箱庭の楽園(ビッグボディ×フェニックス)

ビッグボディの朝は早い。そしてフェニックスの朝も早い。
おしなべて超人はみな朝が早い。
やさぐれて世間に背をむけ、地下社会に身を投じた悪行超人以外は。
その日も二人はやっと曙光がみえる頃合いに起きだし、ごく簡単に身支度を整えるといつものランニングに出かけた。東の空から顔をのぞかせたばかりの太陽の光がまっすぐに彼らの顔をさす。大きな姿と小さな姿が並んで、いつものコースをいつものペースで口数少なく走っていく。ぐうぜん行きあわせた人間のランナーが追走を試みることもたまにあるが、一流の、現役まっただなかの超人の速度にかなうわけもない。彼を置きざりにして、たちまち二人の姿は小さくなっていく。

そうして身体をじゅうぶんに目覚めさせて家に戻ってくると、まずフェニックスがシャワーをつかう。そのあいだにビッグボディはキッチンでコーヒーメーカーをセットして、朝の一杯を準備する。フェニックスが汗を流してバスルームから出てくるころには、コーヒーの香ばしくて快い香りが部屋にみちている。つぎはビッグボディがシャワーを浴びる番。姿を消した彼にかわって、フェニックスはキッチンで愛用のマグカップに淹れられたばかりのコーヒーをなみなみ注ぎ、ダイニングテーブルにつくと、そこでタブレットを立ちあげる。
フェニックスは地球では株式などの投資によって生計を立てている。あの頭脳と抜かりのなさ、そして勤勉さがあれば専業投資家などどうということもない。
長年つかっているメガネをかけて熱いコーヒーをすすりながら、前日までの株式相場に目を通し、その日の計画をたてていく。
その頃にはビッグボディもサッパリとした姿で戻ってきて、彼も自分のマグカップにコーヒーを注ぐと、おくればせながら朝の一杯を楽しむ。ちなみに二人のマグカップは色違いで、フェニックスは本体の部分がサーモンピンクで取っ手がダークレッド、ビッグボディは本体の部分がフューシャピンクで取っ手がブルー。どちらも白字でそれぞれのイニシャルである「P」と「B」の文字が記してある。二人がこのカップをどこでどうやって手に入れたのか、誰も知らない。
コーヒーを飲み終えるとビッグボディは朝食の支度をする。食事の支度は朝はほとんどビッグボディがやっていて、昼はそれぞれ用事があることが多いため各自で、夜はどちらかが作りたいものを、でなければそろって外に食べにいく。今朝のメニューはトーストとスクランブルエッグにベーコンとサラダ、それから先ほど淹れたコーヒー。メニューは人間とさして変わらないが、お察しのとおり量が尋常ではない。食パンなら二人で一度に一斤は食べてしまうし、タマゴは二日で一パック使ってしまう。そしてその大半はビッグボディの腹におさまる。そういうこともあって彼は率先して朝食の支度を引き受けている。
野菜を洗って水切りをしているあいだにタマゴをボールへカパカパと割りいれ、フライパンを温めてバターの欠片をのせ、それが溶けるころ合いで溶いた卵液を流しこむ。シュン、とちいさな音をたて卵液が固まっていくうちに、馥郁としたバターとタマゴの香りがあたりにただよう。
「おい、そろそろメシの支度ができるぞ」
ビッグボディが料理をのせる皿をそろえながらフェニックスに呼びかける。
「……ああ」
まだトーストを焼いていない。フェニックスはもう少し猶予があることを知っていて、メガネの位置を片手で直しながら生返事をかえす。本当は今の彼にメガネの矯正は必要ない。フェニックスマンの頃はひどい近視でメガネを手放せなかったが、キン肉マンスーパー・フェニックスになったときに、なぜだか視力がすっかり回復していた。だけど考えごとや読書をするときに若いころのメガネをかけていると、とても気分が落ちつくので、度のはいっていないレンズに替えてそれをずっと使っている。ちなみにビッグボディは生まれてこのかたメガネが必要になったことなど一度もない。傍からはうらやむべきことだけど、いかにも頭脳労働者のアイテムといったメガネにたいして彼はほんのり憧れを抱いていたりする。
だからビッグボディは愛するフェニックスがメガネをかけている姿をとても気に入って、この朝のひと時をいつも楽しみにしている。
オーブントースターがチン、と軽やかな音をたてて、なかのパンが焼きあがったことを二人に知らせた。
「こら、そろそろ終わりにしろ。パンがさめちまう」
ビッグボディにたしなめられたフェニックスはタブレットをスリープモードにするとテーブルの脇のワゴンにおいた。
ビッグボディはそこへ料理の皿を次々に並べていく。
二人は手を合わせ、食前のあいさつをすませると食事をはじめた。
「お前、今日の予定は?」
「家でデイトレードだな」
「オレは用事があるから出てくるが、夜はどうする?」
「外でなにか食べよう。昼までに店は考えておく」
「それならあとで連絡する」
「ああ」
とりたてて変わったことのない、昨日と同じ一日の始まり。
だけどたくさんの困難をのりこえてやっとたどり着いた、ここは箱庭の楽園。

fin
(初出:2024.09.05 初出)
1/1ページ