赤壁編【全9話】
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翌朝、○は早朝に趙雲の部屋にやってきた。
「子龍様、浮気だそうで」
枕元で仁王立ちをする○。
対する趙雲は薄目を開けて溜息をつく。
「……○、朝から騒がしい。任務だ。そもそも浮気ではない」
「いいえ、浮気の入り口です。あのすごく美人の方ですよね?ずっとくっついていらした!子龍様は押しに弱いですから、そのまま町の裏通りにでも連れ込まれたら断りきれずに……っ!」
「私を何だと思っている」
趙雲は呆れたように身を起こす。
「貴殿の様な力の強い女子からもこの身を守り通してきた私が、見ず知らずの女子に容易く押し切られるはずがないだろう」
「それは……言いたくありませんが、私の女性的魅力が足りないからかもしれません。あの人は凄く美人でしたから、もたれかかられてくっつかれて迫られたら…」
「くだらない事ばかり言うな。…もう少しゆっくりさせてくれ」
そう言って布団をかぶろうとする趙雲に、○は突っかかる。
「あ!ちょっと、話はまだ終わっていません!起きてください!」
勢いよく捲り上げた布団の先。
そこには、薄衣一枚で寝直そうとしていた趙雲の、逞しくも元気すぎる下半身の形が露わになっていた。
「………………」
「○?」
健康な男として、朝の自然な生理現象ではあるが、あまりにも「しっかり」としたソレに、○の顔面は瞬時に真っ赤になる。
その様子に趙雲は自分の状況に気づいた。
「朝からそんな…!何に興奮したんですか!?」
「落ち着いてくれ!これは違う!……体の仕組みだ! 貴殿が無理やり布団を剥ぐからだろう!」
慌てて枕で隠そうとする趙雲だが、○はその慌てる趙雲を見ていてドキドキした。
(もし。もし私のせいでこうなったのなら…今なら、なし崩し的に関係が進むかもしれない!)
そう覚悟した○は、思い切って趙雲の胸に飛び込んだ。
「ちょっと待て! ○、離れなさい!」
しがみつかれるたびに、薄い衣越しに柔らかな体温が伝わる。
密着して動かれるたびにソレが擦れ、趙雲はかつてない危機感に襲われた。
「力が強いな…!くっつくな!」
趙雲は必死の形相で○の肩を掴み、物理的な距離を確保する。
呼吸を整えてから、彼は努めて真面目な顔で○を見た。
「聞きなさい、○。これは興奮したのではない。……朝、目覚めた時の男の体というものは、己の意志とは無関係にこうなるものなのだ。自然の摂理、いわば日の出と共に花が開くようなものだと思ってくれ」
「……本当ですか? 子龍様が女官の方とのいやらしい想像をしていたからではなくて?」
疑いの眼差しを向ける○に、趙雲は食い気味に頷く。
「断じて違う」
「男性は皆さんこうなるのですか?」
「そうだ」
「あの、いつも涼しい顔をしている諸葛亮殿も、徳の高い劉備様も、朝は……そうなっているのですか?」
指をさして問われ、趙雲は一瞬、諸葛亮や劉備を売ることに躊躇いを感じたが、背に腹は代えられんとばかりに頷く。
「……そうだ。お二方に限らず、男であれば皆そうだ。なんなら、子供だって例外ではない。 成長の証なのだから」
「子供も……。そうなんですか。じゃあ、子龍様が朝からいやらしい事を想像していたわけではないのですね」
ようやく納得した○は、「なーんだ」と拍子抜けしたように力を抜いた。
「わかりました。でも、今の状態でお出かけはできませんよね。その……『日の出の花』が萎むまで、お待ちします」
趙雲と向かい合って寝台に座り、下腹部の辺りをじっと見る○。
「見張られると余計に……いや、もういい」
趙雲は諦めたように、空いている所に丸まって再び布団を被って顔を隠す。
赤壁の決戦を前に、これほどまでに神経をすり減らすことになるとは。
そんな趙雲を横目に、○は天井を見上げながら「うーん」と考える。
「でも、子龍様。あんな大きさのモノ、その……本当に、入るのでしょうか?」
○は自分の掌を広げたり、趙雲の腰のあたりをじっと見つめたりしながら、大真面目な顔で首を傾げた。
(何故、それを挿れる場所は知っているのか…)
その際どすぎる問いかけに、趙雲は布団から顔を出して、それから深いため息をつく。
趙雲は布団をかぶせたまま寝台の上で胡座をかき、しかめっ面をする。
「……○は、知っていることと知らないことの境界線が極端すぎて、よく分からぬな」
「えっ、変なことを聞きましたか?」
「……極めて変だ。というか、忘れなさい。その……『入る』とか、そういう話は。いずれ分かる日も来るだろう」
武人として数多の修羅場を潜り抜けてきた趙雲だが、目の前の”世間知らず”には防戦一方だ。
趙雲が耳まで赤くして遮ったのも虚しく、一度気になると○は止まらない。
人体の神秘、そして愛する人の「実情」への興味。
「でも、気になります。自分の体のことですから。この位?でしたよね……うーん…周倉さんあたりなら、こういうお話も詳しく教えてくれるかもしれません。後で聞いてみましょう」
「待て! 他の人に聞くのは絶対に駄目だ。特に周倉や月英殿はやめてほしい。余計なことまで吹き込まれる」
趙雲は慌てて○の肩を掴む。
下手をすれば、翌日には劉備軍全員に”趙雲の朝のアレの大きさ”が知られるかもしれない。
趙雲は観念したように、苦虫を噛み潰したような顔で話す。
「……入るんだ。ちゃんと。そういう風にできている。だから、もうこの話は終わりだ」
その言葉を聞いて、○の表情が劇的に変わった。
パッと輝くかと思いきや、みるみるうちに血の気が引き、ハッと青ざめて趙雲を凝視した。
「……そういえば。子龍様って……ご経験が、あるのですか?」
「…………」
「それが入るって…知ってるんですよね…」
趙雲は答えず視線を逸らす。
その無言の肯定。
○にとってそれは衝撃だった。
「自分だけの子龍様」だと思っていた彼の人生のどこかに、自分の知らない「女性」との時間があったとは。
○は寝台に座ったまま、顔を覆って膝に伏せて黙り込む。
かなり落ち込んでいる様だ。
流石に趙雲には普通に恋人がいた時期もあったし、それなりに女性の相手もした。
○との影踏みの意味も知らなかったし、そもそも彼女の存在自体も再会するまで忘れていた位だ。
しかし、今の○にそれを正直に話すのは、火に油を注ぐようなもの。
「そんなに落ち込まないでくれ……。恋人など、それこそ公孫瓚殿の所にいくよりも前の話だ」
趙雲は困り果て、伏せったままの○の背中を、おずおずとなだめるように叩く。
「……それに、男同士の付き合いというものもある。軍に身を置いていれば、付き合いでそういう店に行くことだって……一度や二度は…」
「お店…」
「そうだ。だがそれも過去の話だ。今は……今は、○にこうして見張られているだろう? 他に目が向く暇などない」
「でもその方々には色々して、私には何もしてくれないという事は…まだまだ私の事が彼女達よりも好きじゃないんですね…」
「…何と言えばいいのか…」
立場的にも自分の考え方的にもその辺りを拗らせている趙雲が、どうしたものかと考えていると、階下から宿の店主ののんきな声が響いてきた。
「趙様!お出かけの予定だと仰っていた時間ですよ」
昨夜、宿の主人に”出る時間になったら声をかけてくれ”と頼んでおいたのだ。
その声は、趙雲にとって地獄に仏。
「時間だ。○、話はあとだ」
趙雲は半ば強引に○を部屋から押し出すと、素早く身支度を整えた。
「部屋にいろと言っているだろう」
階段を駆け下りながら、趙雲は背後から縋り付こうとする○を振り切る。
いつもの冷静沈着な面影はなく、今の彼はただの”手に負えない妹に困り果てた兄”そのものだ。
○がいては女官と話せないと判断した趙雲。
しかしどう説得しても○はついてこようとする。
宿屋の一階で、朝食を摂っていた他の宿泊客が何事かと視線を送る中、二人の前に諸葛亮が立った。
「朝から実に騒がしい。趙雲殿はこれから”おでかけ”では?」
諸葛亮はすべてを見透かしたような、それでいて楽しそうな薄笑いを浮かべている。
「○殿。趙雲殿も任務なのです。……さあ、ここはお退きなさい。趙雲殿、貴方は早く行ってください。時間が過ぎれば、呉の者たちに不信感を抱かせますよ」
諸葛亮が○を引き留めた。
その隙に趙雲が外へ踏み出そうとした、その時。
宿屋の入り口で入れ違いになったある人物。
「おはようございます。朝から賑やかですね」
宿の入り口から、爽やかな声が響く。
現れたのは陸遜だった。
昨夜の宴で、他の者が月英や華やかな女性に話しかける中、下働きの様な服装で給仕をしていた○に熱心に話しかけていた唯一の人物だ。
「陸遜殿。……いかがなされた」
趙雲が警戒を強めると、陸遜はにこやかに、しかしどこか確信犯的な笑みを浮かべて言う。
「いえ。昨夜、○殿を町の案内にお誘いして断られてしまいましたが、近くを通りかかったので、もし気が変わっておられれば……と思い、つい足を運んでしまいました」
これを聞いた諸葛亮の目が、怪しく光る。
「それは丁度よいところに。この○殿は兄のことが大事なあまり、彼が女性と出かけるのが気になって仕方ないようでしてね。とはいえ、男女の逢瀬に一人でついて行くのも野暮だ……と困っていたところなのです。…○殿、あなたは陸遜殿と行ってはいかがです?」
諸葛亮としては、このまま○をここに置いておいても脱走してついて行きかねないので、それならあえて見える所に置いてやろうという判断。
陸遜が楽しそうに「私は構いません」と頷く傍らで、趙雲は内心で激しい動揺を隠しきれずにいた。
(○が陸遜殿に誘われていた……?断っていたとはいえ、初耳だ)
しかし、断られたにもかかわらず朝から宿まで追いかけてくる陸遜の執念にも驚く。
「では決まりですね。○殿…趙雲殿たちの邪魔をしない距離でついて行くのですよ」
諸葛亮に言い含められて、○は陸遜と出かけることになった。
趙雲は隣の女官の話に耳を傾けるふりをしながらも、背後の気配をこれまでにない鋭さで探っていた。
「趙将軍? 私の話、聞いておいでですか?」
「……ああ。無論だ」
短く答えながらも、趙雲の意識の八割は後ろの二人に注がれている。
○は陸遜と年が近い事から、なにやら話が合っている様だ。
(あれだけ出発前は騒いでおいて、いざ外に出て話の合う者を見つけたらこちらの事など見向きもしないとは)
すると、ふと足を止めた陸遜の声が聞こえてくる。
「おや、この反物…。懐かしい。私が十歳頃にとても流行った柄です」
軒先に吊るされた生地を指差す陸遜に、○は身を乗り出して「わあ!」と声を弾ませる。
「本当ですか?私の村でも流行っていましたよ、九歳か十歳頃だったかな…。女の子の間ではこちらの赤い方が流行っていたんですけど、兄たちと同じ藍色で帯を作られて…泣いたなぁ、あの時は」
「ははは、それは災難でしたね。お兄様がいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうなんです」
反物を手にしながら感心したように○は笑った。
「遠い国なのに同じものが流行るものなのですね」
「商隊が同じだったのかもしれませんね。故郷は違えど、同じ時を過ごしていたなんて不思議です」
陸遜が柔らかく微笑み、○もまた、屈託のない笑顔を返した。
同年代だからこそ通じ合う、幼い頃の流行、共通の思い出、そして弾む会話。
趙雲はなんとなく勘づいていた。
自分が知らない" 子供時代の○"の話を、今、この若き将が楽しそうにさりげなく引き出していることを。
趙雲の隣を歩く女官は、偵察の為だけに趙雲に近づいただけではなかった。
もし同盟が成れば、劉備軍と呉の間で縁談が持ち上がることもある。
その時、この男の隣に座るのは自分でありたい。
そう考えてここにいる彼女は、趙雲の意識が先ほどから後ろの妹にばかり向いているのが面白くない。
「趙将軍とこうして歩けるなんて、夢のようです」
女官は美しく淑やかにそう言うと、趙雲の逞しい腕に己の細い腕を絡め、密着した。
普段の彼なら礼節を持って距離を置くところだが、背後から聞こえてくる「十歳の頃の思い出話」に乱された心が、彼を少しだけ普段と違う行動へと走らせる。
「どうされました? 足元でも滑りましたか」
趙雲はあえて腕を振り解かず、女官へ向けていつになく優しく穏やかに微笑みかける。
内心で、○が後ろから睨みつけてくるのを待ち構えていたが。
「負けたら墨を塗られるんですよね。それが嫌で、試行錯誤しました」
「へえ、陸遜殿、意外とヤンチャだったんですねぇ」
背後では○が陸遜との会話に花を咲かせ、心底楽しそうに笑っていた。
彼女の目は、今この瞬間、趙雲ではなく目の前の同年代の若者に向けられている。
趙雲の微笑みがわずかに引きつった。
女官は「手応えあり」とばかりにさらに身を寄せるが、趙雲の心はそれどころではない。
自分が○を突き放してきた結果、彼女は昨日会ったばかりの男に、自分には立ち入れない同世代の共通点の話をしている。
女官が心配そうに覗き込むが、趙雲は無言で後ろを振り返りたい衝動と戦っていた。
*****
夕方。
宿屋の使い込まれた木の椅子に腰を下ろした○と趙雲は、どちらからともなく深い溜息を漏らす。
あの後、陸遜と女官に宿まで送られてからずっとこの調子だ。
互いの視線と挙動に一喜一憂し、関係を悪くするわけにはいかない異性との距離感に神経を削り続ける、戦場よりも過酷な心理戦だった。
「……精神衛生上、よくないです……」
○は力なく呟き、机にぐったりと突っ伏した。
陸遜と楽しげに振る舞いながらも、その視界の端では常に趙雲の腕に絡みつく女官を捉え、割り込みたい気持ちを必死で陸遜と話すことで抑えていたのだ。
「……まったくだ」
趙雲もまた、眉間を押さえながら低く同意する。
静まり返った一階の片隅。
夕刻の柔らかな光が差し込む中、○が消え入るような声で、ぽつりとこぼす。
「……もう、絶対。私、次はついて行きません。あんなに胸が苦しくなるなら、留守番している方が、まだマシです……」
その言葉を最後に、○の呼吸が規則正しいものへと変わる。
「……○?」
返事はない。
趙雲はそっと椅子を引き寄せ、眠りに落ちた○の横顔をじっと見つめた。
彼女が隣にいなければ、静かに任務に集中できるだろう。
それは本来、彼が望んでいたはずの正しい姿だ。
趙雲は無意識に手を伸ばし、○の頬に触れようとして。
寸前で思い止まり、代わりに彼女の肩からずり落ちそうになっていた羽織を掛け直してやった。
(ついてこないと言われると、それはそれで…)
色々な事を思いながら、しばらく眠る○の隣に座っていた。
夕餉の支度が整い始め、宿の厨房から漂う芳しい香りと、階段を降りてくる宿泊客たちの賑やかな足音が○の意識を引き戻した。
目を擦りながら身を起こしたKA○DAの前に、諸葛亮が近づいて来る。
「おや、お目覚めですか。お二人とも、随分とお疲れのご様子ですが…」
諸葛亮の含みのある微笑みに、寝ぼけ眼の○はあくびを噛み殺しながら頷く。
「ええ、まあ……子龍様の監視は疲れましたけど、久しぶりに同年代の陸遜殿と幼い頃のお話ができたのは、純粋に楽しかったです」
その呑気な一言が、静かに茶を飲んでいた趙雲の何かに触れたのか。
趙雲は手元の茶器を見つめたまま、吐き捨てるように、しかしはっきりと聞こえる音量でボソリと呟いた。
「……朝から人を捕まえて、浮気だなんだとあれほど騒いでおきながら、随分な言い草だな」
「 子龍様?」
○は趙雲の顔を覗き込む。
どこか不機嫌そうに眼を合わせない趙雲に、○の目が輝く。
「もしかして、子龍様。……ヤキモチを妬いていらっしゃるのですか?」
「な…っ、何を根拠に。お前も一応は劉備軍の一人として陸遜殿に接しているのだから、私情を挟むのは感心しないと言いたいだけだ」
「…顔が見たこともない位に怖いです。陸遜殿と私が仲良くしていたのが、気に入らなかっ…」
言い終わらない内に趙雲は立ち上がる。
「お前の妄想にも困ったものだ。…諸葛亮殿、私は一度部屋に戻り、報告書をまとめてまいります。○は勝手に夕餉を食べておくように」
そう言って逃げるように去っていく趙雲の背中を○は追いかけて行った。
宿の自室に戻った趙雲は、机に向かい猛然と筆を動かす。
しかし、逃がしてくれるはずもない○が、その背後から幾度となく声をかけてくる。
「子龍様、無視しないでください。ヤキモチを妬かれたのですか?」
「ちなみに私は、終始はらわたが煮えくり返りそうでした」
「女性にくっつかれていたのを、そのままにしていましたよね」
手を変え品を変え、あれこれ反応を見る○。
「子龍様は、私以外の女性に対して優柔不断だからいけないんです」
「……優柔不断とは心外な」
観念してやっと反応した趙雲。
「私はただ、同盟の使節である彼女を無下に扱って、事を荒立てぬよう堪えていただけだ。貴殿のように、やれどこそこのアレが流行っただとか、これこれの遊びがどうだとか…茶飲み話に興じていたわけではない」
「だって他に話す事、ないじゃないですか。私、軍や戦の事なんて何も知らされずにいるんです」
「そうは言ってもだな」
趙雲は決まり悪そうに視線を逸らし、独り言のように低く呟く。
「あのように……子供の頃の話で盛り上がっているからだ。”友として”、私の知らぬ貴殿の話が聞こえたら気にもなるだろう」
「え?」
「”友として”だ」
○は趙雲が自分に関心を持っていたという事実だけで胸がいっぱいになる。
「嬉しい……! 子龍様、私のそういう話、全く興味ないと思ってました。じゃあ……これはまだ多分誰にもお話ししてないことなんですけど、実は私、上に三人の兄がいるんですよ!だから男の子がするような遊びが得意なんです。今日は陸遜殿にその時の遊びの話をしたりしていただけです。陸遜殿も”男の子”だったわけですから」
「…」
「女の子が私一人だったのもあって、村を出る時はそれはもう、猛反対でした。どこかに落ち着いたら手紙を出すように言われていますので、その時は子龍様、ご挨拶してあげてください。きっと喜びますわ!子龍様の郷からを最後に連絡していないので、すっ飛んでくると思います」
そこまで言うと、○は趙雲の背中に覆いかぶさる。
「ご機嫌、直りましたか?直るまで部屋に戻れません」
「…離れなさい」
○の手を剥がしながら、趙雲は重い口を開く。
「……もう分かったから、今日は自室へ戻れ。……その代わり、明日は軍務に必要なものを買いに行くように言われている。そこに同行してくれ。終わったらなんでも好きなものを食べていい。 ……それで良いだろう?」
「本当ですか!?」
「ああ。だから早く寝なさい」
○は弾むような足取りで、今度こそ嬉々として部屋を出て行った。
一人残された趙雲は、静まり返った部屋で、白紙のままの報告書を前に深く椅子に背を預けた。
「子龍様、浮気だそうで」
枕元で仁王立ちをする○。
対する趙雲は薄目を開けて溜息をつく。
「……○、朝から騒がしい。任務だ。そもそも浮気ではない」
「いいえ、浮気の入り口です。あのすごく美人の方ですよね?ずっとくっついていらした!子龍様は押しに弱いですから、そのまま町の裏通りにでも連れ込まれたら断りきれずに……っ!」
「私を何だと思っている」
趙雲は呆れたように身を起こす。
「貴殿の様な力の強い女子からもこの身を守り通してきた私が、見ず知らずの女子に容易く押し切られるはずがないだろう」
「それは……言いたくありませんが、私の女性的魅力が足りないからかもしれません。あの人は凄く美人でしたから、もたれかかられてくっつかれて迫られたら…」
「くだらない事ばかり言うな。…もう少しゆっくりさせてくれ」
そう言って布団をかぶろうとする趙雲に、○は突っかかる。
「あ!ちょっと、話はまだ終わっていません!起きてください!」
勢いよく捲り上げた布団の先。
そこには、薄衣一枚で寝直そうとしていた趙雲の、逞しくも元気すぎる下半身の形が露わになっていた。
「………………」
「○?」
健康な男として、朝の自然な生理現象ではあるが、あまりにも「しっかり」としたソレに、○の顔面は瞬時に真っ赤になる。
その様子に趙雲は自分の状況に気づいた。
「朝からそんな…!何に興奮したんですか!?」
「落ち着いてくれ!これは違う!……体の仕組みだ! 貴殿が無理やり布団を剥ぐからだろう!」
慌てて枕で隠そうとする趙雲だが、○はその慌てる趙雲を見ていてドキドキした。
(もし。もし私のせいでこうなったのなら…今なら、なし崩し的に関係が進むかもしれない!)
そう覚悟した○は、思い切って趙雲の胸に飛び込んだ。
「ちょっと待て! ○、離れなさい!」
しがみつかれるたびに、薄い衣越しに柔らかな体温が伝わる。
密着して動かれるたびにソレが擦れ、趙雲はかつてない危機感に襲われた。
「力が強いな…!くっつくな!」
趙雲は必死の形相で○の肩を掴み、物理的な距離を確保する。
呼吸を整えてから、彼は努めて真面目な顔で○を見た。
「聞きなさい、○。これは興奮したのではない。……朝、目覚めた時の男の体というものは、己の意志とは無関係にこうなるものなのだ。自然の摂理、いわば日の出と共に花が開くようなものだと思ってくれ」
「……本当ですか? 子龍様が女官の方とのいやらしい想像をしていたからではなくて?」
疑いの眼差しを向ける○に、趙雲は食い気味に頷く。
「断じて違う」
「男性は皆さんこうなるのですか?」
「そうだ」
「あの、いつも涼しい顔をしている諸葛亮殿も、徳の高い劉備様も、朝は……そうなっているのですか?」
指をさして問われ、趙雲は一瞬、諸葛亮や劉備を売ることに躊躇いを感じたが、背に腹は代えられんとばかりに頷く。
「……そうだ。お二方に限らず、男であれば皆そうだ。なんなら、子供だって例外ではない。 成長の証なのだから」
「子供も……。そうなんですか。じゃあ、子龍様が朝からいやらしい事を想像していたわけではないのですね」
ようやく納得した○は、「なーんだ」と拍子抜けしたように力を抜いた。
「わかりました。でも、今の状態でお出かけはできませんよね。その……『日の出の花』が萎むまで、お待ちします」
趙雲と向かい合って寝台に座り、下腹部の辺りをじっと見る○。
「見張られると余計に……いや、もういい」
趙雲は諦めたように、空いている所に丸まって再び布団を被って顔を隠す。
赤壁の決戦を前に、これほどまでに神経をすり減らすことになるとは。
そんな趙雲を横目に、○は天井を見上げながら「うーん」と考える。
「でも、子龍様。あんな大きさのモノ、その……本当に、入るのでしょうか?」
○は自分の掌を広げたり、趙雲の腰のあたりをじっと見つめたりしながら、大真面目な顔で首を傾げた。
(何故、それを挿れる場所は知っているのか…)
その際どすぎる問いかけに、趙雲は布団から顔を出して、それから深いため息をつく。
趙雲は布団をかぶせたまま寝台の上で胡座をかき、しかめっ面をする。
「……○は、知っていることと知らないことの境界線が極端すぎて、よく分からぬな」
「えっ、変なことを聞きましたか?」
「……極めて変だ。というか、忘れなさい。その……『入る』とか、そういう話は。いずれ分かる日も来るだろう」
武人として数多の修羅場を潜り抜けてきた趙雲だが、目の前の”世間知らず”には防戦一方だ。
趙雲が耳まで赤くして遮ったのも虚しく、一度気になると○は止まらない。
人体の神秘、そして愛する人の「実情」への興味。
「でも、気になります。自分の体のことですから。この位?でしたよね……うーん…周倉さんあたりなら、こういうお話も詳しく教えてくれるかもしれません。後で聞いてみましょう」
「待て! 他の人に聞くのは絶対に駄目だ。特に周倉や月英殿はやめてほしい。余計なことまで吹き込まれる」
趙雲は慌てて○の肩を掴む。
下手をすれば、翌日には劉備軍全員に”趙雲の朝のアレの大きさ”が知られるかもしれない。
趙雲は観念したように、苦虫を噛み潰したような顔で話す。
「……入るんだ。ちゃんと。そういう風にできている。だから、もうこの話は終わりだ」
その言葉を聞いて、○の表情が劇的に変わった。
パッと輝くかと思いきや、みるみるうちに血の気が引き、ハッと青ざめて趙雲を凝視した。
「……そういえば。子龍様って……ご経験が、あるのですか?」
「…………」
「それが入るって…知ってるんですよね…」
趙雲は答えず視線を逸らす。
その無言の肯定。
○にとってそれは衝撃だった。
「自分だけの子龍様」だと思っていた彼の人生のどこかに、自分の知らない「女性」との時間があったとは。
○は寝台に座ったまま、顔を覆って膝に伏せて黙り込む。
かなり落ち込んでいる様だ。
流石に趙雲には普通に恋人がいた時期もあったし、それなりに女性の相手もした。
○との影踏みの意味も知らなかったし、そもそも彼女の存在自体も再会するまで忘れていた位だ。
しかし、今の○にそれを正直に話すのは、火に油を注ぐようなもの。
「そんなに落ち込まないでくれ……。恋人など、それこそ公孫瓚殿の所にいくよりも前の話だ」
趙雲は困り果て、伏せったままの○の背中を、おずおずとなだめるように叩く。
「……それに、男同士の付き合いというものもある。軍に身を置いていれば、付き合いでそういう店に行くことだって……一度や二度は…」
「お店…」
「そうだ。だがそれも過去の話だ。今は……今は、○にこうして見張られているだろう? 他に目が向く暇などない」
「でもその方々には色々して、私には何もしてくれないという事は…まだまだ私の事が彼女達よりも好きじゃないんですね…」
「…何と言えばいいのか…」
立場的にも自分の考え方的にもその辺りを拗らせている趙雲が、どうしたものかと考えていると、階下から宿の店主ののんきな声が響いてきた。
「趙様!お出かけの予定だと仰っていた時間ですよ」
昨夜、宿の主人に”出る時間になったら声をかけてくれ”と頼んでおいたのだ。
その声は、趙雲にとって地獄に仏。
「時間だ。○、話はあとだ」
趙雲は半ば強引に○を部屋から押し出すと、素早く身支度を整えた。
「部屋にいろと言っているだろう」
階段を駆け下りながら、趙雲は背後から縋り付こうとする○を振り切る。
いつもの冷静沈着な面影はなく、今の彼はただの”手に負えない妹に困り果てた兄”そのものだ。
○がいては女官と話せないと判断した趙雲。
しかしどう説得しても○はついてこようとする。
宿屋の一階で、朝食を摂っていた他の宿泊客が何事かと視線を送る中、二人の前に諸葛亮が立った。
「朝から実に騒がしい。趙雲殿はこれから”おでかけ”では?」
諸葛亮はすべてを見透かしたような、それでいて楽しそうな薄笑いを浮かべている。
「○殿。趙雲殿も任務なのです。……さあ、ここはお退きなさい。趙雲殿、貴方は早く行ってください。時間が過ぎれば、呉の者たちに不信感を抱かせますよ」
諸葛亮が○を引き留めた。
その隙に趙雲が外へ踏み出そうとした、その時。
宿屋の入り口で入れ違いになったある人物。
「おはようございます。朝から賑やかですね」
宿の入り口から、爽やかな声が響く。
現れたのは陸遜だった。
昨夜の宴で、他の者が月英や華やかな女性に話しかける中、下働きの様な服装で給仕をしていた○に熱心に話しかけていた唯一の人物だ。
「陸遜殿。……いかがなされた」
趙雲が警戒を強めると、陸遜はにこやかに、しかしどこか確信犯的な笑みを浮かべて言う。
「いえ。昨夜、○殿を町の案内にお誘いして断られてしまいましたが、近くを通りかかったので、もし気が変わっておられれば……と思い、つい足を運んでしまいました」
これを聞いた諸葛亮の目が、怪しく光る。
「それは丁度よいところに。この○殿は兄のことが大事なあまり、彼が女性と出かけるのが気になって仕方ないようでしてね。とはいえ、男女の逢瀬に一人でついて行くのも野暮だ……と困っていたところなのです。…○殿、あなたは陸遜殿と行ってはいかがです?」
諸葛亮としては、このまま○をここに置いておいても脱走してついて行きかねないので、それならあえて見える所に置いてやろうという判断。
陸遜が楽しそうに「私は構いません」と頷く傍らで、趙雲は内心で激しい動揺を隠しきれずにいた。
(○が陸遜殿に誘われていた……?断っていたとはいえ、初耳だ)
しかし、断られたにもかかわらず朝から宿まで追いかけてくる陸遜の執念にも驚く。
「では決まりですね。○殿…趙雲殿たちの邪魔をしない距離でついて行くのですよ」
諸葛亮に言い含められて、○は陸遜と出かけることになった。
趙雲は隣の女官の話に耳を傾けるふりをしながらも、背後の気配をこれまでにない鋭さで探っていた。
「趙将軍? 私の話、聞いておいでですか?」
「……ああ。無論だ」
短く答えながらも、趙雲の意識の八割は後ろの二人に注がれている。
○は陸遜と年が近い事から、なにやら話が合っている様だ。
(あれだけ出発前は騒いでおいて、いざ外に出て話の合う者を見つけたらこちらの事など見向きもしないとは)
すると、ふと足を止めた陸遜の声が聞こえてくる。
「おや、この反物…。懐かしい。私が十歳頃にとても流行った柄です」
軒先に吊るされた生地を指差す陸遜に、○は身を乗り出して「わあ!」と声を弾ませる。
「本当ですか?私の村でも流行っていましたよ、九歳か十歳頃だったかな…。女の子の間ではこちらの赤い方が流行っていたんですけど、兄たちと同じ藍色で帯を作られて…泣いたなぁ、あの時は」
「ははは、それは災難でしたね。お兄様がいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうなんです」
反物を手にしながら感心したように○は笑った。
「遠い国なのに同じものが流行るものなのですね」
「商隊が同じだったのかもしれませんね。故郷は違えど、同じ時を過ごしていたなんて不思議です」
陸遜が柔らかく微笑み、○もまた、屈託のない笑顔を返した。
同年代だからこそ通じ合う、幼い頃の流行、共通の思い出、そして弾む会話。
趙雲はなんとなく勘づいていた。
自分が知らない" 子供時代の○"の話を、今、この若き将が楽しそうにさりげなく引き出していることを。
趙雲の隣を歩く女官は、偵察の為だけに趙雲に近づいただけではなかった。
もし同盟が成れば、劉備軍と呉の間で縁談が持ち上がることもある。
その時、この男の隣に座るのは自分でありたい。
そう考えてここにいる彼女は、趙雲の意識が先ほどから後ろの妹にばかり向いているのが面白くない。
「趙将軍とこうして歩けるなんて、夢のようです」
女官は美しく淑やかにそう言うと、趙雲の逞しい腕に己の細い腕を絡め、密着した。
普段の彼なら礼節を持って距離を置くところだが、背後から聞こえてくる「十歳の頃の思い出話」に乱された心が、彼を少しだけ普段と違う行動へと走らせる。
「どうされました? 足元でも滑りましたか」
趙雲はあえて腕を振り解かず、女官へ向けていつになく優しく穏やかに微笑みかける。
内心で、○が後ろから睨みつけてくるのを待ち構えていたが。
「負けたら墨を塗られるんですよね。それが嫌で、試行錯誤しました」
「へえ、陸遜殿、意外とヤンチャだったんですねぇ」
背後では○が陸遜との会話に花を咲かせ、心底楽しそうに笑っていた。
彼女の目は、今この瞬間、趙雲ではなく目の前の同年代の若者に向けられている。
趙雲の微笑みがわずかに引きつった。
女官は「手応えあり」とばかりにさらに身を寄せるが、趙雲の心はそれどころではない。
自分が○を突き放してきた結果、彼女は昨日会ったばかりの男に、自分には立ち入れない同世代の共通点の話をしている。
女官が心配そうに覗き込むが、趙雲は無言で後ろを振り返りたい衝動と戦っていた。
*****
夕方。
宿屋の使い込まれた木の椅子に腰を下ろした○と趙雲は、どちらからともなく深い溜息を漏らす。
あの後、陸遜と女官に宿まで送られてからずっとこの調子だ。
互いの視線と挙動に一喜一憂し、関係を悪くするわけにはいかない異性との距離感に神経を削り続ける、戦場よりも過酷な心理戦だった。
「……精神衛生上、よくないです……」
○は力なく呟き、机にぐったりと突っ伏した。
陸遜と楽しげに振る舞いながらも、その視界の端では常に趙雲の腕に絡みつく女官を捉え、割り込みたい気持ちを必死で陸遜と話すことで抑えていたのだ。
「……まったくだ」
趙雲もまた、眉間を押さえながら低く同意する。
静まり返った一階の片隅。
夕刻の柔らかな光が差し込む中、○が消え入るような声で、ぽつりとこぼす。
「……もう、絶対。私、次はついて行きません。あんなに胸が苦しくなるなら、留守番している方が、まだマシです……」
その言葉を最後に、○の呼吸が規則正しいものへと変わる。
「……○?」
返事はない。
趙雲はそっと椅子を引き寄せ、眠りに落ちた○の横顔をじっと見つめた。
彼女が隣にいなければ、静かに任務に集中できるだろう。
それは本来、彼が望んでいたはずの正しい姿だ。
趙雲は無意識に手を伸ばし、○の頬に触れようとして。
寸前で思い止まり、代わりに彼女の肩からずり落ちそうになっていた羽織を掛け直してやった。
(ついてこないと言われると、それはそれで…)
色々な事を思いながら、しばらく眠る○の隣に座っていた。
夕餉の支度が整い始め、宿の厨房から漂う芳しい香りと、階段を降りてくる宿泊客たちの賑やかな足音が○の意識を引き戻した。
目を擦りながら身を起こしたKA○DAの前に、諸葛亮が近づいて来る。
「おや、お目覚めですか。お二人とも、随分とお疲れのご様子ですが…」
諸葛亮の含みのある微笑みに、寝ぼけ眼の○はあくびを噛み殺しながら頷く。
「ええ、まあ……子龍様の監視は疲れましたけど、久しぶりに同年代の陸遜殿と幼い頃のお話ができたのは、純粋に楽しかったです」
その呑気な一言が、静かに茶を飲んでいた趙雲の何かに触れたのか。
趙雲は手元の茶器を見つめたまま、吐き捨てるように、しかしはっきりと聞こえる音量でボソリと呟いた。
「……朝から人を捕まえて、浮気だなんだとあれほど騒いでおきながら、随分な言い草だな」
「 子龍様?」
○は趙雲の顔を覗き込む。
どこか不機嫌そうに眼を合わせない趙雲に、○の目が輝く。
「もしかして、子龍様。……ヤキモチを妬いていらっしゃるのですか?」
「な…っ、何を根拠に。お前も一応は劉備軍の一人として陸遜殿に接しているのだから、私情を挟むのは感心しないと言いたいだけだ」
「…顔が見たこともない位に怖いです。陸遜殿と私が仲良くしていたのが、気に入らなかっ…」
言い終わらない内に趙雲は立ち上がる。
「お前の妄想にも困ったものだ。…諸葛亮殿、私は一度部屋に戻り、報告書をまとめてまいります。○は勝手に夕餉を食べておくように」
そう言って逃げるように去っていく趙雲の背中を○は追いかけて行った。
宿の自室に戻った趙雲は、机に向かい猛然と筆を動かす。
しかし、逃がしてくれるはずもない○が、その背後から幾度となく声をかけてくる。
「子龍様、無視しないでください。ヤキモチを妬かれたのですか?」
「ちなみに私は、終始はらわたが煮えくり返りそうでした」
「女性にくっつかれていたのを、そのままにしていましたよね」
手を変え品を変え、あれこれ反応を見る○。
「子龍様は、私以外の女性に対して優柔不断だからいけないんです」
「……優柔不断とは心外な」
観念してやっと反応した趙雲。
「私はただ、同盟の使節である彼女を無下に扱って、事を荒立てぬよう堪えていただけだ。貴殿のように、やれどこそこのアレが流行っただとか、これこれの遊びがどうだとか…茶飲み話に興じていたわけではない」
「だって他に話す事、ないじゃないですか。私、軍や戦の事なんて何も知らされずにいるんです」
「そうは言ってもだな」
趙雲は決まり悪そうに視線を逸らし、独り言のように低く呟く。
「あのように……子供の頃の話で盛り上がっているからだ。”友として”、私の知らぬ貴殿の話が聞こえたら気にもなるだろう」
「え?」
「”友として”だ」
○は趙雲が自分に関心を持っていたという事実だけで胸がいっぱいになる。
「嬉しい……! 子龍様、私のそういう話、全く興味ないと思ってました。じゃあ……これはまだ多分誰にもお話ししてないことなんですけど、実は私、上に三人の兄がいるんですよ!だから男の子がするような遊びが得意なんです。今日は陸遜殿にその時の遊びの話をしたりしていただけです。陸遜殿も”男の子”だったわけですから」
「…」
「女の子が私一人だったのもあって、村を出る時はそれはもう、猛反対でした。どこかに落ち着いたら手紙を出すように言われていますので、その時は子龍様、ご挨拶してあげてください。きっと喜びますわ!子龍様の郷からを最後に連絡していないので、すっ飛んでくると思います」
そこまで言うと、○は趙雲の背中に覆いかぶさる。
「ご機嫌、直りましたか?直るまで部屋に戻れません」
「…離れなさい」
○の手を剥がしながら、趙雲は重い口を開く。
「……もう分かったから、今日は自室へ戻れ。……その代わり、明日は軍務に必要なものを買いに行くように言われている。そこに同行してくれ。終わったらなんでも好きなものを食べていい。 ……それで良いだろう?」
「本当ですか!?」
「ああ。だから早く寝なさい」
○は弾むような足取りで、今度こそ嬉々として部屋を出て行った。
一人残された趙雲は、静まり返った部屋で、白紙のままの報告書を前に深く椅子に背を預けた。