今日はコンビニ限定のヒーローカード付ウェハースの発売日だ。
今回のヒーローカードのラインナップには現在、活躍しているヒーローがメインとなっており、その中には共に雄英高校で学んだ同級生達も数名選ばれており、恥ずかしながら緑谷出久自身も入っている。
そうなれば、当然の如く欲しくなり発売日には有給を取ろうと決めていたぐらいだ。
しかし、幸運にも非番の日と重なったので出久は気兼ねなく早朝からベッドを飛び出し、コンビニへと車を走らせたのだった。
ウキウキとした足取りでコンビニへと入ると、数人ばかり同じウェハース目当ての人達が居た。
ウェハースは人気シリーズ商品とあってかなりの数が用意されており、これなら売り切れる心配はなさそうだなと胸を撫で下ろした。
購入は一人十点までと制限されており、出久は祈りながら選び、ついでに朝食用のカフェオレとサンドイッチを手に取り、会計を済ませた。
無事に買えた出久はホクホクとした笑顔で早く帰ろうと自動ドアが開くと踏み出したーーのだが、浮かれすぎていてコンビニに入ろうとしている人が居た事に気付かずに見事にぶつかってしまった。
｢すすすすすすみません！！｣
頭を思い切り下げて恐る恐る顔を上げるとそこには幼馴染みである爆豪勝己が立っていた。
｢かっちゃん！？｣
｢んで、テメェが居んだよ！ここ管轄じゃねぇだろ！！｣
｢きょっ今日は非番だよ！このヒーローカードが付いたウェハース売ってるコンビニ限られてて……あ！これ、ダイナマイトも入ってるよね！！｣
｢知るか、このクソナード！さっさと退けや！！｣
慌てて道を譲った瞬間に、カチャンっと何か落ちた音がした。
足元を見ると緑色の毛並みをしたヒツジのキーホルダーが付いた車の鍵だった。
拾い上げると随分と情けない顔をしたヒツジだ。
落としたのは爆豪しか居ないのだが、頭の中では、こんな可愛い物を？と困惑しながらも｢かっちゃん落としたよ｣と差し出すと、とてつもない素早さでぶん取られる。
乱暴に取るものだから、手がぶつかり痛みが走った。恐らく爆豪も痛かっただろう。
｢見たか！？！？｣
｢えっ？何を！？あ、キーホルダーの事？｣
｢シネ！！！！｣
拾って上げたというのに理不尽極まりないがこれ以上、刺激して爆破されては堪ったものじゃないと出久は逃げる様にコンビニを後にした。

車を走らせながらも思い出される爆豪のキーホルダー。
確かに出久も車の鍵やマンションの鍵にも付けているので何も不思議ではないのだが、あんなに可愛らしい物を付けているとなると天変地異の前触れではないか？と疑いたくなるぐらい意外なのだ。
どう考えても爆豪の趣味ではないだろうから、恐らく彼女からのプレゼントだろう。
やたらと怒っていたのは大事にしている所を見られた恥ずかしさからの照れ隠しに違いない。

あれこれと考えつつ自宅であるマンションに着くと逸る気持ちを抑え、手を洗い終えてからリビングにあるテーブルの上にウェハースを広げた。
｢よし！開封式だ！｣
先ずは一つ目。袋を丁寧にハサミで開封すると出てきたのはラビット系ヒーロー･ミルコのカードだった。
｢わー！！ミルコ……！！ミルコもあんまりこういうの興味が無くてラインナップされた事がなかったんだよな～！やっぱりミルコと言えば、凄まじい脚力。兎っぽい事がほとんど可能だけど、その脚力から繰り出されるキックが格好良くて、あの動き……僕も出来たら……｣
癖である一人言をブツブツと呟いていたが出久はハッとして、この調子では全て開封するのに何時間も掛かってしまうと回転する思考を止めた。
｢次、次｣
二つ目を開封すると出てきたのはワイルド･ワイルド･プッシーキャッツで、四人共載っている豪華な一枚だ。
｢ふおお！？凄い！！この迫力は四人でしか出せないよ！ううん、次っ！｣
三つ目も被りませんように、と願いながら開封する。次はファットガムだった。
彼とは壊理奪還作戦の時にお世話になった一人である。
｢ひょえ～！これは切島くんに出たよ！って報告しなきゃ……！！｣
このウェハースのラインナップが発表された時に、友人である切島鋭児郎が｢ファットが居る！｣と連絡をくれたのだ。
普段、こういった物を買う機会がない切島も必ず手に入れると意気込んでおり、お互いに成果を報告しようと約束していた。
｢切島くんも手に入れてると良いなぁ｣
そう願いながら、四つ目、五つ目ーーと次々に開封していった。
｢す、すごい｣
歓喜で震える出久は九枚のカードを見つめていた。
なんと、ここまで一枚も被っていないのだ。
絶対に欲しかった一人であるウラビティこと、麗日お茶子のカードも出ていた。
数週間前に麗日、蛙吹梅雨、飯田天哉、轟焦凍と食事会をした時にラインナップ入りを祝ったのが記憶に新しい。
報告のために写真に収めると、最後のウェハースを手に取った。
｢かっちゃんの……ダイナマイトを是非とも……！！｣
袋を開封し、目を瞑りながらカードを取り出して恐る恐る目を開けるとーー。
相変わらずの敵顔をした大･爆･殺･神ダイナマイトだった。
｢ダイナマイトぉぉお！！｣
ぶわっと涙を噴水の如く流すと出久は決して折れ曲がらない様にカードを抱き締めながら崩れるように倒れた。
抱き締めていたカードを改めて見ると他のカードよりもキラキラと輝いている気がした。
｢推しが格好いい！！｣
あまり大声を出すと近所迷惑になってしまうが、叫ばずには入られなかった。
｢そ、そうだ！あのチワワ！｣
飛び起きた出久は足をテーブルにぶつけながら、リビングから寝室へと移動した。
ベッドのサイドボードに置かれたチワワとは思えない凶悪な顔をしている小さなぬいぐるみキーホルダーが置いてあった。
それを手に取り、リビングへ戻ると爆豪のカードと並べた。
｢へへっ、やっぱり似てるなぁ｣
だらしなく頬を緩ませた出久はスマートフォンを出して写真を撮る。
このぬいぐるみは偶然立ちよった雑貨店で見つけた物で、デフォルメされた動物達のキャラクターグッズの一つだ。
最近、女子高生に人気らしく流行っているのだとポップカードに書いてあったのを思い出すと、ちょっぴり恥ずかしいが出久は一目見た時からこのチワワが爆豪に似ているとハマってしまったのだ。
勿論、この事を本人に話したら｢誰が小型犬だ！！｣と爆破されるどころか消し炭にされてしまうので絶対に耳に入らないように誰にも話さず、こっそりひっそりグッズを集めている。
今撮った写真も勿論、門外不出でどこにも載せたりはしない。
数枚撮った後、満足した出久はSNSでヒーローも多く活用している『ささやき』という呼称で140文字程度の文章をアップできるアプリを開いた。
｢ええと、カードゲットしましたっと！｣
カードだけを並べた写真も共にアップするとファンが『良いぞ！』ボタンで喜びを共感したり『見てみ！』ボタンで出久のささやきを拡散させていく。
｢わぁ！皆も買ってるんだなぁ！あ、僕のカードが出た人も居る……嬉しい｣
ささやきは返信機能もあるので、ちょっとした交流が出来るのだ。
出久は自身のカードは引けなかったが、こうして喜んでくれる人が居るので仕事を引き受けて良かったなと目を潤ませた。

感動に浸っていると、ささやき一覧の新着にアニマルシリーズの公式アカウントのささやきが上がった。
｢え！？新作ぬいぐるみ出るの！？｣
写真を開くと、そこには出久が持っているストラップタイプではない物が出るらしい。
そこには勿論、チワワも載っており爆豪の持っていたヒツジも載っていた。
｢こ、このシリーズだったのか……｣
出久がハマった時には居なかったはずなので、新しく増えたばかりのキャラクターなのだろう。
｢あ、発売日もうすぐだ……。Mサイズくらいならベッドに置いても良いかな。いやでも、Lサイズなら抱き締めながら寝て……いや、ここはソファに｣
うんうんと悩みながら、ヒーローグッズの発売日をチェックするとお財布との相談もしなければと頭を抱えた。
あくまでも、ぬいぐるみは限定品ではなく後からでも買えるのだが手元に置きたいという衝動に勝てそうになかった。
長考していると、お腹が鳴ったので買ってきたサンドイッチを一口齧り｢とりあえずMサイズだけ｣と決心したのだった。

グッズ情報を得てから日が経って、今日は待ちに待ったぬいぐるみの発売日だ。
昨晩から楽しみで寝付けず、寝不足ぎみだったがぬいぐるみの為にとパトロールも張り切れた。
我ながら現金な人間だとは思うが、やはり何か楽しみがあるとないとでは違う。
パトロールも無事に終えた出久は所長に定時で上がっても良いと言われたので、このまはま雑貨店に寄る事が出来そうだ。
｢デク、お疲れ様。随分と張り切ってたけど、またグッズかい？｣
｢先輩！お疲れ様です！あ、はいっ！｣
事務所にはオタクだという事は周知されており、特に隠してはいないがやはり照れ臭さはあった。
｢今日は何のヒーロー？｣
｢え、ええと……｣
｢もしかして、沢山か？買いすぎに気を付けろよ～｣
これから夜間のパトロールである先輩は早めに出勤して仮眠するのだと、仮眠室へと消えていった。
｢僕も行かなきゃ！｣
リュックサックを握る手に力を込めて、いざ駅へと向かった。

出久は電車に揺られて、初めてあのチワワを見付けた雑貨店に赴いた。
着くまでにチラホラと女子高生達の鞄にアニマルシリーズのキーホルダーを付けているのを見掛けると嬉しくなった。
｢わぁ！｣
店頭にはぬいぐるみが陳列されており、【新商品】とデカデカとポップカードが飾られていた。
喜びのあまり声を張り上げてしまい、顔を赤くしながら出久は他の客に混じってぬいぐるみを物色した。
こういったぬいぐるみはどうしても顔が違ってくる。
なので、自分好みのぬいぐるみを見つけるのも楽しみの一つだ。
これはちょっと目が、口角の上がり方が、耳の位置が……と、見比べて出久はやっと心をときめかせるチワワを見つける。
間違いなくこの子が一番可愛い！！
既に親バカを発揮しながら、他のグッズも物色しようと奥へと進む。
シリーズの中にヤギが居るのだが、それがオールマイトっぽくて気になっていたのだ。
｢ぽ、ポーズ違いのキーホルダー｣
しかし、出久が足を止めたのは既に持っている物とはポーズが違うチワワのキーホルダーだった。
出久が持っているのは立ち姿で、こちらは寝ている姿で凶悪な顔ではなく穏やかな顔で可愛さが全面に出されている。
特徴の一つである、かなり尖った犬歯がちゃんと見えているのもギャップがあり高得点だ。
｢お迎えしよ｣
迷わず三個、手に取りレジに向かおうと振り向くと肘に何かが当たった。
｢す、すみませーー｣
｢あ゛？｣
｢わっちゃん！？｣
｢てめぇ、なんでここに！！！｣
デジャブを感じながら、今にも爆破しそうな爆豪の手元を見るとカゴに入ったヒツジ、ヒツジ、ヒツジ。
恐らくLサイズからSサイズまでのぬいぐるみがいくつか敷き詰められていた。
｢え、かっちゃんそれ買うの｣
｢コロス｣
｢ひっ！ぼ、僕も買うよ？チワワだけど！！うん、だから気にしなくても｣
｢コロスコロスコロス｣
爆豪はあり得ない角度で目を尖らせている。
羞恥と怒りで『コロス』と呪詛の様に呟いているが、店の中という事もあり爆破はギリギリの所で堪えているようだ。
｢あの僕は何も見てないよ、うん｣
｢デク、コロス｣
｢誰にも言わないし！！お願いだから、その右手をしまってよ！！！｣
ジリジリと距離を詰めてくる爆豪から逃げようにも、走り出した瞬間に爆破をされてしまえばこの店は一生出禁になるだろう。
何よりもヒーローが店で暴走だなんて笑えない。
｢わ、わかった！！かっちゃんのお願い一つ聞く！それでどう！？｣
ピタリと固まる爆豪。
そもそも、こういった条件を持ち出すのは黙っていて欲しい爆豪が出久に頼む側なのだがパニックと出禁と世間体が頭の中を駆け回り冷静な判断は出来なかった。
｢……さっさと会計済ませてこいや｣
｢へ？｣
｢何でも聞くつったのはてめぇだからな、デク｣
やってしまった。
出久が事の重大さに気付くには遅すぎた。
このまま逃げようかと思ったが爆豪はしっかりと睨みを利かせていた為、従う他になかった。
会計を済ませて爆豪に着いていけば駐車場だった。
車に乗らされ、これからどうなるのだろうと袋に入っているチワワをギュッと抱き締める。
ふわふわだなぁ。
現実逃避でしかないが、ぬいぐるみを堪能する事で心を少しでも落ち着けたかった。

十分ほど経って車が止まり、のろのろと下りると綺麗なマンションが見えた。
｢……どこ？｣
｢俺んちだわ｣
｢え！？なんで！？｣
｢うるせぇ。近所迷惑｣
｢ごめん｣
｢さっさと来い｣
歩き出した爆豪を追い掛け、エントランスに入るとエレベーターに乗り込む。
出久の住んでいるマンションも決して悪くないのだが、確実にこちらのマンションの方が立派で緊張してしまう。
お互い無言なのが、余計にそうさせた。
早く着いてくれと願いながら、足元を見つめていると到着を告げる音が鳴った。
｢はよしろ｣
｢うん！｣
緊張はしているものの出久はちょっぴり楽しみではあった。
まさか、爆豪の自宅に招かれる日が来るなんて思ってもみなかったからだ。
会話を出来るようにはなったが、卒業してからは会う事も連絡を取り合う事もない関係。
もしかして、これを気にアニマルシリーズ仲間になれるかもしれない……！
どんな要求をされようともこのチャンスを逃さないぞと、出久は意気込んだ。
｢ここだ｣
｢お、お邪魔します！！｣
きちんと靴を揃えて、家に上がるとインテリアは黒を基調としてシックな雰囲気だ。
ここにあのヒツジを飾るとは思えなかった。
きょろきょろと見回していると首根っこを掴まれて洗面所まで引き摺られた。
｢まずは手の菌を殺すぞ｣
｢物騒｣
順番に手を洗うのは何だか、むず痒く感じた。
それは、まだ仲の良かった頃にどっちが先に手を洗うか勝負だと洗面所まで駆けっこをしていたのを思い出したからだろう。
｢かっちゃん、洗ったよ｣
先に手を洗い終えて、リビングに戻った爆豪に声を掛けると何やら鞄を探っていた。
｢ちょっと待ってろ｣
鞄から取り出したのは鍵で、やはりヒツジのキーホルダーが付いていた。
何の鍵だろうか？と不思議に思っていると、ある一室の鍵らしい。
｢なんで鍵？｣
｢アホ面が勝手に開けようとしたからだわ｣
凄まじい勢いで舌打ちをする爆豪の顔付きは怒り心頭といった様子だ。
アホ面とは上鳴電気の事だろう。
相変わらず、恐いもの知らずな彼は爆豪の地雷を踏み散らかしているらしい。
｢入れ｣
コクリと頷いて、部屋に一歩踏み入れると出久は固まった。
｢…………へ？｣
そこにはヒツジ、ヒツジ、ヒツジ。
あの緑色の毛並みをしたヒツジだらけだった。
他の部屋とは違って床はまるで草原の様なふわふわとしたカーペット。壁は雲が浮かんでいる青空の壁紙。
白い柵のインテリア、観葉植物は小さな牧場をモチーフにして作られておりヒツジのフィギュアが飾ってある。
ウッドラックにもヒツジグッズが並べられていた。
そして、部屋の真ん中は花畑のラグマットが敷いてある。
｢着ろ｣
放心していると紙袋を渡された。
中にはモコモコのパーカーでフードにはヒツジの顔がデザインされている。
どうやら、このパーカーもグッズの一つらしい。
｢え、これを｣
｢着ろ。んで、あそこ座れ｣
パーカーに袖を通しながら、指差された方向に視線を向ければ花畑のラグマットだった。
いつの間にか購入してきたばかりのぬいぐるみ達が飾られていた。
｢あ、可愛いね｣
｢はよしろや！！｣
爆豪に蹴飛ばされて、出久は転びそうになりながらもヒツジ達の前に正座した。
｢なにしとんだクソデク！真ん中に座れや！！ボケ！！｣
｢え！？おおおおお邪魔します！！｣
一つぬいぐるみを持ち上げて真ん中に座る。
あ、ふわふわだ。
毛並みがモコモコとしておりチワワとはまた違った気持ちよさがある。
ギュッと抱き締めて顔を埋めると、パシャリと音が聞こえた。
顔を上げるとスマートフォンを構えた爆豪。
｢……もしかして、撮った？｣
｢黙ってろ｣
｢いやいや、かっちゃん？｣
｢何でも聞くって言ったの誰だ｣
｢ぼ、僕です｣
そう答えると爆豪はまた撮影を再開した。
途中で｢寝転べ｣や｢ヒツジを頬擦りしろ｣やリクエストをいくつかされ、出久が一言でも発しようとすると睨まれたが爆破しない辺り、本当にこのヒツジを大事にしているのが伺えた。

撮影会？らしきものを終える頃には出久は疲れ果てていた。
少し肩を回すとバキッと音がするくらい体は緊張状態だったらしい。
｢脱げ｣
そういって付き出されたのはチャック付きのビニール袋だった。
そんな厳重にしなければならない程、嫌なら何故着せたのだろう。頭を捻りながらも大人しく従えば、爆豪は満足そうに鼻を鳴らした。
｢じゃあ、僕は帰るね。明日も出勤だし｣
｢ああ゛？ふざけんな！てめぇ、俺がこのまま客人に茶も出さねぇで帰す人間にしてぇのか！？｣
｢え、いや別にかっちゃんの家に遊びに行っただなんて誰にも言わな｣
｢てめぇは黙って俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ！！｣
洗面所に連れていかれた時と同様に首根っこを掴まれて引き摺られてソファへとぶん投げられた。
早く帰った方が嬉しいのではないか？とも思ったが出久は御馳走になるんだから、まあ良いかと爆豪を待った。
｢飲め。残さず飲め｣
｢の、飲むよ｣
｢ふんっ｣
肩と肩がくっつくぐらい近くに座った爆豪に狭いかなと端に寄ろうとすると｢俺の許可なく動くな｣とドスの効いた声で凄まれ、カチンコチンに固まりながらカップに口を付けた。
香りから察していたがココアを淹れてくれたらしい。
｢美味しい！｣
｢たけぇからな｣
｢そうなの？かっちゃんってそんなに甘いの飲まないイメージなんだけど｣
｢……貰いもんだ｣
｢なるほどね｣
ーーこのココアを処理したかったのか。
きっと、自分で飲んだり捨てたりするのは出来なかった為に強引な理由で引き留めたのだろう。
御厚意で貰った物を無駄にしないところは好きだなぁと出久はココアを堪能した。
｢ねぇ、かっちゃんは他の動物は買ってないの？｣
｢いらん｣
｢単推しか……。でも、ヤギのとかオールマイトに似てない？買おうかな～って悩んでるんだけど｣
｢似てねぇわ。目、イカれてんのか｣
｢ええ～？似てるけどなぁ。あ、あと猫の！麗日さんと轟くんに似てて可愛いなぁって！！｣
｢てめぇ、浮気か！！｣
ぐわっと口元を掴まれた出久はぶちゅっと唇を突きだし、情けない顔になった。
｢むううう！？ふぅわき！？｣
｢浮気だろうが！！｣
どんどん力が込められていく手を引き剥がそうと引っ張ると解放された。
恐らく頬は真っ赤になっているだろう。ヒリヒリしている。
少しでも痛みを和らげようと出久は頬を撫でたが、あまり効果はなかった。
｢かっちゃんは単推しだろうけど僕はシリーズ全部が好きなんだよ｣
｢その割にはぶっっっさいくな犬しか買ってねぇだろうが｣
｢他のも買おうかな～って考えてたよ！と言うか、不細工じゃないよ！可愛いもん！｣
ほら！と言わんばかりに袋から取り出したチワワを見せつければ爆豪は苦虫を噛み潰したような顔になり顔を背けた。
右に背ければ、それを追い掛ける。
左に背ければ、それを追い掛ける。
小さな追い掛けっこの始まりだった。
｢よく見てよ！｣
｢うぜぇ！｣
｢僕もかっちゃんの推し見たんだから、今度はかっちゃんが僕の推し見てよ！！｣
｢別に推しじゃねぇわ！！！｣
｢推しだろ！あんなにグッズ集めといて！｣
｢集める気なんかなかったっつーの！！つーか、ちけぇ！！｣
気付かぬうちに出久は爆豪を押し倒す形になっていた。
押し返そうとする爆豪に負けじと押し倒す。
｢な、にしとんだ、てめぇぇぇええっ！！｣
｢推しじゃないなら何！？彼女！？彼女の趣味なの！？｣
｢居るかんなもん！そもそも、てめぇにそっくりなのがわる……い………｣
爆豪は自分は何を口走っているのだと、目が点になっていた。
出久も同様に言葉の意味が理解できずに、口を開けて放心していた。

どれくらい固まっていただろうか。
ハッと意識を取り戻すと同時に顔から火が出た二人はソファに倒れ込み、お互いの頭をぶつけ合った。
痛みと恥ずかしさで涙を流しながら出久はチラリと爆豪を盗み見る。
あ、可愛い。ストンと落ちてきた感情。
顔を真っ赤に染め上げて震える爆豪を素直に愛しいと感じたのだ。
｢ねぇ、かっちゃん｣
｢黙れ｣
｢聞いてよ｣
｢うるせぇ死ね｣
｢あのね、この子ね。かっちゃんに似てるなって思って買ったんだよ｣
にこりと微笑めば、爆豪は目を見開き｢誰が小型犬だ｣と弱々しく返した。