趙雲END
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陣に戻った後、馬超の快復は驚くほど早かった。
西涼の獅子と謳われるその強靭な生命力は、流石だと軍医たちが感心する程だった。
「馬超殿は、そろそろ快復されるそうです」
「……そう。ちゃんと謝りに行かなきゃ」
廊下の隅で、○は趙雲と静かに言葉を交わしていた。
あの夜、自分を必死に繋ぎ止めてくれた趙雲への信頼と、一線を越えようとした自分を「手応えがあった」と笑って許した馬超への複雑な罪悪感。
○の心は、ようやく穏やかな居場所を見つけようとしていた。
その時だった。
「――久しいな」
聞き慣れた、どこまでも不敵で傲慢な声。
振り返る暇もなく、○は背後から伸びてきた腕に両腕を封じ込めるように抱きしめられた。
「……っ、馬超!?」
抗おうにも力が強くて身動きが取れない。
「謝りに行く手間が省けたな。……随分、顔色が良くなったじゃないか、○」
療養明けとは思えないその力強さに、○は言葉を失った。
馬超は腕の中でみるみる赤くなっていく○の顔を覗き込むと、拘束を少し緩め、大きな掌で彼女の顔を色んな方向にグイグイ引っ張る。
「ちょっと…!」
「これが本来のお前の顔か。顔色がずいぶんよくなった。…悪かったな」
年相応の素顔は、今までの鬼気迫るものとは違った。
馬超は空いた片手で○の身体をガッチリと抱きすくめ、唇を寄せる。
○は驚き、荒々しくも情熱的なそれから逃れるように顔を動かすが離れない。
「――馬超殿ッ!!」
趙雲が力ずくで押し戻す。
「またお前は、そうして邪魔をする」
強引に引き離されながらも、挑発的に趙雲の後ろに回された○を覗き見た。
「今だから言えるが……俺はお前に、結構前から惚れている!」
馬超は悪びれもせず、むしろ清々しいほどの笑みを浮かべて言い放った。
「へ……っ!?」
あまりにも真っ直ぐで突拍子もない告白に、○の思考は完全に停止した。
しかし、その言葉に最も早く反応したのは趙雲だった。
「……馬超殿。戯言も大概にされた方がよろしいかと」
「戯言なものか!……しかしその様子だと、趙雲はせっかく俺が療養でいない間に何もしていないと見える。俺ならさっさと…」
「おやめください! 人にはそれぞれ早さというものが……っ!」
趙雲は珍しく声を荒らげ、耳まで真っ赤にして馬超の言葉を遮った。
普段の彼からは想像もつかないほど動揺し、必死に弁明している。
「礼儀正しいのも考えものだな。案外、一度抱いてしまえばすんなり行くことも――」
「馬超殿!!」
これ以上、○の耳に破廉恥な言葉を入れまいと、趙雲は怒鳴るように声を被せた。
そして○を振り返る。
「○殿も、このような男の戯言に赤くならないでいただきたい……!」
そう叫ぶ趙雲の顔は悲壮感と必死さに満ちていた。
いつも完璧な彼がジタバタしている。
「いや、ちょっと…ほとんど私抜きで話が…」
「だが実際、さっきの○の身体は正直だったぞ?こう……舌を入れた途端にヘナヘナと力が抜けていく様で、じつに可愛かった」
「し、舌……!?」
趙雲はまるで雷にでも打たれたかのように硬直した。
信じられないものを見るような目で、恐る恐る○のほうを振り返る。
「入れられてない! 入れられてない!デタラメ言わないでよ!」
○は全力で首と手を振って否定した。
それを面白がるように馬超は笑う。
「まぁ、ここで“○が好きだ”とも言えん男に、西涼の女は荷が重い。コイツも今でこそおとなしいが、西涼の女は夜も男まさりで…」
「ちょっと!いい加減にして!」
恥ずかしさと怒りが頂点に達した○は怒鳴り声を上げた。
これ以上こいつに喋らせたら、あることないこと言われてしまう。
「ははっ、ほら見ろ。図星を突かれて怒っている」
馬超はしてやったりと言わんばかりに声を上げて笑った。
その傍らで、趙雲は馬超の発言のどこに怒るべきかを迷ったが、奥歯を噛み締めた。
「○殿、この男の挑発にこれ以上付き合う必要はありません。……それから馬超殿。西涼の女がどれほど男まさりであろうと、私はしっかり最後まで務められますので…ご心配なく」
大真面目な顔で対抗心を燃やす趙雲に馬超は目を細めると、「まあせいぜい精進することだな」と去っていった。
嵐のような男がいなくなり、静まり返った廊下。
○はふっと肩の力を抜くと、小さく吹き出した。
「……『俺がいない間に』、ですって」
呆れたような、どこか可笑しそうな○の呟きに、趙雲が「え?」と怪訝そうに眉を寄せる。
馬超の部屋で酒を飲んだ夜に、いきなり趙雲がしてきた口づけを思い出す。
さらにあの日…馬超を陣営に連れ帰り、幕舎で目を覚ますのを待っていた時。
馬超がすぐ傍の寝台で泥のように眠りこけていた隣で、○の唇に、不意打ちで熱いものを落とした男がいたのだ。
どれもこれも他でもない、今目の前で大真面目な顔をしている趙雲である。
当時は驚きで心臓が飛び出るかと思ったが、馬超の「何もしていない」という言葉を聞いてから思い出すと、案外ちゃっかりしている趙雲がおかしくて堪らなかった。
「○殿……?」
理由が分からず戸惑う趙雲だったが、その瞳が次第に熱を帯びていく。
彼は一歩歩み寄ると、わずかに背を屈め、○を覗き込むように真っ直ぐな目で見下ろした。
「……○殿。今夜など……どうだろうか」
「え?」
「先ほどの馬超殿の口付けを、そのままにしておきたくなく…」
普段の冷静さはどこへやら、少し子供っぽく、けれど気持ちを隠そうともしない。
彼の言う「今夜」が何を意味するのか、そして「そのままにしたくない」という言葉の裏側に、○はドキッとした。
いつも守られてばかりだった。
いつも彼の必死な愛に甘えてばかりだった。
だけどそれに寄りかかってはいけないと思っていた。
”絆されてはいけない”と自身を戒めていたから。
でも、もう迷う必要はない。
○は趙雲の手に自分の指を絡める。
「いいよ!」
これまでの暗い過去も、復讐の義務感もすべて忘れたような、初めての満面の笑みを浮かべて答えた。
その顔に、趙雲は大きく目を見開いたまま、石のように完全に固まった。
これほどあっさりと承諾されるとは思っていなかったのだろう。
自分から言い出したのに動けなくなった趙雲に、○は声を立てて笑った。
これからは、この愛すべき男と共に、新しい毎日を紡いでいけばいい。
西涼の獅子と謳われるその強靭な生命力は、流石だと軍医たちが感心する程だった。
「馬超殿は、そろそろ快復されるそうです」
「……そう。ちゃんと謝りに行かなきゃ」
廊下の隅で、○は趙雲と静かに言葉を交わしていた。
あの夜、自分を必死に繋ぎ止めてくれた趙雲への信頼と、一線を越えようとした自分を「手応えがあった」と笑って許した馬超への複雑な罪悪感。
○の心は、ようやく穏やかな居場所を見つけようとしていた。
その時だった。
「――久しいな」
聞き慣れた、どこまでも不敵で傲慢な声。
振り返る暇もなく、○は背後から伸びてきた腕に両腕を封じ込めるように抱きしめられた。
「……っ、馬超!?」
抗おうにも力が強くて身動きが取れない。
「謝りに行く手間が省けたな。……随分、顔色が良くなったじゃないか、○」
療養明けとは思えないその力強さに、○は言葉を失った。
馬超は腕の中でみるみる赤くなっていく○の顔を覗き込むと、拘束を少し緩め、大きな掌で彼女の顔を色んな方向にグイグイ引っ張る。
「ちょっと…!」
「これが本来のお前の顔か。顔色がずいぶんよくなった。…悪かったな」
年相応の素顔は、今までの鬼気迫るものとは違った。
馬超は空いた片手で○の身体をガッチリと抱きすくめ、唇を寄せる。
○は驚き、荒々しくも情熱的なそれから逃れるように顔を動かすが離れない。
「――馬超殿ッ!!」
趙雲が力ずくで押し戻す。
「またお前は、そうして邪魔をする」
強引に引き離されながらも、挑発的に趙雲の後ろに回された○を覗き見た。
「今だから言えるが……俺はお前に、結構前から惚れている!」
馬超は悪びれもせず、むしろ清々しいほどの笑みを浮かべて言い放った。
「へ……っ!?」
あまりにも真っ直ぐで突拍子もない告白に、○の思考は完全に停止した。
しかし、その言葉に最も早く反応したのは趙雲だった。
「……馬超殿。戯言も大概にされた方がよろしいかと」
「戯言なものか!……しかしその様子だと、趙雲はせっかく俺が療養でいない間に何もしていないと見える。俺ならさっさと…」
「おやめください! 人にはそれぞれ早さというものが……っ!」
趙雲は珍しく声を荒らげ、耳まで真っ赤にして馬超の言葉を遮った。
普段の彼からは想像もつかないほど動揺し、必死に弁明している。
「礼儀正しいのも考えものだな。案外、一度抱いてしまえばすんなり行くことも――」
「馬超殿!!」
これ以上、○の耳に破廉恥な言葉を入れまいと、趙雲は怒鳴るように声を被せた。
そして○を振り返る。
「○殿も、このような男の戯言に赤くならないでいただきたい……!」
そう叫ぶ趙雲の顔は悲壮感と必死さに満ちていた。
いつも完璧な彼がジタバタしている。
「いや、ちょっと…ほとんど私抜きで話が…」
「だが実際、さっきの○の身体は正直だったぞ?こう……舌を入れた途端にヘナヘナと力が抜けていく様で、じつに可愛かった」
「し、舌……!?」
趙雲はまるで雷にでも打たれたかのように硬直した。
信じられないものを見るような目で、恐る恐る○のほうを振り返る。
「入れられてない! 入れられてない!デタラメ言わないでよ!」
○は全力で首と手を振って否定した。
それを面白がるように馬超は笑う。
「まぁ、ここで“○が好きだ”とも言えん男に、西涼の女は荷が重い。コイツも今でこそおとなしいが、西涼の女は夜も男まさりで…」
「ちょっと!いい加減にして!」
恥ずかしさと怒りが頂点に達した○は怒鳴り声を上げた。
これ以上こいつに喋らせたら、あることないこと言われてしまう。
「ははっ、ほら見ろ。図星を突かれて怒っている」
馬超はしてやったりと言わんばかりに声を上げて笑った。
その傍らで、趙雲は馬超の発言のどこに怒るべきかを迷ったが、奥歯を噛み締めた。
「○殿、この男の挑発にこれ以上付き合う必要はありません。……それから馬超殿。西涼の女がどれほど男まさりであろうと、私はしっかり最後まで務められますので…ご心配なく」
大真面目な顔で対抗心を燃やす趙雲に馬超は目を細めると、「まあせいぜい精進することだな」と去っていった。
嵐のような男がいなくなり、静まり返った廊下。
○はふっと肩の力を抜くと、小さく吹き出した。
「……『俺がいない間に』、ですって」
呆れたような、どこか可笑しそうな○の呟きに、趙雲が「え?」と怪訝そうに眉を寄せる。
馬超の部屋で酒を飲んだ夜に、いきなり趙雲がしてきた口づけを思い出す。
さらにあの日…馬超を陣営に連れ帰り、幕舎で目を覚ますのを待っていた時。
馬超がすぐ傍の寝台で泥のように眠りこけていた隣で、○の唇に、不意打ちで熱いものを落とした男がいたのだ。
どれもこれも他でもない、今目の前で大真面目な顔をしている趙雲である。
当時は驚きで心臓が飛び出るかと思ったが、馬超の「何もしていない」という言葉を聞いてから思い出すと、案外ちゃっかりしている趙雲がおかしくて堪らなかった。
「○殿……?」
理由が分からず戸惑う趙雲だったが、その瞳が次第に熱を帯びていく。
彼は一歩歩み寄ると、わずかに背を屈め、○を覗き込むように真っ直ぐな目で見下ろした。
「……○殿。今夜など……どうだろうか」
「え?」
「先ほどの馬超殿の口付けを、そのままにしておきたくなく…」
普段の冷静さはどこへやら、少し子供っぽく、けれど気持ちを隠そうともしない。
彼の言う「今夜」が何を意味するのか、そして「そのままにしたくない」という言葉の裏側に、○はドキッとした。
いつも守られてばかりだった。
いつも彼の必死な愛に甘えてばかりだった。
だけどそれに寄りかかってはいけないと思っていた。
”絆されてはいけない”と自身を戒めていたから。
でも、もう迷う必要はない。
○は趙雲の手に自分の指を絡める。
「いいよ!」
これまでの暗い過去も、復讐の義務感もすべて忘れたような、初めての満面の笑みを浮かべて答えた。
その顔に、趙雲は大きく目を見開いたまま、石のように完全に固まった。
これほどあっさりと承諾されるとは思っていなかったのだろう。
自分から言い出したのに動けなくなった趙雲に、○は声を立てて笑った。
これからは、この愛すべき男と共に、新しい毎日を紡いでいけばいい。
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