言いたくなければそれでいい(ビッグボディ×フェニックス)

王位争奪戦ののち、オメガ六槍客や下天した神々たちのとの戦いを経て、もはや運命の王子たちは人間たちにすっかり認知され、受け入れられている。むしろ今では彼らの名を知らない人のほうが少ないかもしれない。それにともなって、テレビやネット、雑誌などで彼らが取りあげられることもしばしばで、時にはインタビューなどもうける。その機会はフェニックスが圧倒的に多かった。どちらかといえば口下手なビッグボディや武骨なゼブラなどと違って、彼は頭の回転が早く機知に富んでいるため、受け答えが常に迅速かつ的確だ。フェニックスはつねに質問者の要求に完璧に応え、その知性と洞察力を余すところなく発揮している。そしてビッグボディは、そんなフェニックスが出ているテレビ番組を観たり、彼についての記事が掲載されている雑誌を読むのがひそかな楽しみだった。
ある日、ビッグボディはリビングのテーブルの上に、一冊の雑誌が置いてあることに気がついた。まだ発売前の雑誌だ。見出しには「ロングインタビュー『知性の超人・キン肉マンスーパー・フェニックス』」とあった。この特集のことをビッグボディはまったく知らなかった。
フェニックスは、メディアに出演することをあまり積極的に話してくれないのだ。紙媒体なら、こんなふうにできあがった見本誌を黙ってポンと置いておく。テレビやネット動画なら「明日の○○に出る」とか「オレの映像が今夜放映されるようだ」などと、まぎわになってポソリと言う。だから以前、ビッグボディは「分かってるならもっと早く言ってくれよ」と、フェニックスに頼んだことがあった。せっかく恋人の知性あふれる魅力的な姿がおがめるのだから、どうせなら待つ時間も楽しみたいし、録画などの準備も入念にしたい。すると、彼は「……断る」と言ってプイとそっぽを向いた。ビッグボディは、早とちりしてそれを拒絶ととらえ「イヤなら、もう見ないようにするけどよ」と、シュンとしてうつ向いた。するとフェニックスは彼の肩に腕をまわし、ボソボソとささやいた。「おまえが夢中になっている姿をとなりで見ていると……恥ずかしくていたたまれなくなるんだ」。寄せられた頬の熱さがマスク越しにも伝わってきて、思わずビッグボディは相手を力いっぱい抱きしめたのだった。

そんなわけで、ビッグボディはさっそく雑誌を手にとると、十八番のヒップアタックでもしかけるようにドスンとソファに腰かけた。さっそくページを繰って記事を読み始める。冒頭はインタビューに答えているフェニックスのアップが全面に配された見開き二ページ、ついで四段組のモノクロページが四ページも続いている。すでにこの時点で、ビッグボディは「発売されたらもう一冊買っておこう」と心に決めた。保存用などといって、余分に買ったそれを発見したフェニックスが、苦虫を噛みつぶしたような顔をみるところまでが、ワンセットになったいつもの楽しみ方だ。
ロングと冠しているだけあって、内容は広範で多岐にわたっていた。超人界を取りまく様々な問題や、社会における人間と超人の関係性など。それでもフェニックス自身についてのほとんどの内容は、ビッグボディには、すでに知っていることばかりだった。しかし一点だけ、リングコスチュームについて「肉体の損傷をふせぐ目的もあって、あの組み合わせを選んだ」と語っていて、その部分で彼は目をみはった。初耳、いや、初見だった。
フェニックスのリングコスチュームについては、今まで全方面からさんざん毀誉褒貶で語りつくされてきた。なにしろ空色のトレーニングパンツの上に紺のホットパンツをはき、片膝にだけサポーターをつけているのだ。運命の王子たちが初めて衆目に姿を晒したとき、彼の出で立ちは一部のマニアの話題をさらった。はたしてアレは純粋に彼のセンスによるものなのか、それとも何か特別な意図があっての組み合わせなのか、と。当時、何人かのリポーターが勇気を出してその件を訊ねたところ、フェニックスは短く「べつに」と答えるのみだった。後年、周囲と打ち解けた話ができるようになった頃、あらためて「時代を先取りしすぎた」と(彼にしてはめずらしく)恥ずかしげに答えている。だからビッグボディも、それが真相なのだと、ずっと思ってきた。
しかし考えてみれば、スポーツ力学などを取り入れた科学的レスリングを好んでいるのだから、リングコスチュームに防御面の付随的な要素をもとめたとしてもなんら不思議はない。さすがに知性の神に愛されるだけのことはある、とビッグボディは納得して、ひとりうなずいた。

その日の夜、フェニックスは所用でずいぶん遅い時間に帰宅した。食事をすませてきたのだと、彼は軽くシャワーをあびた。「疲れてなければ寝るまえに一杯どうだ?」と、晩酌にさそったのはビッグボディだった。フェニックスはそれを了承し、並んでソファに腰かけると、それぞれビールの缶をあけた。男二人の気楽さで、グラスに注ぐこともせずじかに口をつけて、ゴクゴクと流しこむ。苦みばしった泡が、洗いながすように喉をすべり落ちていく。
ようやく人心地ついたように、満足のため息をついたフェニックスにむかって「雑誌、読んだぜ」とビッグボディは話しかけた。フェニックスは「そうか」とだけ返して、つけっぱなしのテレビをながめている。それでも「恥ずかしい」と言いつつも、感想を聞くのは心地よいらしい。いつも何でもないようなフリをして、ビッグボディの言葉にフェニックスは耳をかたむける。だから今夜もビッグボディは、見開きの写真がとてもよく写っていたことや、何ページにもわたって色々なことが書いてあって勉強になったなどと、つらつらと語った。
「長時間いろんなこと聞かれて、疲れたろ?」
「遊びではなく仕事だからな、そういうものだろう」
「そういうもんか。そういえば、おまえ、リングコスチュームのことも話していたろう。ケガしないようにって。知らなかったけど、ちゃんと意味があったんだな」
しみじみとしたビッグボディの口調に、フェニックスは小さく笑みをうかべた。
「そう思ったか?」
「そう……って、だから、そう答えたんだろう?」
「まあ、そんなところだ」
フェニックスは缶ビールの残りを一息で飲みほすと「もう一本どうだ?」と、話の腰をおるような調子でたずねた。ビッグボディが「ああ」と答えると、彼はキッチンの冷蔵庫から二本取り出して戻ってきた。一本を相手に渡しながら、リビングの壁に飾られた記念写真の一枚に目をとめる。そこには、リングコスチュームをまとったビッグボディの姿が写っていて、フェニックスは思い出したようにたずねた。
「そういえば、おまえのリングコスチュームの由来、きちんと聞いたことがない気がするんだが」。
ビッグボディはすこし照れながら「オレのは、とくに意味や目的があったわけじゃないんだ。昔スポーツやってたから、そんときのを、さ」と、答えた。
「思い出の品、というわけか」
「そんなところだ」
「オレの場合は――本当は金がなかったからだ、と言ったらどうする?」
「え!?」
「子供のころは知的活動ばかりだった。いざリングに、というときにアレコレ準備が必要になったが用意する金もなくて、手元にある服をコスチュームにしたんだ。いずれは変えるつもりでいたが、そのうち何だかんだ言われだして、その気が無くなった」
そうだろう、その状況でコスチュームを一新すれば、「やはり恥ずかしくなったのだ」などと多方面から野放図に言われたに違いない。人より優れた能力を持つが故に、他者に理解されにくいというストレスをつねに感じてきたフェニックスにとって、そういうわずらわしさを抱えこむくらいなら、現状を維持するほうが好ましかったのだ。彼の真価は、外観ではなく内面の、その頭脳にあるのだから。
「ホントか、それ」
「さてな、どれを信じるかはおまえ次第だ」
たしかにフェニックスの生家は貧しかったし、彼はキン肉スグルの長期不在によって開催された新王子決定マッチまで、本格的に超人格闘技に取り組んでいたわけでもない。そうなのだ、と言われれば納得できるだけの信憑性がそこにはあって、どう受けとめ、かつ答えたものかビッグボディにはとっさに判断がつきかねた。だけど、不用意な労りの言葉など、プライドの高いこの男にとって慰めになりはしないだろう。だからビッグボディは事実をたったひとつだけ伝えるにとどめた。
「フェニックス、おまえがオレに信じてほしいと思うことだけが、オレにとっての真実だ。だから言いたいことは言えばいいし、言いたくなければそれでいい」
フェニックスはまじまじと相手を見つめた。
「……そうか」
「それに、オレは口も堅いからな」
「アタマだけじゃなく、か?」
「おい!!」
二人は、はじけたように笑いだした。息の詰まる会話はこれでおしまいにするのだ、とばかりに。
その晩、彼らはいつも以上に深く結ばれ、幸せな夜をすごしたのだった。

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