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月英が去った後、○は一人中庭に取り残された。
小さくため息をつく。
「妻の助言は役に立ちましたか」
驚いて振り返ると、そこには先ほど立ち去ったはずの諸葛亮が立っていた。
木陰の下にいるからだろうか…表情が暗く、月英の前で見せていた穏やかな夫の顔はどこにもない。
「聞いていたのですか」
諸葛亮はそれには答えない。
「彼女はあなたを救おうとした。趙雲殿という『盾』の後ろへ隠すことで。……ですが○、あなたが求めているのは安らぎではなく、復讐心やその薄暗い心を分かち合える連れ合いではないのですか?」
諸葛亮は○に近づき、その首筋の包帯に指先を這わせた。
「……連れ合い?」
○は首筋に這わされた彼の指先を拒むこともせず、むしろその指を迎え入れるように口角を上げた。
その瞳はどこか挑発的だ。
「本当に、そんな人がいればいいですね 」
○の方から距離を詰める。
諸葛亮の胸元に触れるほどの至近距離で顔を覗き込む。
「奴を仕留められるなら、この身を裂こうが汚そうが構わない。……理性のたがをすべて外して、地位も何も全てを捨てる覚悟で傍にいて、一緒に馬超を殺してくれる人がいたなら」
○は悪戯っぽく笑った。
「――その後に、私など、どうしてもらっても構わない」
その瞬間、諸葛亮は周囲から音が消えたような錯覚を覚える。
諸葛亮は動かなかった。
○の指先が彼の胸元に軽く触れる。
「何をされてもいい」
その言葉に諸葛亮の瞳の奥で、何かが激しく震えた。
彼は黙り込んだまま○の細い肩を掴もうとして、やめた。
○はその様子を満足げに見届ける。
「ふふっ、冗談ですよ。…昨夜の仕返しです」
そう言って離れようとした○の身体を、諸葛亮が引き寄せた。
周囲から隠れるように傍の木陰に引き込む。
上衣越しに伝わる体温は異常に高い。
背中に回された腕は絡みつく様だ。
「……試しましたね」
頭上から降ってきた声は低く、あの冷静沈着な諸葛亮の声ではない。
○が顔を上げるとそこには、初めて見る男の顔があった。
眉間には深く皺が刻まれ、その瞳は潤んでさえ見えるほどに欲望の色が見える。
「ここならば、あなたのその挑発に乗らず私は何もしない……そう、高を括っていたのですか」
諸葛亮の顔がさらに近づく。
「私はここでも、挑発に乗ってあげられます」
諸葛亮の唇が○の耳元に寄せられる。
「離してください」
○は諸葛亮の胸元を突き戻そうと身をよじったが、抱きしめる力は強まっていく。
昨夜、自ら首筋に当てた刃の傷口が微かに疼く。
○は顔を上げ、諸葛亮を真っ向から見据えた。
「諸葛亮殿……あなたには月英殿がいらっしゃる。あのような聡明で、あなたを深く慈しむ御方が側にありながら……なぜよりにもよって私などに目を向けるのです?」
その問いは○にとっての盾だ。
月英の名を出せば目の前の男が正気に戻るのではないかという、一縷の望み。
しかし諸葛亮の反応は彼女の予想を裏切るものだった。
月英の名を出されたというのに、彼の瞳から熱が引く気配はない。
それどころか悦びのようなものが混じり始める。
「月英は……そうですね。私という人間を”軍師・諸葛亮”に戻す為の良心です。いえ、そうだという事に最近気づきました」
諸葛亮は○の頬にすり寄る。
「初めてあなたに触れた夜。自分の中の何かに気付いてしまいました。月英には決して見せられぬ私の……この救いようもなくあなたを求める感情に」
そう言って○の白い包帯が巻かれた場所を、指の腹でなぞる。
ヒリッとした痛みに○の肩が揺れた。
もう片方の手で、○の細い腰を絡めとる。
「伴侶のいる方がこの様な事、恥ずかしくないのですか」
「月英は許すでしょう」
「…は?」
拒絶の言葉を突き付けた○だが、諸葛亮はその言葉すらも嬉しそうに受け止める。
「きっとあなたも気に入ります」
低い呟きとともに彼の顔がさらに近づいた。
意味が分からず、逃げようと顔を背けた○の耳に、諸葛亮の舌が這う。
「ヒっ……!」
言葉にならない悲鳴が出る。
諸葛亮の舌が耳の形をなぞるように容赦なく、それでいて酷く愛おしげに粘膜をなぞる。
耳元で響く彼の荒い呼吸と震えるような刺激に顔を背けようとすると、諸葛亮が耳元で小さく笑った。
「…あっ、…」
思わず上ずった声を上げた○を、抱きすくめるようにして諸葛亮は行為をやめない。
身体を逸らすがそれにもついて来る。
がっちり腰を抱いて離さない手と逆の手で、○の頭を支える。
腰には彼の膨れ上がったものがあたり、それを押し付けられている様に感じた。
○は嫌悪と恐怖を感じ必死に身をよじるが、与えられる快楽に拒絶しきれない自分もいる。
ここから逃げなくては。
「離して、こんな…いや……!」
全身で腕の中から逃げようとした時。
「○殿ーっ!いたら返事をしてくださーい!」
静まり返った中庭に、廊下の向こうから快活な×の声がした。
その瞬間、○の身体を縛り付けていた腕から力が抜けた。
諸葛亮は、憑き物が落ちたかのような手つきで○を解放した。
彼は乱れた衣を整えることもせず、ただいつもの顔で見つめる。
「……失礼しました。少々…どうかしていたようです。この様な所で…勿体ない」
先ほどまでの熱情が嘘のようだ。
○はよろめきながら数歩下がり、木陰から抜け出すと、あてつけるように側の池の水をすくって乱暴に耳を洗い、×の元に走った。
中庭を囲む回廊の陰、柱の影に溶け込むようにして、趙雲はそのすべてを凝視していた。
呼吸すら忘れていた。
劉備に頼まれて諸葛亮を探していたら、見てしまった。
劉備が最も信頼を寄せる軍師が、伴侶以外の女性を抱きしめその耳に熱を這わせる姿。
その目つきは、やはりあの夜見たものだった。
(これが、あなたの本性か)
彼が案じていた不穏な予感は、最悪の形で的中した。
○の首に巻かれた包帯。
自分が昨日、慈しむように手当てをしたあの傷。
それを無遠慮になぞる軍師の指先を見た瞬間、趙雲の胸中には不快感が渦巻いた。
助けに入ろうと、足を一歩踏み出したその時。
×の声が響き諸葛亮が我に返ったことで、趙雲は辛うじてその場に留まった。
きっとあの状況は、○も見られたくなかっただろう。
今はそれでいい。
しかしこの先どうすれば良いのかは分からなかった。
自分が裏からどんなに手を回しても、諸葛亮の一言でひっくり返ってしまうだろう。
考えなくてはならない事はたくさんあるが、今はとりあえず×に合わせて何食わぬ顔で近づくことにした。
○を見つけた×が駆け寄り、その後ろに諸葛亮がいる。
×は何も気づいていない。
趙雲も普段通りの声を出した。
「ああ、×。○殿は見つかったのか」
「ええ!お庭にいたみたいで」
さりげなく、○と諸葛亮の間に入った趙雲はどこか圧を孕んだ声で諸葛亮に向き直る。
「諸葛亮殿もこちらにいらしたのですか…探しておりました。劉備殿がお呼びです」
趙雲は○の代わりに諸葛亮の視線を受け止める。
その様子に気付いているのかいないのか、諸葛亮は頷いて去っていった。
その間に×が何やら話しかけている。
彼女は○の強張った表情も、その場の異常な緊張感も露知らず。
「馬超殿が倉庫の整理の件で話があるって言ってて…って、具合でも悪いのですか?」
×が○の顔を覗き込もうとしたのを、趙雲がそっとその視界を遮った。
「○殿は少し疲れが出たようだ。私が部屋まで送り届ける。馬超殿には私から聞いておこう」
「えぇー、趙雲殿が送るんですか?」
×は不満げな声を上げたが、最近仲良くなったらしい張苞が呼ぶ声に応えるといなくなってしまった。
小さくため息をつく。
「妻の助言は役に立ちましたか」
驚いて振り返ると、そこには先ほど立ち去ったはずの諸葛亮が立っていた。
木陰の下にいるからだろうか…表情が暗く、月英の前で見せていた穏やかな夫の顔はどこにもない。
「聞いていたのですか」
諸葛亮はそれには答えない。
「彼女はあなたを救おうとした。趙雲殿という『盾』の後ろへ隠すことで。……ですが○、あなたが求めているのは安らぎではなく、復讐心やその薄暗い心を分かち合える連れ合いではないのですか?」
諸葛亮は○に近づき、その首筋の包帯に指先を這わせた。
「……連れ合い?」
○は首筋に這わされた彼の指先を拒むこともせず、むしろその指を迎え入れるように口角を上げた。
その瞳はどこか挑発的だ。
「本当に、そんな人がいればいいですね 」
○の方から距離を詰める。
諸葛亮の胸元に触れるほどの至近距離で顔を覗き込む。
「奴を仕留められるなら、この身を裂こうが汚そうが構わない。……理性のたがをすべて外して、地位も何も全てを捨てる覚悟で傍にいて、一緒に馬超を殺してくれる人がいたなら」
○は悪戯っぽく笑った。
「――その後に、私など、どうしてもらっても構わない」
その瞬間、諸葛亮は周囲から音が消えたような錯覚を覚える。
諸葛亮は動かなかった。
○の指先が彼の胸元に軽く触れる。
「何をされてもいい」
その言葉に諸葛亮の瞳の奥で、何かが激しく震えた。
彼は黙り込んだまま○の細い肩を掴もうとして、やめた。
○はその様子を満足げに見届ける。
「ふふっ、冗談ですよ。…昨夜の仕返しです」
そう言って離れようとした○の身体を、諸葛亮が引き寄せた。
周囲から隠れるように傍の木陰に引き込む。
上衣越しに伝わる体温は異常に高い。
背中に回された腕は絡みつく様だ。
「……試しましたね」
頭上から降ってきた声は低く、あの冷静沈着な諸葛亮の声ではない。
○が顔を上げるとそこには、初めて見る男の顔があった。
眉間には深く皺が刻まれ、その瞳は潤んでさえ見えるほどに欲望の色が見える。
「ここならば、あなたのその挑発に乗らず私は何もしない……そう、高を括っていたのですか」
諸葛亮の顔がさらに近づく。
「私はここでも、挑発に乗ってあげられます」
諸葛亮の唇が○の耳元に寄せられる。
「離してください」
○は諸葛亮の胸元を突き戻そうと身をよじったが、抱きしめる力は強まっていく。
昨夜、自ら首筋に当てた刃の傷口が微かに疼く。
○は顔を上げ、諸葛亮を真っ向から見据えた。
「諸葛亮殿……あなたには月英殿がいらっしゃる。あのような聡明で、あなたを深く慈しむ御方が側にありながら……なぜよりにもよって私などに目を向けるのです?」
その問いは○にとっての盾だ。
月英の名を出せば目の前の男が正気に戻るのではないかという、一縷の望み。
しかし諸葛亮の反応は彼女の予想を裏切るものだった。
月英の名を出されたというのに、彼の瞳から熱が引く気配はない。
それどころか悦びのようなものが混じり始める。
「月英は……そうですね。私という人間を”軍師・諸葛亮”に戻す為の良心です。いえ、そうだという事に最近気づきました」
諸葛亮は○の頬にすり寄る。
「初めてあなたに触れた夜。自分の中の何かに気付いてしまいました。月英には決して見せられぬ私の……この救いようもなくあなたを求める感情に」
そう言って○の白い包帯が巻かれた場所を、指の腹でなぞる。
ヒリッとした痛みに○の肩が揺れた。
もう片方の手で、○の細い腰を絡めとる。
「伴侶のいる方がこの様な事、恥ずかしくないのですか」
「月英は許すでしょう」
「…は?」
拒絶の言葉を突き付けた○だが、諸葛亮はその言葉すらも嬉しそうに受け止める。
「きっとあなたも気に入ります」
低い呟きとともに彼の顔がさらに近づいた。
意味が分からず、逃げようと顔を背けた○の耳に、諸葛亮の舌が這う。
「ヒっ……!」
言葉にならない悲鳴が出る。
諸葛亮の舌が耳の形をなぞるように容赦なく、それでいて酷く愛おしげに粘膜をなぞる。
耳元で響く彼の荒い呼吸と震えるような刺激に顔を背けようとすると、諸葛亮が耳元で小さく笑った。
「…あっ、…」
思わず上ずった声を上げた○を、抱きすくめるようにして諸葛亮は行為をやめない。
身体を逸らすがそれにもついて来る。
がっちり腰を抱いて離さない手と逆の手で、○の頭を支える。
腰には彼の膨れ上がったものがあたり、それを押し付けられている様に感じた。
○は嫌悪と恐怖を感じ必死に身をよじるが、与えられる快楽に拒絶しきれない自分もいる。
ここから逃げなくては。
「離して、こんな…いや……!」
全身で腕の中から逃げようとした時。
「○殿ーっ!いたら返事をしてくださーい!」
静まり返った中庭に、廊下の向こうから快活な×の声がした。
その瞬間、○の身体を縛り付けていた腕から力が抜けた。
諸葛亮は、憑き物が落ちたかのような手つきで○を解放した。
彼は乱れた衣を整えることもせず、ただいつもの顔で見つめる。
「……失礼しました。少々…どうかしていたようです。この様な所で…勿体ない」
先ほどまでの熱情が嘘のようだ。
○はよろめきながら数歩下がり、木陰から抜け出すと、あてつけるように側の池の水をすくって乱暴に耳を洗い、×の元に走った。
中庭を囲む回廊の陰、柱の影に溶け込むようにして、趙雲はそのすべてを凝視していた。
呼吸すら忘れていた。
劉備に頼まれて諸葛亮を探していたら、見てしまった。
劉備が最も信頼を寄せる軍師が、伴侶以外の女性を抱きしめその耳に熱を這わせる姿。
その目つきは、やはりあの夜見たものだった。
(これが、あなたの本性か)
彼が案じていた不穏な予感は、最悪の形で的中した。
○の首に巻かれた包帯。
自分が昨日、慈しむように手当てをしたあの傷。
それを無遠慮になぞる軍師の指先を見た瞬間、趙雲の胸中には不快感が渦巻いた。
助けに入ろうと、足を一歩踏み出したその時。
×の声が響き諸葛亮が我に返ったことで、趙雲は辛うじてその場に留まった。
きっとあの状況は、○も見られたくなかっただろう。
今はそれでいい。
しかしこの先どうすれば良いのかは分からなかった。
自分が裏からどんなに手を回しても、諸葛亮の一言でひっくり返ってしまうだろう。
考えなくてはならない事はたくさんあるが、今はとりあえず×に合わせて何食わぬ顔で近づくことにした。
○を見つけた×が駆け寄り、その後ろに諸葛亮がいる。
×は何も気づいていない。
趙雲も普段通りの声を出した。
「ああ、×。○殿は見つかったのか」
「ええ!お庭にいたみたいで」
さりげなく、○と諸葛亮の間に入った趙雲はどこか圧を孕んだ声で諸葛亮に向き直る。
「諸葛亮殿もこちらにいらしたのですか…探しておりました。劉備殿がお呼びです」
趙雲は○の代わりに諸葛亮の視線を受け止める。
その様子に気付いているのかいないのか、諸葛亮は頷いて去っていった。
その間に×が何やら話しかけている。
彼女は○の強張った表情も、その場の異常な緊張感も露知らず。
「馬超殿が倉庫の整理の件で話があるって言ってて…って、具合でも悪いのですか?」
×が○の顔を覗き込もうとしたのを、趙雲がそっとその視界を遮った。
「○殿は少し疲れが出たようだ。私が部屋まで送り届ける。馬超殿には私から聞いておこう」
「えぇー、趙雲殿が送るんですか?」
×は不満げな声を上げたが、最近仲良くなったらしい張苞が呼ぶ声に応えるといなくなってしまった。