共通ルート
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
諸葛亮は伝令の報告を聞いた瞬間、大きく息を吐いた。
彼が最も危惧していた事態が訪れたからだ。
急ぎ○の幕舎へ向かったが、そこに○はいない。
諸葛亮が陣の奥へと足を進めると、喧騒の向こうから悲痛な叫びが聞こえてきた。
「待って! ○殿! 駄目だってば! 今一人で出たら軍律違反よ!」
声の主は×であった。
○の腕を必死に掴み、その歩みを止めようと縋り付いている。
しかし○はそれを引きずりながら歩いている。
「離して」
○の声には、もはや人間らしい抑揚はなかった。
底知れぬ憎悪の熱を孕んでいる。
×の細い指を無造作に振りほどくと、葭萌関の方角に歩く。
「軍師殿! 助けてください、○殿が……!」
×は諸葛亮の姿を認めると、泣きそうな顔で助けを求めた。
生憎、趙雲は巡察に出ており、この場には諸葛亮しかいない。
諸葛亮は、○の前に立ちはだかるようにして足を止めた。
月明かりに照らされた彼女の横顔は、数刻前の穏やかさが嘘のように消え失せ、鬼気迫る形相へと変貌している。
その気迫は一瞬、言葉を失わせるほどに凄絶なものだった。
「……退いてください。諸葛亮殿」
「○殿。落ち着きなさい。今、あなたが単騎で飛び出したところで、何ができるというのです」
諸葛亮は静かに彼女を遮った。
しかしその様な言葉で止まるとも思えない。
「分かりました。…馬超には、張飛殿に当たっていただく予定ですが……。では、あなたも出ますか」
それは決して慈悲ではない。
諸葛亮には分かっていた。
○では馬超に勝てない。
しかし○はその言葉が終わるのを待たず頷いた。
「よろしい。ならば、行ってください。あちらで準備をしている張飛殿がいます」
○は諸葛亮の横をすり抜け、出陣の準備に沸く張飛の元へと駆け出した。
「張飛殿! 私も連れて行ってください!」
愛馬の手綱を握り、蛇矛を担いでいた張飛は、血相を変えて現れた○を見て思わず目を丸くした。
数刻前、自分に冗談を言って微笑んだ娘の面影はどこにもない。
「……おいおい、軍師殿から許しが出たのか?」
「許可は得ています」
張飛は豪快に笑い飛ばすと、○の気迫に押されるようにその同道を許した。
○は張飛の後に続き、土煙を上げて陣を飛び出す。
それを見送る×の顔には、恐怖と困惑が入り混じっていた。
○たちが去って間もなく、巡察から戻った趙雲が、ただならぬ陣中の気配を察して馬を乗り入れた。
「……何があったのですか。諸葛亮殿」
趙雲の問いに、傍らにいた×が震える声で答えた。
「……諸葛亮殿が、○殿を……張飛殿と共に出陣させてしまったのです。あんな冷静ではない○殿を……!」
趙雲は絶句し、すぐさま諸葛亮へと詰め寄った。
その端正な顔が怒りと焦燥に歪む。
「諸葛亮殿… 正気ですか? 彼女の今の状態は、戦に出せるようなものではないはずだ。なぜ、あえて危険な戦場へ送り出したのです」
趙雲は感情を押し殺してはいるが、今にも食ってかかりそうな勢いだ。
しかし諸葛亮は表情一つ変えない。
「……彼女自身の意志です。止めても無駄だったでしょう」
「意思…!?」
趙雲は○の復讐心を知らず、諸葛亮の言っていることが理解できない。
「私は彼女の状況を理解しています。だからこそ行かせました。……今は、それ以上申し上げることはありません」
諸葛亮の言葉は壁のように立ちはだかった。
彼は○の真の目的を、まだ趙雲に明かすつもりはない。
そして、それを知る数少ない目撃者である×に対しても、厳しい視線で口止めを命じていた。
「……納得がいきません。彼女の救援の許可を」
「構いません。彼女が死ぬことは本意ではありませんから」
趙雲は諸葛亮を睨みつけると再び愛馬に跨る。
夜の闇に消えていく趙雲の背中を見送りながら、諸葛亮は静かに目を閉じた。
葭萌関の荒野に、地鳴りのような蹄の音が響き渡る。
砂塵の向こうから現れたのは、獅子の面を模した兜を戴く西涼の錦馬超だった。
○は、その姿を視界に捉えた瞬間、全身の血が逆流するような感覚に襲われる。
張飛は蛇矛を構え、目の前の敵将を値踏みするように目を細めた。
向かい合う馬超は愛馬を静かに進め、張飛と、その傍らに並び立つ○へと視線を向ける。
「張飛殿。私に…行かせてください」
「は?」
「お願いします」
張飛を見ずにそう言った○。
その気迫に、「仕方ねえな。死んでも知らねえぞ」と馬を下げた。
(馬超に一矢報いるなら、刺し違えるしかない。それでも刃が届くかどうか…)
馬を進めた○に、馬超は近づく。
その瞳に驚きや動揺の色はない。
彼にとってあの夜焼き払った城の者たちはすべて灰となったはずの存在であり、目の前にいる女がその生き残りだなどと露ほども思っていないからだ。
「……女でありながら、なかなかの気迫。俺は女も容赦なく殺すぞ」
馬超の口から漏れた、朗々とした声。
○にとってその声は吐き気を覚えるほどに醜悪で、耳を削ぎ落としたくなるようなものだ。
父を殺し、義姉を貫き、すべてを奪った男が、平然と話しかけてくる。
「死ね、馬孟起……!」
○が馬に拍車をかけ、弾かれたように飛び出す。
やるなら一瞬の隙を突くしかない。
突き出された槍を何とかかわし近づき叩き込まれる剣筋に、馬超は何かを思った。
この甲冑を突き破らんばかりの力任せの一撃は、西涼でよく見るものだ。
そして執拗に甲冑の隙間を狙う様な連続的な攻撃。
脳裏をよぎったのは、かつて自らの槍で貫いた女。
女の身でありながら、自分と数合やり合ったあの女。
その一瞬の動揺が、馬超の手元を狂わせた。
○の喉元を正確に貫くはずだった彼の槍先が、わずかに逸れる。
「……っ!」
冷たい銀光が○の額を浅く切り裂いた。
鮮血が噴き出し、視界を赤く染める。
○は目に入った血を左手で乱暴に拭った。
だが、その一ざまの動作が、戦場においては致命的な隙となった。
馬超の叫びとともに、重い一撃が○の脇腹を捉えた。
馬上のまま放たれた力強い蹴りに、○の身体は落馬して荒野の土に転がる。
視界が火花を散らし、呼吸が止まる。
動けず目も開けられない。
馬超の影が迫り、とどめの一撃を与えようとしたその時。
砂塵を巻き上げ割り込んだ趙雲。
彼は馬超の槍を間一髪で弾き飛ばすと、落馬した○の腰を片腕で強引に引き揚げ己の馬上に抱え上げた。
その拍子に意識を取り戻した○は、趙雲の腕の中で暴れる。
額から流れる血が顔を伝い、その形相はもはや正気とは思えぬほどに凄惨だった。
「落ち着け、○殿! 今のあなたでは近づくこともできない!」
趙雲は背後から迫る馬超の追撃を警戒しつつ、暴れる○を抑え込んだ。
○は趙雲の甲冑を拳で叩き叫び声を上げる。
「離せ…!私は死ぬまで馬孟起と戦う!家族が…!あいつを殺せと言っているのに…!!死ぬなら…ここなのに!!!」
趙雲は何も答えずただ強く○を抱きしめるように固定すると、張飛が馬超を食い止めている隙に、一気に本陣へと馬を走らせた。
陣に戻ってもなお○の狂乱は収まらなかった。
趙雲に抱えられたまま地面に下ろされても、彼女は額から流れる血を拭うことすら忘れ、再び馬を奪って戦場へ戻ろうと暴れる。
しかし趙雲ががっしり捕まえて離さない。
「――気が済みましたか」
そこに静かにたたずむ諸葛亮。
「あなたの剣は、馬超に届かなかったでしょう。……当然です。彼は西涼の錦馬超。あなたが命と引き換えにしたとしても、その切っ先は彼の影を捉えることすら叶わない。彼の武勇とあなたの命では釣り合いが取れないのです」
「…っ」
「私はこれから、馬超を孤立させる策を講じます。彼が帰る場所を失い行き場をなくしたところで、我が軍へと破格の厚遇で引き入れるつもりです」
その言葉に○の動きが止まった。
信じ難いものを見るかのように諸葛亮を見上げる。
「……引き入れる? ……あの男を、味方にするというの!」
「ええ。劉備殿が天下を治めるためには、あの武と威光は必要不可欠。……さて、○殿。そうなった時、貴女はどうしますか?ここを動かず、味方となった彼の背中を狙い続けますか?それとも、 私怨を抱いたままこの陣を去りますか? 去ってしまっては、それこそ馬超を討つことはかなわないでしょうね…私は彼を、そうそう戦場に出すつもりはありませんから」
諸葛亮はあえて、突き放すような冷たい笑みを口元に浮かべた。
「……とはいえ。戦場であれほど無様に蹴散らされたあなたに、馬超が斬れるとは到底思えませんが」
「言葉が過ぎます」
堪り兼ねた趙雲が諸葛亮を制したが、諸葛亮は笑みを絶やさない。
○はガタガタと震えていた。
馬超への憎悪、自らの無力さ、そして諸葛亮の非情な宣告。
しかしその言葉は復讐という名の死に向かう彼女を、執念という名の生きる理由に繋ぎ止めるための、諸葛亮なりの劇薬のつもりだった。
馬超が生きている限り、○は死なないのだから。
馬超がいる限り、○はここを去らないのだから。
「……死にたければ勝手にどうぞ。ですが、馬超を討ちたいのであれば……やるべきことは分かるでしょう」
諸葛亮はそう言い残し、背を向けて本陣へと戻っていった。
静まり返った陣中、○の咽び泣くような吐息がいやに大きく響いた。
諸葛亮が冷徹な言葉を残して立ち去った後、陣の影で息を潜めていた×は動けずにいた。
馬超の名を聞いた途端に鬼気迫る顔になった○に驚いた。
その後の諸葛亮と○の会話からなんとなく予想はしていたが、真実はもっと残酷で、○は家族を皆殺しにされ城を焼き払われていたのだ。
自分が趙雲に甘えていると罵り嫉妬をぶつけていた相手は、ずっと誰の事も見ていない様な顔をしていた。
それもすごく気に入らなかった。
しかしその理由が分かってしまった。
馬超が現れれば刺し違えるつもりでいたのだ。
だから誰にどう思われても良かった○。
そんな彼女は今、諸葛亮に誇りを打ち砕かれ四つん這いになって泣き叫んでいる。
あんなに傷だらけで、あんなにきれいなのに。
趙雲が震える○を支え、何度も声をかけている様子だが、○には聞こえていないのだと思う。
○の嗚咽が夜の静寂に響き渡る。
×はその声を聴きながら幕舎の影で自らの膝に顔を埋めた。
自分が憧れていた「戦場」は、こんなにも残酷で、救いのない場所だったのか。
彼女が自分になる日も来れば、あの様な敵意が自分に向けられる日が来るのか。
そう思うと恐ろしかった。
×の瞳からは○への敵意は消え失せていた。
代わりに芽生えたのは、あのままバラバラになって壊れてしまいそうな○を、せめて見守りたいという、不器用な情愛の萌芽だった。
彼が最も危惧していた事態が訪れたからだ。
急ぎ○の幕舎へ向かったが、そこに○はいない。
諸葛亮が陣の奥へと足を進めると、喧騒の向こうから悲痛な叫びが聞こえてきた。
「待って! ○殿! 駄目だってば! 今一人で出たら軍律違反よ!」
声の主は×であった。
○の腕を必死に掴み、その歩みを止めようと縋り付いている。
しかし○はそれを引きずりながら歩いている。
「離して」
○の声には、もはや人間らしい抑揚はなかった。
底知れぬ憎悪の熱を孕んでいる。
×の細い指を無造作に振りほどくと、葭萌関の方角に歩く。
「軍師殿! 助けてください、○殿が……!」
×は諸葛亮の姿を認めると、泣きそうな顔で助けを求めた。
生憎、趙雲は巡察に出ており、この場には諸葛亮しかいない。
諸葛亮は、○の前に立ちはだかるようにして足を止めた。
月明かりに照らされた彼女の横顔は、数刻前の穏やかさが嘘のように消え失せ、鬼気迫る形相へと変貌している。
その気迫は一瞬、言葉を失わせるほどに凄絶なものだった。
「……退いてください。諸葛亮殿」
「○殿。落ち着きなさい。今、あなたが単騎で飛び出したところで、何ができるというのです」
諸葛亮は静かに彼女を遮った。
しかしその様な言葉で止まるとも思えない。
「分かりました。…馬超には、張飛殿に当たっていただく予定ですが……。では、あなたも出ますか」
それは決して慈悲ではない。
諸葛亮には分かっていた。
○では馬超に勝てない。
しかし○はその言葉が終わるのを待たず頷いた。
「よろしい。ならば、行ってください。あちらで準備をしている張飛殿がいます」
○は諸葛亮の横をすり抜け、出陣の準備に沸く張飛の元へと駆け出した。
「張飛殿! 私も連れて行ってください!」
愛馬の手綱を握り、蛇矛を担いでいた張飛は、血相を変えて現れた○を見て思わず目を丸くした。
数刻前、自分に冗談を言って微笑んだ娘の面影はどこにもない。
「……おいおい、軍師殿から許しが出たのか?」
「許可は得ています」
張飛は豪快に笑い飛ばすと、○の気迫に押されるようにその同道を許した。
○は張飛の後に続き、土煙を上げて陣を飛び出す。
それを見送る×の顔には、恐怖と困惑が入り混じっていた。
○たちが去って間もなく、巡察から戻った趙雲が、ただならぬ陣中の気配を察して馬を乗り入れた。
「……何があったのですか。諸葛亮殿」
趙雲の問いに、傍らにいた×が震える声で答えた。
「……諸葛亮殿が、○殿を……張飛殿と共に出陣させてしまったのです。あんな冷静ではない○殿を……!」
趙雲は絶句し、すぐさま諸葛亮へと詰め寄った。
その端正な顔が怒りと焦燥に歪む。
「諸葛亮殿… 正気ですか? 彼女の今の状態は、戦に出せるようなものではないはずだ。なぜ、あえて危険な戦場へ送り出したのです」
趙雲は感情を押し殺してはいるが、今にも食ってかかりそうな勢いだ。
しかし諸葛亮は表情一つ変えない。
「……彼女自身の意志です。止めても無駄だったでしょう」
「意思…!?」
趙雲は○の復讐心を知らず、諸葛亮の言っていることが理解できない。
「私は彼女の状況を理解しています。だからこそ行かせました。……今は、それ以上申し上げることはありません」
諸葛亮の言葉は壁のように立ちはだかった。
彼は○の真の目的を、まだ趙雲に明かすつもりはない。
そして、それを知る数少ない目撃者である×に対しても、厳しい視線で口止めを命じていた。
「……納得がいきません。彼女の救援の許可を」
「構いません。彼女が死ぬことは本意ではありませんから」
趙雲は諸葛亮を睨みつけると再び愛馬に跨る。
夜の闇に消えていく趙雲の背中を見送りながら、諸葛亮は静かに目を閉じた。
葭萌関の荒野に、地鳴りのような蹄の音が響き渡る。
砂塵の向こうから現れたのは、獅子の面を模した兜を戴く西涼の錦馬超だった。
○は、その姿を視界に捉えた瞬間、全身の血が逆流するような感覚に襲われる。
張飛は蛇矛を構え、目の前の敵将を値踏みするように目を細めた。
向かい合う馬超は愛馬を静かに進め、張飛と、その傍らに並び立つ○へと視線を向ける。
「張飛殿。私に…行かせてください」
「は?」
「お願いします」
張飛を見ずにそう言った○。
その気迫に、「仕方ねえな。死んでも知らねえぞ」と馬を下げた。
(馬超に一矢報いるなら、刺し違えるしかない。それでも刃が届くかどうか…)
馬を進めた○に、馬超は近づく。
その瞳に驚きや動揺の色はない。
彼にとってあの夜焼き払った城の者たちはすべて灰となったはずの存在であり、目の前にいる女がその生き残りだなどと露ほども思っていないからだ。
「……女でありながら、なかなかの気迫。俺は女も容赦なく殺すぞ」
馬超の口から漏れた、朗々とした声。
○にとってその声は吐き気を覚えるほどに醜悪で、耳を削ぎ落としたくなるようなものだ。
父を殺し、義姉を貫き、すべてを奪った男が、平然と話しかけてくる。
「死ね、馬孟起……!」
○が馬に拍車をかけ、弾かれたように飛び出す。
やるなら一瞬の隙を突くしかない。
突き出された槍を何とかかわし近づき叩き込まれる剣筋に、馬超は何かを思った。
この甲冑を突き破らんばかりの力任せの一撃は、西涼でよく見るものだ。
そして執拗に甲冑の隙間を狙う様な連続的な攻撃。
脳裏をよぎったのは、かつて自らの槍で貫いた女。
女の身でありながら、自分と数合やり合ったあの女。
その一瞬の動揺が、馬超の手元を狂わせた。
○の喉元を正確に貫くはずだった彼の槍先が、わずかに逸れる。
「……っ!」
冷たい銀光が○の額を浅く切り裂いた。
鮮血が噴き出し、視界を赤く染める。
○は目に入った血を左手で乱暴に拭った。
だが、その一ざまの動作が、戦場においては致命的な隙となった。
馬超の叫びとともに、重い一撃が○の脇腹を捉えた。
馬上のまま放たれた力強い蹴りに、○の身体は落馬して荒野の土に転がる。
視界が火花を散らし、呼吸が止まる。
動けず目も開けられない。
馬超の影が迫り、とどめの一撃を与えようとしたその時。
砂塵を巻き上げ割り込んだ趙雲。
彼は馬超の槍を間一髪で弾き飛ばすと、落馬した○の腰を片腕で強引に引き揚げ己の馬上に抱え上げた。
その拍子に意識を取り戻した○は、趙雲の腕の中で暴れる。
額から流れる血が顔を伝い、その形相はもはや正気とは思えぬほどに凄惨だった。
「落ち着け、○殿! 今のあなたでは近づくこともできない!」
趙雲は背後から迫る馬超の追撃を警戒しつつ、暴れる○を抑え込んだ。
○は趙雲の甲冑を拳で叩き叫び声を上げる。
「離せ…!私は死ぬまで馬孟起と戦う!家族が…!あいつを殺せと言っているのに…!!死ぬなら…ここなのに!!!」
趙雲は何も答えずただ強く○を抱きしめるように固定すると、張飛が馬超を食い止めている隙に、一気に本陣へと馬を走らせた。
陣に戻ってもなお○の狂乱は収まらなかった。
趙雲に抱えられたまま地面に下ろされても、彼女は額から流れる血を拭うことすら忘れ、再び馬を奪って戦場へ戻ろうと暴れる。
しかし趙雲ががっしり捕まえて離さない。
「――気が済みましたか」
そこに静かにたたずむ諸葛亮。
「あなたの剣は、馬超に届かなかったでしょう。……当然です。彼は西涼の錦馬超。あなたが命と引き換えにしたとしても、その切っ先は彼の影を捉えることすら叶わない。彼の武勇とあなたの命では釣り合いが取れないのです」
「…っ」
「私はこれから、馬超を孤立させる策を講じます。彼が帰る場所を失い行き場をなくしたところで、我が軍へと破格の厚遇で引き入れるつもりです」
その言葉に○の動きが止まった。
信じ難いものを見るかのように諸葛亮を見上げる。
「……引き入れる? ……あの男を、味方にするというの!」
「ええ。劉備殿が天下を治めるためには、あの武と威光は必要不可欠。……さて、○殿。そうなった時、貴女はどうしますか?ここを動かず、味方となった彼の背中を狙い続けますか?それとも、 私怨を抱いたままこの陣を去りますか? 去ってしまっては、それこそ馬超を討つことはかなわないでしょうね…私は彼を、そうそう戦場に出すつもりはありませんから」
諸葛亮はあえて、突き放すような冷たい笑みを口元に浮かべた。
「……とはいえ。戦場であれほど無様に蹴散らされたあなたに、馬超が斬れるとは到底思えませんが」
「言葉が過ぎます」
堪り兼ねた趙雲が諸葛亮を制したが、諸葛亮は笑みを絶やさない。
○はガタガタと震えていた。
馬超への憎悪、自らの無力さ、そして諸葛亮の非情な宣告。
しかしその言葉は復讐という名の死に向かう彼女を、執念という名の生きる理由に繋ぎ止めるための、諸葛亮なりの劇薬のつもりだった。
馬超が生きている限り、○は死なないのだから。
馬超がいる限り、○はここを去らないのだから。
「……死にたければ勝手にどうぞ。ですが、馬超を討ちたいのであれば……やるべきことは分かるでしょう」
諸葛亮はそう言い残し、背を向けて本陣へと戻っていった。
静まり返った陣中、○の咽び泣くような吐息がいやに大きく響いた。
諸葛亮が冷徹な言葉を残して立ち去った後、陣の影で息を潜めていた×は動けずにいた。
馬超の名を聞いた途端に鬼気迫る顔になった○に驚いた。
その後の諸葛亮と○の会話からなんとなく予想はしていたが、真実はもっと残酷で、○は家族を皆殺しにされ城を焼き払われていたのだ。
自分が趙雲に甘えていると罵り嫉妬をぶつけていた相手は、ずっと誰の事も見ていない様な顔をしていた。
それもすごく気に入らなかった。
しかしその理由が分かってしまった。
馬超が現れれば刺し違えるつもりでいたのだ。
だから誰にどう思われても良かった○。
そんな彼女は今、諸葛亮に誇りを打ち砕かれ四つん這いになって泣き叫んでいる。
あんなに傷だらけで、あんなにきれいなのに。
趙雲が震える○を支え、何度も声をかけている様子だが、○には聞こえていないのだと思う。
○の嗚咽が夜の静寂に響き渡る。
×はその声を聴きながら幕舎の影で自らの膝に顔を埋めた。
自分が憧れていた「戦場」は、こんなにも残酷で、救いのない場所だったのか。
彼女が自分になる日も来れば、あの様な敵意が自分に向けられる日が来るのか。
そう思うと恐ろしかった。
×の瞳からは○への敵意は消え失せていた。
代わりに芽生えたのは、あのままバラバラになって壊れてしまいそうな○を、せめて見守りたいという、不器用な情愛の萌芽だった。