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その日の夜も、○は馬超の寝所に侵入すべく、窓の外で馬超が寝るのを待っていた。
今日は今までよりもずっと早くから潜んで、遅くまでここで待つことにした。
(殺気をもって近づくから気付かれるのよ。元からいればきっと…)
「――そこにいるんだろ、○」
びくりと肩が跳ねる。
しかし○は息を殺し、無視することにした。
当てずっぽうで言っているだけかもしれない。
「今出てこぬなら、何をされても文句を言うなよ」
とも言われるがそれも無視する。
すると窓から顔を出した馬超が、室内から○の襟首をつかんだ。
まるで猫でも扱うかのように鷲掴みにして持ち上げる。
「言ったはずだ。芸がないとな。……ちょっと来い」
馬超は○を室内に引きずり込むと、抵抗する○を居間に放り出した。
○の懐から一族の懐刀が転がり出し、それを馬超が拾い上げる。
「……また、俺の寝顔でも拝みに来たのか? 殊勝なことだな」
「返せ! それは……!」
「お前の執念は凄まじいな」
馬超はそう言って、奪った懐刀を弄びながら豪快に笑った。
その笑い声にはいつもの様なからかいのものではなく、どこか奇妙な親愛が混じっている。
「当然だ。目の前であの様に父を殺されたら誰だってそうなる」
「……違いないな。お前の言う通りだ。少し落ち着いて話をしないか?」
「お前とする話など…」
「お前にしか理解できん話だ」
馬超は懐刀を傍らの机に置くと、大きくため息をついた。
その様子に訝しがるも、○は静かになる。
「俺もお前と同じだ。曹操を、この手で八つ裂きにすることだけを考えて今日まで生きてきた」
「…」
「しかし俺の場合は…お前とは違うな。…俺には、己の不明があった。曹操の甘言を見抜けず勇み立った結果……西涼に残した父も弟たちも、一族ことごとくを皆殺しにされた。……俺が殺したも同然だ」
馬超の背中が、怒りなのか後悔なのか…微かに震える。
「本当の俺には、もう『西涼の錦』などという輝かしい名は相応しくない。……お前が俺を狙うその目は鏡を見ているようで、どうにも居心地が悪くてかなわん。だから最初、お前に敵意を向けられた時にはゾッとした」
馬超は振り返ると○を見た。
「お前は俺に殺された父の仇を討とうとしている。俺は曹操に殺された一族の仇を。……皮肉なもんだな。俺たちは、同じ穴の狢というわけだ」
馬超の言葉を耳にし、○は何か腑に落ちるものがあった。
あの時、城で見た馬超は今の自分と同じ、復讐に駆られた姿だったのだ。
父を殺した馬超の瞳に宿っていたのは、ただの残虐性ではなく、曹操という巨悪を殺す為の力を欲した姿だった。
「今は?」
静かな部屋に○の声が響く。
「再婚した妻も今は他人の物で、子は死んだ。俺は、そこでようやく牙が抜けた。……俺が誰かと関わると、これまでの業が奴らを殺しに来る。…今の俺に残された身内は岱だけだ。あいつだけは死なせたくない。お前の敵意が俺に向いていて、安心しているくらいだ」
そう言った馬超から、○は思わず視線を逸らした。
馬超が西涼で見せていたあの野獣の様な鋭さが、ここ蜀の地へ来た時にはなくなっていた理由を理解してしまったから。
彼をここまで追い詰めたのは、ひとえに彼が”そう出来てしまう力”を持っていたからだろう。
(もし私に馬超ほどの力があれば…同じことをしていたかもしれない)
「……腑抜けたのは、お前の方じゃない。…情けないわ」
かつて○に「腑抜けた身体」と言ったが、心が腑抜けているのは馬超だ。
「そうかもな…」
馬超は力なく、寂しそうに微笑んだ。
○は机の上に置かれた小刀を乱暴に掴み取ると、それを懐に入れる。
「お前を殺すのは、お前が曹操を殺した後にしてやる。復讐したい気持ちは分かるもの。…お前の首なんて、その気になればいつでも獲れる」
その強がりに、馬超は「なにが”いつでも”だ」と笑った。
「それに……今のお前を殺したら、馬岱殿が一人になる」
○の瞳には、憎悪だけではない何かが宿っていた。
「……家族がまだ一人でも残っているなら、私はそいつを殺せない」
自分自身、目の前で家族を皆殺しにされ、その絶望を骨の髄まで知っている。
だからこそ、馬岱を自分と同じ場所に突き落とすことはしたくなかった。
馬超は信じられないものを見るかのように目を見開いた。
復讐に狂い、自分を殺そうとしていた娘の口から、まさか自分の家族を案じる言葉が出るとは思わなかったのだ。
「おかしな事を…」
馬超が絞り出すように呟いた時には、○はもう部屋からいなくなっていた。
宿舎の廊下。
○の部屋の前には、趙雲が静かに佇んでいた。
その手には見回りのための灯籠が握られている。
近頃の○は連日馬超を襲撃している事もあり、気にして部屋の前に来たようだ。
「……また、馬超殿の部屋に行っておられたのですか」
しかし戻ってきた○の顔を見て、彼は言葉を失った。
「ええ。でも、もうしばらく行くことはありませんから、心配しないでください」
○はどこか清々しい、憑き物が落ちたような笑みを浮かべていた。
「何かあったのですか?」
「……しばらくの間、馬超を殺すのは、やめることにしました」
その唐突な宣言に、趙雲は目を見開いて絶句する。
○の表情が違う。
「馬超を殺したら、馬岱殿が独りになってしまうから」
そう言うと、穏やかな目元で俯いた。
「自分以外に、この世に大切な人間がいる……。そういう人は、私のような空っぽの人間よりもずっと長生きするべきだわ。馬岱殿を、私と同じ地獄に突き落とすわけにはいきません」
「……○殿。それは、あまりに……」
○の言葉の切なさに思わず趙雲が何か言いかけたが、○はそれを遮る様に少し明るい声で被せた。
「さて、私はどうしようかな……」
馬超の首を狙っていた時よりも、拠り所を失った様な○の姿は、趙雲を不安にさせる。
しかし○はというと、今までに見たことがない位に軽そうな足取りで歩き、優しい目をしていた。
※ここから
・諸葛亮ルート
・趙雲&馬超ルート
に分かれます。諸葛亮ルートはなんかメチャクチャでバッドエンドです。
諸葛亮ルートから書きますが、個人的にはハード目というか倫理的にR-18なので、本番部分はFANBOXに置かせていただきますが、読まなくても分かる様に書いています。
今日は今までよりもずっと早くから潜んで、遅くまでここで待つことにした。
(殺気をもって近づくから気付かれるのよ。元からいればきっと…)
「――そこにいるんだろ、○」
びくりと肩が跳ねる。
しかし○は息を殺し、無視することにした。
当てずっぽうで言っているだけかもしれない。
「今出てこぬなら、何をされても文句を言うなよ」
とも言われるがそれも無視する。
すると窓から顔を出した馬超が、室内から○の襟首をつかんだ。
まるで猫でも扱うかのように鷲掴みにして持ち上げる。
「言ったはずだ。芸がないとな。……ちょっと来い」
馬超は○を室内に引きずり込むと、抵抗する○を居間に放り出した。
○の懐から一族の懐刀が転がり出し、それを馬超が拾い上げる。
「……また、俺の寝顔でも拝みに来たのか? 殊勝なことだな」
「返せ! それは……!」
「お前の執念は凄まじいな」
馬超はそう言って、奪った懐刀を弄びながら豪快に笑った。
その笑い声にはいつもの様なからかいのものではなく、どこか奇妙な親愛が混じっている。
「当然だ。目の前であの様に父を殺されたら誰だってそうなる」
「……違いないな。お前の言う通りだ。少し落ち着いて話をしないか?」
「お前とする話など…」
「お前にしか理解できん話だ」
馬超は懐刀を傍らの机に置くと、大きくため息をついた。
その様子に訝しがるも、○は静かになる。
「俺もお前と同じだ。曹操を、この手で八つ裂きにすることだけを考えて今日まで生きてきた」
「…」
「しかし俺の場合は…お前とは違うな。…俺には、己の不明があった。曹操の甘言を見抜けず勇み立った結果……西涼に残した父も弟たちも、一族ことごとくを皆殺しにされた。……俺が殺したも同然だ」
馬超の背中が、怒りなのか後悔なのか…微かに震える。
「本当の俺には、もう『西涼の錦』などという輝かしい名は相応しくない。……お前が俺を狙うその目は鏡を見ているようで、どうにも居心地が悪くてかなわん。だから最初、お前に敵意を向けられた時にはゾッとした」
馬超は振り返ると○を見た。
「お前は俺に殺された父の仇を討とうとしている。俺は曹操に殺された一族の仇を。……皮肉なもんだな。俺たちは、同じ穴の狢というわけだ」
馬超の言葉を耳にし、○は何か腑に落ちるものがあった。
あの時、城で見た馬超は今の自分と同じ、復讐に駆られた姿だったのだ。
父を殺した馬超の瞳に宿っていたのは、ただの残虐性ではなく、曹操という巨悪を殺す為の力を欲した姿だった。
「今は?」
静かな部屋に○の声が響く。
「再婚した妻も今は他人の物で、子は死んだ。俺は、そこでようやく牙が抜けた。……俺が誰かと関わると、これまでの業が奴らを殺しに来る。…今の俺に残された身内は岱だけだ。あいつだけは死なせたくない。お前の敵意が俺に向いていて、安心しているくらいだ」
そう言った馬超から、○は思わず視線を逸らした。
馬超が西涼で見せていたあの野獣の様な鋭さが、ここ蜀の地へ来た時にはなくなっていた理由を理解してしまったから。
彼をここまで追い詰めたのは、ひとえに彼が”そう出来てしまう力”を持っていたからだろう。
(もし私に馬超ほどの力があれば…同じことをしていたかもしれない)
「……腑抜けたのは、お前の方じゃない。…情けないわ」
かつて○に「腑抜けた身体」と言ったが、心が腑抜けているのは馬超だ。
「そうかもな…」
馬超は力なく、寂しそうに微笑んだ。
○は机の上に置かれた小刀を乱暴に掴み取ると、それを懐に入れる。
「お前を殺すのは、お前が曹操を殺した後にしてやる。復讐したい気持ちは分かるもの。…お前の首なんて、その気になればいつでも獲れる」
その強がりに、馬超は「なにが”いつでも”だ」と笑った。
「それに……今のお前を殺したら、馬岱殿が一人になる」
○の瞳には、憎悪だけではない何かが宿っていた。
「……家族がまだ一人でも残っているなら、私はそいつを殺せない」
自分自身、目の前で家族を皆殺しにされ、その絶望を骨の髄まで知っている。
だからこそ、馬岱を自分と同じ場所に突き落とすことはしたくなかった。
馬超は信じられないものを見るかのように目を見開いた。
復讐に狂い、自分を殺そうとしていた娘の口から、まさか自分の家族を案じる言葉が出るとは思わなかったのだ。
「おかしな事を…」
馬超が絞り出すように呟いた時には、○はもう部屋からいなくなっていた。
宿舎の廊下。
○の部屋の前には、趙雲が静かに佇んでいた。
その手には見回りのための灯籠が握られている。
近頃の○は連日馬超を襲撃している事もあり、気にして部屋の前に来たようだ。
「……また、馬超殿の部屋に行っておられたのですか」
しかし戻ってきた○の顔を見て、彼は言葉を失った。
「ええ。でも、もうしばらく行くことはありませんから、心配しないでください」
○はどこか清々しい、憑き物が落ちたような笑みを浮かべていた。
「何かあったのですか?」
「……しばらくの間、馬超を殺すのは、やめることにしました」
その唐突な宣言に、趙雲は目を見開いて絶句する。
○の表情が違う。
「馬超を殺したら、馬岱殿が独りになってしまうから」
そう言うと、穏やかな目元で俯いた。
「自分以外に、この世に大切な人間がいる……。そういう人は、私のような空っぽの人間よりもずっと長生きするべきだわ。馬岱殿を、私と同じ地獄に突き落とすわけにはいきません」
「……○殿。それは、あまりに……」
○の言葉の切なさに思わず趙雲が何か言いかけたが、○はそれを遮る様に少し明るい声で被せた。
「さて、私はどうしようかな……」
馬超の首を狙っていた時よりも、拠り所を失った様な○の姿は、趙雲を不安にさせる。
しかし○はというと、今までに見たことがない位に軽そうな足取りで歩き、優しい目をしていた。
※ここから
・諸葛亮ルート
・趙雲&馬超ルート
に分かれます。諸葛亮ルートはなんかメチャクチャでバッドエンドです。
諸葛亮ルートから書きますが、個人的にはハード目というか倫理的にR-18なので、本番部分はFANBOXに置かせていただきますが、読まなくても分かる様に書いています。