数式と温泉(ビッグボディ×フェニックス)

夕食は食堂で客ごとに仕切られたテーブルでとった。小さな宿ということもあり、料理の品数はけして多くはなかったが、どれも新鮮な地の食材を使っており、ふたりはそれを肴にして杯を重ねた。
すっかり腹がくちくなって部屋に戻ると、すでに床が延べられている。
フェニックスが窓辺に寄ってカーテンをめくると、雲ひとつない夜空にくっきりと月が浮かんでいた。月の光に誘われて窓を開ければ、虫の音がどっと部屋に流れこむ。昼のあいだ群れ草の陰で、はばかるように鳴いていた虫たちは、今や我が物顔で秋の歌を奏ででいた。
酔って火照った身体を夜風にさらしながら、フェニックスはしんみりとそれに聴きいった。
「少しはゆっくりできたか?」
「ああ」
「無理をため込むのは、相変わらずだな」
「……かもな」
ビッグボディがフェニックスの肩を抱きよせると、彼は力を抜いて相手に身体を預けた。
フェニックスは幼い頃から自らの素性に引けめを感じていた。それは彼のなかで醸成を続け、王位争奪戦に至って、ついに全てがあふれだした。邪悪五大神に憑かれ、妄執の権化となった彼を救ったのはキン肉スグルのマッスルスパークだった。しかしその後もフェニックスのなかにはその時の亡霊がずいぶん長くとどまり、あるいはそれは生涯背負ってゆくべき己の宿業なのだとフェニックスは思い続けてきた。だけどビッグボディの「お前はひとりじゃない」という言葉によって、ずっと見出すことのできなかった「自分は変われるのだ、変わっていいのだ」という確信を得ることができ、ようやくその亡霊は姿を消したのだった。
「――なあ」
ビッグボディはフェニックスを強く抱きしめると、浴衣のあわせに手をすべりこませ、柔らかく相手の身体をさぐった。指がふれるたび、フェニックスはもどかしさで小さく身をよじり、鳩尾にあたる熱と硬さに、期待で身体の奥がうずいた。
ビッグボディはそのままフェニックスの身体を寝床に横たえたが、彼はそれを制した。
「窓が、開いたままだ」
言われるがままサッシに鍵をかけたビッグボディは、ついでに明かりも消すと、あらためてフェニックスにおおいかぶさった。
「あんまり頑張らなくていいぞ、明日も、運転があるからな」
「分かった、気をつける」
「……どうだかな、お前はいつもそうだ」
ビッグボディの首すじに顔を埋めたフェニックスはそうささやいた。
暗くなった部屋に二つの影が重なり合う。まだ小さくゆれたままの蛍光灯のスイッチ紐が二人の様子を見下ろしていた。

fin
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