ままならないのは愛のせい(ビッグボディ×フェニックス)
夏は終わった。しみじみと、そう感じさせる陽気の一日だった。朝晩の上澄みのような涼しさとは明らかに違うその感じは、爽涼と呼ぶにふさわしい。
「良さそうなワインを見つけたんだ」
一本のワインを携え帰宅したビッグボディは、そう言ってフェニックスにその瓶を手渡した。
それは銅版画のタッチで不死鳥を描いたラベルが貼られた酒精強化ワインだった。いわゆるポートワインとおなじくアルコール添加によって度数をあげたものであるが、後者のそれが長期保存を目的としたものであるのに対し、前者は主にアルコールの分解速度が速い超人が、純粋にワインの風味を楽しみつつ酔いを得るために製造されたものだ。
二人は夕食のあとに、そのボトルを開けた。アルコール度数が高いため、人間ならばデザートワイン用の小さなグラスに注いで少しずつ楽しむものを、ボルドーグラスにたっぷりと注いで興する。褐色に近い液体を灯りに透かせばほんのり赤みがうかがえて、それはフェニックスの身体を縦横にはしるあの模様の、より濃い部分の色にどこか似ている。ワインは発酵の早い段階でアルコールを添加されたため、ふんだんに糖を残していて、ビロードのように重厚な甘みと舌を焼くアルコールの強さを併せもっていた。リビングのラグにゆったりと並んで座り、ウッドトレーに並べたナッツやドライフルーツで舌を新しくしながら杯を重ねれば、じわじわと心地よい酔いが身体を充たしていく。
こんなとき、気がつくと彼らは身体のどこかが必ず触れ合っている。小指の先、肩と肩、あるいは並びあった大腿部。肌を寄せるのはほぼフェニックスからで、にも関わらず、それに気がついたビッグボディが相手の肩に腕を回そうものなら、フェニックスは「いきなり何をするのだ」と、さも予期していなかったように相手を一瞥し、結局最後は受け入れる。
あるいは本当に彼は最初の触れあいを自覚しておらず、酔いか、あるいは無意識に依ったものなのもしれない。だけど一方通行の図式になってしまったスキンシップは下心を見透かされたようで、ビッグボディとしては毎度複雑な気持ちを抱かないでもない。
それでもビッグボディは今夜もフェニックスの肩に腕をまわし、フェニックスも相手にもたれかかるように身体をあずけていた。ボトルはほとんど空になっているが、それぞれのグラスには半分ほどのワインが残っていた。フェニックスはやおらボトルを目の高さに持ちあげ、しげしげとラベルを見やるとつぶやいた。
「なんで、この酒を選んだんだ?お前」
「それは、まあ、お前と同じ名前の鳥がラベルに描いてあったから」
フェニックスは肩をすくめた。そんな答えがかえってくることなどすっかり承知していた、というように。
「フェニックス、というのは別にオレのためだけのものじゃない」
フェニックスは知性の神に見出されるまで、フェニックスマンと名乗っていた。父の名は太郎、母の名はシズ子。正式にはフェニックス太郎とフェニックスシズ子。二人の間に生まれた彼は、両親に倣うなら「マン」が自身の名となる。
「お前の言いたいことは分かるけど――だけど、オレのフェニックスは、やっぱりお前なんだ」
「アレはオレがやったことじゃないし、あの時は他の誰もが甦っただろう。それにオレは復活など望んでなかった。一度きりの生で、本当に充分だったんだ」
「そんなこと、言うなよ」
憧憬と恋慕から抽出された純粋さに正面から向き合えないのは、フェニックスの性分だ。それでも、大切な相手の捨て鉢なところを見るのは切ない。
それに、とフェニックスは続けた。
「お前と飲むといつもひどく酔う。それが気に入らん」
「……ペースが速いんじゃないのか?オレに合せることはないんだ」
「前は、こんなことなかった――」
二の句が発せられることはついになかった。ビッグボディの肩にもたれかかった頭がふいに重くなり、フェニックスは舟をこぎだしていた。
ビッグボディは手にしたグラスをトレーに置き、フェニックスの身体を抱き上げると寝室にはこび、ベッドにそっと横たえた。
その寝顔はまるで屈託がなくて、さっきまで人を試すような物言いをしていたなどとは欠片も思えない。あるいはそれで満足したからこその結果なのかもしれないが。
リビングにもどったビッグボディは酒宴の後片付けをし、部屋の電気を消した。就寝前の洗面と歯磨きをし、鏡のなかの己の姿を眺めながら、先ほどの出来事について考えた。
フェニックスは恐ろしいほどに知恵が回る。そのせいで人に心を許すということがめったにない。ビッグボディに対して今夜のようにあけすけなふるまいをするようになったのも、ごく最近のことだ。
あんなふうに自らの考えを忌憚なく開陳するのは、相手に対して己を(その才覚ごと)認め、受けいれてほしいという願望があるのだろう。本来であれば、そういう相手を試すような行動は人生のもっと早い段階――幼少期に親(とくに同性の)に対して済ませておくべきものだ。だけど人よりも神に近い知性のせいで、幼い彼はそんな機会を逸し、そのまま長じて父親を亡くしてしまった。だからずっと他者の中に父親の存在を探し続けているのかもしれない。
自分は彼の恋人で、親になった覚えはない。だのにそう思っていても、あの寝顔を見ているとそんなことはどうでもよくなってしまって、こういうのをまさに惚れた弱みというのだろう。
本当に、始末におえない。
たまにはロマンチックな夜を過ごそうと、高価なワインを張りこんで買ったのに。
すっかり深い寝息をたてるフェニックスを起こさないよう、ビッグボディはそっとベッドに身を横たえた。これだって彼の巨躯からすれば、離れ業のようなものなのだ。
「ひとつ、貸しだからな」
きっと夢を見ているのだろう、おだやかな寝顔をしたフェニックスの耳元にそうささやくと、ビッグボディは自分もまた眠りにつくべく目を閉じた。
fin
(初出:2024.09 pixiv)
「良さそうなワインを見つけたんだ」
一本のワインを携え帰宅したビッグボディは、そう言ってフェニックスにその瓶を手渡した。
それは銅版画のタッチで不死鳥を描いたラベルが貼られた酒精強化ワインだった。いわゆるポートワインとおなじくアルコール添加によって度数をあげたものであるが、後者のそれが長期保存を目的としたものであるのに対し、前者は主にアルコールの分解速度が速い超人が、純粋にワインの風味を楽しみつつ酔いを得るために製造されたものだ。
二人は夕食のあとに、そのボトルを開けた。アルコール度数が高いため、人間ならばデザートワイン用の小さなグラスに注いで少しずつ楽しむものを、ボルドーグラスにたっぷりと注いで興する。褐色に近い液体を灯りに透かせばほんのり赤みがうかがえて、それはフェニックスの身体を縦横にはしるあの模様の、より濃い部分の色にどこか似ている。ワインは発酵の早い段階でアルコールを添加されたため、ふんだんに糖を残していて、ビロードのように重厚な甘みと舌を焼くアルコールの強さを併せもっていた。リビングのラグにゆったりと並んで座り、ウッドトレーに並べたナッツやドライフルーツで舌を新しくしながら杯を重ねれば、じわじわと心地よい酔いが身体を充たしていく。
こんなとき、気がつくと彼らは身体のどこかが必ず触れ合っている。小指の先、肩と肩、あるいは並びあった大腿部。肌を寄せるのはほぼフェニックスからで、にも関わらず、それに気がついたビッグボディが相手の肩に腕を回そうものなら、フェニックスは「いきなり何をするのだ」と、さも予期していなかったように相手を一瞥し、結局最後は受け入れる。
あるいは本当に彼は最初の触れあいを自覚しておらず、酔いか、あるいは無意識に依ったものなのもしれない。だけど一方通行の図式になってしまったスキンシップは下心を見透かされたようで、ビッグボディとしては毎度複雑な気持ちを抱かないでもない。
それでもビッグボディは今夜もフェニックスの肩に腕をまわし、フェニックスも相手にもたれかかるように身体をあずけていた。ボトルはほとんど空になっているが、それぞれのグラスには半分ほどのワインが残っていた。フェニックスはやおらボトルを目の高さに持ちあげ、しげしげとラベルを見やるとつぶやいた。
「なんで、この酒を選んだんだ?お前」
「それは、まあ、お前と同じ名前の鳥がラベルに描いてあったから」
フェニックスは肩をすくめた。そんな答えがかえってくることなどすっかり承知していた、というように。
「フェニックス、というのは別にオレのためだけのものじゃない」
フェニックスは知性の神に見出されるまで、フェニックスマンと名乗っていた。父の名は太郎、母の名はシズ子。正式にはフェニックス太郎とフェニックスシズ子。二人の間に生まれた彼は、両親に倣うなら「マン」が自身の名となる。
「お前の言いたいことは分かるけど――だけど、オレのフェニックスは、やっぱりお前なんだ」
「アレはオレがやったことじゃないし、あの時は他の誰もが甦っただろう。それにオレは復活など望んでなかった。一度きりの生で、本当に充分だったんだ」
「そんなこと、言うなよ」
憧憬と恋慕から抽出された純粋さに正面から向き合えないのは、フェニックスの性分だ。それでも、大切な相手の捨て鉢なところを見るのは切ない。
それに、とフェニックスは続けた。
「お前と飲むといつもひどく酔う。それが気に入らん」
「……ペースが速いんじゃないのか?オレに合せることはないんだ」
「前は、こんなことなかった――」
二の句が発せられることはついになかった。ビッグボディの肩にもたれかかった頭がふいに重くなり、フェニックスは舟をこぎだしていた。
ビッグボディは手にしたグラスをトレーに置き、フェニックスの身体を抱き上げると寝室にはこび、ベッドにそっと横たえた。
その寝顔はまるで屈託がなくて、さっきまで人を試すような物言いをしていたなどとは欠片も思えない。あるいはそれで満足したからこその結果なのかもしれないが。
リビングにもどったビッグボディは酒宴の後片付けをし、部屋の電気を消した。就寝前の洗面と歯磨きをし、鏡のなかの己の姿を眺めながら、先ほどの出来事について考えた。
フェニックスは恐ろしいほどに知恵が回る。そのせいで人に心を許すということがめったにない。ビッグボディに対して今夜のようにあけすけなふるまいをするようになったのも、ごく最近のことだ。
あんなふうに自らの考えを忌憚なく開陳するのは、相手に対して己を(その才覚ごと)認め、受けいれてほしいという願望があるのだろう。本来であれば、そういう相手を試すような行動は人生のもっと早い段階――幼少期に親(とくに同性の)に対して済ませておくべきものだ。だけど人よりも神に近い知性のせいで、幼い彼はそんな機会を逸し、そのまま長じて父親を亡くしてしまった。だからずっと他者の中に父親の存在を探し続けているのかもしれない。
自分は彼の恋人で、親になった覚えはない。だのにそう思っていても、あの寝顔を見ているとそんなことはどうでもよくなってしまって、こういうのをまさに惚れた弱みというのだろう。
本当に、始末におえない。
たまにはロマンチックな夜を過ごそうと、高価なワインを張りこんで買ったのに。
すっかり深い寝息をたてるフェニックスを起こさないよう、ビッグボディはそっとベッドに身を横たえた。これだって彼の巨躯からすれば、離れ業のようなものなのだ。
「ひとつ、貸しだからな」
きっと夢を見ているのだろう、おだやかな寝顔をしたフェニックスの耳元にそうささやくと、ビッグボディは自分もまた眠りにつくべく目を閉じた。
fin
(初出:2024.09 pixiv)
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