兄妹編【全5話】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
○の兄は、その体格から翌日には城内の噂の的になっていた。
朝っぱらから馬超が趙雲の宿舎の前に立つと、荘を鍛錬に連れて行ってしまった。
「朝から元気ですね」
「…そうだな。私も呼ばれている…」
疲れた様子の趙雲を覗きこむ。
「子龍様、付き合う必要ないですよ。兄さん、どこででも知り合い作る人ですからほっといても大丈夫です」
「そうもいかない。劉備殿は連日の宴会で自室で休んでいらっしゃって時間もある。いつもと違う相手との手合わせというのも刺激があっていいだろうし、行ってくる。お前はどうする?」
そう聞かれて、○は首を横に振った。
「私は今日、星彩と約束がありますから遠慮しておきます」
「星彩…?」
「ええ。なんでも裁縫を習いたいらしくて。教える予定です」
漢中での戦があってからこっち、劉備は連日の様に宴会を開いている。
将兵は治安維持の為に軍務はあるが、それもかなり免除されていた。
この機会に星彩が裁縫を習いたいと○に相談してきたのだ。
「…刺繍だけは、教えるのをやめておけよ。壊滅的に趣味が悪いからな」
それだけ言って趙雲は出て行った。
陽の差し込む明るい部屋で、○は星彩と並んで腰掛け、静かに針を動かしていた。
一通りの花嫁修業はさせられていた○は、服の破れやほつれを直す繕い物は得意だ。
○の兄の話から幼い頃の事など、同性同士の会話に花を咲かせる。
「でも、ちょっと意外かも。星彩がこうして繕い物をしてるなんて……あ、変な意味じゃなくてね?」
○が素直な感想を口にすると、星彩は針を止めて手元の布地を見つめた。
「……いずれは私も、誰かの妻になるだろうから。これくらいは出来なくちゃと言われて」
「誰に?」
「兄上に」
その声はいつもの毅然とした彼女のものとは思えないほど、どこか寂しげだった。
(…?関平、そんなこと気にしなさそうなのに)
そんな事を考えていると、遠くの方から張苞が星彩を探す声がした。
「ごめんなさい。呼ばれているみたい。また今度、続きをいいかしら」
「あ、うん。勿論。片づけはしておくから行っておいで」
星彩はお礼を言うと、走って行ってしまった。
その日の夜。
兄は馬超に誘われて、劉備の宴会に参加しに行った。
その時間、趙雲と居間で過ごしていた際に、○は星彩とした話を口にする。
「それで、星彩はどこかすごく寂しそうで…。関平とうまく行っていないのでしょうか。関平はどちらかというと武芸に秀でた人の方が好きそうなのに……聞けなかったんですよね」
関平と星彩は、趙雲を含めて出かけた事もある。
互いの気持ちは趙雲も知っているはずだ。
長椅子に座って職務の書簡に目を通していた趙雲は、どこか複雑そうな顔で顔を上げずに「うー…ん」と生返事をした。
「あまり、関平の事は言ってやらぬほうが良いかもしれん」
聞けば、劉備の漢中王の即位に伴い重臣たちの合議の中で、水面下である重要な縁談が持ち上がっているのだという。
それは張飛の娘である星彩を、次代の跡継ぎである劉禅の正室に迎えようという話だった。
劉禅といえばあの長坂の戦いで、○と趙雲が命がけで敵陣から救い出した、あの幼子の阿斗だ。
まだまだ幼いが、一国を担うともあれば早めに縁談は組まれるだろう。
「ん?阿斗様って、星彩より五、六歳は年下ですよね?」
まだほんの子供である彼の顔を思い浮かべ、○が驚いて声を上げる。
やはり趙雲は「んー…」と生返事だ。
「年の差や劉禅様の年齢はどうあれ、これは国を固めるための婚姻。臣下である我らは様子を見るほかないのだ。お前も見守ってやりなさい」
いつもの口調ではあるものの、○が思う事を察している趙雲は難しそうな顔をしていた。
*****
翌日、○は再び星彩と並んで針を動かしていた。
(星彩、私よりもいくつか年下なのに…もう婚姻を決められるのね。張飛様のご息女だし、立場の違いとか色々あるかもしれないけど……)
大切な気持ちと言うのは恋愛以外にもあるはずだし、最初から無かったことにして諦める必要なんてないはずだ。
「ねえ、星彩。これ……一緒に作ってみない? 実は私も今、子龍様に似た物を作っているところなんだけど」
○が取り出して見せたのは、戦場に赴く男性へ、戦の無事を祈って贈るお守りの手拭いだった。
戦に生きる男たちへ家族や愛する者が仕立てて渡すものである。
汗を拭くのはもちろん、万が一の時には止血にも使える長さで仕立てるのだ。
「手拭い……?」
星彩が針を止め、少し不思議そうに○の手元を覗き込む。
「そう。こうやって端の方に一針ずつ、無事を祈って縫い目を並べていくの。縫い目の数だけ思いがこもるっていうおまじないでもあって。ほら、関平は荊州で魏との最前線でしょ?その……少しでもお守りになれば、と思って。戦場に出る人になら誰に渡しても良いものだって女官の方に聞いたわ」
○の少し熱を帯びた言葉に、星彩は布を見つめる。
「やってみようかしら…」
「良いと思うよ。はい、布」
新しい生地を受け取った星彩は、○が持っている布を指さす。
「ねえ、ところで…○のそれは手拭いなの?随分大きい布だけれど」
聞かれた○は自分が持っている布を持ち上げた。
「ううん、これは褌。私はもう、手拭いは作りすぎちゃっていらないって言われたから。関平もこっちにする?」
「ふ、褌…?」
星彩は一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くし、それからふっと肩の力を抜いて、呆れたように小さく笑った。
いくら押しかけて妻の座につこうとしているとはいえ、年頃の娘が未婚の男性へ贈る物としては、あまりにも直球で生活感が溢れすぎている。
しかし○は自慢げだ。
「実はね、子龍様が劉備様の婚儀の為に呉に渡った事があるんだけど、その時に作って入れておいたの。そしたら帰還後に、『絞め心地と言い、大きさといい、私にちょうどよかった』って褒めて下さって。これなら消耗品だし、名前を刺繍すれば浮気防止にもなるし、一石二鳥でしょ」
それを聞いた星彩は笑った。
あの趙雲が真面目な顔で、文句を言いながらも○の手製の褌を律儀に締め、それを褒めていたという光景を想像してしまったのだ。
「○、その話……絶対に人に言わない方がいいわ。特に、あなたのお兄様の前では」
「どうして?夫婦の仲睦まじい話なのに」
「趙雲殿の威厳の為にも」
星彩は楽しそうに目を細めながら、○から受け取った布を広げた。
朝っぱらから馬超が趙雲の宿舎の前に立つと、荘を鍛錬に連れて行ってしまった。
「朝から元気ですね」
「…そうだな。私も呼ばれている…」
疲れた様子の趙雲を覗きこむ。
「子龍様、付き合う必要ないですよ。兄さん、どこででも知り合い作る人ですからほっといても大丈夫です」
「そうもいかない。劉備殿は連日の宴会で自室で休んでいらっしゃって時間もある。いつもと違う相手との手合わせというのも刺激があっていいだろうし、行ってくる。お前はどうする?」
そう聞かれて、○は首を横に振った。
「私は今日、星彩と約束がありますから遠慮しておきます」
「星彩…?」
「ええ。なんでも裁縫を習いたいらしくて。教える予定です」
漢中での戦があってからこっち、劉備は連日の様に宴会を開いている。
将兵は治安維持の為に軍務はあるが、それもかなり免除されていた。
この機会に星彩が裁縫を習いたいと○に相談してきたのだ。
「…刺繍だけは、教えるのをやめておけよ。壊滅的に趣味が悪いからな」
それだけ言って趙雲は出て行った。
陽の差し込む明るい部屋で、○は星彩と並んで腰掛け、静かに針を動かしていた。
一通りの花嫁修業はさせられていた○は、服の破れやほつれを直す繕い物は得意だ。
○の兄の話から幼い頃の事など、同性同士の会話に花を咲かせる。
「でも、ちょっと意外かも。星彩がこうして繕い物をしてるなんて……あ、変な意味じゃなくてね?」
○が素直な感想を口にすると、星彩は針を止めて手元の布地を見つめた。
「……いずれは私も、誰かの妻になるだろうから。これくらいは出来なくちゃと言われて」
「誰に?」
「兄上に」
その声はいつもの毅然とした彼女のものとは思えないほど、どこか寂しげだった。
(…?関平、そんなこと気にしなさそうなのに)
そんな事を考えていると、遠くの方から張苞が星彩を探す声がした。
「ごめんなさい。呼ばれているみたい。また今度、続きをいいかしら」
「あ、うん。勿論。片づけはしておくから行っておいで」
星彩はお礼を言うと、走って行ってしまった。
その日の夜。
兄は馬超に誘われて、劉備の宴会に参加しに行った。
その時間、趙雲と居間で過ごしていた際に、○は星彩とした話を口にする。
「それで、星彩はどこかすごく寂しそうで…。関平とうまく行っていないのでしょうか。関平はどちらかというと武芸に秀でた人の方が好きそうなのに……聞けなかったんですよね」
関平と星彩は、趙雲を含めて出かけた事もある。
互いの気持ちは趙雲も知っているはずだ。
長椅子に座って職務の書簡に目を通していた趙雲は、どこか複雑そうな顔で顔を上げずに「うー…ん」と生返事をした。
「あまり、関平の事は言ってやらぬほうが良いかもしれん」
聞けば、劉備の漢中王の即位に伴い重臣たちの合議の中で、水面下である重要な縁談が持ち上がっているのだという。
それは張飛の娘である星彩を、次代の跡継ぎである劉禅の正室に迎えようという話だった。
劉禅といえばあの長坂の戦いで、○と趙雲が命がけで敵陣から救い出した、あの幼子の阿斗だ。
まだまだ幼いが、一国を担うともあれば早めに縁談は組まれるだろう。
「ん?阿斗様って、星彩より五、六歳は年下ですよね?」
まだほんの子供である彼の顔を思い浮かべ、○が驚いて声を上げる。
やはり趙雲は「んー…」と生返事だ。
「年の差や劉禅様の年齢はどうあれ、これは国を固めるための婚姻。臣下である我らは様子を見るほかないのだ。お前も見守ってやりなさい」
いつもの口調ではあるものの、○が思う事を察している趙雲は難しそうな顔をしていた。
*****
翌日、○は再び星彩と並んで針を動かしていた。
(星彩、私よりもいくつか年下なのに…もう婚姻を決められるのね。張飛様のご息女だし、立場の違いとか色々あるかもしれないけど……)
大切な気持ちと言うのは恋愛以外にもあるはずだし、最初から無かったことにして諦める必要なんてないはずだ。
「ねえ、星彩。これ……一緒に作ってみない? 実は私も今、子龍様に似た物を作っているところなんだけど」
○が取り出して見せたのは、戦場に赴く男性へ、戦の無事を祈って贈るお守りの手拭いだった。
戦に生きる男たちへ家族や愛する者が仕立てて渡すものである。
汗を拭くのはもちろん、万が一の時には止血にも使える長さで仕立てるのだ。
「手拭い……?」
星彩が針を止め、少し不思議そうに○の手元を覗き込む。
「そう。こうやって端の方に一針ずつ、無事を祈って縫い目を並べていくの。縫い目の数だけ思いがこもるっていうおまじないでもあって。ほら、関平は荊州で魏との最前線でしょ?その……少しでもお守りになれば、と思って。戦場に出る人になら誰に渡しても良いものだって女官の方に聞いたわ」
○の少し熱を帯びた言葉に、星彩は布を見つめる。
「やってみようかしら…」
「良いと思うよ。はい、布」
新しい生地を受け取った星彩は、○が持っている布を指さす。
「ねえ、ところで…○のそれは手拭いなの?随分大きい布だけれど」
聞かれた○は自分が持っている布を持ち上げた。
「ううん、これは褌。私はもう、手拭いは作りすぎちゃっていらないって言われたから。関平もこっちにする?」
「ふ、褌…?」
星彩は一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くし、それからふっと肩の力を抜いて、呆れたように小さく笑った。
いくら押しかけて妻の座につこうとしているとはいえ、年頃の娘が未婚の男性へ贈る物としては、あまりにも直球で生活感が溢れすぎている。
しかし○は自慢げだ。
「実はね、子龍様が劉備様の婚儀の為に呉に渡った事があるんだけど、その時に作って入れておいたの。そしたら帰還後に、『絞め心地と言い、大きさといい、私にちょうどよかった』って褒めて下さって。これなら消耗品だし、名前を刺繍すれば浮気防止にもなるし、一石二鳥でしょ」
それを聞いた星彩は笑った。
あの趙雲が真面目な顔で、文句を言いながらも○の手製の褌を律儀に締め、それを褒めていたという光景を想像してしまったのだ。
「○、その話……絶対に人に言わない方がいいわ。特に、あなたのお兄様の前では」
「どうして?夫婦の仲睦まじい話なのに」
「趙雲殿の威厳の為にも」
星彩は楽しそうに目を細めながら、○から受け取った布を広げた。