赤壁編【全9話】
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ついに撤収作業も最終日。
長く続いたこの地での日々も終わりを迎えようとしていた。
荷造りを終えた○は、共に汗を流した呉の面々に挨拶に行くことにした。
「……私も同行しよう」
いつになく素早い反応で、趙雲が立ち上がる。
見張り…というよりは、もはや「これ以上、余計な約束をさせない」という強い意志を感じる佇まいだ。
○は陸遜の元を訪ねた。
相変わらず涼やかな顔で書を読んでいた陸遜は、○の訪問に顔を上げる。
「○殿、お疲れ様でした。あなたのおかげで、戦後処理も滞りなく済みましたよ」
そういうと小さな箱を手渡した。
「前にお約束したお菓子です。あれから私も忙しく、お会いできなかったので…」
「わあ!ありがとうございます。…お会いできませんでしたけど書簡はたまに送って下さいましたから、そんなに久しぶりな感じもないのですが」
その会話に趙雲は○を見下ろす。
書簡のやりとりなど初耳だ。
しかし○は特に気にした風もなく陸遜と会話を続けた。
「機会がありましたら、またお会いしたいですね」
「そう言って頂けると、私の寂しさも紛れます」
互いに笑い合いながら交わされる会話。
そこに趙雲が入り込んだ。
「……陸遜殿、気遣い痛み入る。もしまたお会いする機会があればゆっくりと話がしたいものだ。では、失礼する」
趙雲は、陸遜の含みのある笑みがどうにも苦手なのか、早々に○を促して会話を切り上げさせた。
共に撤収作業をしていたのは陸遜だけではない。
その他の面々にも挨拶をした○は、息をついた。
「では、○の挨拶は済んだようだな。私も顔を出しておきたい所がある。ここで待っていてくれ」
城の一角に○を置いて自分の挨拶に行こうとした趙雲の袖を、○はグッと掴んだ。
「子龍様 ……あの方のところですね?」
「…。ただの儀礼的な挨拶だ。すぐに済む。お前はここで…」
「も ち ろ ん ついて行きます!」
逃げ出そうとする趙雲の腕をがっしりと掴み、○は並んで歩き出した。
趙雲は「……分かった、分かったから袖を引っ張るな」と観念したように肩を落とす。
○は道中、考えていることがあった。
もうこれで趙雲があの女官と会う事もないはずだ。
(よし、会ったら今日こそビシッと言わなくちゃ。『私が妻です』って!)
意気込んで、胸を張って彼女の前に立つ。
ところが。
「……本当に、お別れなのですね…」
女官の目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
彼女は声を押し殺して泣き、細い肩を震わせた。
「あの…そちらの方は…やっぱり」
女官は○を見る。
その姿はあまりに儚く、○の毒気が抜かれてしまう。
地位や任務や承認欲求のためだけではなく、本当に趙雲を好きになっていたのかもしれない。
だとしたら離れ離れはとても辛い事だ。
そう思うと、わざわざ二度と会う事のないこの人を傷つける必要なんてないんじゃないかと○は思った。
「兄がお世話になりました」
そう言って頭を下げる○を、趙雲が不思議そうに見る。
「私、少し席を外しますね。他にもご挨拶したい方がいるので。…じゃ、門の所で待ってるから」
趙雲に対し、兄に接するように話してから、軽やかな足取りでその場を去った○。
離れてからそっと振り向くと、女官は名残惜しそうに話し込んでいた。
しばらくして、門の前に趙雲がやってくる。
「帰るぞ」といつも通りの趙雲に○はついて行った。
「はぁ。疲れました。山育ちなので、城って慣れません…」
女官の事には一切触れずにそう言った○を振り返ることなく、趙雲は小さく笑った。
「本当に、お人好しだな」
「え?」
「妹の真似事をまだ続けるとは思わなかった」
「……わざわざ言わなくていい事まで言う必要ないって、今更ながら気づいただけです。…やっぱり私は世間知らずで恥ずかしいです…子龍様の妻を名乗るにはまだまだ未熟で。ご迷惑ばかりかけて…」
少し俯いて自分の影を見る○。
趙雲は人目のない木陰に入った所で立ち止まると振り返り、○の手をそっと取った。
「……えっ」
驚いて顔を上げた○は目を見開く。
趙雲は穏やかに微笑んでいた。
「ありがとう。おかげで、しこりを残さずに済んだ。……お前が私の妹ではないことは、……私が一番よく知っているからそれでいい」
「あの、あの、手…いいんですか?」
「馬に乗るまでだ」
そう言われて、ここぞとばかりに趙雲の手を隅々まで触る○と、困ったようにため息をつきつつどこか楽しそうな趙雲はしばらくそうして歩いた。
長く続いたこの地での日々も終わりを迎えようとしていた。
荷造りを終えた○は、共に汗を流した呉の面々に挨拶に行くことにした。
「……私も同行しよう」
いつになく素早い反応で、趙雲が立ち上がる。
見張り…というよりは、もはや「これ以上、余計な約束をさせない」という強い意志を感じる佇まいだ。
○は陸遜の元を訪ねた。
相変わらず涼やかな顔で書を読んでいた陸遜は、○の訪問に顔を上げる。
「○殿、お疲れ様でした。あなたのおかげで、戦後処理も滞りなく済みましたよ」
そういうと小さな箱を手渡した。
「前にお約束したお菓子です。あれから私も忙しく、お会いできなかったので…」
「わあ!ありがとうございます。…お会いできませんでしたけど書簡はたまに送って下さいましたから、そんなに久しぶりな感じもないのですが」
その会話に趙雲は○を見下ろす。
書簡のやりとりなど初耳だ。
しかし○は特に気にした風もなく陸遜と会話を続けた。
「機会がありましたら、またお会いしたいですね」
「そう言って頂けると、私の寂しさも紛れます」
互いに笑い合いながら交わされる会話。
そこに趙雲が入り込んだ。
「……陸遜殿、気遣い痛み入る。もしまたお会いする機会があればゆっくりと話がしたいものだ。では、失礼する」
趙雲は、陸遜の含みのある笑みがどうにも苦手なのか、早々に○を促して会話を切り上げさせた。
共に撤収作業をしていたのは陸遜だけではない。
その他の面々にも挨拶をした○は、息をついた。
「では、○の挨拶は済んだようだな。私も顔を出しておきたい所がある。ここで待っていてくれ」
城の一角に○を置いて自分の挨拶に行こうとした趙雲の袖を、○はグッと掴んだ。
「子龍様 ……あの方のところですね?」
「…。ただの儀礼的な挨拶だ。すぐに済む。お前はここで…」
「も ち ろ ん ついて行きます!」
逃げ出そうとする趙雲の腕をがっしりと掴み、○は並んで歩き出した。
趙雲は「……分かった、分かったから袖を引っ張るな」と観念したように肩を落とす。
○は道中、考えていることがあった。
もうこれで趙雲があの女官と会う事もないはずだ。
(よし、会ったら今日こそビシッと言わなくちゃ。『私が妻です』って!)
意気込んで、胸を張って彼女の前に立つ。
ところが。
「……本当に、お別れなのですね…」
女官の目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
彼女は声を押し殺して泣き、細い肩を震わせた。
「あの…そちらの方は…やっぱり」
女官は○を見る。
その姿はあまりに儚く、○の毒気が抜かれてしまう。
地位や任務や承認欲求のためだけではなく、本当に趙雲を好きになっていたのかもしれない。
だとしたら離れ離れはとても辛い事だ。
そう思うと、わざわざ二度と会う事のないこの人を傷つける必要なんてないんじゃないかと○は思った。
「兄がお世話になりました」
そう言って頭を下げる○を、趙雲が不思議そうに見る。
「私、少し席を外しますね。他にもご挨拶したい方がいるので。…じゃ、門の所で待ってるから」
趙雲に対し、兄に接するように話してから、軽やかな足取りでその場を去った○。
離れてからそっと振り向くと、女官は名残惜しそうに話し込んでいた。
しばらくして、門の前に趙雲がやってくる。
「帰るぞ」といつも通りの趙雲に○はついて行った。
「はぁ。疲れました。山育ちなので、城って慣れません…」
女官の事には一切触れずにそう言った○を振り返ることなく、趙雲は小さく笑った。
「本当に、お人好しだな」
「え?」
「妹の真似事をまだ続けるとは思わなかった」
「……わざわざ言わなくていい事まで言う必要ないって、今更ながら気づいただけです。…やっぱり私は世間知らずで恥ずかしいです…子龍様の妻を名乗るにはまだまだ未熟で。ご迷惑ばかりかけて…」
少し俯いて自分の影を見る○。
趙雲は人目のない木陰に入った所で立ち止まると振り返り、○の手をそっと取った。
「……えっ」
驚いて顔を上げた○は目を見開く。
趙雲は穏やかに微笑んでいた。
「ありがとう。おかげで、しこりを残さずに済んだ。……お前が私の妹ではないことは、……私が一番よく知っているからそれでいい」
「あの、あの、手…いいんですか?」
「馬に乗るまでだ」
そう言われて、ここぞとばかりに趙雲の手を隅々まで触る○と、困ったようにため息をつきつつどこか楽しそうな趙雲はしばらくそうして歩いた。