趙雲/馬超ルート【共通の16話続き】
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翌朝の訓練場。
馬岱が軽やかな足取りで○に近づいてきた。
彼がここに来て○に話しかけてきたのは初めてだった。
「○殿、ちょっといいかな。……昨日、若と何か話した? 朝から若の様子が変なんだよ。『岱が生きてる限りは、俺はあの女に殺されないみたいだ』なんて、妙に神妙な顔で呟いててさ」
馬岱は首をひねりながら、呆れたように笑う。
その問いに○は「ああ」と、小さく笑う。
「馬岱殿に恨まれたくないから馬超を殺すのは延期って言ったからでしょうか」
それを聞いて馬岱は笑う。
その様子を少し離れた所で見ていた趙雲。
○はたった一晩で背負っていた暗い雰囲気がなくなっていた。
喜ばしい事なのに、趙雲はそれがなにか不安だった。
するとその視線に気づいていた馬岱が趙雲を振り返りながら言った。
「さて!じゃあ今夜は皆で飯でも食おうよ!停戦祝いってやつ」
「え…私もですか」
驚いた趙雲。
「勿論!…あれ。○殿の事が心配だろうからむしろ来たいかなって思ったんだけど」
「…」
腕組みをして明後日の方向を見る趙雲に、馬岱は笑った。
馬超の部屋で酒を飲む事になった四人。
散々○が暗殺に忍び込んだ居間に座る。
馬超は無遠慮に堂々と「俺は○の横に座る!」と宣言した。
そして隣の○に「これを吞め」「これを食え」と口うるさい。
下心は感じず、ただ真っ直ぐに○に接している。
一方の○はどこか疲れた様に…しかし無下にも出来ずそれを受け取った。
その様子を向かいから眺めていた馬岱が、呆れたように趙雲へ耳打ちした。
「若は、ああいうところが無自覚にタチが悪いんだよ。あんなだから行く先々で恋人ができちゃうんだよねぇ」
趙雲も馬超の奔放さに圧倒されていた。
○をいなしている時の馬超とは人が違う。
本来はこんなにも砕けた人物だったのか。
「もう!うるさい!食べたい物を食べる!鬱陶しい」
と、言葉は悪いが自然な態度の○。
「私には、到底真似はできません」
趙雲はそう呟き、少しだけ寂しげに笑って酒を煽った。
心地よい酔いが回ってきた頃。
馬超は当然のように○の肩に腕を回して自身の馬術の素晴らしさを自慢していた。
○は聞いている様子もなく酒を飲んでいる。
その様子を見守っていた趙雲が、ついに堪えきれず口を開いた。
「……○殿。馬超殿に対する警戒心がいささか薄くはないだろうか。つい昨日までは刺し違えんばかりの殺気を放っておられたというのに。一晩で急にこれでは、あまりに極端で…私は混乱しています」
○は馬超の腕を振り払うでもなく、趙雲を見返す。
「もう馬超の首はお預けなんですから…切り替えも大事です」
「切り替え…?」
「そうです。馬超に執着する私に、趙雲殿も同じ様な事を説いていた様な気もするのですが…」
「確かにそれはそうですが。無理をしていてはいけないと思い心配しているだけです」
「無理なんてしません」
二人が真剣な面持ちで言い合いを始めた、その時。
肩に腕を回したまま、真っ赤な顔で二人の顔を交互に眺めていた馬超が、不意に大きな声で割って入った。
「おいッ! さっきから何をごちゃごちゃと! お前ら、もしかして……互いに好き合っているのか?」
唐突すぎる爆弾発言に、趙雲と○が揃って馬超を見た。
馬超はそんな二人の動揺を面白がるようにニヤニヤする。
「なんだ、図星か? 趙雲、お前がさっきから小姑みたいにうるさいのは、俺が○に触れているのが羨ましいからだろう!」
「馬超殿…!酔っているとはいえ無礼な…!」
いつになく大きな声を出す趙雲だが、馬超は構わず○の肩を叩く。
「――ちなみに、俺は……お前となら、家族になれると思っている」
馬超は酔った赤い顔で○の顔を覗き込んだ。
「俺は気に入った女は傍に置きたい!……もちろん、家族になってから俺の寝首をかいても構わんぞ。どうだ、悪くない話だろう?」
茫然としていた○だが、次の瞬間には屈辱と怒りで顔を真っ赤にして爆発した。
家族を殺された怨敵に、あろうことか「家族になろう」と迫られるなど、前代未聞の屈辱だ。
「やはりお前はここで殺してや…あっ!?」
なりふり構わず馬超の胸倉をつかんだ○。
酔って椅子に座っている馬超は、それを避けたまま椅子から○共々床に落ちた。
仰向けになった馬超の体の上に、○が重なるような格好になる。
「なんと大胆な。刺客殿の方から俺に跨ってくるとはな」
「放せ!!」
「なんだよ、お前が怪我しない様に庇ってやったのに」
馬超は身をよじる○の腰をガッチリと掴み、鼻の頭をくっつけんばかりの距離で笑う。
「一つ賭けをしてやろうか」
「は?」
「お前の乳を触らせろ。もちろん直にだ。我慢できた分だけ今度は俺がジッとしていてやる。どうだ?長く我慢すればするほど、俺の首を確実に取れるぞ」
挑発的な馬超の言葉に○は目を座らせる。
(減るもんじゃなし…男性経験がないわけでもなし…)と頭の中で勘定する。
そこに割り込んだのは趙雲だった。
「○殿! このような戯言に耳を貸してはなりません! そして馬超殿も弱みにつけ込んで何を……!」
「邪魔をするな! 堂々と触れば文句ないだろうが!」
「そうですよ…減るものでもないし…」
「何を言うのですか!減りますよ!」
○は見た目以上に酔っている様だった。
馬岱も間に入って二人を抑え、その内に床で飲み始め夜は更けていった。
深夜。
馬超の部屋には四人の寝息が漂っていた。
それぞれが壁にもたれたり、床で寝ている。
その中で○は重い頭を振って顔を上げた。
酒で火照った体に、夜の冷気がヒヤリと通り抜ける。
ふらつく足取りで厠へ向かい、用を足して戻ってくる。
真っ暗な室内を進むと、壁際で脚を投げ出して眠っていた趙雲の足先を、軽く踏みつけた。
「……ん」
踏まれた感触に趙雲は微かな声を漏らしたが、酔いの残る○はそれを気にする様子もない。
しかしそのせいで軽く躓き、趙雲のすぐ近くに座り込んだ。
膝を立てて肘を置くと、手で顔を覆うようにして目を閉じた。
寝直したいが酔っていて少し気分が悪い。
一方、足の甲に加わった重みで趙雲は目を覚ました。
壁にもたれたまま、ゆっくりと瞼を持ち上げると、近くの壁にもたれている○が見えた。
趙雲は壁から背中を離すと、ズリズリと○の隣に身体を引きずる。
その音に気付いた○が、顔から手を離して目だけで趙雲を見た。
暗がりに浮かび上がる彼女の横顔は、この中原ではあまり見かけない、異民族の血を感じさせる独特の彫りの深さを持っていた。
その異質な顔は、ともすれば周囲に疎まれ、忌避されることもあっただろう。
趙雲はその顔を見つめた。
『……○殿。馬超殿は今、深く眠っています。今なら容易に斬れますよ』
趙雲がわざわざ小声でそう言う仕草に、○は小さく笑った。
『どうでしょうね。あいつは起きるかもしれませんよ』
『……もう、本当に復讐はいいのですか?』
その問いに、○は迷うように自分の短い襟足を指先で掻いた。
『…ただの停戦です。馬岱殿という盾を、あの男が持っている間だけの』
○はじっと床を見つめる。
趙雲は吸い寄せられるように、○の至近距離まで顔を寄せた。
『……○殿』
名を呼ぶのは吐息が触れ合う様な距離。
急に近づいた気配に○が驚いて趙雲の方を見る。
趙雲は躊躇うことなく、彼女の唇に静かな口付けを落とした。
馬超の強引な振る舞いとは対照的な、慈しむようなものだった。
驚いて身体を引いた○の顔は、酔いが一気に引いたように強張っていた。
暗がりの中でも動揺しているのが伝わってくる。
『…っ、申し訳ない…!』
趙雲も弾かれたように身を退き、深く頭を下げた。
常に礼節を重んじ己を律してきた彼にとって、今の行動は自身を裏切るような暴挙に等しかった。
『いきなり…なに?』
『……あなたを、繋ぎ止めたかった』
趙雲は顔を上げないまま、絞り出すような声で呟いた。
『馬超殿への復讐を諦めたあなたは、どこか手の届かない所に行ってしまいそうで…』
『だからって』
○は唇にそっと触れた。
驚くほど優しい口づけ。
そしてかなり久しぶりだった。
『あなたに殴られても……軽蔑されても仕方のないことをしました…ですが…』
趙雲は膝をつき、拳を握りしめて彼女の裁きを待つ。
『いいですよ、もう……ふふっ』
『○殿?』
『…今までこんな事する人いませんでしたよ。一番しなさそうな人なのに…』
そう言って困った様に笑った○に、趙雲はまた顔を寄せる。
二人の間にしか聞こえない様な囁き。
『私は、○殿が好きです』
趙雲の言葉は、夜の静寂を切り裂くほどに真っ直ぐで、混じりけがなかった。
○は髪が逆立つほど驚いている。
しかしすぐに落ち着いた顔に戻った。
『私はいずれ、馬超を殺す……と、思う。そうなった時、私と一緒にいたら、あなたも蜀の裏切り者ですよ。積み上げてきた名声も地位も、すべて失うことになるんです。だから離れていた方がいいですよ』
しかし趙雲は揺るがなかった。
『でも、殺さないかもしれない』
『…え?』
『私には、あなたが馬超殿を殺す事を拒んでいる様に見えます』
趙雲はそっと○の手を取る。
『今のあなたは、私を受け入れてはくださらないでしょう。ですから、まだこの気持ちは伝えるつもりはありませんでした。それが先にその…堪らず、してしまって…』
『…』
『もしあなたが彼を許し、この地で生きるというのなら、私はあなたを支え続けましょう。……待ちます。いつまでも』
『私は馬超を殺すと言ってるのですよ。その場合は?』
『それはさせません』
『………。じゃあ、”馬超を許してここで生きる”しかないじゃないですか』
『そうなりますね』
酔いのせいかいつもより柔和に、にっこり微笑んだ趙雲は、どこか確信めいていた。
○も思わず笑ってしまった。
馬岱が軽やかな足取りで○に近づいてきた。
彼がここに来て○に話しかけてきたのは初めてだった。
「○殿、ちょっといいかな。……昨日、若と何か話した? 朝から若の様子が変なんだよ。『岱が生きてる限りは、俺はあの女に殺されないみたいだ』なんて、妙に神妙な顔で呟いててさ」
馬岱は首をひねりながら、呆れたように笑う。
その問いに○は「ああ」と、小さく笑う。
「馬岱殿に恨まれたくないから馬超を殺すのは延期って言ったからでしょうか」
それを聞いて馬岱は笑う。
その様子を少し離れた所で見ていた趙雲。
○はたった一晩で背負っていた暗い雰囲気がなくなっていた。
喜ばしい事なのに、趙雲はそれがなにか不安だった。
するとその視線に気づいていた馬岱が趙雲を振り返りながら言った。
「さて!じゃあ今夜は皆で飯でも食おうよ!停戦祝いってやつ」
「え…私もですか」
驚いた趙雲。
「勿論!…あれ。○殿の事が心配だろうからむしろ来たいかなって思ったんだけど」
「…」
腕組みをして明後日の方向を見る趙雲に、馬岱は笑った。
馬超の部屋で酒を飲む事になった四人。
散々○が暗殺に忍び込んだ居間に座る。
馬超は無遠慮に堂々と「俺は○の横に座る!」と宣言した。
そして隣の○に「これを吞め」「これを食え」と口うるさい。
下心は感じず、ただ真っ直ぐに○に接している。
一方の○はどこか疲れた様に…しかし無下にも出来ずそれを受け取った。
その様子を向かいから眺めていた馬岱が、呆れたように趙雲へ耳打ちした。
「若は、ああいうところが無自覚にタチが悪いんだよ。あんなだから行く先々で恋人ができちゃうんだよねぇ」
趙雲も馬超の奔放さに圧倒されていた。
○をいなしている時の馬超とは人が違う。
本来はこんなにも砕けた人物だったのか。
「もう!うるさい!食べたい物を食べる!鬱陶しい」
と、言葉は悪いが自然な態度の○。
「私には、到底真似はできません」
趙雲はそう呟き、少しだけ寂しげに笑って酒を煽った。
心地よい酔いが回ってきた頃。
馬超は当然のように○の肩に腕を回して自身の馬術の素晴らしさを自慢していた。
○は聞いている様子もなく酒を飲んでいる。
その様子を見守っていた趙雲が、ついに堪えきれず口を開いた。
「……○殿。馬超殿に対する警戒心がいささか薄くはないだろうか。つい昨日までは刺し違えんばかりの殺気を放っておられたというのに。一晩で急にこれでは、あまりに極端で…私は混乱しています」
○は馬超の腕を振り払うでもなく、趙雲を見返す。
「もう馬超の首はお預けなんですから…切り替えも大事です」
「切り替え…?」
「そうです。馬超に執着する私に、趙雲殿も同じ様な事を説いていた様な気もするのですが…」
「確かにそれはそうですが。無理をしていてはいけないと思い心配しているだけです」
「無理なんてしません」
二人が真剣な面持ちで言い合いを始めた、その時。
肩に腕を回したまま、真っ赤な顔で二人の顔を交互に眺めていた馬超が、不意に大きな声で割って入った。
「おいッ! さっきから何をごちゃごちゃと! お前ら、もしかして……互いに好き合っているのか?」
唐突すぎる爆弾発言に、趙雲と○が揃って馬超を見た。
馬超はそんな二人の動揺を面白がるようにニヤニヤする。
「なんだ、図星か? 趙雲、お前がさっきから小姑みたいにうるさいのは、俺が○に触れているのが羨ましいからだろう!」
「馬超殿…!酔っているとはいえ無礼な…!」
いつになく大きな声を出す趙雲だが、馬超は構わず○の肩を叩く。
「――ちなみに、俺は……お前となら、家族になれると思っている」
馬超は酔った赤い顔で○の顔を覗き込んだ。
「俺は気に入った女は傍に置きたい!……もちろん、家族になってから俺の寝首をかいても構わんぞ。どうだ、悪くない話だろう?」
茫然としていた○だが、次の瞬間には屈辱と怒りで顔を真っ赤にして爆発した。
家族を殺された怨敵に、あろうことか「家族になろう」と迫られるなど、前代未聞の屈辱だ。
「やはりお前はここで殺してや…あっ!?」
なりふり構わず馬超の胸倉をつかんだ○。
酔って椅子に座っている馬超は、それを避けたまま椅子から○共々床に落ちた。
仰向けになった馬超の体の上に、○が重なるような格好になる。
「なんと大胆な。刺客殿の方から俺に跨ってくるとはな」
「放せ!!」
「なんだよ、お前が怪我しない様に庇ってやったのに」
馬超は身をよじる○の腰をガッチリと掴み、鼻の頭をくっつけんばかりの距離で笑う。
「一つ賭けをしてやろうか」
「は?」
「お前の乳を触らせろ。もちろん直にだ。我慢できた分だけ今度は俺がジッとしていてやる。どうだ?長く我慢すればするほど、俺の首を確実に取れるぞ」
挑発的な馬超の言葉に○は目を座らせる。
(減るもんじゃなし…男性経験がないわけでもなし…)と頭の中で勘定する。
そこに割り込んだのは趙雲だった。
「○殿! このような戯言に耳を貸してはなりません! そして馬超殿も弱みにつけ込んで何を……!」
「邪魔をするな! 堂々と触れば文句ないだろうが!」
「そうですよ…減るものでもないし…」
「何を言うのですか!減りますよ!」
○は見た目以上に酔っている様だった。
馬岱も間に入って二人を抑え、その内に床で飲み始め夜は更けていった。
深夜。
馬超の部屋には四人の寝息が漂っていた。
それぞれが壁にもたれたり、床で寝ている。
その中で○は重い頭を振って顔を上げた。
酒で火照った体に、夜の冷気がヒヤリと通り抜ける。
ふらつく足取りで厠へ向かい、用を足して戻ってくる。
真っ暗な室内を進むと、壁際で脚を投げ出して眠っていた趙雲の足先を、軽く踏みつけた。
「……ん」
踏まれた感触に趙雲は微かな声を漏らしたが、酔いの残る○はそれを気にする様子もない。
しかしそのせいで軽く躓き、趙雲のすぐ近くに座り込んだ。
膝を立てて肘を置くと、手で顔を覆うようにして目を閉じた。
寝直したいが酔っていて少し気分が悪い。
一方、足の甲に加わった重みで趙雲は目を覚ました。
壁にもたれたまま、ゆっくりと瞼を持ち上げると、近くの壁にもたれている○が見えた。
趙雲は壁から背中を離すと、ズリズリと○の隣に身体を引きずる。
その音に気付いた○が、顔から手を離して目だけで趙雲を見た。
暗がりに浮かび上がる彼女の横顔は、この中原ではあまり見かけない、異民族の血を感じさせる独特の彫りの深さを持っていた。
その異質な顔は、ともすれば周囲に疎まれ、忌避されることもあっただろう。
趙雲はその顔を見つめた。
『……○殿。馬超殿は今、深く眠っています。今なら容易に斬れますよ』
趙雲がわざわざ小声でそう言う仕草に、○は小さく笑った。
『どうでしょうね。あいつは起きるかもしれませんよ』
『……もう、本当に復讐はいいのですか?』
その問いに、○は迷うように自分の短い襟足を指先で掻いた。
『…ただの停戦です。馬岱殿という盾を、あの男が持っている間だけの』
○はじっと床を見つめる。
趙雲は吸い寄せられるように、○の至近距離まで顔を寄せた。
『……○殿』
名を呼ぶのは吐息が触れ合う様な距離。
急に近づいた気配に○が驚いて趙雲の方を見る。
趙雲は躊躇うことなく、彼女の唇に静かな口付けを落とした。
馬超の強引な振る舞いとは対照的な、慈しむようなものだった。
驚いて身体を引いた○の顔は、酔いが一気に引いたように強張っていた。
暗がりの中でも動揺しているのが伝わってくる。
『…っ、申し訳ない…!』
趙雲も弾かれたように身を退き、深く頭を下げた。
常に礼節を重んじ己を律してきた彼にとって、今の行動は自身を裏切るような暴挙に等しかった。
『いきなり…なに?』
『……あなたを、繋ぎ止めたかった』
趙雲は顔を上げないまま、絞り出すような声で呟いた。
『馬超殿への復讐を諦めたあなたは、どこか手の届かない所に行ってしまいそうで…』
『だからって』
○は唇にそっと触れた。
驚くほど優しい口づけ。
そしてかなり久しぶりだった。
『あなたに殴られても……軽蔑されても仕方のないことをしました…ですが…』
趙雲は膝をつき、拳を握りしめて彼女の裁きを待つ。
『いいですよ、もう……ふふっ』
『○殿?』
『…今までこんな事する人いませんでしたよ。一番しなさそうな人なのに…』
そう言って困った様に笑った○に、趙雲はまた顔を寄せる。
二人の間にしか聞こえない様な囁き。
『私は、○殿が好きです』
趙雲の言葉は、夜の静寂を切り裂くほどに真っ直ぐで、混じりけがなかった。
○は髪が逆立つほど驚いている。
しかしすぐに落ち着いた顔に戻った。
『私はいずれ、馬超を殺す……と、思う。そうなった時、私と一緒にいたら、あなたも蜀の裏切り者ですよ。積み上げてきた名声も地位も、すべて失うことになるんです。だから離れていた方がいいですよ』
しかし趙雲は揺るがなかった。
『でも、殺さないかもしれない』
『…え?』
『私には、あなたが馬超殿を殺す事を拒んでいる様に見えます』
趙雲はそっと○の手を取る。
『今のあなたは、私を受け入れてはくださらないでしょう。ですから、まだこの気持ちは伝えるつもりはありませんでした。それが先にその…堪らず、してしまって…』
『…』
『もしあなたが彼を許し、この地で生きるというのなら、私はあなたを支え続けましょう。……待ちます。いつまでも』
『私は馬超を殺すと言ってるのですよ。その場合は?』
『それはさせません』
『………。じゃあ、”馬超を許してここで生きる”しかないじゃないですか』
『そうなりますね』
酔いのせいかいつもより柔和に、にっこり微笑んだ趙雲は、どこか確信めいていた。
○も思わず笑ってしまった。