真夜中の太陽(キン肉マンスーパー・フェニックス)
フェニックスが「運命の王子」と呼ばれるようになったのは、彼とスグルを含めた六人の出生時の椿事に起因している。フェニックスは産まれて間もない頃から、自分とスグルが同日同時刻同場所に産まれたにも関わらず、二人の間に著しい富貧の差があることに気がついていた。彼は物心つく頃には稀代の天才として名を馳せており、そのため特例として王立幼稚園への入学を許可され、そこで産院以来だった、スグルと再び対面した。
スグルは能力においてフェニックスにはるかに劣るにも関わらず、キン肉王家の王子として、贅沢な生活を送っていた。貧しい家庭の自分とはかけ離れた、覆しようのないその格差は、幼いフェニックスの心に言いようのない嫉妬の炎をかき立てた。
しかし、もしその後も王立幼稚園で席を並べてともに時を過ごしたならば、やがてフェニックスも幼いなりにスグルの本質――ただひたすらに単純かつ明朗で、けして誰かを貶めることなどないこと――を、理解し得たかもしれない。それはきっと彼の心のなぐさめになったろう。
だけどそんな機会が訪れる前に、スグルは旅行中の宇宙船事故によって、何の予告もなしにフェニックスの前からあっさりと姿を消し、それきり十何年も戻ってこなかった。
こうして、スグルの存在はフェニックスにとって不条理の源泉となり、彼は解決不能なわだかまりを抱えたまま成長を続けた。フェニックスとともに大きく育ったそれは、もはや手の施しようのないほどに彼の心の奥深くまでしっかりと根を張りめぐらせ、いつしか彼の原動力、レゾンデートルとなっていた。
その結果、引きおこされたのが王位争奪戦のあの血なまぐさいやり取りだ。
それでもスグルはそれを一切水に流し、大王即位後にフェニックスを王室補佐官に招へいしたのだった。
しかし当時のフェニックスはそれに応じた先で何が自分を待っているか、分かりすぎるほど分かっていた。そのうえ母親のシズ子は、息子のふるまいに心を痛めたあげく、もともと残り少なかった寿命を大阪城への強行軍によってさらにすり減らし、王位争奪戦が終わっていくらもせずに身まかっていた。フェニックスはいっそ自らに流刑を科し、そこで一人贖罪に生きようかとも考えた。
そんな彼の心中を、アタルだけはいち早く察していた。幼い頃に王位継承者としての重責と、親への反発から王家を出奔し、長くアウトローとして生きてきたアタルには、王室にまつわる重責やそこに外部者が属する困難さがよく理解できた。そして、幼い頃から上流階級に対するコンプレックスを抱えて生きてきたフェニックスが、真に自分らしく生きていくためには、それを乗りこえることこそが、最も大切な課題であるとも考えていた。
ある日、アタルはただ一言フェニックスに告げた。
「自己否定は安易に苦悩を捨て去るには有効だが、やがて身と心を損なうぞ」
こうしてフェニックスのたどるべき道は、弟 と兄 ――二人の、しかも全く方向の異なるベクトルによって、有無を言わさず決定づけられたのだった。
「――あの頃は、先代大王と王妃を始めとして、皆がオレのことを『この男が王宮にやって来たのは新大王の寝首をかくためだ』と思っているのが、ありありと感じられた。むろん、同じ経緯の者がいればオレとてそう思っただろう。幼いころから大王を敵視し続け、あげくには彼を死の一歩手前まで追い詰めたのだから」
父・タツノリが同族の敵対勢力に命を狙われ続ける姿を幼い頃から目にしていた真弓が、スグルとフェニックスの関係のなかに、それと通じるものを錯視したとしても無理からぬことである。
同じように、スグルの大王即位直後には、大王補佐官の座に就いたフェニックスのもとを秘密裏に訪れ、彼の心の奥底に叛意を見いだし、それを新大王の失脚につなげようとする者が幾人もいた。しかしフェニックスは、幾度かはその企みにのるフリさえして、使者を遣わした者の正体を確かめた。それらの企みは彼の鋭い知性と冷静な判断力、そして卓越した戦略によって、最終的に全て無事に塵と消えた。
スグルとフェニックス、二人のあいだに結ばれた友情と、互いを慈しみあう思いの深さを思えば、そのような謀反が起こるはずがないのは、しごく当然のことだ。しかし、地球で繰り広げられたあの戦いを直接に観ていなかった者には、そのことが理解できないのだろう。
それからしばらくがたち、姦計が単なる杞憂、つまり机上の空論であるという認識が万人に浸透した頃、フェニックスは初めてそれらの顛末をスグルに告げた。話を聞いたスグルは「まだまだ皆はおまえのことが分かっとらんのう」と言ってあっけらかんと笑い、フェニックスはいつもの微苦笑でそれに応えたのだった。
アタルはフェニックスの肩に手をおき、労るような口ぶりで言った。
「この十年、おまえはスグルのために、本当によくやってきてくれた」
先代大王である真弓とて、けして凡百の夫ではなかった。だが、いかんせん王室や元老院にはびこった対抗勢力の根は深く、とても先々代大王・タツノリと真弓の二代だけで完全に粛清しきれるものではなかった。そこへ地球から帰還したスグルが玉座についたわけである。当初は、地球で長く過ごしたスグルについて、穿った見方をする者が少なくなかった。しかし、彼は根気よく王室や元老院に自分の政策や考えを説き、深い慈悲の心で真摯に彼らと向き合い続けた。そして治世十年に至り、ようやくその努力が結果となって実りつつあった。もちろんその陰に、実兄のアタルや、フェニックスらの強力な力添えがあったことは言うまでもない。
フェニックスにとって、肩におかれたアタルの手の重さと温かさは、己に寄せられた信頼の証のように感じられた。彼は少しばかり気恥ずかしくなり、照れ隠しにこう応えた。
「ソルジャー、何だか今日はいつもと違ってずいぶんメロウじゃないか。アンタみたいな人でも感傷にひたるときがあるのか」
たとえ意識の表層では忘れたつもりでいても、魂の奥底が覚えている。立方体リングで戦ったあの日、フェニックスの軽口めいた一言に対して「おまえに兄貴呼ばわりされる覚えはない」と鉈で断ち切るように言い捨てたときの、あの苛烈な眼差しを。まるで瞳の奥で、燃えさかる業火がゆらめいているようだった。
しかし、そんな出来事が絵空事であったかのようにアタルは目元に笑みを浮かべ、フェニックスの肩を軽く叩いた。
「当たり前だろう?オレとて人の子だ」
スグルは能力においてフェニックスにはるかに劣るにも関わらず、キン肉王家の王子として、贅沢な生活を送っていた。貧しい家庭の自分とはかけ離れた、覆しようのないその格差は、幼いフェニックスの心に言いようのない嫉妬の炎をかき立てた。
しかし、もしその後も王立幼稚園で席を並べてともに時を過ごしたならば、やがてフェニックスも幼いなりにスグルの本質――ただひたすらに単純かつ明朗で、けして誰かを貶めることなどないこと――を、理解し得たかもしれない。それはきっと彼の心のなぐさめになったろう。
だけどそんな機会が訪れる前に、スグルは旅行中の宇宙船事故によって、何の予告もなしにフェニックスの前からあっさりと姿を消し、それきり十何年も戻ってこなかった。
こうして、スグルの存在はフェニックスにとって不条理の源泉となり、彼は解決不能なわだかまりを抱えたまま成長を続けた。フェニックスとともに大きく育ったそれは、もはや手の施しようのないほどに彼の心の奥深くまでしっかりと根を張りめぐらせ、いつしか彼の原動力、レゾンデートルとなっていた。
その結果、引きおこされたのが王位争奪戦のあの血なまぐさいやり取りだ。
それでもスグルはそれを一切水に流し、大王即位後にフェニックスを王室補佐官に招へいしたのだった。
しかし当時のフェニックスはそれに応じた先で何が自分を待っているか、分かりすぎるほど分かっていた。そのうえ母親のシズ子は、息子のふるまいに心を痛めたあげく、もともと残り少なかった寿命を大阪城への強行軍によってさらにすり減らし、王位争奪戦が終わっていくらもせずに身まかっていた。フェニックスはいっそ自らに流刑を科し、そこで一人贖罪に生きようかとも考えた。
そんな彼の心中を、アタルだけはいち早く察していた。幼い頃に王位継承者としての重責と、親への反発から王家を出奔し、長くアウトローとして生きてきたアタルには、王室にまつわる重責やそこに外部者が属する困難さがよく理解できた。そして、幼い頃から上流階級に対するコンプレックスを抱えて生きてきたフェニックスが、真に自分らしく生きていくためには、それを乗りこえることこそが、最も大切な課題であるとも考えていた。
ある日、アタルはただ一言フェニックスに告げた。
「自己否定は安易に苦悩を捨て去るには有効だが、やがて身と心を損なうぞ」
こうしてフェニックスのたどるべき道は、
「――あの頃は、先代大王と王妃を始めとして、皆がオレのことを『この男が王宮にやって来たのは新大王の寝首をかくためだ』と思っているのが、ありありと感じられた。むろん、同じ経緯の者がいればオレとてそう思っただろう。幼いころから大王を敵視し続け、あげくには彼を死の一歩手前まで追い詰めたのだから」
父・タツノリが同族の敵対勢力に命を狙われ続ける姿を幼い頃から目にしていた真弓が、スグルとフェニックスの関係のなかに、それと通じるものを錯視したとしても無理からぬことである。
同じように、スグルの大王即位直後には、大王補佐官の座に就いたフェニックスのもとを秘密裏に訪れ、彼の心の奥底に叛意を見いだし、それを新大王の失脚につなげようとする者が幾人もいた。しかしフェニックスは、幾度かはその企みにのるフリさえして、使者を遣わした者の正体を確かめた。それらの企みは彼の鋭い知性と冷静な判断力、そして卓越した戦略によって、最終的に全て無事に塵と消えた。
スグルとフェニックス、二人のあいだに結ばれた友情と、互いを慈しみあう思いの深さを思えば、そのような謀反が起こるはずがないのは、しごく当然のことだ。しかし、地球で繰り広げられたあの戦いを直接に観ていなかった者には、そのことが理解できないのだろう。
それからしばらくがたち、姦計が単なる杞憂、つまり机上の空論であるという認識が万人に浸透した頃、フェニックスは初めてそれらの顛末をスグルに告げた。話を聞いたスグルは「まだまだ皆はおまえのことが分かっとらんのう」と言ってあっけらかんと笑い、フェニックスはいつもの微苦笑でそれに応えたのだった。
アタルはフェニックスの肩に手をおき、労るような口ぶりで言った。
「この十年、おまえはスグルのために、本当によくやってきてくれた」
先代大王である真弓とて、けして凡百の夫ではなかった。だが、いかんせん王室や元老院にはびこった対抗勢力の根は深く、とても先々代大王・タツノリと真弓の二代だけで完全に粛清しきれるものではなかった。そこへ地球から帰還したスグルが玉座についたわけである。当初は、地球で長く過ごしたスグルについて、穿った見方をする者が少なくなかった。しかし、彼は根気よく王室や元老院に自分の政策や考えを説き、深い慈悲の心で真摯に彼らと向き合い続けた。そして治世十年に至り、ようやくその努力が結果となって実りつつあった。もちろんその陰に、実兄のアタルや、フェニックスらの強力な力添えがあったことは言うまでもない。
フェニックスにとって、肩におかれたアタルの手の重さと温かさは、己に寄せられた信頼の証のように感じられた。彼は少しばかり気恥ずかしくなり、照れ隠しにこう応えた。
「ソルジャー、何だか今日はいつもと違ってずいぶんメロウじゃないか。アンタみたいな人でも感傷にひたるときがあるのか」
たとえ意識の表層では忘れたつもりでいても、魂の奥底が覚えている。立方体リングで戦ったあの日、フェニックスの軽口めいた一言に対して「おまえに兄貴呼ばわりされる覚えはない」と鉈で断ち切るように言い捨てたときの、あの苛烈な眼差しを。まるで瞳の奥で、燃えさかる業火がゆらめいているようだった。
しかし、そんな出来事が絵空事であったかのようにアタルは目元に笑みを浮かべ、フェニックスの肩を軽く叩いた。
「当たり前だろう?オレとて人の子だ」