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趙雲の提案で、○の身体の見える範囲数か所に包帯が巻かれた。
「首筋の斬り傷だけが目立っては、あらぬ疑念を招きます。幸いと申しますか…馬超殿との打ち合いで傷が多くありますから、今になって腫れ始めたという事にして包帯を巻いておきましょう」
首に刃物の傷など、誰かに知られるわけにはいかない。
趙雲の言葉に従い、翌朝、○は×の手を借りて手当を進めた。
服の下に隠れていた打撲の痕や、馬超の剛力によって生じた内出血は、実際に数日が経過して青黒く浮き上がっている。
そこに巻いた包帯を、外からでも少し見えるように巻く。
二人で部屋から出てくると、×は無邪気に笑いながら趙雲に報告する。
「○殿、傷はたくさんあるけどやっぱり元は城主の娘だったんですね。香り湯なんかに入っていたんじゃないですか?」
「たまにですよ」
「やっぱり!怪我の少ない背中の肌なんて、噛みつきたいくらいすべすべでしたよ!趙雲殿にも見せてあげたかったです」
「…×。余計な事は言わなくていい。○殿に失礼だろう」
趙雲の真面目な叱責に、少しだけ重苦しかった空気が緩む。
○は少しだけ意地悪な、けれど彼を信頼しているからこその冗談を口にした。
「いいですよ。では、趙雲殿は噛みついてみますか?」
「○殿まで何を仰るのですか!やめてください」
趙雲は耳まで赤くし、狼狽して視線を泳がせた。
それを×がからかって、○が微笑む。
その光景を、開け放たれた中庭の向こうから諸葛亮が見ていた。
彼は月英を伴わず一人で回廊に佇み、ただ静かに○達の間に流れる温かな空気を眺めている。
諸葛亮の脳裏に、昨夜、自分が○に頬を寄せた時のあの肌が蘇る。
趙雲が守ろうとしている○の肌に、すでに触れているという優越感。
そして、自分の届かない場所で彼女が笑い、別の男にその笑顔を向けることへの嫉妬。
(…あんな風に甘やかしては、彼女の復讐心が錆びてしまう)
勿体ない、と小さく零して、自身の執務室へと向かった。
成都での二日目は大忙しだった。
拠点としての機能を整えるべく、将兵たちは倉庫の整理や物資の搬入、宿舎の割り当てに追われて大騒ぎだ。
○もまた、薄暗い倉庫の片付けを割り振られ、積み上がった古い木箱や竹簡を抱えて廊下を歩いていた。
「……重そうだな。半分貸せ」
不意に横から伸びてきた腕が○の荷物を半分取った。
驚いて顔を上げるとそこには屈託のない笑みを浮かべた馬超が立っていた。
○の首元や腕に巻かれた包帯を一瞥すると、申し訳なさそうに目を細める。
「その怪我…やはり俺のせいだろう。気にするなと言われてもそうもいかん。手伝わせてくれ」
「結構です」
○は感情のない声でそう言うと、馬超が抱えた荷物を取り返そうとする。
だが馬超は「いいから任せろ!」と引かない。
「私の仕事ですから、離してください」
「頑固な奴だな、これくらい造作もないと言っている!」
「ご自身の仕事をされてはいかがです」
「手の足りぬ所に回れと言われているからここに決めた!」
意固地な引っ張り合いになり、持っていた荷物の上段が滑り落ちそうになる。
馬超は素早くそれを受け止め、勢い余って○を廊下の壁際へと追い詰める格好になった。
ドン、と壁を突く手の音。
至近距離に迫る馬超。
○の脳裏に「あの日」の光景が鮮烈に蘇った。
父を無表情で殺し、義姉を殺し、恐ろしい顔で○を追ってきたあの顔。
「……っ!」
恐怖と憎悪に○は反射的に拳を固め、馬超の頬を思い切り殴りつけた。
乾いた衝撃音が廊下に響く。
(やってしまった…!殺される…っ)
○は肩で息をしながら刺し違える覚悟で腰の鞘に手をかけるが、今は帯刀していない事に気付いて下唇を噛んだ。
ここで殺されるかもしれない。
しかしわずかな沈黙の後。
「……ははっ、はははは!」
馬超は赤くなった頬を押さえ、呆気にとられた表情から一転、愉快そうに声を上げて笑い出した。
「女に頬を張られるならまだしも……まさか、拳で殴られるとはな。本当に面白い奴だ」
○は構えた姿勢のまま凍りついた。
目の前の男はかつての残虐な姿を微塵も見せず、落ちた荷物を拾い上げている。
「そう殺気立つな。怪我人に無理をさせた俺が悪かったよ。ほら、これは運んでおいてやる。お前は少し休んでいろ」
馬超はそう言い残すと、鼻歌混じりに荷物を抱えて歩き去っていった。
○は壁に背を預けたまま立ち尽くしていた。
怒りに任せて殴った右手が痺れている。
殺されると思った。
逆らえば即座に首を跳ねるのが、彼女の知る「馬超」という男のはずだ。
あの時も○を”死にぞこないの鼠”と罵った男が、人間として自分に接してくることへの耐え難い違和感。
遠ざかる背中を○は追いかけた。
「……待って!」
その鋭い声に馬超は軽々と荷物を抱えたまま足を止めた。
振り返った彼の頬には、先ほど○が殴った赤い痕が生々しく浮き上がっている。
「なんだ、まだ荷があるのか?」
「殴り返さないの?」
「やっとまともに会話をしたかと思えばなんだ、お前は」
○の額に浮かぶ青筋に、馬超は首を傾げた。
「お前は……西涼の錦馬超でしょう? 逆らう者は女子供だろうと容赦なく殺し、蹂躙した城は全て焼き払ってきた!そのお前がどうして女に殴られたのにやり返さないの!?」
震える声で叫ぶ○を、馬超は驚いたように見つめた。
先ほどまでの快活な笑みは消え、その眼差しに冷徹な鋭さが戻る。
「お前、やはり俺の過去を知っているのか。……いや、知っているだけではないのか?」
馬超は○に向き直る。
○は何も言わない。
「やはり西涼の者か。俺が、あの地で何をなし、何を奪ってきたか……それを知っているのだな」
「…西涼では有名な話よ」
「それで?さっきの分をやり返してほしいのか」
「……」
フン、と鼻で笑った馬超は荷物を抱え直す。
「やり返してほしければ、あんな甘っちょろい拳などではなく真剣で来い。聞き飽きた罵倒よりもずっと、心地良い」
馬超はそう言い捨てると、今度こそ振り返らずに歩き出した。
○はただ、その背中を凝視することしかできなかった。
彼の圧倒的な余裕が、○の復讐心を嘲笑っているようで耐え難かった。
○が中庭で休憩をしていると、諸葛亮が月英と語らいながら歩いているのが見えた。
語らう二人の姿は、どこからどう見ても一点の曇りもない理想の夫婦だ。
(……あの人は、私をどうしたいのだろう)
昨夜、離れで見せたあの執着。
月英という美しく聡明な妻を側に置きながら、何故自分のようなものを欲しがるのか。
彼の真意は見通すことができない。
ふと、こちらに気づいた月英が、穏やかな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
その後ろを諸葛亮が付いてくる。
「○殿。昨夜は随分と遅くまで夫がお邪魔したようで。……首の傷、その後はいかがですか?」
「……っ、ご心配をおかけしました。趙雲殿に手当てをいただき、今はもう……」
「そうでしたか。それは良かった」
月英は○の目の前で立ち止まると○の包帯の端をそっと整えた。
「……孔明様。少し、○殿とお話してから戻ってもよろしいでしょうか」
月英が穏やかにそう告げると、諸葛亮は無言で一礼してその場を去った。
竹林の向こうへ彼の背中が消えるまで月英は見送る。
その後、○に振りかえる。
「○殿。隠さなくて結構ですよ。……あの方は、あなたに何をしましたか?」
その問いは、あまりに唐突で核心を突いたものだった。
○は思わず首筋の包帯に手が伸びそうになる。
「何、とは。諸葛亮殿はただ、私の迷いを断ち切るために厳しいお言葉を……」
「言葉だけ、でしょうか」
月英は一歩、歩み寄った。
「孔明様は、天下の理を説く御方ですが……同時に、誰よりも深く孤独を抱えた人でもあります。あの離れで、あの方が貴女に見せたのは『軍師』の顔ですか? それとも……」
振るえる○の手をそっと包み込む月英に息をのむ。
月英の瞳には、嫉妬も怒りも見えない。
それがまた、○には恐ろしかった。
「あの方は、貴女の中に自分と同じ孤独を見つけたのでしょう。……○殿、あなたは孔明様を、拒絶なさいましたか?」
「……っ、私は……!」
○は言葉に詰まった。
拒絶した…けれど、完全に振り払うことができなかった。
「……答えなくて結構です。その反応で、大体分かりました」
月英は悲しげに、けれど優しく微笑むと、○の肩に手を置いた。
「孔明様は、手に入れたいものを決して離さない御方です。あなたがあの方に呑まれてしまう前に……趙雲殿を、もっと頼りなさい。彼はあなたを救いたいと願っていますから。彼ならば孔明様も無茶は出来ないはずです」
○は月英の手の温もりを感じながらも、その言葉をすぐには飲み込めなかった。
趙雲は、ここにいてもいいと言った。
それで自分が傷ついても良いと。
(……けど、これ以上あの方に縋ってはいけない)
○は静かに月英の手を離し、一歩後ろに下がった。
趙雲に依存してしまえば彼を汚してしまう。
そもそも自分の復讐に誰も巻き込んではいけないのだ。
どんな汚い事をしても、馬超を殺すつもりなのだから。
「お気遣い痛み入ります。ですが、自分の足で立たねばならないのです。誰かの影に隠れていては馬超には届きません」
月英は○を悲しげに見つめた。
「その強さが貴女をさらに追い詰めることにならなければ良いのですが」
「首筋の斬り傷だけが目立っては、あらぬ疑念を招きます。幸いと申しますか…馬超殿との打ち合いで傷が多くありますから、今になって腫れ始めたという事にして包帯を巻いておきましょう」
首に刃物の傷など、誰かに知られるわけにはいかない。
趙雲の言葉に従い、翌朝、○は×の手を借りて手当を進めた。
服の下に隠れていた打撲の痕や、馬超の剛力によって生じた内出血は、実際に数日が経過して青黒く浮き上がっている。
そこに巻いた包帯を、外からでも少し見えるように巻く。
二人で部屋から出てくると、×は無邪気に笑いながら趙雲に報告する。
「○殿、傷はたくさんあるけどやっぱり元は城主の娘だったんですね。香り湯なんかに入っていたんじゃないですか?」
「たまにですよ」
「やっぱり!怪我の少ない背中の肌なんて、噛みつきたいくらいすべすべでしたよ!趙雲殿にも見せてあげたかったです」
「…×。余計な事は言わなくていい。○殿に失礼だろう」
趙雲の真面目な叱責に、少しだけ重苦しかった空気が緩む。
○は少しだけ意地悪な、けれど彼を信頼しているからこその冗談を口にした。
「いいですよ。では、趙雲殿は噛みついてみますか?」
「○殿まで何を仰るのですか!やめてください」
趙雲は耳まで赤くし、狼狽して視線を泳がせた。
それを×がからかって、○が微笑む。
その光景を、開け放たれた中庭の向こうから諸葛亮が見ていた。
彼は月英を伴わず一人で回廊に佇み、ただ静かに○達の間に流れる温かな空気を眺めている。
諸葛亮の脳裏に、昨夜、自分が○に頬を寄せた時のあの肌が蘇る。
趙雲が守ろうとしている○の肌に、すでに触れているという優越感。
そして、自分の届かない場所で彼女が笑い、別の男にその笑顔を向けることへの嫉妬。
(…あんな風に甘やかしては、彼女の復讐心が錆びてしまう)
勿体ない、と小さく零して、自身の執務室へと向かった。
成都での二日目は大忙しだった。
拠点としての機能を整えるべく、将兵たちは倉庫の整理や物資の搬入、宿舎の割り当てに追われて大騒ぎだ。
○もまた、薄暗い倉庫の片付けを割り振られ、積み上がった古い木箱や竹簡を抱えて廊下を歩いていた。
「……重そうだな。半分貸せ」
不意に横から伸びてきた腕が○の荷物を半分取った。
驚いて顔を上げるとそこには屈託のない笑みを浮かべた馬超が立っていた。
○の首元や腕に巻かれた包帯を一瞥すると、申し訳なさそうに目を細める。
「その怪我…やはり俺のせいだろう。気にするなと言われてもそうもいかん。手伝わせてくれ」
「結構です」
○は感情のない声でそう言うと、馬超が抱えた荷物を取り返そうとする。
だが馬超は「いいから任せろ!」と引かない。
「私の仕事ですから、離してください」
「頑固な奴だな、これくらい造作もないと言っている!」
「ご自身の仕事をされてはいかがです」
「手の足りぬ所に回れと言われているからここに決めた!」
意固地な引っ張り合いになり、持っていた荷物の上段が滑り落ちそうになる。
馬超は素早くそれを受け止め、勢い余って○を廊下の壁際へと追い詰める格好になった。
ドン、と壁を突く手の音。
至近距離に迫る馬超。
○の脳裏に「あの日」の光景が鮮烈に蘇った。
父を無表情で殺し、義姉を殺し、恐ろしい顔で○を追ってきたあの顔。
「……っ!」
恐怖と憎悪に○は反射的に拳を固め、馬超の頬を思い切り殴りつけた。
乾いた衝撃音が廊下に響く。
(やってしまった…!殺される…っ)
○は肩で息をしながら刺し違える覚悟で腰の鞘に手をかけるが、今は帯刀していない事に気付いて下唇を噛んだ。
ここで殺されるかもしれない。
しかしわずかな沈黙の後。
「……ははっ、はははは!」
馬超は赤くなった頬を押さえ、呆気にとられた表情から一転、愉快そうに声を上げて笑い出した。
「女に頬を張られるならまだしも……まさか、拳で殴られるとはな。本当に面白い奴だ」
○は構えた姿勢のまま凍りついた。
目の前の男はかつての残虐な姿を微塵も見せず、落ちた荷物を拾い上げている。
「そう殺気立つな。怪我人に無理をさせた俺が悪かったよ。ほら、これは運んでおいてやる。お前は少し休んでいろ」
馬超はそう言い残すと、鼻歌混じりに荷物を抱えて歩き去っていった。
○は壁に背を預けたまま立ち尽くしていた。
怒りに任せて殴った右手が痺れている。
殺されると思った。
逆らえば即座に首を跳ねるのが、彼女の知る「馬超」という男のはずだ。
あの時も○を”死にぞこないの鼠”と罵った男が、人間として自分に接してくることへの耐え難い違和感。
遠ざかる背中を○は追いかけた。
「……待って!」
その鋭い声に馬超は軽々と荷物を抱えたまま足を止めた。
振り返った彼の頬には、先ほど○が殴った赤い痕が生々しく浮き上がっている。
「なんだ、まだ荷があるのか?」
「殴り返さないの?」
「やっとまともに会話をしたかと思えばなんだ、お前は」
○の額に浮かぶ青筋に、馬超は首を傾げた。
「お前は……西涼の錦馬超でしょう? 逆らう者は女子供だろうと容赦なく殺し、蹂躙した城は全て焼き払ってきた!そのお前がどうして女に殴られたのにやり返さないの!?」
震える声で叫ぶ○を、馬超は驚いたように見つめた。
先ほどまでの快活な笑みは消え、その眼差しに冷徹な鋭さが戻る。
「お前、やはり俺の過去を知っているのか。……いや、知っているだけではないのか?」
馬超は○に向き直る。
○は何も言わない。
「やはり西涼の者か。俺が、あの地で何をなし、何を奪ってきたか……それを知っているのだな」
「…西涼では有名な話よ」
「それで?さっきの分をやり返してほしいのか」
「……」
フン、と鼻で笑った馬超は荷物を抱え直す。
「やり返してほしければ、あんな甘っちょろい拳などではなく真剣で来い。聞き飽きた罵倒よりもずっと、心地良い」
馬超はそう言い捨てると、今度こそ振り返らずに歩き出した。
○はただ、その背中を凝視することしかできなかった。
彼の圧倒的な余裕が、○の復讐心を嘲笑っているようで耐え難かった。
○が中庭で休憩をしていると、諸葛亮が月英と語らいながら歩いているのが見えた。
語らう二人の姿は、どこからどう見ても一点の曇りもない理想の夫婦だ。
(……あの人は、私をどうしたいのだろう)
昨夜、離れで見せたあの執着。
月英という美しく聡明な妻を側に置きながら、何故自分のようなものを欲しがるのか。
彼の真意は見通すことができない。
ふと、こちらに気づいた月英が、穏やかな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
その後ろを諸葛亮が付いてくる。
「○殿。昨夜は随分と遅くまで夫がお邪魔したようで。……首の傷、その後はいかがですか?」
「……っ、ご心配をおかけしました。趙雲殿に手当てをいただき、今はもう……」
「そうでしたか。それは良かった」
月英は○の目の前で立ち止まると○の包帯の端をそっと整えた。
「……孔明様。少し、○殿とお話してから戻ってもよろしいでしょうか」
月英が穏やかにそう告げると、諸葛亮は無言で一礼してその場を去った。
竹林の向こうへ彼の背中が消えるまで月英は見送る。
その後、○に振りかえる。
「○殿。隠さなくて結構ですよ。……あの方は、あなたに何をしましたか?」
その問いは、あまりに唐突で核心を突いたものだった。
○は思わず首筋の包帯に手が伸びそうになる。
「何、とは。諸葛亮殿はただ、私の迷いを断ち切るために厳しいお言葉を……」
「言葉だけ、でしょうか」
月英は一歩、歩み寄った。
「孔明様は、天下の理を説く御方ですが……同時に、誰よりも深く孤独を抱えた人でもあります。あの離れで、あの方が貴女に見せたのは『軍師』の顔ですか? それとも……」
振るえる○の手をそっと包み込む月英に息をのむ。
月英の瞳には、嫉妬も怒りも見えない。
それがまた、○には恐ろしかった。
「あの方は、貴女の中に自分と同じ孤独を見つけたのでしょう。……○殿、あなたは孔明様を、拒絶なさいましたか?」
「……っ、私は……!」
○は言葉に詰まった。
拒絶した…けれど、完全に振り払うことができなかった。
「……答えなくて結構です。その反応で、大体分かりました」
月英は悲しげに、けれど優しく微笑むと、○の肩に手を置いた。
「孔明様は、手に入れたいものを決して離さない御方です。あなたがあの方に呑まれてしまう前に……趙雲殿を、もっと頼りなさい。彼はあなたを救いたいと願っていますから。彼ならば孔明様も無茶は出来ないはずです」
○は月英の手の温もりを感じながらも、その言葉をすぐには飲み込めなかった。
趙雲は、ここにいてもいいと言った。
それで自分が傷ついても良いと。
(……けど、これ以上あの方に縋ってはいけない)
○は静かに月英の手を離し、一歩後ろに下がった。
趙雲に依存してしまえば彼を汚してしまう。
そもそも自分の復讐に誰も巻き込んではいけないのだ。
どんな汚い事をしても、馬超を殺すつもりなのだから。
「お気遣い痛み入ります。ですが、自分の足で立たねばならないのです。誰かの影に隠れていては馬超には届きません」
月英は○を悲しげに見つめた。
「その強さが貴女をさらに追い詰めることにならなければ良いのですが」