やさしいのは(ビッグボディ×フェニックス)
ときたま、家で二人で映画を観る。もちろん好みはまったく違っていて、ビッグボディはアクション、フェニックスはドキュメンタリーものなどが好みだ。なのでタイトルは交互に選ぶことにしている。
今夜はフェニックスの番で、彼が選んだのは歴史上の偉人を主人公にしたドキュメンタリータッチのドラマ映画だった。ドキュメンタリーではなくドキュメンタリータッチにこだわったのは、フィクション仕立てならビッグボディのように関心のない者でも楽しめるのでは、と思ったからだ。ではドキュメンタリーそのものとドキュメンタリータッチの違いはなにかとフェニックスに問えば、たずねたことを後悔するほどのご講釈が返ってくるのでそれはオススメしない。とにかくフェニックスは彼なりに他者に対して心づかいをしているのだが、その差異を他者が見分けるのはなかなか難しく、それで彼はよく誤解をされがちだ。だからかつて彼の下に集ったあの三人というのはそれなりの傑物だったのだろう。一人足りないのはその人物にまた別の目的があったからだが、それはまた別の話だ。
とにかく気づかれにくいフェニックスの配慮だが、ビッグボディに至ってはごくごくたまにしか気づかない。だけど、この大男はお察しのとおりなのでフェニックスも恋人としての役割期待などはしておらず、期待を裏切られて落胆することもない。それでもたまにフェニックスの心づかいに気がつくと、ビッグボディは大きなヒマワリみたいに笑って喜ぶからそれで帳尻はだいたいあっているのだった。
話をもとに戻す。フェニックスの選んだ映画はちょうど佳境にはいるところだった。するとそれを待っていたかのように、ピンク色の後ろ姿がコクリコクリと船をこぎだした。
いつも映画を観るときはフェニックスはソファに座って、ビッグボディは床に座ってソファを背もたれにする。前は二人で並んで観ていたが、フェニックスが何の気なしに「お前がとなりにいると気が散って映画に集中できない」と言ったら――言ってしまったら、それからずっとこの並びになった。「気にしないでソファに座れ」とフェニックスがいくら言っても「ジャマしたら悪い」と聞かない。念のためつけ加えておくが、そのとき観ていたのはビッグボディが選んだアクション映画で、彼は丁々発止の場面がくるたびに「危ないっ!」とか「今だっ、いけ!」などと叫びながら身体を動かしていた。だからうっかり言ってしまったフェニックスと原因をつくったビッグボディのどちらに非があるか、誰もジャッジはできないだろう。
フェニックスはそのうたた寝を予期していた。それで、画面を目で追いながらも相手がすっかり寝入ったのを確認すると、映像を一時停止させてビッグボディの前にまわり、もって生まれた権利のように彼の胡座のなかに腰をおとした。そうして居心地よくおさまると映像を再開させ、最後まで映画を楽しんだのだった。
「――映画、終わったぞ」
その声でビッグボディは目を覚ました。いつの間にか相手の肩に埋めていた顔を上げると、テレビ画面にはエンドテーマとともにエンドロールが流れていた。
「すまん、また寝てた」
「いや、今回のは起伏に乏しいストーリーラインだったからな」
「……お前は優しいな」
そう言って、ビッグボディはフェニックスの身体を強く抱きしめた。
――優しいのはむしろお前だろう。
フェニックスはそう返そうとして、止めた。代わりに相手に向き直り、首に手を回して抱きしめ返した。
どんなに言葉を連ねても、触れあう肌から伝わる温もりに比べたらまるでかなわない。
それはいくどもいくども身体を重ねてやっと彼がたどり着いた答えだった。
フェニックスはビッグボディのうなじをついばんだ。情欲のスイッチを入れるように。首すじにあたるビッグボディの息が次第に熱を帯びる。
「――いいか?」
「ああ」
兆しはすでにどちらにも訪れていた。
リビングの照明を消すと二人は閨房に消えた。
fin
(初出:2024.08.22 pixiv)
今夜はフェニックスの番で、彼が選んだのは歴史上の偉人を主人公にしたドキュメンタリータッチのドラマ映画だった。ドキュメンタリーではなくドキュメンタリータッチにこだわったのは、フィクション仕立てならビッグボディのように関心のない者でも楽しめるのでは、と思ったからだ。ではドキュメンタリーそのものとドキュメンタリータッチの違いはなにかとフェニックスに問えば、たずねたことを後悔するほどのご講釈が返ってくるのでそれはオススメしない。とにかくフェニックスは彼なりに他者に対して心づかいをしているのだが、その差異を他者が見分けるのはなかなか難しく、それで彼はよく誤解をされがちだ。だからかつて彼の下に集ったあの三人というのはそれなりの傑物だったのだろう。一人足りないのはその人物にまた別の目的があったからだが、それはまた別の話だ。
とにかく気づかれにくいフェニックスの配慮だが、ビッグボディに至ってはごくごくたまにしか気づかない。だけど、この大男はお察しのとおりなのでフェニックスも恋人としての役割期待などはしておらず、期待を裏切られて落胆することもない。それでもたまにフェニックスの心づかいに気がつくと、ビッグボディは大きなヒマワリみたいに笑って喜ぶからそれで帳尻はだいたいあっているのだった。
話をもとに戻す。フェニックスの選んだ映画はちょうど佳境にはいるところだった。するとそれを待っていたかのように、ピンク色の後ろ姿がコクリコクリと船をこぎだした。
いつも映画を観るときはフェニックスはソファに座って、ビッグボディは床に座ってソファを背もたれにする。前は二人で並んで観ていたが、フェニックスが何の気なしに「お前がとなりにいると気が散って映画に集中できない」と言ったら――言ってしまったら、それからずっとこの並びになった。「気にしないでソファに座れ」とフェニックスがいくら言っても「ジャマしたら悪い」と聞かない。念のためつけ加えておくが、そのとき観ていたのはビッグボディが選んだアクション映画で、彼は丁々発止の場面がくるたびに「危ないっ!」とか「今だっ、いけ!」などと叫びながら身体を動かしていた。だからうっかり言ってしまったフェニックスと原因をつくったビッグボディのどちらに非があるか、誰もジャッジはできないだろう。
フェニックスはそのうたた寝を予期していた。それで、画面を目で追いながらも相手がすっかり寝入ったのを確認すると、映像を一時停止させてビッグボディの前にまわり、もって生まれた権利のように彼の胡座のなかに腰をおとした。そうして居心地よくおさまると映像を再開させ、最後まで映画を楽しんだのだった。
「――映画、終わったぞ」
その声でビッグボディは目を覚ました。いつの間にか相手の肩に埋めていた顔を上げると、テレビ画面にはエンドテーマとともにエンドロールが流れていた。
「すまん、また寝てた」
「いや、今回のは起伏に乏しいストーリーラインだったからな」
「……お前は優しいな」
そう言って、ビッグボディはフェニックスの身体を強く抱きしめた。
――優しいのはむしろお前だろう。
フェニックスはそう返そうとして、止めた。代わりに相手に向き直り、首に手を回して抱きしめ返した。
どんなに言葉を連ねても、触れあう肌から伝わる温もりに比べたらまるでかなわない。
それはいくどもいくども身体を重ねてやっと彼がたどり着いた答えだった。
フェニックスはビッグボディのうなじをついばんだ。情欲のスイッチを入れるように。首すじにあたるビッグボディの息が次第に熱を帯びる。
「――いいか?」
「ああ」
兆しはすでにどちらにも訪れていた。
リビングの照明を消すと二人は閨房に消えた。
fin
(初出:2024.08.22 pixiv)
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