漢中編【全3話】
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成都での生活が落ち着いた頃。
趙雲はいつもの様に町を巡回をしていた。
○との騒がしくも懐かしい日常が戻り、心も穏やかだ。
するとふと、声をかけられた。
「趙雲?」
聞き覚えのある柔らかな声。
前にもこんな事があったような。
趙雲が足を止めると、そこには見知らぬ商隊を率いる美しい女性が立っていた。
「小蘭!?何故成都に?」
そこにいたのは故郷の村の麓に住んでいた幼馴染の小蘭という女性だった。
○が村に着た頃にも彼女と偶然再会し、○がヤキモチを妬いていた女性だ。
村で再会した時も昔より美しくなっていたが、また更に大人の美しさが輝いている。
驚きを隠せない趙雲に小蘭は品の良い笑みを浮かべ、今は商隊を率いていると話した。
「今の成都は統治されたばかりでしょう?活気もあって物資も必要な状態だから、近くにいたし来てみたの。商売もうまくいきそうだし、しばらくはここを拠点にしようと思ってるわ」
かつての村にいた頃よりも、どこか垢抜けた輝きを放つ小蘭。
あの頃、彼女に憧れた少年は多かったので、彼らに話せば盛り上がっただろう。
すると、ふと小蘭が周囲を見た。
「ねえ、そういえば昔、村で再会した時に一緒にいた、あの子は?まだ一緒にいるの?」
「……○のことか。彼女も今、この成都の城に勤めている」
「まあ!まだ一緒にいるのね。身を固めたって事?」
「とんでもない!私はいつ死ぬか知れぬ身だ。特定の相手を作るなど」
少しムキになってそういう趙雲に、小蘭が微笑む。
「そうなの?…ねえ、久しぶりに故郷の人に会ったんだもの。これから食事でもしない?ちょうど昼時だし」
小蘭は軽く趙雲の腕に触れた。
今朝、○が言っていた事が頭をよぎる。
『今日の昼餉、もし早く巡回が終わったらご一緒しませんか?』
しかし”もし”と言っていたし、目の前でこうして誘われるとなんだか断りにくい。
そこでいつもの趙雲の悪癖…”女性の誘いが断れない”癖と、”○を後回しにする”癖が出た。
「ああ…そう、だな」
「ね!行きましょ!美味しいお茶のお店があるのよ」
サラッと小蘭は趙雲の腕を取ると歩き出した。
成都の喧騒を少し離れた、落ち着いた佇まいの茶屋。
その一画で、趙雲は小蘭と向かい合っていた。
趙雲は茶の種類が多く悩んでいたが、○がよく買ってきている銘柄があったのでそれを頼む。
それを待つ間、小蘭は眩しそうに目を細めて趙雲を見た。
「成都にあなたがいるって知ってはいたから…城まで会いに行こうか迷ってたんだけど、偶然会えてよかったわ」
城に来られていたら○に何を言われるか分からなかった…と趙雲は胸をなでおろす。
「しかし、商人の耳というのは早いのだな。私の名など…」
「ふふ、戦場に近ければあなたの名前は嫌でも聞こえてくるわ。自分では分かってないのね。戦場ではそれなりに有名よ?また一段と逞しくなったのね、驚いたわ」
「小蘭も…元気そうでなによりだ」
すると小蘭は机に肘をついてニッコリ美しく笑う。
「それだけ…?」
「…美しくなった、とも思う」
「”なった”って…昔は違ったの?」
「いや、昔から君は…村の少年に人気があったな」
小蘭は見た目を褒められることになれているのだろう、恥ずかしがることもなく屈託なく笑う。
そうして村の幼馴染たちの近況を聞いていると茶が運ばれてきた。
それを一口飲んだ趙雲は首をかしげる。
「どうしたの?」
「…これはよく飲む茶なのだが、いつもと味が違う気がして」
「お茶は淹れ方の癖や順番で味が変わったりするから…普段と淹れ方が違うんでしょうね」
そう言われてふと○の顔が浮かんだ。
○の淹れた茶の味が分かる程度には飲み続けていたんだな…と過ぎた月日に思いをはせる。
ぼんやりと茶碗を眺める趙雲に、小蘭は話しかけた。
「それにしても……本当に立派になったわね、とてもかっこいい。昔の私が今の趙雲を知っていたら、絶対に捕まえて手放さなかったわね」
小蘭の言葉を聞きながら、趙雲は遠い日の自分を思い出していた。
幼少期の趙雲は…まさに○と出会った頃は、今のような体躯も持ち合わせていなかった。
十五の頃に急に伸びた身長はあの頃はまだ低く、身体もなかなか大きくならず細かった。
どこか女の子のように頼りない面差しで、勇猛な男子こそが尊ばれるこの時代においては、周囲からからかわれることも少なくなかった。
幼い頃には苦労したものだ。
(思えば○は…よくあの頃の私と、"影踏み"などしたな)
○の故郷の因習で行う”夫選びの影踏み”。
拳法一家でもある彼女の家族があの頃の自分を見ていたら、絶対に許さなかっただろう。
まだ何者でもなかった弱虫な自分を一目見て、「まるで雷が落ちたような衝撃が走った」という直感のみであんなことをした○。
懐かしい友と過ごす安らぎを感じながらも、趙雲の胸には後ろめたさも溜まり始める。
もしや○は、”もし早く巡回が終わったら”と言いながらも待ってはいないだろうか。
しかし、今、自分が共に過ごそうと決めて目の前にいる小蘭にそれを知られることも趙雲の心情は許さない。
「……昔の話だ。今はもう、戦に明け暮れるだけの無骨な男だよ。これから更に忙しくなるだろうしな」
「そう?○さんはいいの?」
「だから、アレはそういう人間ではない」
趙雲はそう言って茶碗を置いた。
小蘭との懐かしくも、どこか落ち着かない昼食の後、小蘭の「かっこよくなった」という言葉や、かつての淡い記憶が胸に去来し、城で待つ○に対して後ろめたいような、奇妙な高揚感と緊張感を抱えていた。
巡回も終えて宿舎に帰ると、○は部屋におらず、居間の机に書置きがあった。
『急遽、討伐任務に出てきます。帰りは夜中になりそうですが、星彩と張飛殿と一緒なので心配しないでください』
その手紙に少しホッとしてしまった。
なんとなく、このまま何の緩衝材もなく○と顔を合わせるのが気まずかったからだ。
夕餉の為に宿舎を出ると廊下で馬超に会った。
「これから夕餉ですか?」
今日は○がいないので、なんなら馬超と行こうかと声をかけたが、馬超は首を横に振った。
「いや、今日はもう腹がいっぱいで無理だ!趙雲はよく食えるな」
「は?」
「○が大量の昼餉を作ってたろ。お前でも食べきれぬからとお裾分けされてもう食えん!任務前に、星彩や張飛殿にまで配ってたが…○は飯が美味いなぁ!あの粽は絶品だったから夜食用に沢山もらった!」
そう言って去っていった馬超に、趙雲はドッと冷や汗が出た。
○はどうやら昼餉を作って待っていたらしい。
影で泣くような事はしない人間なので、部屋で待ち構えていないあたり怒ってはいないのだろう。
本人も”もし”と言っていた。
しかし、”仕事だから仕方ない”と諦めて馬超達に配った様だ。
○が作る料理は、彼女が自分で任務に出て稼いだ給金から作られているはず。
その上、粽は趙雲が以前褒めた料理だった。
彼女なりの労いで用意した物だったのだろう。
趙雲の心臓がズキズキ痛む。
重い足取りで夕餉の席に着いた趙雲だが、なんだか味がしなかった。
趙雲はいつもの様に町を巡回をしていた。
○との騒がしくも懐かしい日常が戻り、心も穏やかだ。
するとふと、声をかけられた。
「趙雲?」
聞き覚えのある柔らかな声。
前にもこんな事があったような。
趙雲が足を止めると、そこには見知らぬ商隊を率いる美しい女性が立っていた。
「小蘭!?何故成都に?」
そこにいたのは故郷の村の麓に住んでいた幼馴染の小蘭という女性だった。
○が村に着た頃にも彼女と偶然再会し、○がヤキモチを妬いていた女性だ。
村で再会した時も昔より美しくなっていたが、また更に大人の美しさが輝いている。
驚きを隠せない趙雲に小蘭は品の良い笑みを浮かべ、今は商隊を率いていると話した。
「今の成都は統治されたばかりでしょう?活気もあって物資も必要な状態だから、近くにいたし来てみたの。商売もうまくいきそうだし、しばらくはここを拠点にしようと思ってるわ」
かつての村にいた頃よりも、どこか垢抜けた輝きを放つ小蘭。
あの頃、彼女に憧れた少年は多かったので、彼らに話せば盛り上がっただろう。
すると、ふと小蘭が周囲を見た。
「ねえ、そういえば昔、村で再会した時に一緒にいた、あの子は?まだ一緒にいるの?」
「……○のことか。彼女も今、この成都の城に勤めている」
「まあ!まだ一緒にいるのね。身を固めたって事?」
「とんでもない!私はいつ死ぬか知れぬ身だ。特定の相手を作るなど」
少しムキになってそういう趙雲に、小蘭が微笑む。
「そうなの?…ねえ、久しぶりに故郷の人に会ったんだもの。これから食事でもしない?ちょうど昼時だし」
小蘭は軽く趙雲の腕に触れた。
今朝、○が言っていた事が頭をよぎる。
『今日の昼餉、もし早く巡回が終わったらご一緒しませんか?』
しかし”もし”と言っていたし、目の前でこうして誘われるとなんだか断りにくい。
そこでいつもの趙雲の悪癖…”女性の誘いが断れない”癖と、”○を後回しにする”癖が出た。
「ああ…そう、だな」
「ね!行きましょ!美味しいお茶のお店があるのよ」
サラッと小蘭は趙雲の腕を取ると歩き出した。
成都の喧騒を少し離れた、落ち着いた佇まいの茶屋。
その一画で、趙雲は小蘭と向かい合っていた。
趙雲は茶の種類が多く悩んでいたが、○がよく買ってきている銘柄があったのでそれを頼む。
それを待つ間、小蘭は眩しそうに目を細めて趙雲を見た。
「成都にあなたがいるって知ってはいたから…城まで会いに行こうか迷ってたんだけど、偶然会えてよかったわ」
城に来られていたら○に何を言われるか分からなかった…と趙雲は胸をなでおろす。
「しかし、商人の耳というのは早いのだな。私の名など…」
「ふふ、戦場に近ければあなたの名前は嫌でも聞こえてくるわ。自分では分かってないのね。戦場ではそれなりに有名よ?また一段と逞しくなったのね、驚いたわ」
「小蘭も…元気そうでなによりだ」
すると小蘭は机に肘をついてニッコリ美しく笑う。
「それだけ…?」
「…美しくなった、とも思う」
「”なった”って…昔は違ったの?」
「いや、昔から君は…村の少年に人気があったな」
小蘭は見た目を褒められることになれているのだろう、恥ずかしがることもなく屈託なく笑う。
そうして村の幼馴染たちの近況を聞いていると茶が運ばれてきた。
それを一口飲んだ趙雲は首をかしげる。
「どうしたの?」
「…これはよく飲む茶なのだが、いつもと味が違う気がして」
「お茶は淹れ方の癖や順番で味が変わったりするから…普段と淹れ方が違うんでしょうね」
そう言われてふと○の顔が浮かんだ。
○の淹れた茶の味が分かる程度には飲み続けていたんだな…と過ぎた月日に思いをはせる。
ぼんやりと茶碗を眺める趙雲に、小蘭は話しかけた。
「それにしても……本当に立派になったわね、とてもかっこいい。昔の私が今の趙雲を知っていたら、絶対に捕まえて手放さなかったわね」
小蘭の言葉を聞きながら、趙雲は遠い日の自分を思い出していた。
幼少期の趙雲は…まさに○と出会った頃は、今のような体躯も持ち合わせていなかった。
十五の頃に急に伸びた身長はあの頃はまだ低く、身体もなかなか大きくならず細かった。
どこか女の子のように頼りない面差しで、勇猛な男子こそが尊ばれるこの時代においては、周囲からからかわれることも少なくなかった。
幼い頃には苦労したものだ。
(思えば○は…よくあの頃の私と、"影踏み"などしたな)
○の故郷の因習で行う”夫選びの影踏み”。
拳法一家でもある彼女の家族があの頃の自分を見ていたら、絶対に許さなかっただろう。
まだ何者でもなかった弱虫な自分を一目見て、「まるで雷が落ちたような衝撃が走った」という直感のみであんなことをした○。
懐かしい友と過ごす安らぎを感じながらも、趙雲の胸には後ろめたさも溜まり始める。
もしや○は、”もし早く巡回が終わったら”と言いながらも待ってはいないだろうか。
しかし、今、自分が共に過ごそうと決めて目の前にいる小蘭にそれを知られることも趙雲の心情は許さない。
「……昔の話だ。今はもう、戦に明け暮れるだけの無骨な男だよ。これから更に忙しくなるだろうしな」
「そう?○さんはいいの?」
「だから、アレはそういう人間ではない」
趙雲はそう言って茶碗を置いた。
小蘭との懐かしくも、どこか落ち着かない昼食の後、小蘭の「かっこよくなった」という言葉や、かつての淡い記憶が胸に去来し、城で待つ○に対して後ろめたいような、奇妙な高揚感と緊張感を抱えていた。
巡回も終えて宿舎に帰ると、○は部屋におらず、居間の机に書置きがあった。
『急遽、討伐任務に出てきます。帰りは夜中になりそうですが、星彩と張飛殿と一緒なので心配しないでください』
その手紙に少しホッとしてしまった。
なんとなく、このまま何の緩衝材もなく○と顔を合わせるのが気まずかったからだ。
夕餉の為に宿舎を出ると廊下で馬超に会った。
「これから夕餉ですか?」
今日は○がいないので、なんなら馬超と行こうかと声をかけたが、馬超は首を横に振った。
「いや、今日はもう腹がいっぱいで無理だ!趙雲はよく食えるな」
「は?」
「○が大量の昼餉を作ってたろ。お前でも食べきれぬからとお裾分けされてもう食えん!任務前に、星彩や張飛殿にまで配ってたが…○は飯が美味いなぁ!あの粽は絶品だったから夜食用に沢山もらった!」
そう言って去っていった馬超に、趙雲はドッと冷や汗が出た。
○はどうやら昼餉を作って待っていたらしい。
影で泣くような事はしない人間なので、部屋で待ち構えていないあたり怒ってはいないのだろう。
本人も”もし”と言っていた。
しかし、”仕事だから仕方ない”と諦めて馬超達に配った様だ。
○が作る料理は、彼女が自分で任務に出て稼いだ給金から作られているはず。
その上、粽は趙雲が以前褒めた料理だった。
彼女なりの労いで用意した物だったのだろう。
趙雲の心臓がズキズキ痛む。
重い足取りで夕餉の席に着いた趙雲だが、なんだか味がしなかった。