赤壁編【全9話】
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戦端が開かれた。
防戦一方だった連合軍だが、ついに、風向きが変わり、火を放たれた曹操軍の船団は瞬く間に炎に包まれる。
○はあのような態度を取ったものの、趙雲の傍で戦っていた。
炎上する船団は熱風を運ぶ。
伝令が、曹操軍本陣へ突撃せよ触れ回った。
「○、行くぞ!」
振り向く暇もなくそう言った趙雲に○は返事をする。
次々に隣の船に飛び移る趙雲。
すると遠くから投石が飛んできた。
曹操の残党を沈める為に曹操軍の船を狙っているらしい。
○達は今まさに曹操軍の船を足場にしていたのでそれが直撃する。
「……っ!」
○のそばに落とされた大きな岩は看板を割る。
乗っていた馬が暴れて、○は水に投げ出された。
○は咄嗟に口を抑えた。
絶対に趙雲に悟られてはならない。
趙雲はここで曹操を追い詰めることが出来れば掃討戦にも出る手筈になっている。
ここで自分が足枷になるわけにはいかないと思った。
(守ってもらう為についてきたんじゃないわ…!大丈夫、泳げる)
そう思っていたが、思いのほか冷たい長江の水。
キュッと心臓が痛む。
さらに連日の強行軍の疲れがたたったのか、右足が鉄の棒のように激しく攣ってしまう。
肺の中の空気が漏れ、意識が遠のいた。
「……○殿! ○殿、しっかりしてください!」
意識が戻った途端に、○は大きく咳き込みながら目を開ける。
視界に入ったのは燃える船団ではなく、夜露に濡れた砂浜と、自分を覗き込む陸遜の焦燥に満ちた顔だった。
「……あれ。私、生きてますか?」
「当然です!縁起でもない!」
陸遜は自分の羽織を脱いで○に掛けた。
周囲を見渡せば同じように水に投げ出された兵たちが数人、陸遜の部隊によって救助されて横たわっている。
「陸遜殿は、今回戦には出ないんじゃ…」
「私は後方支援と、火計のあとの残敵掃討を任されていました。我が軍の投石で味方が長江に投げ出されるのを見て、救援に回っていたのです。そうしたらあなたもここにいたので驚いて…」
そう言って、○の顔に張り付いた髪を払う。
青白い顔をしているが意識がはっきりしている○にホッとしたようだ。
「とにかく、もう休んでください」
その言葉を聞き終わる前に、○はもう目を閉じてしまっていた。
眠った○を確認すると、陸遜は自軍の兵たちに指示を出す。
「動ける者は歩かせ、怪我人は担いでください。劉備軍の方は本陣に送り届けます」
○もまた、陸遜の部隊の兵に背負われるようにして運ばれ始めた。
焚き火の爆ぜる音、遠くで上がる勝鬨の声、そして自分を運ぶ兵の規則正しい足音。
それらが遠のく意識の中で混ざり合う。
(子龍様、無事かな)
(あのまま死んでたら……あの怒った顔が最後に子龍様に見せた顔になってたのか…)
(私、もっとしっかりしないと)
混濁する意識の中でそんな事を考えながら、○は泥のような深い眠りへと落ちていった。
その頃、戦場のただ中で。
曹操軍の追撃を終えた趙雲は、真っ白な顔で自陣へと引き返していた。
「○!○!」
何度も名前を呼びながら、自陣へ帰る兵士の顔を覗き込む。
いつからはぐれたのか分からない。
兵士に聞いても皆”見ていない”と言う。
絶望に染まる趙雲の前に、呉の軍服を着た一団が現れたのは、夜が明け始める頃のことだった。
劉備軍の本陣には次々と負傷兵が運び込まれてくる。
中には遺体も含まれていた。
そこへ趙雲を乗せた白馬が猛然と駆け込んでくる。
先の戦の疲れも見せずに飛び降りると、運び込まれた兵たちの顔を一つ一つ、狂気すら感じさせる必死さで確認して回った。
その時、呉の兵士たちが、「水に落ちた者たちです」と話しながら引き渡す声がした。
そこに、呉の赤い上着にくるまった小柄な影が目に飛び込んだ。
趙雲はそちらに駆け寄ると上着を捲る。
目を閉じた○がいた。
「○!」
「大丈夫です。冷たい水に体力を奪われて、疲れて眠っておられるだけです。少し前まで起きていて話をされていましたよ」
運んできた兵士がそう言うと、趙雲は何度も礼を言った。
「こちらの医務官の幕舎に連れて行く。ありがとう」
陸遜の部下から○を引き取ると、急いで医者のいる幕舎へと連れて行くことにする。
その時、背負われた○が、趙雲の首元に顔を埋めるようにして微かに身じろぎした。
「…あれ、子龍様…?」
「そうだ。これから医師の所に行く。じっとしていろ」
○は薄く目を開け、視界の端に趙雲の肩を見つめながら、「……ごめんなさい。私、…幼稚な事、言って…」と呟いた。
医師のいる幕舎に着くと、女性の医務官が濡れた服を着ている○を着替えさせる。
身体が冷え切っているので熱を出すかもしれないから…と、個室状態の医務幕舎を指定された。
そこに向かう時には、自分の足で歩けるようになっていた○は、趙雲に付き添われて歩く。
「子龍様は、戦後処理が忙しいんじゃ…?」
「いや。今は負傷者の収容が優先との事だ。戦も終わった所だからな。私は幸い軽傷で済んだし平気だ」
あれだけの敵陣に突っ込んでいっても”軽傷”で、今もこんなに動き回る趙雲の体力に、○は感心する。
(私も、子龍様について行けるように更に研鑽を積まないと…!)
そう思った時。
「…わ!」
○は足元のちょっとした石でつまずいた。
咄嗟に趙雲が○を支える。
「あ…すみません。ありが…」
そこまで言ってふと趙雲の首元を見た。
身をかがめた衿の隙間からちらりと見えるアレ。
幼稚な事を言った自分に反省した○だったはずが、やはりあれが見えるとムカムカしてきた。
突然○は趙雲の首に捕まると、痣の上に嚙みつく。
「うわっ!?…いたたた!!」
趙雲が驚いて身を引こうにも、首に抱き着かれていて離れない。
本当は痣の上に痣を重ね付けてやりたかったが、この痣のつけ方が分からない○にできる唯一の抵抗だった。
趙雲は狼狽し、普段は見せない様な恰好で○を引き剝がそうとする。
人の多い医務幕舎で繰り広げられる奇行に、そのうち笑い声も生まれた。
すると。
「……もう見てられねぇ! ○殿、それは女じゃなくて俺の吸い跡なんだ――!」
突如響き渡った周倉の叫び。
それによってこの騒動は鎮火することとなった。
趙雲が酔って周倉を抱き寄せ、周倉が趙雲の首筋に口づけた。
その事実を伴って。
防戦一方だった連合軍だが、ついに、風向きが変わり、火を放たれた曹操軍の船団は瞬く間に炎に包まれる。
○はあのような態度を取ったものの、趙雲の傍で戦っていた。
炎上する船団は熱風を運ぶ。
伝令が、曹操軍本陣へ突撃せよ触れ回った。
「○、行くぞ!」
振り向く暇もなくそう言った趙雲に○は返事をする。
次々に隣の船に飛び移る趙雲。
すると遠くから投石が飛んできた。
曹操の残党を沈める為に曹操軍の船を狙っているらしい。
○達は今まさに曹操軍の船を足場にしていたのでそれが直撃する。
「……っ!」
○のそばに落とされた大きな岩は看板を割る。
乗っていた馬が暴れて、○は水に投げ出された。
○は咄嗟に口を抑えた。
絶対に趙雲に悟られてはならない。
趙雲はここで曹操を追い詰めることが出来れば掃討戦にも出る手筈になっている。
ここで自分が足枷になるわけにはいかないと思った。
(守ってもらう為についてきたんじゃないわ…!大丈夫、泳げる)
そう思っていたが、思いのほか冷たい長江の水。
キュッと心臓が痛む。
さらに連日の強行軍の疲れがたたったのか、右足が鉄の棒のように激しく攣ってしまう。
肺の中の空気が漏れ、意識が遠のいた。
「……○殿! ○殿、しっかりしてください!」
意識が戻った途端に、○は大きく咳き込みながら目を開ける。
視界に入ったのは燃える船団ではなく、夜露に濡れた砂浜と、自分を覗き込む陸遜の焦燥に満ちた顔だった。
「……あれ。私、生きてますか?」
「当然です!縁起でもない!」
陸遜は自分の羽織を脱いで○に掛けた。
周囲を見渡せば同じように水に投げ出された兵たちが数人、陸遜の部隊によって救助されて横たわっている。
「陸遜殿は、今回戦には出ないんじゃ…」
「私は後方支援と、火計のあとの残敵掃討を任されていました。我が軍の投石で味方が長江に投げ出されるのを見て、救援に回っていたのです。そうしたらあなたもここにいたので驚いて…」
そう言って、○の顔に張り付いた髪を払う。
青白い顔をしているが意識がはっきりしている○にホッとしたようだ。
「とにかく、もう休んでください」
その言葉を聞き終わる前に、○はもう目を閉じてしまっていた。
眠った○を確認すると、陸遜は自軍の兵たちに指示を出す。
「動ける者は歩かせ、怪我人は担いでください。劉備軍の方は本陣に送り届けます」
○もまた、陸遜の部隊の兵に背負われるようにして運ばれ始めた。
焚き火の爆ぜる音、遠くで上がる勝鬨の声、そして自分を運ぶ兵の規則正しい足音。
それらが遠のく意識の中で混ざり合う。
(子龍様、無事かな)
(あのまま死んでたら……あの怒った顔が最後に子龍様に見せた顔になってたのか…)
(私、もっとしっかりしないと)
混濁する意識の中でそんな事を考えながら、○は泥のような深い眠りへと落ちていった。
その頃、戦場のただ中で。
曹操軍の追撃を終えた趙雲は、真っ白な顔で自陣へと引き返していた。
「○!○!」
何度も名前を呼びながら、自陣へ帰る兵士の顔を覗き込む。
いつからはぐれたのか分からない。
兵士に聞いても皆”見ていない”と言う。
絶望に染まる趙雲の前に、呉の軍服を着た一団が現れたのは、夜が明け始める頃のことだった。
劉備軍の本陣には次々と負傷兵が運び込まれてくる。
中には遺体も含まれていた。
そこへ趙雲を乗せた白馬が猛然と駆け込んでくる。
先の戦の疲れも見せずに飛び降りると、運び込まれた兵たちの顔を一つ一つ、狂気すら感じさせる必死さで確認して回った。
その時、呉の兵士たちが、「水に落ちた者たちです」と話しながら引き渡す声がした。
そこに、呉の赤い上着にくるまった小柄な影が目に飛び込んだ。
趙雲はそちらに駆け寄ると上着を捲る。
目を閉じた○がいた。
「○!」
「大丈夫です。冷たい水に体力を奪われて、疲れて眠っておられるだけです。少し前まで起きていて話をされていましたよ」
運んできた兵士がそう言うと、趙雲は何度も礼を言った。
「こちらの医務官の幕舎に連れて行く。ありがとう」
陸遜の部下から○を引き取ると、急いで医者のいる幕舎へと連れて行くことにする。
その時、背負われた○が、趙雲の首元に顔を埋めるようにして微かに身じろぎした。
「…あれ、子龍様…?」
「そうだ。これから医師の所に行く。じっとしていろ」
○は薄く目を開け、視界の端に趙雲の肩を見つめながら、「……ごめんなさい。私、…幼稚な事、言って…」と呟いた。
医師のいる幕舎に着くと、女性の医務官が濡れた服を着ている○を着替えさせる。
身体が冷え切っているので熱を出すかもしれないから…と、個室状態の医務幕舎を指定された。
そこに向かう時には、自分の足で歩けるようになっていた○は、趙雲に付き添われて歩く。
「子龍様は、戦後処理が忙しいんじゃ…?」
「いや。今は負傷者の収容が優先との事だ。戦も終わった所だからな。私は幸い軽傷で済んだし平気だ」
あれだけの敵陣に突っ込んでいっても”軽傷”で、今もこんなに動き回る趙雲の体力に、○は感心する。
(私も、子龍様について行けるように更に研鑽を積まないと…!)
そう思った時。
「…わ!」
○は足元のちょっとした石でつまずいた。
咄嗟に趙雲が○を支える。
「あ…すみません。ありが…」
そこまで言ってふと趙雲の首元を見た。
身をかがめた衿の隙間からちらりと見えるアレ。
幼稚な事を言った自分に反省した○だったはずが、やはりあれが見えるとムカムカしてきた。
突然○は趙雲の首に捕まると、痣の上に嚙みつく。
「うわっ!?…いたたた!!」
趙雲が驚いて身を引こうにも、首に抱き着かれていて離れない。
本当は痣の上に痣を重ね付けてやりたかったが、この痣のつけ方が分からない○にできる唯一の抵抗だった。
趙雲は狼狽し、普段は見せない様な恰好で○を引き剝がそうとする。
人の多い医務幕舎で繰り広げられる奇行に、そのうち笑い声も生まれた。
すると。
「……もう見てられねぇ! ○殿、それは女じゃなくて俺の吸い跡なんだ――!」
突如響き渡った周倉の叫び。
それによってこの騒動は鎮火することとなった。
趙雲が酔って周倉を抱き寄せ、周倉が趙雲の首筋に口づけた。
その事実を伴って。