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本日は全国的に猛暑日となるでしょう──、天気キャスターが言っていた通りに照り付ける太陽はヒリヒリと肌を焼いた。
「若、もう帰りませんか?」
「うるせぇ。てめぇは黙って押せ」
「……はい」
もう一時間程、春日一番は恩人である荒川真澄の息子で真斗が乗っている車椅子を延々と押していた。理由は単純で口論となったらしい。
細かい理由は真斗は話そうとしなかったので解らないが、わざわざ春日を呼び出して炎天下の中に飛び出したのだから彼にとってはよっぽどの事だったのだろう。
その際に真澄は申し訳なさそうに春日を見ていたが大丈夫だと笑顔で返したのを少しだけ後悔してきたが、任されたからには無事に送り届けるまで果たさねばならない。
勿論、真斗を放って帰れば春日は間違いなく二度と日を拝めなくなるので真斗が満足するまで付き合うしか選択肢はなかった。
「くそっ」
真斗が小さくぼやいた。
車椅子を押している春日からは見えないが、この暑さだ。辛いのだろう。
なるべく、日陰を選ぶように歩いているがどうしてもビルばかりの街中では難しかった。
「若、どこか入ります?」
「黙って押せって言っただろ?」
「でも──」
「うるせぇ。なら、お前は帰れよ」
振り向いて見せた顔はやはり真っ赤になっており、随分と辛そうだった。本当ならば何処かで涼みたいが、恐らく車椅子である事を気にしているのだろう。店によっては車椅子でも問題ないだろうが、店内の客から奇異の目を向けられる可能性もある。それが真斗にとっては何よりも苦痛なのだ。それ故に、何処かの店に入る事を躊躇っているのだろう。
しかし、このままでは熱中症で運ばれる可能性の方が高かく、春日は何とかしようと湯立って溶けかけている脳みそを必死に働かせた。
「おい、手を放せ」
「ま、待ってください!えーっと、その」
「なんだよ」
何か答えなければと周りを見回し、コンビニエンスストアを視界に捉えた。春日の目にはまるで楽園の様に光輝いて見えた。
「あっ!若、コンビニで何か買ってきますよ!!アイス、アイス食いましょ!!」
「ああ?」
「近くに公園あるんで待っててください!」
「お、おい!」
引き留めようとする真斗を振り切り、春日はコンビニエンスストアへと駆け込んだ。
一歩中に入れば火照った身体をひんやりとした空気が包み込む。
生き返る──、と涼んでいたかったが真斗を待たせているのでゆっくりはしていられない。
急いでポケットに手を突っ込むと出てきたのは五百円玉が一枚だけだった。
アイスを買ってくると言ったが飲み物も買っていった方が良いだろう。春日自身も汗が凄かったのだから、真斗も同じく汗をかいている筈だ。
「ええと、スポーツドリンクで良いよな」
こういう時はスポーツドリンクだと二本手に取ると、アイスコーナーに向かう。
「……なんでこうもコンビニって高いんだろうな」
同じ商品でもスーパーで購入する方が安いのは不思議で仕方なかったが、ここで買い物をするしかないので春日は悩んだ。
真斗の好みを知らないからである。
そして、何よりも手持ちの少なさだ。ここで使い果たせば昼も夜も食べられなくなってしまう。
「すんません、若!」
泣く泣く選んだのは安いソーダ味のアイスバーだった。春日にとっては夏と言えばこれなのだが真斗の好みに合うか心配だったが買わないよりは良いだろうとレジへと向かった。

精算を済ませて、公園へと急げば真斗は人影を避ける様に奥まった所に居た。
「お待たせしました!」
「……おせぇ」
「すんません!はい、どうぞ」
袋からスポーツドリンクとアイスを渡せば、真斗は僅かに眉をひそめた。
「なんすか?」
「なんだこのアイス」
「えっソーダ嫌いっすか?」
「安っぽい」
「あ、あはは~。でも、美味しいっすよ!」
「仕方ねぇから食う」
ぶつくさと文句を言いながら封を切ると、一口齧った。春日もそれを見届けると食べ始める。
口の中に特有の甘さとソーダの爽やかな味が広がり、冷たさが身体に染み渡った。
「あ~うめぇ!若、どうっすか?」
「値段相応の味だな」
「それ美味いのと不味いのとどっちなんです?」
「普通だ」
「そっすか……」
辛口なのは覚悟していたが、春日は少しだけ落ちみを隠しきれなかった。
「お前は普段こんなのを好んでんのか?」
「そうですよ。しかも、これ当たり付きなんすよ!!」
「なんだそれ?」
「棒に当たりが書いてあったら、もう一本貰えてるんですよ!!さいっこうじゃないっすか?」
興奮気味に伝えると真斗はくだらないと言わんばかりの顔で春日を無視して食べ進めた。
春日も一人で暴走してしまった事に照れながら溶けない様に急いで食べ進めていく。
日陰に入ってるとは言え、外で食べているので溶けるのが早く、バータイプは溶けてしまうと、どうしても落ちてしまうからだ。
「生き返りますね」
「……まぁな」
「なんか、たまにはこういうのも……あっ!若!危ない、危ない!!」
「は?」
春日が真斗の手元を指差した瞬間にポロッとアイスが崩れて、真斗の足元に落ちた。
幸いにもレジ袋を乗せていた為にズボンが汚れる事はなかった。
「おお、セーフ!」
「どこがだ?」
「あ、すんません。って、ああ!!若!!」
「お前はさっきからなんなんだ!」
「当たってますよ!!」
崩れたアイスから見えた棒にはアタリの文字が書かれていた。
「凄いっすね!!」
「何をそんなにはしゃいでんだよ」
「いや、だってあんまり当たった事ないっすもん!」
全く当たった事はない訳ではないが、珍しい事には違いはなく、初めて見たであろう真斗が当てたのは嬉しかった。
「そんな事より片付けろ!」
「あ、はい!!」
「おい、これも洗ってこい」
渡された棒と溢さない様にレジ袋を持ち上げるとゴミ箱へと捨てに行き、水飲み場でバーをしっかり洗ってから戻ると真斗はスポーツドリンクを飲んでいた。やはり喉が乾いていたのかもう半分ほど飲みきっている。
「戻りました!はい、お返しします」
洗ってきた棒を差し出すも真斗は受け取ろうとせず、春日は首を傾げた。
「あの?」
「いらねぇ」
「えっでも」
「やる」
「良いんすか!?」
あの若から貰い物。きっと一生にあるかないかだろう。例えそれが安いアイスバーのアタリだとしてでもだ。
「そんなに喜んでアホかよ」
「だ、だって若からの」
「くだらねぇ。帰るぞ」
「へっ?あ、はい!帰りましょう!!」
何が彼を満足させたのかは解らなかったが春日はポケットに失くさないようにと貰った棒を入れた。
これは使わないでおこう。
そう決めた春日は車椅子を押す手に力を込めた──。


蝉がけたたましく鳴いているのを煩わしそうに真斗は舌打ちをした。
何故、こんな暑い日を出歩かねばならないのだろう。それもこれも隣を歩いている春日がアイスを食べたいと言った真斗にわざわざ一緒に行こうと言い出したからだ。
勿論、断ったが折角だからと引っ張られたからである。
そう遠くないコンビニエンスストアがやけに遠く感じるぐらいには外は暑かった。
「いやー暑いっすね」
「くそ……まだかコンビニは」
「もうそこの角曲がったら着きますよ」
「二度と来ねぇ」
「えーそんな事言わないで下さいよ」
何が面白いのかニコニコと笑っている。
お前のせいだと言ってやりたかったが、喉の乾きを悪化させるだけだと真斗は早く歩く事だけに集中した。
「うおー涼しいっすね」
涼む春日を置いてアイスコーナーに向かうと、慌てて追いかけてくる。
「置いていかないでくださいよ!」
「さっさと選べ」
真斗は迷わずバニラ味のカップアイスを手に取った。
「ねぇ、若。覚えてます?公園でアイス食ったの」
「ああ?……そんな事もあったな」
「若がアタリ出したんすよね」
そういって春日が手に取ったのはあの時と同じソーダ味のアイスバーだ。
「そんで、当たったの俺にくれましたよね」
「……覚えてねぇよ」
「まだ持ってますよ、あれ」
「は?」
「いや、ミツのやつが持ってたんすよ」
「どういうことだ?」
「俺がムショに入った時に私物をいくつか預かってくれたらしくて、お菓子の空き缶を宝箱にしてるってのを覚えてたらしくって取っておいてくれたんすよ!」
眩しいくらいの笑顔で話す春日は「そんでこの間、受け取りました!」と続けた。
「捨てろ」
「嫌っすよ!」
「……変える」
手に取っていたカップアイスを戻すと、春日と同じソーダ味のアイスバーを物色してから選んだ。
「え、若」
「早く買ってこい」
「あっはい」
精算してくるように促すと春日は不思議そうに思いながらレジへ向い、済ませると急いで戻ってくる。相変わらず立派な忠誠心だ。
「お待たせしました!近くに公園あるんで行きません?」
「てめぇそれが目的か」
「へへっ。良いでしょ?」
「仕方ねぇから着いていってやる」
「あざっす!」
心なしか足取りが軽くなった春日に着いていくと小さな公園があり、木陰に入る。
先程、購入したアイスの封を切るとと春日は美味しそうに食べ始めた。
「うめぇー!」
「普通だろ」
「若は解ってないっすよ」
「値段通りの味にしか思わねぇ」
「マジで変わんねぇっすね……」
不服そうにしながらもバクバクと食べ進める春日に頭が痛くならないのだろうかと思いながら真斗は少しずつ食べた。
「あーハズレかぁ」
「もうちょっと落ち着いて食えねぇのか、お前は」
「いや、この暑さじゃアイス溶けま……ああ!若!!」
「あ?」
驚く春日に気を取られると、手に冷たいものが当たる。
もちろん、それはアイスしかない。バッと手元を見ると溶けたアイスはそのまま地面にベシャリと落ちた。
「だから言ったじゃないですか!溶けるって!」
「おせぇ!」
「いや、だって……ああ!!」
「今度はなんだ!?」
この暑い中で騒ぐ春日に怒鳴れば余計に暑くなるのだが、それがより真斗を苛つかせた。
そんな事に気付いてない春日は「当たってますよ!」と手元を指差した。
「ほら、アタリって!俺、交換してきますよ!」
「……いい」
「えっでも、落ちちゃいましたし」
「やる」
「いやいや!」
棒を差し出すと、春日は首を振った。
それでも、真斗は差し出し続ける。
「これをやるから捨てろ」
「へっ?」
「……」
「もしかして、昔に貰ったやつの代わりっすか?」
無言で目を反らす真斗の耳は赤くなっているが、気温のせいではないだろう。そんな真斗に春日はジワジワと頬を赤らめた。
小さく舌打ちが聞こえたが全く気にならないどころか、愛しさすら感じた。
「若って昔の自分にすら嫉妬するんすね」
「ちげぇ」
「愛されてますね、俺」
「調子に乗るな」
「へへっ。ちょっと洗ってきます」
アイスの棒を受け取ると春日は水飲み場へと洗いに向かった。
その間にこの顔に集中した熱が下がらないものかと真斗は手で扇いだが、温い風が送られてくるだけだった。
戻ってきた春日は昔と同じ様に大切そうにポケットにしまった。
「さ、帰りますか」
「ああ」
「新しい宝物、嬉しいっす」
「……そうかよ」
「若も何か欲しいもんとかないっすか?」
「別にいらねぇよ」
「貰ってばかりですもん」
「そんな事、ねぇよ……」
しょぼくれた顔でこちらを見てくる春日に真斗はどう返して良いか解らなくて言葉を詰まらせる。
貰ってばかりと春日は言うが、真斗からすれば自分こそ貰ってばかりで、こうして生きているのだって春日のお陰だ。
しかし、春日は微塵もそう思っていないのが腹立たしくもそこが彼らしさで愛くるしい部分なのだ。
「なら、今日は満足するまでヤらせろ」
「は、はぁ!?」
「なんだ嫌か」
「え、嫌っていうか……その、そんな事言うんすね……」
「そりゃあな」
するりと腰を撫でれば大袈裟なぐらい跳び跳ねる春日を真斗は「ま、冗談だがな」と笑い飛ばしたのを春日は真っ赤な顔で騙されたと蹲るのだった。
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