馬超END
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戦は勝利で終えた。
先鋒として飛び出しそのまま戦っていた趙雲は、勝利の報告を終えて陣営にもどった。
ふと視線を向けた先に医務の幕舎があった。
そこに血だらけの馬超が立っている。
趙雲は眉をひそめ、足早に駆け寄った。
「馬超殿?怪我をされているのですか。すぐに軍医を……」
「これは、俺の血ではない」
ひどく掠れた声だった。
「すべて……○の血だ」
馬超はそう呟く。
「あいつは今、中で治療を受けている」
趙雲は言葉を失い、馬超が指し示した幕舎の入り口へと視線を移す。
幕舎の中からは、軍医たちの慌ただしい声がする。
「……なにがあったのです」
趙雲の問いかけには、馬超を責める響きはなかった。
ただ、その脳裏には最悪の可能性がよぎる。
○が馬超に復讐を挑み、返り討ちにあって重傷を負ったのか。
しかし、彼が本気で○を害するはずがないという確信が、趙雲の中にはある。
「……笑える話だ。俺の事を○が庇った。王異という、俺を仇だと狙う女からな」
○の他の復讐者と、二人の接点について思考が駆け巡る。
「その女に打たれた毒で動けなかった俺を、○が庇った」
趙雲は言葉を失い、幕舎の入り口を凝視した。
彼女は己の復讐心を捨ててまで…あるいは復讐よりも優先すべき何かに突き動かされて、敵であるはずの男を庇ったのだ。
馬超の目は何かに縋るようだった。
夜も更けた頃。
ようやく幕舎の垂れ幕が上がり、憔悴した様子の軍医が顔を出した。
外で微動だにせず待ち続けていた馬超に、軍医は深く頭を下げる。
「処置は終わりました。……幸いにも一命を取り留め、今は意識も取り戻して目を覚ましています。背中にこれが忍ばせてあり、致命傷を避けた様です」
そう言って軍医が差し出しのは、○の兄の形見である懐刀だった。
かつて城の回廊で○が馬超に斬りかかろうとした際、背中に仕込んでいたコレで斬りかかろうとし、趙雲に止められていた事を思い出す。
○は懐刀をいつも背中に仕込んでいたのだ。
馬超の身体から張り詰めていた緊張が抜ける。
言葉もなく、幕舎の中へと足を踏み入れた。
薄暗い灯火のなか、○は寝台の上にうつ伏せに寝かされていた。
背中に巻かれた幾重もの包帯には、痛々しい血の滲みが広がっている。
その顔は脂汗をかいて硬く目を閉じていた。
馬超が近づき、頬に張り付いた髪をはらうと、少し目を開ける。
「お前が俺をあの森へ誘い出したことは、軍の誰にも…趙雲にも言うつもりはない。……だから、お前も余計なことは口にするな」
その言葉に、○はかすかに目を見開いた。
「お前はただ、俺を狙った刺客から身を挺して守った……そういうことにしておく」
馬超は○の冷たい手を包み込むように握りしめる。
「それでいいの……? 私は、お前を殺そうとしたのに」
背中の激痛に耐えながら、彼女の瞳には戸惑いがある。
馬超はフッと鼻で笑う。
「何を生意気なことを。俺がお前に殺されかけたことなど、一度もないだろう」
「……」
「森の中でもそうだ。俺が心臓を刺せと言ったのに、お前は刃を落とした。お前は俺を殺さなかったんじゃない。……殺せないんだよ。なぜだろうな?」
意地の悪い笑みを浮かべて、馬超は○の顔を覗き込む。
その問いかけに、○は何も答えなかった。
答えを拒むように無表情のまま、顔を逆方向に向けてしまう。
そんな○に、安心した様に息をついた馬超。
「……まあ、しかし。とっくに負けていたのは、俺だ」
ぽつりと、馬超の口から零れ落ちた言葉。
「随分前から…俺はお前のことが、大好きだからな」
******
怪我が癒え、再び馬に乗れるほどに快復した頃、○は馬超と共に故郷の城へと向かった。
かつては美しかったその城は、今や煤けて真っ黒な、骸のような姿を晒していた。
父の遺体はもちろん、家財の一つも残ってはいない。
父と兄、義姉が最期を遂げた場所に行き、その辺りの、土とも灰とも判別できない物を集めると○は袋に入れる。
城の裏手にある、かつての一族の墓所。
○はその一角に彼らのための場所を作り、灰を埋めた。
「……すまなかった」
隣に立つ馬超が、低く絞り出すような声で言う。
○は懐から、馬超に返された自身の懐刀と、兄の懐刀を取り出した。
王異に切られた跡がくっきりと残っている。
「兄上。私を守ってくださり、ありがとうございました」
そう言って兄の物をそこに埋めようとしたが、ふと手を止める。
そして立ち上がると、それを馬超に差し出した。
「これは、馬超が持っていて」
「…なぜだ」
馬超が驚いたように○を見つめる。
「私の家族には、これを持たせることになっているから。それに…」
そう言った○の顔は穏やかだ。
「今ね、兄が、そう言った気がしたの」
「そうか」
馬超は懐刀を受け取ると腰に差す。
「行きましょう」と歩き出した○に、馬超はついていく。
復讐の果てに選んだのは、仇の隣で歩む未来だった。
先鋒として飛び出しそのまま戦っていた趙雲は、勝利の報告を終えて陣営にもどった。
ふと視線を向けた先に医務の幕舎があった。
そこに血だらけの馬超が立っている。
趙雲は眉をひそめ、足早に駆け寄った。
「馬超殿?怪我をされているのですか。すぐに軍医を……」
「これは、俺の血ではない」
ひどく掠れた声だった。
「すべて……○の血だ」
馬超はそう呟く。
「あいつは今、中で治療を受けている」
趙雲は言葉を失い、馬超が指し示した幕舎の入り口へと視線を移す。
幕舎の中からは、軍医たちの慌ただしい声がする。
「……なにがあったのです」
趙雲の問いかけには、馬超を責める響きはなかった。
ただ、その脳裏には最悪の可能性がよぎる。
○が馬超に復讐を挑み、返り討ちにあって重傷を負ったのか。
しかし、彼が本気で○を害するはずがないという確信が、趙雲の中にはある。
「……笑える話だ。俺の事を○が庇った。王異という、俺を仇だと狙う女からな」
○の他の復讐者と、二人の接点について思考が駆け巡る。
「その女に打たれた毒で動けなかった俺を、○が庇った」
趙雲は言葉を失い、幕舎の入り口を凝視した。
彼女は己の復讐心を捨ててまで…あるいは復讐よりも優先すべき何かに突き動かされて、敵であるはずの男を庇ったのだ。
馬超の目は何かに縋るようだった。
夜も更けた頃。
ようやく幕舎の垂れ幕が上がり、憔悴した様子の軍医が顔を出した。
外で微動だにせず待ち続けていた馬超に、軍医は深く頭を下げる。
「処置は終わりました。……幸いにも一命を取り留め、今は意識も取り戻して目を覚ましています。背中にこれが忍ばせてあり、致命傷を避けた様です」
そう言って軍医が差し出しのは、○の兄の形見である懐刀だった。
かつて城の回廊で○が馬超に斬りかかろうとした際、背中に仕込んでいたコレで斬りかかろうとし、趙雲に止められていた事を思い出す。
○は懐刀をいつも背中に仕込んでいたのだ。
馬超の身体から張り詰めていた緊張が抜ける。
言葉もなく、幕舎の中へと足を踏み入れた。
薄暗い灯火のなか、○は寝台の上にうつ伏せに寝かされていた。
背中に巻かれた幾重もの包帯には、痛々しい血の滲みが広がっている。
その顔は脂汗をかいて硬く目を閉じていた。
馬超が近づき、頬に張り付いた髪をはらうと、少し目を開ける。
「お前が俺をあの森へ誘い出したことは、軍の誰にも…趙雲にも言うつもりはない。……だから、お前も余計なことは口にするな」
その言葉に、○はかすかに目を見開いた。
「お前はただ、俺を狙った刺客から身を挺して守った……そういうことにしておく」
馬超は○の冷たい手を包み込むように握りしめる。
「それでいいの……? 私は、お前を殺そうとしたのに」
背中の激痛に耐えながら、彼女の瞳には戸惑いがある。
馬超はフッと鼻で笑う。
「何を生意気なことを。俺がお前に殺されかけたことなど、一度もないだろう」
「……」
「森の中でもそうだ。俺が心臓を刺せと言ったのに、お前は刃を落とした。お前は俺を殺さなかったんじゃない。……殺せないんだよ。なぜだろうな?」
意地の悪い笑みを浮かべて、馬超は○の顔を覗き込む。
その問いかけに、○は何も答えなかった。
答えを拒むように無表情のまま、顔を逆方向に向けてしまう。
そんな○に、安心した様に息をついた馬超。
「……まあ、しかし。とっくに負けていたのは、俺だ」
ぽつりと、馬超の口から零れ落ちた言葉。
「随分前から…俺はお前のことが、大好きだからな」
******
怪我が癒え、再び馬に乗れるほどに快復した頃、○は馬超と共に故郷の城へと向かった。
かつては美しかったその城は、今や煤けて真っ黒な、骸のような姿を晒していた。
父の遺体はもちろん、家財の一つも残ってはいない。
父と兄、義姉が最期を遂げた場所に行き、その辺りの、土とも灰とも判別できない物を集めると○は袋に入れる。
城の裏手にある、かつての一族の墓所。
○はその一角に彼らのための場所を作り、灰を埋めた。
「……すまなかった」
隣に立つ馬超が、低く絞り出すような声で言う。
○は懐から、馬超に返された自身の懐刀と、兄の懐刀を取り出した。
王異に切られた跡がくっきりと残っている。
「兄上。私を守ってくださり、ありがとうございました」
そう言って兄の物をそこに埋めようとしたが、ふと手を止める。
そして立ち上がると、それを馬超に差し出した。
「これは、馬超が持っていて」
「…なぜだ」
馬超が驚いたように○を見つめる。
「私の家族には、これを持たせることになっているから。それに…」
そう言った○の顔は穏やかだ。
「今ね、兄が、そう言った気がしたの」
「そうか」
馬超は懐刀を受け取ると腰に差す。
「行きましょう」と歩き出した○に、馬超はついていく。
復讐の果てに選んだのは、仇の隣で歩む未来だった。