ヒーロー(ビッグボディ×フェニックス)
いよいよくだんの日曜日になった。朝から上天気で、これはどちらの善行に対する功徳だろう。二人は朝食の膳を囲んでいた。卵料理とサラダの他にフェニックスはトースト、ビッグボディは山盛りの丼飯だ。糖質の多量摂取は頭の働きを鈍くする、というのがフェニックスのスタンスで、朝しっかり食べないと身体が動かないというのがビッグボディのスタンスだ。なのでそれぞれの好みにあったものを摂ることにしている。
「リングコスチュームも荷物に入れたか?」
「ああ、言われた通り用意しておいた。でも興業じゃなかったら一体何があるんだ?そろそろ教えてくれてもいいだろう」
「行けば分かる。いや、行ってからのお楽しみだな」
フェニックスがビッグボディを従えてやって来たのは郊外の自然公園だった。ゲートをくぐりぬけ、園内見取図を確認すると、敷地の中央にある野外劇場に向かっていった。近づいていくと大きな立て看板が見えてきて――なぜかビッグボディの姿が描かれている。似顔絵の隣にはキャッチコピーが書かれていた。
『ビッグボディがやってくる!』
「……オレ?」
「ああ、そうだ」
フェニックスは目を白黒させるビッグボディに「これはかつての『超人さんと遊ぼう』のようなファンイベントなのだ」と説明した。
そう、過日彼が委員長に依頼したのはショーイベントの斡旋だった。
「今日、お前は悪人から皆を助けるヒーローになるんだ」
「えっ!?そんな突然言われたって無理だぞ!オレは!」
「その辺は向こうが配慮してくれるから心配するな」
それ以上有無を言わせず、フェニックスはビッグボディを出演者の控室に連れて行き、スタッフらに彼を引き合わせた。開始時間まではまだ間がある。会場にいるのはほとんどが親子連れだった。告知は最小限に、とフェニックスはイベント主催者に依頼しておいた。ビッグボディほどのビッグネームが出演することが知れ渡れば、劇場のキャパシティを超えてしまうおそれがあるし、大きいお友達が押し寄せてしまってはフェニックスの目論見がついえてしまう。
彼の目論見――子供の声援でビッグボディを元気づけること。子供に植え付けられたトラウマなら子供で上書きすればいい。
ついにショーが始まった。はつらつとした女性司会者がステージに現れ、今日は超人ビッグボディがやってくきて皆と遊んでくれることを告げると、観客席の子供たちはワッと歓声をあげた。そのタイミングを狙ってお定まりの剣呑なBGMがとどろく。
「ギョーギョッギョッギョッ、我の名はサタン!」
実物とは似ても似つかない、紫色のボディスーツを身に着けた何かが、名乗りを上げてステージ上におどりでた。
「アレがサタンか……」
「本人が見たら怒り狂いそうだ」
それでも観客席の子供たちはおののいているらしく、金切り声や泣きだす声が上がりはじめた。
女性司会者が声を張りあげる。
「みんな大丈夫!ビッグボディが助けてくれる!!さぁ、大声で呼んで!『ビッグボディーッ!』」
会場の子供たちがすぐさま唱和した。
「ビッグボディーーー!!」
その声は舞台セットの裏で出番が来るのを待っていたビッグボディにも驚くほどよく響いた。男の子、女の子、髪の長い子、短い子、スカート、ズボン。泣いている子、笑っている子。みんな超人ビッグボディが姿を現すのを今か今かと待ち構えている。
女性司会者がチラリと二人に目を向け、小さくうなずいた。
「ほら、呼んでるぞ」
「オ、オレ……」
「あそこにいる全員がお前を待ってる」
「ああ!」
勢いよく舞台に飛び出していくビッグボディの背中は、すっかりいつもの頼もしさを取り戻していた。
フェニックスのように目から鼻に抜けたところはなく、不器用で、だけど誰より仲間思いで、一度抱いた信念は絶対に最後まで貫き通す。そしてそんな自分のことをこれっぽっちも分かっていない。
舞台上で大立ち回りを演じているビッグボディに向かって、フェニックスは小さくつぶやいた。
「周りの評価にもっと耳を傾けろ、バカ」
ショーを終えて舞台袖に戻ってきたビッグボディの目は興奮でキラキラと輝いていた。
「フェニックス、オレはどうだった?」
「初めてにしては、上出来だろう」
出演料はその日のうちに現金で支払われた。封筒の中の金額は彼の地位を考えればあり得ないほど少ない。だけどビッグボディは少しも気にせず「臨時収入だ」とニコニコしている。フェニックスは安堵した。この様子なら先週の出来事もすっかり払拭できただろう。金銭の多寡ではない。肯定感を得て欲しかった。
「なあ、腹減らないか?オレが奢るから旨いものでも食いに行こう。久しぶりに焼肉はどうだ?」
「肉だけでなく野菜も食べろよ」
「お前、いつもそれだな!分かってるって」
沈ん夕陽を背に小さくなっていく二人のシルエットはまるでヒーローのようだった。
fin
(初出:2024.08.17 Pixiv)
「リングコスチュームも荷物に入れたか?」
「ああ、言われた通り用意しておいた。でも興業じゃなかったら一体何があるんだ?そろそろ教えてくれてもいいだろう」
「行けば分かる。いや、行ってからのお楽しみだな」
フェニックスがビッグボディを従えてやって来たのは郊外の自然公園だった。ゲートをくぐりぬけ、園内見取図を確認すると、敷地の中央にある野外劇場に向かっていった。近づいていくと大きな立て看板が見えてきて――なぜかビッグボディの姿が描かれている。似顔絵の隣にはキャッチコピーが書かれていた。
『ビッグボディがやってくる!』
「……オレ?」
「ああ、そうだ」
フェニックスは目を白黒させるビッグボディに「これはかつての『超人さんと遊ぼう』のようなファンイベントなのだ」と説明した。
そう、過日彼が委員長に依頼したのはショーイベントの斡旋だった。
「今日、お前は悪人から皆を助けるヒーローになるんだ」
「えっ!?そんな突然言われたって無理だぞ!オレは!」
「その辺は向こうが配慮してくれるから心配するな」
それ以上有無を言わせず、フェニックスはビッグボディを出演者の控室に連れて行き、スタッフらに彼を引き合わせた。開始時間まではまだ間がある。会場にいるのはほとんどが親子連れだった。告知は最小限に、とフェニックスはイベント主催者に依頼しておいた。ビッグボディほどのビッグネームが出演することが知れ渡れば、劇場のキャパシティを超えてしまうおそれがあるし、大きいお友達が押し寄せてしまってはフェニックスの目論見がついえてしまう。
彼の目論見――子供の声援でビッグボディを元気づけること。子供に植え付けられたトラウマなら子供で上書きすればいい。
ついにショーが始まった。はつらつとした女性司会者がステージに現れ、今日は超人ビッグボディがやってくきて皆と遊んでくれることを告げると、観客席の子供たちはワッと歓声をあげた。そのタイミングを狙ってお定まりの剣呑なBGMがとどろく。
「ギョーギョッギョッギョッ、我の名はサタン!」
実物とは似ても似つかない、紫色のボディスーツを身に着けた何かが、名乗りを上げてステージ上におどりでた。
「アレがサタンか……」
「本人が見たら怒り狂いそうだ」
それでも観客席の子供たちはおののいているらしく、金切り声や泣きだす声が上がりはじめた。
女性司会者が声を張りあげる。
「みんな大丈夫!ビッグボディが助けてくれる!!さぁ、大声で呼んで!『ビッグボディーッ!』」
会場の子供たちがすぐさま唱和した。
「ビッグボディーーー!!」
その声は舞台セットの裏で出番が来るのを待っていたビッグボディにも驚くほどよく響いた。男の子、女の子、髪の長い子、短い子、スカート、ズボン。泣いている子、笑っている子。みんな超人ビッグボディが姿を現すのを今か今かと待ち構えている。
女性司会者がチラリと二人に目を向け、小さくうなずいた。
「ほら、呼んでるぞ」
「オ、オレ……」
「あそこにいる全員がお前を待ってる」
「ああ!」
勢いよく舞台に飛び出していくビッグボディの背中は、すっかりいつもの頼もしさを取り戻していた。
フェニックスのように目から鼻に抜けたところはなく、不器用で、だけど誰より仲間思いで、一度抱いた信念は絶対に最後まで貫き通す。そしてそんな自分のことをこれっぽっちも分かっていない。
舞台上で大立ち回りを演じているビッグボディに向かって、フェニックスは小さくつぶやいた。
「周りの評価にもっと耳を傾けろ、バカ」
ショーを終えて舞台袖に戻ってきたビッグボディの目は興奮でキラキラと輝いていた。
「フェニックス、オレはどうだった?」
「初めてにしては、上出来だろう」
出演料はその日のうちに現金で支払われた。封筒の中の金額は彼の地位を考えればあり得ないほど少ない。だけどビッグボディは少しも気にせず「臨時収入だ」とニコニコしている。フェニックスは安堵した。この様子なら先週の出来事もすっかり払拭できただろう。金銭の多寡ではない。肯定感を得て欲しかった。
「なあ、腹減らないか?オレが奢るから旨いものでも食いに行こう。久しぶりに焼肉はどうだ?」
「肉だけでなく野菜も食べろよ」
「お前、いつもそれだな!分かってるって」
沈ん夕陽を背に小さくなっていく二人のシルエットはまるでヒーローのようだった。
fin
(初出:2024.08.17 Pixiv)
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