馬超END
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馬を飛ばし、森の奥深くへと入り込む。
仕掛けられた紐の位置を示す印が見えた。
ここを飛び越えれば、すべてを終わらせることが出来る。
「○、俺から離れるなよ!」
背後から届いた馬超の声。
○は身体がこわばった。
紐を飛び越える。
直後、馬の嘶きが響き渡り、馬超が地面へと叩きつけられる音がした。
すると暗闇から王異が飛び出してくる。
その手には毒を塗った針のような細剣が握られ、無防備な馬超の足の腱を正確に狙った。
しかしその時、○の右手が勝手に動いていた。
懐の護身用の小刀を王異に投げつける。
それは王異の肩を切り裂き、彼女の細剣は軌道が逸れた。
針は馬超の膝裏を切りつけるにとどまる。
「……っ、ああ、忌々しい……!」
王異はすぐに馬超から距離を取ると、○の側に行き睨みつけた。
「あんな所に刺しても、奴の動きは完全には封じられないわ!なぜ邪魔をしたの!あなたも復讐を望んでいたはずでしょう!」
王異の鋭い詰問の言葉が、夜の森に響き渡る。
自分がなぜ馬超を助けるような真似をしたのか、答えの出ない問いに○が唇を噛み締め立ち尽くしていた。
「……はは、なるほどな……」
低く掠れた声が聞こえる。
○と王異がハッとして視線を向けると、毒の痺れで動けないはずの馬超が、凄まじい精神力で立ったままそこにいた。
「身体が、思うように動かんと思えば……そういう、ことか……」
馬超は脂汗を流し、自分の意志に従わない身体にイラつきながら○を見た。
王異の言葉。
森の中での○の不自然な減速。
闇から現れた王異。
(○はこの女と共謀し、俺を嵌めようとしたのか)
しかし馬超の心にあるのは、絶望でも裏切られた哀しみでもなかった。
「おい、○……!俺の首が欲しければ、奪いに来い。このくらいの痺れ、枷でも何でもない」
○は小さく息を吸い、震える手で腰の剣を抜く。
王異は忌々しそうに○を見たが、彼女には身体を動かせる馬超に向かう勇気はなかった。
○は死に物狂いで剣を振るった。
今度こそ今度こそ父の無念を晴らすのだと、己のすべてでぶつかった。
しかし勝てない。
どれだけ死力を尽くして打ち込んでも、馬超という壁はあまりに高く、分厚かった。
毒で動きが鈍っているはずなのに、彼の放つ一撃一撃は重く、○の剣を弾き飛ばし容赦なく地面へと叩きつける。
何度も蹴飛ばされ、投げ飛ばされ、やがて○の腕から完全に力が抜けた。
剣を握る指先が激しく震え、握力がなくなり、武器が手から落ちる。
○はその場に膝をついた。
荒い呼吸の隙間で、周囲の空気が変わったことに気づく。
いつの間にか馬超の呼吸が安定していた。
そもそも殺さない程度に痺れさせる毒。
時間と共に効果が薄まったらしい。
○が限界を迎えて膝をつく頃には、馬超の身体は大分動けるようになっていた。
(勝負はついた…)
動けない馬超ですら殺せなかったのだ。
もう自分では馬超を殺せない。
(殺さないんじゃない…殺せない…届かない)
○は俯き、ぎゅっと地面の泥を握りしめた。
殺される。
そう覚悟した時、頭上から酷く穏やかな声が降ってきた。
「……○」
名前を呼ばれ、○がゆっくりと顔を上げる。
そこには、手にした大槍を地面へ投げ捨てた馬超の姿があった。
「分かっただろう。お前では、俺を討てない」
「だがもういい。俺の命はやる。……その代わり、生涯、俺を忘れてくれるな」
「……え?」
○の口から、掠れた声が漏れた。
何を言われたのか理解できない。
復讐に燃えていたはずの男が、自分の復讐を捨てて命を差し出している。
馬超は愛おしげに口角を上げると、○の前に膝をついた。
「どちらかが死ぬまで終わらぬなら、俺の負けだ。お前を殺して、俺は生きてなどいけない」
○は震えながら剣を握る。
馬超が○の名前を呼んでも、○は馬超を見られない。
そんな○の動揺を見透かすように、馬超はふっと息を漏らすと、自らの懐に手を伸ばした。
取り出したのは、ずっと馬超が取り上げていた○の懐刀だった。
馬超は胸当てを外し放り投げて、○の手を剣から外させる。
「こうして、しっかり握れ」
そう言って○の指を一本ずつ懐刀に重ねさせ、その切っ先を左胸の真上へと宛がった。
少しでも○が力を込めれば、刃は容易く彼の心臓を貫くだろう。
「……父君の仇を取れ。俺は、もういい」
至近距離で響く馬超の声は、酷く穏やかで、優しかった。
○は激しい戸惑いに突き動かされ、息が詰まった。
ずっと望んでいたはずだった。
父を殺し、日常を奪ったこの男の胸に刃を突き立てる瞬間を、何度も夢に見てきたはずだった。
倒れる父と、身代わりになった義姉。
彼女が見た兄の亡骸。
大事な思い出が詰まったものをすべて奪われた。
鼻息荒く肩で息をする○。
引き裂かれそうな胸の痛みに耐えながら奥歯を噛み締めた。
静まり返った森に虚しい金属音が響いた。
○はどうしても、力を込めることができなかった。
指先が勝手に解け懐刀は土の上に滑り落ちていく。
結局、○は馬超を殺せなかった。
その拒絶とも受け取れる結末に、馬超がかすかに目を見開いた、その刹那。
○の視界の端に何かがうつった。
ずっと二人の様子を見ていた王異が、無防備に衣服一枚となった馬超の背後から躍り出たのだ。
「死ね、馬超――!!」
その叫びが聞こえた瞬間、○の身体は、またしても思考より先に動いていた。
○は馬超の身体を力任せに引き寄せると、自らの背中と入れ替えた。
直後、肉を深く引き裂くおぞましい音が聞こえる。
○の背中に凄まじい熱と激痛が走った。
王異の剣は身代わりとなった○の背中を、右肩から腰にかけて大きく斜めに切り裂いたのだ。
力の抜けた○の身体が、馬超の上に倒れ込む。
じわりと温かく重い液体が、馬超の薄い衣服を濡らしていく。
「○ッ!!」
悲鳴の様に○の名を呼ぶ馬超に、勝ち目がないと分かっている王異は舌打ちを残して去っていった。
王異に構うことなく、馬超は○を抱き上げる。
「○! ○!意識はあるか!?」
声をかけても○は反応しない。
背中の傷は深く、赤黒い血が流れ続けている。
馬超は愛馬に駆け寄ると、○を抱いたまま軽々と鞍へと飛び乗った。
仕掛けられた紐の位置を示す印が見えた。
ここを飛び越えれば、すべてを終わらせることが出来る。
「○、俺から離れるなよ!」
背後から届いた馬超の声。
○は身体がこわばった。
紐を飛び越える。
直後、馬の嘶きが響き渡り、馬超が地面へと叩きつけられる音がした。
すると暗闇から王異が飛び出してくる。
その手には毒を塗った針のような細剣が握られ、無防備な馬超の足の腱を正確に狙った。
しかしその時、○の右手が勝手に動いていた。
懐の護身用の小刀を王異に投げつける。
それは王異の肩を切り裂き、彼女の細剣は軌道が逸れた。
針は馬超の膝裏を切りつけるにとどまる。
「……っ、ああ、忌々しい……!」
王異はすぐに馬超から距離を取ると、○の側に行き睨みつけた。
「あんな所に刺しても、奴の動きは完全には封じられないわ!なぜ邪魔をしたの!あなたも復讐を望んでいたはずでしょう!」
王異の鋭い詰問の言葉が、夜の森に響き渡る。
自分がなぜ馬超を助けるような真似をしたのか、答えの出ない問いに○が唇を噛み締め立ち尽くしていた。
「……はは、なるほどな……」
低く掠れた声が聞こえる。
○と王異がハッとして視線を向けると、毒の痺れで動けないはずの馬超が、凄まじい精神力で立ったままそこにいた。
「身体が、思うように動かんと思えば……そういう、ことか……」
馬超は脂汗を流し、自分の意志に従わない身体にイラつきながら○を見た。
王異の言葉。
森の中での○の不自然な減速。
闇から現れた王異。
(○はこの女と共謀し、俺を嵌めようとしたのか)
しかし馬超の心にあるのは、絶望でも裏切られた哀しみでもなかった。
「おい、○……!俺の首が欲しければ、奪いに来い。このくらいの痺れ、枷でも何でもない」
○は小さく息を吸い、震える手で腰の剣を抜く。
王異は忌々しそうに○を見たが、彼女には身体を動かせる馬超に向かう勇気はなかった。
○は死に物狂いで剣を振るった。
今度こそ今度こそ父の無念を晴らすのだと、己のすべてでぶつかった。
しかし勝てない。
どれだけ死力を尽くして打ち込んでも、馬超という壁はあまりに高く、分厚かった。
毒で動きが鈍っているはずなのに、彼の放つ一撃一撃は重く、○の剣を弾き飛ばし容赦なく地面へと叩きつける。
何度も蹴飛ばされ、投げ飛ばされ、やがて○の腕から完全に力が抜けた。
剣を握る指先が激しく震え、握力がなくなり、武器が手から落ちる。
○はその場に膝をついた。
荒い呼吸の隙間で、周囲の空気が変わったことに気づく。
いつの間にか馬超の呼吸が安定していた。
そもそも殺さない程度に痺れさせる毒。
時間と共に効果が薄まったらしい。
○が限界を迎えて膝をつく頃には、馬超の身体は大分動けるようになっていた。
(勝負はついた…)
動けない馬超ですら殺せなかったのだ。
もう自分では馬超を殺せない。
(殺さないんじゃない…殺せない…届かない)
○は俯き、ぎゅっと地面の泥を握りしめた。
殺される。
そう覚悟した時、頭上から酷く穏やかな声が降ってきた。
「……○」
名前を呼ばれ、○がゆっくりと顔を上げる。
そこには、手にした大槍を地面へ投げ捨てた馬超の姿があった。
「分かっただろう。お前では、俺を討てない」
「だがもういい。俺の命はやる。……その代わり、生涯、俺を忘れてくれるな」
「……え?」
○の口から、掠れた声が漏れた。
何を言われたのか理解できない。
復讐に燃えていたはずの男が、自分の復讐を捨てて命を差し出している。
馬超は愛おしげに口角を上げると、○の前に膝をついた。
「どちらかが死ぬまで終わらぬなら、俺の負けだ。お前を殺して、俺は生きてなどいけない」
○は震えながら剣を握る。
馬超が○の名前を呼んでも、○は馬超を見られない。
そんな○の動揺を見透かすように、馬超はふっと息を漏らすと、自らの懐に手を伸ばした。
取り出したのは、ずっと馬超が取り上げていた○の懐刀だった。
馬超は胸当てを外し放り投げて、○の手を剣から外させる。
「こうして、しっかり握れ」
そう言って○の指を一本ずつ懐刀に重ねさせ、その切っ先を左胸の真上へと宛がった。
少しでも○が力を込めれば、刃は容易く彼の心臓を貫くだろう。
「……父君の仇を取れ。俺は、もういい」
至近距離で響く馬超の声は、酷く穏やかで、優しかった。
○は激しい戸惑いに突き動かされ、息が詰まった。
ずっと望んでいたはずだった。
父を殺し、日常を奪ったこの男の胸に刃を突き立てる瞬間を、何度も夢に見てきたはずだった。
倒れる父と、身代わりになった義姉。
彼女が見た兄の亡骸。
大事な思い出が詰まったものをすべて奪われた。
鼻息荒く肩で息をする○。
引き裂かれそうな胸の痛みに耐えながら奥歯を噛み締めた。
静まり返った森に虚しい金属音が響いた。
○はどうしても、力を込めることができなかった。
指先が勝手に解け懐刀は土の上に滑り落ちていく。
結局、○は馬超を殺せなかった。
その拒絶とも受け取れる結末に、馬超がかすかに目を見開いた、その刹那。
○の視界の端に何かがうつった。
ずっと二人の様子を見ていた王異が、無防備に衣服一枚となった馬超の背後から躍り出たのだ。
「死ね、馬超――!!」
その叫びが聞こえた瞬間、○の身体は、またしても思考より先に動いていた。
○は馬超の身体を力任せに引き寄せると、自らの背中と入れ替えた。
直後、肉を深く引き裂くおぞましい音が聞こえる。
○の背中に凄まじい熱と激痛が走った。
王異の剣は身代わりとなった○の背中を、右肩から腰にかけて大きく斜めに切り裂いたのだ。
力の抜けた○の身体が、馬超の上に倒れ込む。
じわりと温かく重い液体が、馬超の薄い衣服を濡らしていく。
「○ッ!!」
悲鳴の様に○の名を呼ぶ馬超に、勝ち目がないと分かっている王異は舌打ちを残して去っていった。
王異に構うことなく、馬超は○を抱き上げる。
「○! ○!意識はあるか!?」
声をかけても○は反応しない。
背中の傷は深く、赤黒い血が流れ続けている。
馬超は愛馬に駆け寄ると、○を抱いたまま軽々と鞍へと飛び乗った。