成都編【全5話】
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この度、趙雲達将軍は部屋を移る事になった。
今までは寝台しかない長屋の様な部屋だったが、居間に寝室、小部屋が一つの小さな邸宅を与えられることになった。
独立した建物が隣り合い、中央には小さな中庭。
台所はないが、生活をするには十分。
有事の際には即座に出陣できるよう、軍議室や広間のすぐそばに位置する実用的な造りだった。
部屋の引越し当日、趙雲が一番危惧していた事が起きる。
「夫婦は一緒に暮らすものです」
荷物を抱えた○が、当然のような顔をして趙雲の新しい寝室に居座っている。
「……○。何度言えばわかる。ここは軍の施設であり、お前が住む場所ではない」
「何を今さら! 子龍様のご実家では一緒に住んでたじゃないですか」
「それはお前と父上が勝手に決めて、勝手に押し掛けただけではないか。私はあの時も『困る』と言ったはずだ」
「ですが諸葛亮殿と月英さんは一緒だそうです」
「なにが”ですが”だ。あのお二人は正真正銘夫婦だ。引き合いにならん」
○はジトッと趙雲を見る。
趙雲は腕組みをして見下ろした。
「婚姻もしておらず、ましてや恋仲ですらない。そのような男女が屋根を同じくするなど、軍の規律以前にお前の身持ちに関わる。駄目だ」
「身持ち…。子龍様、私が子龍様以外の殿方と一緒になる可能性も踏まえていらっしゃるんですか?」
「それは…、いや」
「大丈夫です。建物は孤立しているとはいえ、隣の馬超殿の私邸だってこんなに近いんですよ?なにも変な事はしません」
そう言って窓を指さす。
騒ぎが聞こえたのか、隣の建物の窓を開け放して掃除をしていた馬超が顔を出した。
「おい、趙雲殿。相変わらず固いことを言っているな。その様な会話も窓を開ければ筒抜けだ。心配するな。何かあれば大声を出せ。助けに行ってやる」
馬超の言葉に趙雲はうなだれた。
貞操の危機は常に趙雲側にあることすら見抜かれていた。
「なんなら、この趙雲殿の部屋に近い俺の部屋を○に貸してもいい」
そこまで言い始めた馬超に、趙雲は渋々承諾する。
○ならその条件を飲みかねないからだ。
「分かった…では、私の寝室の…その向かいの小部屋を使え。ただし、夜はそこから出るな」
「はい!分かりました!」
何度聞いたか分からない、絶対に分かっていない”分かりました”を聞き入れた趙雲は、引っ越しを始めた。
引越し当日の夜。
趙雲が新しい寝室でようやく一息つこうと寝台に寝転んだ矢先、当然のように○が入ってきた。
「子龍様、私もここで寝ていいですか?」
「……。昼間に、夜は自室から出るなと言ったら、”分かりました”と言っただろう」
「そうなんですけど…久しぶりにお近くにいたら寂しくなってしまって。ほら、桂陽にいた頃なんて一緒のお部屋で寝ていたじゃないですか」
○が当然のように寝床の端に腰を下ろすと、趙雲は肘で○を押し出す。
「……○、記憶を捏造するな。あれは城の中の寝台が三つもある広い一間で、部屋の両端に離して置いた寝台でだろう。今のような、手を伸ばせば届くような狭い部屋とはわけが違う。あと、毎日かの様に言うな。数日だったはずだ」
「えー」
「”えー”じゃない。駄目だ。……いいか、何度も言うが、ここは軍の宿舎だ。隣には馬超殿もいる。万が一にも、夜中に私の部屋からお前の声が聞こえてみろ。明日には私の破廉恥な噂が立つかもしれない。それでは部下への面子が立たず困る」
「チェッ、子龍様のケチ。大体大袈裟なんですよね」
「大袈裟ではない。早く帰りなさい」
趙雲は半ば強引に○の肩を押して、向かいに用意された彼女の自室へと送り届けた。
ふてくされた顔で扉を閉める○を見送り、趙雲はようやく自分の寝室の戸を閉める。
しんと静まり返った部屋。
一人で横たわると、先ほど○が言った「桂陽の日々」が、脳裏に蘇ってきた。
同じ屋根の下で○の気配がする。
それがなんだか落ち着いた。
静かな部屋で眠りたいと思っていた自分が、遠い昔の事の様に思えた。
深夜、静まり返った宿舎に、鈍い「ドスン」という音が響き渡った。
趙雲はその音だけで反射的に目を覚ました。
暗闇の中で天井を見つめ、笑みをこぼす。
(ああ……またやっているのか)
久しぶりに聞いた○の暴れる音に、彼女が何も変わっていない事を知る。
寝床を転げ回り、気がつけば頭と足が逆転していることなど日常茶飯事。
今の音も、間違いなく向かいの部屋で寝床から床へ転げ落ちた音だろう。
数刻前まで「戻れ」と突き放し説教していた自分を棚に上げ、趙雲はこの物音に不思議なほどの安堵を覚えていた。
壁一枚、廊下を挟んだ向こう側で、今頃散々暴れているであろう○。
ふと彼女が床に転がっている姿を想像してしまい、趙雲の思考が妙な方向へ滑り出す。
不意に、下腹部のあたりに熱い疼きを感じ、趙雲は慌てて掛け布団を掴み直した。
必死に邪念を振り払うように強く目を閉じる。
しかし一度浮かんしまった生々しい肉体の記憶は、忘れようとすればするほど鮮明さを増していく。
もし今、様子を見に行くという口実で扉を開ければ、○は想像通りの姿で寝ているだろう。
ちょっと見るだけ…という気持ちと、絶対に良くない…という気持ちのせめぎあいの中、趙雲はまた張飛や関羽の顔を思い浮かべながら気をそらした。
今までは寝台しかない長屋の様な部屋だったが、居間に寝室、小部屋が一つの小さな邸宅を与えられることになった。
独立した建物が隣り合い、中央には小さな中庭。
台所はないが、生活をするには十分。
有事の際には即座に出陣できるよう、軍議室や広間のすぐそばに位置する実用的な造りだった。
部屋の引越し当日、趙雲が一番危惧していた事が起きる。
「夫婦は一緒に暮らすものです」
荷物を抱えた○が、当然のような顔をして趙雲の新しい寝室に居座っている。
「……○。何度言えばわかる。ここは軍の施設であり、お前が住む場所ではない」
「何を今さら! 子龍様のご実家では一緒に住んでたじゃないですか」
「それはお前と父上が勝手に決めて、勝手に押し掛けただけではないか。私はあの時も『困る』と言ったはずだ」
「ですが諸葛亮殿と月英さんは一緒だそうです」
「なにが”ですが”だ。あのお二人は正真正銘夫婦だ。引き合いにならん」
○はジトッと趙雲を見る。
趙雲は腕組みをして見下ろした。
「婚姻もしておらず、ましてや恋仲ですらない。そのような男女が屋根を同じくするなど、軍の規律以前にお前の身持ちに関わる。駄目だ」
「身持ち…。子龍様、私が子龍様以外の殿方と一緒になる可能性も踏まえていらっしゃるんですか?」
「それは…、いや」
「大丈夫です。建物は孤立しているとはいえ、隣の馬超殿の私邸だってこんなに近いんですよ?なにも変な事はしません」
そう言って窓を指さす。
騒ぎが聞こえたのか、隣の建物の窓を開け放して掃除をしていた馬超が顔を出した。
「おい、趙雲殿。相変わらず固いことを言っているな。その様な会話も窓を開ければ筒抜けだ。心配するな。何かあれば大声を出せ。助けに行ってやる」
馬超の言葉に趙雲はうなだれた。
貞操の危機は常に趙雲側にあることすら見抜かれていた。
「なんなら、この趙雲殿の部屋に近い俺の部屋を○に貸してもいい」
そこまで言い始めた馬超に、趙雲は渋々承諾する。
○ならその条件を飲みかねないからだ。
「分かった…では、私の寝室の…その向かいの小部屋を使え。ただし、夜はそこから出るな」
「はい!分かりました!」
何度聞いたか分からない、絶対に分かっていない”分かりました”を聞き入れた趙雲は、引っ越しを始めた。
引越し当日の夜。
趙雲が新しい寝室でようやく一息つこうと寝台に寝転んだ矢先、当然のように○が入ってきた。
「子龍様、私もここで寝ていいですか?」
「……。昼間に、夜は自室から出るなと言ったら、”分かりました”と言っただろう」
「そうなんですけど…久しぶりにお近くにいたら寂しくなってしまって。ほら、桂陽にいた頃なんて一緒のお部屋で寝ていたじゃないですか」
○が当然のように寝床の端に腰を下ろすと、趙雲は肘で○を押し出す。
「……○、記憶を捏造するな。あれは城の中の寝台が三つもある広い一間で、部屋の両端に離して置いた寝台でだろう。今のような、手を伸ばせば届くような狭い部屋とはわけが違う。あと、毎日かの様に言うな。数日だったはずだ」
「えー」
「”えー”じゃない。駄目だ。……いいか、何度も言うが、ここは軍の宿舎だ。隣には馬超殿もいる。万が一にも、夜中に私の部屋からお前の声が聞こえてみろ。明日には私の破廉恥な噂が立つかもしれない。それでは部下への面子が立たず困る」
「チェッ、子龍様のケチ。大体大袈裟なんですよね」
「大袈裟ではない。早く帰りなさい」
趙雲は半ば強引に○の肩を押して、向かいに用意された彼女の自室へと送り届けた。
ふてくされた顔で扉を閉める○を見送り、趙雲はようやく自分の寝室の戸を閉める。
しんと静まり返った部屋。
一人で横たわると、先ほど○が言った「桂陽の日々」が、脳裏に蘇ってきた。
同じ屋根の下で○の気配がする。
それがなんだか落ち着いた。
静かな部屋で眠りたいと思っていた自分が、遠い昔の事の様に思えた。
深夜、静まり返った宿舎に、鈍い「ドスン」という音が響き渡った。
趙雲はその音だけで反射的に目を覚ました。
暗闇の中で天井を見つめ、笑みをこぼす。
(ああ……またやっているのか)
久しぶりに聞いた○の暴れる音に、彼女が何も変わっていない事を知る。
寝床を転げ回り、気がつけば頭と足が逆転していることなど日常茶飯事。
今の音も、間違いなく向かいの部屋で寝床から床へ転げ落ちた音だろう。
数刻前まで「戻れ」と突き放し説教していた自分を棚に上げ、趙雲はこの物音に不思議なほどの安堵を覚えていた。
壁一枚、廊下を挟んだ向こう側で、今頃散々暴れているであろう○。
ふと彼女が床に転がっている姿を想像してしまい、趙雲の思考が妙な方向へ滑り出す。
不意に、下腹部のあたりに熱い疼きを感じ、趙雲は慌てて掛け布団を掴み直した。
必死に邪念を振り払うように強く目を閉じる。
しかし一度浮かんしまった生々しい肉体の記憶は、忘れようとすればするほど鮮明さを増していく。
もし今、様子を見に行くという口実で扉を開ければ、○は想像通りの姿で寝ているだろう。
ちょっと見るだけ…という気持ちと、絶対に良くない…という気持ちのせめぎあいの中、趙雲はまた張飛や関羽の顔を思い浮かべながら気をそらした。