再会編【全5話】
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それから○と趙雲の生活が始まった。
○は炊事洗濯に繕い物、家事は何でもこなした。
花嫁修業もしてきたと豪語するだけあって、かなり手際が良い。
薪割りも上手で驚いた。
最初は心配したが、足腰がしっかりしていて安心感がある。
本来は男の仕事だったが、「子龍様は自警と鍛錬に集中してくださって結構です」と○が全て引き受けていた。
趙雲が家に帰るといつも灯がついており、湯に浸した手拭いを渡してくれる○。
それで身体を拭いて着替えると、父が先に座る食卓に促される。
父は○に生活を手伝ってもらう事が多く、いつも「悪いな」と言いながらもどこか楽しそうだった。
母が亡くなって数年。
その後、戦場に出ていた趙雲は、数年ぶりの家庭の温もりを感じていた。
(このような生活を一年送ってしまったら、ああもなるか)
父が異様に○の肩を持つ理由が分かった。
○は相変わらず趙雲の寝室に忍び込むことはやめないし、事あるごとに抱き着いて来るのを除けば平穏そのものだった。
○が趙雲の家に押しかけてきてから二年。
趙雲の傍らには、常に寄り添う○の姿があった。
「旦那様!」「結婚してください」と屈託なく笑う彼女の求婚を、当初はいちいち言い返していた趙雲だったが、今や「また始まったか」と軽く受け流すほどに彼女の存在は彼の生活の一部となっていた。
しかしそんなある日。
麓の町で馬の蹄鉄を打ち直していた趙雲は、噂話を耳にする。
「劉備って人が、曹操と呂布の軍勢に敗走したらしい」
「今、袁紹陣営にいるみたいだな」
その瞬間、趙雲の瞳に、久しく影を潜めていた光が戻る。
義に厚き主君、劉備。
一度は共に戦場に立ち、その志に心酔した御仁が危機にある。
(兄の喪も、じきに明ける。今こそ、この槍を振るう時。劉備様のもとへ駆けつけねば……!)
だが趙雲の脳裏に、夕餉の準備をして帰りを待っているであろう○の笑顔が浮かぶ。
正直に話せば彼女は間違いなく、「私も行きます」と言うだろう。
この二年で、○は荒々しくも凄惨なまでの実力を持っていることが分かった。
戦場に出たこともある彼女なら、十分に生き残れるかもしれない。
(……だが、劉備殿は今、かなり不利なお立場…そんな所に彼女を連れて行くわけにはいかない)
趙雲は決意を固める。
家に戻ることなく、その場で筆を借り、簡潔な手紙をしたためた。
今なら武器も持っているし、幸い愛馬も連れてきている。
このまま出ていける。
『○。申し訳ないが、私にはどうしても仕えたい御仁がいる。その方の危機に、背を向けることはできぬ。……勝手な去り際を許してほしい。いつ戻るか分からぬ。どうか○は実家に戻り、健やかに過ごしてくれ』
筆を持つ手が、わずかに震えた。
十二年前の約束を追ってここまで来た彼女を、自分は再び置いて去ろうとしている。
この二年間も、心温まるとても大切な時間だった。
胸を刺すような痛みが趙雲を襲う。
しかし劉備を案じるこの気持ちに抗う事は、武人である趙雲にはできない。
手紙を町の昔なじみの知り合いに託すと、趙雲は愛馬の腹を蹴る。
再び「武人」としての過酷な運命に身を投じる、孤独な旅立ちだった。
*****
劉備軍に合流し、戦火の絶えない日々に身を投じた趙雲。
曹操軍の圧倒的な物量に押され、新野から江陵へと敗走を続ける。
(○と別れて二年か…)
ふとした時に、○の事を思い出す。
(今頃どうしているのだろう。…健やかに暮らしてくれていればいい)
かつては「図々しくうるさい娘だ」とさえ思っていた彼女の存在が、戦で心がすさんだ時に思い出すと、暖かい気持ちになる。
○と別れて今日までの二年間、何人かの女たちから思慕を向けられてきたが、○を思い出すと彼女達と共にいる気になれなかった。
そしてあそこまで真っ直ぐにぶつかってきた者は、後にも先にも○だけだ。
人生のたった二年間しか共にいなかったが、彼女との二年間はとても色濃く温かいものだった。
健やかに過ごしてくれればいいと思いながらも、○が誰かと一緒になっている姿はあまり想像したいものではない不思議さ。
戦の途上、避難する民衆の中に彼女と同じくらいの背格好の娘を見ければ、趙雲は無意識に目で追ってしまう。
そしてそんな自分に驚いた。
ある夜、陣中に届けられた一通の書。
それは趙雲の武勇に惹かれたある太守の娘からの、熱烈な恋文だった。
それを受け取った趙雲は小さく微笑む。
(……これが見つかれば、○はまた”浮気”だなんだと騒ぎ立てるのだろう)
「厄介だ」と思いながらも、その厄介さこそが、今の趙雲にとって取り戻したい日常になっていた。
「趙雲?どうした?なにかいい事が書いてあったか?」
「劉備殿…いえ。この手紙は特に…ただ、故郷にいるであろう友人の事を思い出しておりました」
主君を守り、民を救い、この乱世を終わらせる。
それまでは故郷へ帰らない。
○は炊事洗濯に繕い物、家事は何でもこなした。
花嫁修業もしてきたと豪語するだけあって、かなり手際が良い。
薪割りも上手で驚いた。
最初は心配したが、足腰がしっかりしていて安心感がある。
本来は男の仕事だったが、「子龍様は自警と鍛錬に集中してくださって結構です」と○が全て引き受けていた。
趙雲が家に帰るといつも灯がついており、湯に浸した手拭いを渡してくれる○。
それで身体を拭いて着替えると、父が先に座る食卓に促される。
父は○に生活を手伝ってもらう事が多く、いつも「悪いな」と言いながらもどこか楽しそうだった。
母が亡くなって数年。
その後、戦場に出ていた趙雲は、数年ぶりの家庭の温もりを感じていた。
(このような生活を一年送ってしまったら、ああもなるか)
父が異様に○の肩を持つ理由が分かった。
○は相変わらず趙雲の寝室に忍び込むことはやめないし、事あるごとに抱き着いて来るのを除けば平穏そのものだった。
○が趙雲の家に押しかけてきてから二年。
趙雲の傍らには、常に寄り添う○の姿があった。
「旦那様!」「結婚してください」と屈託なく笑う彼女の求婚を、当初はいちいち言い返していた趙雲だったが、今や「また始まったか」と軽く受け流すほどに彼女の存在は彼の生活の一部となっていた。
しかしそんなある日。
麓の町で馬の蹄鉄を打ち直していた趙雲は、噂話を耳にする。
「劉備って人が、曹操と呂布の軍勢に敗走したらしい」
「今、袁紹陣営にいるみたいだな」
その瞬間、趙雲の瞳に、久しく影を潜めていた光が戻る。
義に厚き主君、劉備。
一度は共に戦場に立ち、その志に心酔した御仁が危機にある。
(兄の喪も、じきに明ける。今こそ、この槍を振るう時。劉備様のもとへ駆けつけねば……!)
だが趙雲の脳裏に、夕餉の準備をして帰りを待っているであろう○の笑顔が浮かぶ。
正直に話せば彼女は間違いなく、「私も行きます」と言うだろう。
この二年で、○は荒々しくも凄惨なまでの実力を持っていることが分かった。
戦場に出たこともある彼女なら、十分に生き残れるかもしれない。
(……だが、劉備殿は今、かなり不利なお立場…そんな所に彼女を連れて行くわけにはいかない)
趙雲は決意を固める。
家に戻ることなく、その場で筆を借り、簡潔な手紙をしたためた。
今なら武器も持っているし、幸い愛馬も連れてきている。
このまま出ていける。
『○。申し訳ないが、私にはどうしても仕えたい御仁がいる。その方の危機に、背を向けることはできぬ。……勝手な去り際を許してほしい。いつ戻るか分からぬ。どうか○は実家に戻り、健やかに過ごしてくれ』
筆を持つ手が、わずかに震えた。
十二年前の約束を追ってここまで来た彼女を、自分は再び置いて去ろうとしている。
この二年間も、心温まるとても大切な時間だった。
胸を刺すような痛みが趙雲を襲う。
しかし劉備を案じるこの気持ちに抗う事は、武人である趙雲にはできない。
手紙を町の昔なじみの知り合いに託すと、趙雲は愛馬の腹を蹴る。
再び「武人」としての過酷な運命に身を投じる、孤独な旅立ちだった。
*****
劉備軍に合流し、戦火の絶えない日々に身を投じた趙雲。
曹操軍の圧倒的な物量に押され、新野から江陵へと敗走を続ける。
(○と別れて二年か…)
ふとした時に、○の事を思い出す。
(今頃どうしているのだろう。…健やかに暮らしてくれていればいい)
かつては「図々しくうるさい娘だ」とさえ思っていた彼女の存在が、戦で心がすさんだ時に思い出すと、暖かい気持ちになる。
○と別れて今日までの二年間、何人かの女たちから思慕を向けられてきたが、○を思い出すと彼女達と共にいる気になれなかった。
そしてあそこまで真っ直ぐにぶつかってきた者は、後にも先にも○だけだ。
人生のたった二年間しか共にいなかったが、彼女との二年間はとても色濃く温かいものだった。
健やかに過ごしてくれればいいと思いながらも、○が誰かと一緒になっている姿はあまり想像したいものではない不思議さ。
戦の途上、避難する民衆の中に彼女と同じくらいの背格好の娘を見ければ、趙雲は無意識に目で追ってしまう。
そしてそんな自分に驚いた。
ある夜、陣中に届けられた一通の書。
それは趙雲の武勇に惹かれたある太守の娘からの、熱烈な恋文だった。
それを受け取った趙雲は小さく微笑む。
(……これが見つかれば、○はまた”浮気”だなんだと騒ぎ立てるのだろう)
「厄介だ」と思いながらも、その厄介さこそが、今の趙雲にとって取り戻したい日常になっていた。
「趙雲?どうした?なにかいい事が書いてあったか?」
「劉備殿…いえ。この手紙は特に…ただ、故郷にいるであろう友人の事を思い出しておりました」
主君を守り、民を救い、この乱世を終わらせる。
それまでは故郷へ帰らない。