々な書類やパソコンも置いてあり、この間やっと整理した引き出しもお菓子を入れる様なスペースはない。
「と、なると何か入れ物があれば良いんですが……。ああ、つい一人言が」
疲れきっている体を動かし、箱か何か余っていないかと手始めにキッチンへと向かった伊地知はピタリと止まった。
「そういえば以前、五条さんがくれた……」
醤油やお米やと共につまみを入れてある戸棚を空けると、そこには〈煎餅〉と書かれた四角い缶ケースが入っていた。
中身は既に別のものが入っているが、以前お土産だと渡されたのだ。
他の補助監督達に配ろうとしたが、「伊地知が持ち帰って」と念押しされて丸々1つを貰ったのだ。
理由を聞けば、「たまには煎餅も良いかなって買ったんだけどさ~。僕のイメージじゃないかなって。ほら、僕ってアイドルみたいなもんだし?」と可愛らしくないウィンク付きで返されたのである。
ーー貴方、別にアイドルじゃないですよね。とは言えなかったが、去る寸前まで持ち帰れと言われたので大人しく持ち帰ったのだった。
全て食べ終えた頃に処分しようかと思ったのだが何となくあの五条悟から貰った物だと思うと捨てられなかったのだ。
あの時、捨てなくて良かったと中身をお菓子に移し変えれば、この為に取っておいたというくらい綺麗に収まった。
手頃な紙袋に入れると伊地知は忘れないようにと、玄関へと置いた。
そのまま、うっかり眠らないように素早くシャワーを浴び終えると買ったままテーブルに置いておいた缶ビールを軽く飲むと前日に買い置きしていた惣菜を適当に温めて簡素な夕食を済ませ、今にも目蓋が落ちそうだったが明日のスケジュールを確認してからベッドへと倒れ込んだ。


けたたましいアラーム音で目覚めると、疲れが取れていないなと目を擦りながら洗面所へと向かった。鏡を見れば、やはりうっすらと隈が出来ている。
今度の休みはしっかりと寝ようと心に決めながら洗顔を済ませ、スッキリさせると買ってきた食パンをトースターへとセットした。
その間にコーヒーを淹れ、ジャムは何にしようと少し悩み、イチゴジャムを手に取った。
味に飽きないようにと複数のジャムが置いてあり、それを選ぶのは朝の楽しみの1つだ。
テレビを点け、天気を確認しているとトーストの焼き上がりを知らせる音が鳴った。
美味しそうに焼き上がったトーストにイチゴジャムを塗り、モソモソと食べながらニュースを見ているとあっという間に時間は過ぎていく。
手早く食器を片付け、身支度をすればもう出勤時間になっていた。
「行きましょうか」
忘れずにお菓子の入った紙袋を持ち、高専へと向かった。


高専に着くなり、あれこれと仕事を頼まれ伊地知は目眩がしそうになったがそんな暇は無いと仕事に没頭した。
今日はまだ外へ向かう事がない分、リフレッシュも出来ないので栄養ドリンク剤で体を奮い立たせる。
昼食も取る余裕がなく、同僚に頼んで買ってきて貰ったサンドイッチで仕事の片手間にほぼ流し込む様に済ませているとスマホが振動し、誰からの着信だろうと見れば五条と表示されていた。
再び目眩がしそうになったが、早く出なければと電話に出た。
「伊地知です。お疲れ様です五条さん、え?出るのが遅い?そんな事は……はい、何でもないです」
電話の内容は現場に着いたけど、近隣にある建物への許可が欲しいと言う電話だった。
「直ぐに手配しますので、折り返しを待っていて下さい」
通話を終えると直ぐ様、現場周辺を調べて何とか上手い理由を組み立てて、近隣にある建物へと電話を掛けて何とかスムーズに手配を終え、五条へ折り返すと「おそーい!」と相変わらず難癖をぶつけられたが、ここまでがワンセットですもんねと納得させながら通話を終えた。
「さてと、これは手続書を新たに用意しなければなりませんね」
乾いた笑いが漏れながら、伊地知はサンドイッチと共に頼んでいた缶コーヒーをチビチビと飲んだ。
五条が高専に戻ってくるのは恐らく4時間程度だろうと見積もりながら、伊地知は頼まれている資料作成も済まさねばとパソコンと再び向き合った。


昨日と同様にすっかり外は暗くなっていた。そして、肩も昨日に引き続き痛みを伴っていた。
「早く帰りたい……」
「おいおい、上司より先に帰ろうってのか?」
「ひいいっ!!」
突然、声を掛けられた伊地知は飛び上がるように立ち上がった。
その衝撃でデスク上の様々な物は雪崩の様に倒れ、床に散らばる。
「何してんだよ」
「あっすみません」
五条はヒョイヒョイと拾い上げて適当にデスク乗せていく。それを伊地知が手直しをして整理をするという流れ作業をしていると、五条は紙袋が置かれているのが見つけて拾い上げた。
「なにこれ」
「あ!そうでした、どうぞ」
「だから、なにこれ?」
「お菓子です」
「えー煎餅?甘い物じゃないのかよ」
紙袋から缶ケースを取り出して、五条は〈煎餅〉の二文字を見るとぼやいた。
「中身は違いますよ。コンビニで買った物です。……ほら」
「おお!」
「昨日、言ってたんで用意してみましたがどうでしょう」
「僕の好きなの解ってるね~!もしかして、僕の事でも考えながら選んだでしょ!」
「何で解ったんですか!?」
驚いて目を見開く伊地知に五条は固まった。
冗談だったのになぁーー。
不意打ちを食らってニヤけてしまいそうな口元を隠しながら、新発売と書かれたチョコレートを1つ取った。
「これ貰うね」
「どうぞ」
「そういえば、この缶ケースって」
「は、はい」
「……貰い物?」
「えっ!?あ、はい」
「ふぅん。……………誰からの?」
「えっと、ですね」
五条さん。貴方からですよ、と言いかけたが本人が忘れている事と大切に取って置いたなんて気色悪いと思われるに違いない。
ここは適当に誤魔化すのが一番だと「知り合いからです」と無難に返した。
「どんな?」
「ど、どんなとは?」
「どんな知り合い?見た目は?」
「ええと、見た目は良い方ですね。身長も高くて」
「性格は?」
「せ、性格は少々難ありと言った所ですが、頼り甲斐もあって素直な方だ、と」
やけに静かだなぁと五条をチラリと見るとこれでもかというぐらいニヤついていた。
もしや、と伊地知の顔が青ざめると堪えきれずに五条は吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「そーかそーか!伊地知の中の僕ってそうなんだ!」
「やっぱり覚えてたんですね!」
「はははっ!というか、まだ持ってたのかよ」
「す、捨てにくくて」
「ふぅん」
「何ですか、その顔は」
「何でもないさ。それより、良い子の伊地知にはこれをやろう」
先程、貰うと言ったチョコレートを渡すとポンポンと子供を扱うように頭を撫でた。
「あげるも何も、これ私が買ったやつで」
「うるさい」
「いった!!!」
五条は手加減なしに伊地知の脛を蹴り飛ばした。
あまりの痛みにしゃがみこみ、悶えている間に五条は別のお菓子を1つ取った。
「あ、他のやつ勝手に食べたら怒るからね」
「食べませんよ。元々、五条さん用にって買いましたし」
「…………従順過ぎるのも問題だなぁ」
「はい?今なんと」
「帰るって言ったんだよ。早く伊地知も準備しな」
小さく呟いた言葉は耳には届かなかったが誤魔化されたのを察した伊地知は何も言わず、痛みに耐えながら立ち上がると手早く荷物を纏めた。
仕事が済んだ訳ではないので、家に持ち帰っても問題ない物も忘れずに鞄につっこんだ。
「さ、飲みに行くよ」
「ええ!?私、まだ仕事が。というか、五条さん飲めませんよね!?」
「今日は気分が良いから行くんだよ。勿論ノンアルコール縛りでな!」
「……ちなみに聞きますけど、家入さんは?七海さんは?」
「オマエと違って忙しいから来ないよ。喜べ、この最強の男を一人占めだよ」
「う、嬉しくない」
「はい、朝までコースな」
五条は逃がさんとばかりに腕を掴み、引きずられる伊地知の悲鳴が高専に木霊した。
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