本編【31話~最終話】
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×達が茶店を出て少し歩いたところで、不意に男たちの大きな笑い声が耳に届いた。
×の胸に嫌な予感が走る。
(……この声は)
足を止め、音のする方へ視線を向けると、予感はあっさり現実になった。
一筋向こうの通り。
骨董屋の店先に、見慣れた人影がある。
「○殿、そんなもん買ってどうするんですか…」
「また隊長に怒られますよ」
「流石に邪魔ですってば」
よく通る大きな親衛隊の声。
通りに反響して、彼らの声は途切れ途切れながらも聞こえてくる。
その中央で○が両手で抱えているのは、人一人分ほどもある、歪んだガラス板だった。
質の悪い物らしく、縁は欠け、表面は波打つように歪んでいる。
○はそれを持ち上げ、ガラス越しに親衛隊を覗き込む。
歪んだガラスを通して覗く彼女の顔は、輪郭も、目も、口元も、ぐにゃりと引き伸ばされて歪んで見える。
思わず吹き出す親衛隊。
「顔、すごいことになってますよ!」
そう言われて、○はガラスの横から顔を出し、親衛隊達ににっこりと微笑みを向ける。
そして、また歪んだガラスの向こうに顔を戻す。
再びグニャリと歪んだ顔に親衛隊が笑い、○も調子に乗って変な声で話し、アハハと豪快に笑う。
「はははっ、私って美人でしょ?」
その軽口に、隊士たちは腹を抱えて笑った。
その様子を隣で見ている趙雲に気付き、×の胸はきゅっと締め付けられた。
一方で○はというと。
「○さん、それ本当に買うんですか?」
「買う。このひと笑いの為に買う。惜しくない」
なにやら満足そうに言うと、今度は店主に顔を向ける。
「おねがぁい、オジサン。こんなに歪んでるんだし、ちょっとくらい安くしてくれなぁい?」
わざとらしい甘えた声。
店主が苦笑しながら頭を掻くのを見て、親衛隊がさらに囃し立てる。
○は楽しそうに、ジリジリとにじり寄りながらなおも値切り続ける。
その背中は無邪気で、彼女の自然な姿だった。
趙雲は困ったように小さく息を吐いた。
眉間にわずかな皺を寄せ、視線を逸らしたまま低く呟く。
「……職務中だというのに。少し、注意しよう」
通りを横切り○の背後に立つ。
「○」
「ん?あら、奇遇ね、趙雲」
両手に抱えた歪んだガラス板。その向こうで、彼女の顔が奇妙に引き伸ばされている。
「そんな物、買うんじゃない。戻しなさい」
「買うわ」
「駄目だ。割れ物は持ち運びも危険だ」
「ええ〜?」
○は不満そうに眉を寄せ、わざとガラス板を少し傾ける。
そしてその向こう側から、声色を変えて言った。
「なによぉ、このカタブツ〜ケチ~」
歪んだガラス越しの声は間延びして、同時に映る彼女の顔も滑稽なほどに崩れている。
サッと趙雲が顔を逸らした。
口元をわずかに緩める。
親衛隊達はそれを見逃さない。
「趙雲殿、笑いましたね」
「見た見た」
「笑ってなどいない」
即座に言い返す趙雲だが、声音がほんの少しだけ柔らかく笑いを含んでいる。
「……とにかく、却下だ」
そう言って○を見ない様にしてガラス板を奪い、店主へ向き直る。
「返します」
「なによぉ。馬超にも見せてやろうと思ったのに。城で流行ったかもしれないわよ?変顔選手権。お金とって開催しましょうよ。優勝目指すから」
「余計なことを考えるな。それよりも、骨董品は売れたのか?」
趙雲は親衛隊に目を向ける。
「はい」
一人が即座に応じ、懐から銭袋を取り出して軽く振る。
その隣に立つ○の子脇には、何かが抱えられている。
朝、言っていた品は手に入れたらしい。
「趙雲、×殿が待ってるわよ」
趙雲が何か聞く前に○が言う。
からかいでもなく、妙に落ち着いた声音だった。
「……ああ」
趙雲はそれだけ答え踵を返した。
○はいつもの調子で親衛隊に話しかける。
「じゃあ私たちも帰りましょうか。荷車、取りに行きましょ」
親衛隊がぞろぞろと動き出す。
○は小脇の包みを抱え直し、歪んだガラス板を名残惜しそうに一瞥してから、店主に軽く手を振る。
「またねー。今度は割れてないの、探しといて」
「もう来るな!」
店主の悲鳴に、親衛隊が笑う。
その喧騒を背に、趙雲は×の待つ方へ歩いていった。
夜。
趙雲が湯あみを終えて部屋に戻ると、部屋の灯はすでに入っていた。
衝立の向こうから、布が擦れる規則正しい音が聞こえる。
「……なにをしている?」
声をかけると、少し間があってから衝立の端から○が顔を出した。
手には布と骨董品。
「これ、磨いてたの。今日買った例のアレ」
そう言って衝立のこちら側に回り、骨董品を見せてきた。
磨き上げられた徳利は、鈍い光を帯びていた。
「常山の徳利よ。見つけた封の柄を調べたらそうだと分かって、あの骨董屋でみかけたなと思ってね。だから今朝、あなたを誘ったの。……常山って、あなたの故郷でしょ?」
○は拭き終えた徳利を両手で差し出し、趙雲は受け取る。
「あなたの故郷の土で作られてるのよ。常山からここまでってかなり遠いのに、割れもせずによくここまで辿り着いたわね」
自分の名と過去を作り上げられた土地から、遥々ここまでやってきたもの。
趙雲はふと言葉を漏らす。
「…いつも、お前の用事について行けないな」
「前も言ったでしょ?あなたは×殿といるのが正しいわ。×殿を優先するべきなの。ちゃんとこの国で根を張る人といなくちゃ」
(根を張る…)
趙雲は徳利を見下ろす。
「これを貰っても?」
「あら珍しい。いいわよ。元々あげようかと思ったんだけど、趙雲はこういうの要らないかと思って迷ってたの」
「…ありがとう。大事にする」
そう言って徳利を撫でると、○は満足げに笑った。
ふと戸口の一角を見ると、諸葛亮に貰ったらしいあの酒器が飾ってあった。
「あの酒器は」
「ああ、ついに頂けたの。やっぱり素敵だわぁ!私がここにいる間はこうしておきましょ。コレは趙雲も嫌じゃないでしょ?」
”ここにいる間”という言葉は気になったが、趙雲は何も言わなかった。
×の胸に嫌な予感が走る。
(……この声は)
足を止め、音のする方へ視線を向けると、予感はあっさり現実になった。
一筋向こうの通り。
骨董屋の店先に、見慣れた人影がある。
「○殿、そんなもん買ってどうするんですか…」
「また隊長に怒られますよ」
「流石に邪魔ですってば」
よく通る大きな親衛隊の声。
通りに反響して、彼らの声は途切れ途切れながらも聞こえてくる。
その中央で○が両手で抱えているのは、人一人分ほどもある、歪んだガラス板だった。
質の悪い物らしく、縁は欠け、表面は波打つように歪んでいる。
○はそれを持ち上げ、ガラス越しに親衛隊を覗き込む。
歪んだガラスを通して覗く彼女の顔は、輪郭も、目も、口元も、ぐにゃりと引き伸ばされて歪んで見える。
思わず吹き出す親衛隊。
「顔、すごいことになってますよ!」
そう言われて、○はガラスの横から顔を出し、親衛隊達ににっこりと微笑みを向ける。
そして、また歪んだガラスの向こうに顔を戻す。
再びグニャリと歪んだ顔に親衛隊が笑い、○も調子に乗って変な声で話し、アハハと豪快に笑う。
「はははっ、私って美人でしょ?」
その軽口に、隊士たちは腹を抱えて笑った。
その様子を隣で見ている趙雲に気付き、×の胸はきゅっと締め付けられた。
一方で○はというと。
「○さん、それ本当に買うんですか?」
「買う。このひと笑いの為に買う。惜しくない」
なにやら満足そうに言うと、今度は店主に顔を向ける。
「おねがぁい、オジサン。こんなに歪んでるんだし、ちょっとくらい安くしてくれなぁい?」
わざとらしい甘えた声。
店主が苦笑しながら頭を掻くのを見て、親衛隊がさらに囃し立てる。
○は楽しそうに、ジリジリとにじり寄りながらなおも値切り続ける。
その背中は無邪気で、彼女の自然な姿だった。
趙雲は困ったように小さく息を吐いた。
眉間にわずかな皺を寄せ、視線を逸らしたまま低く呟く。
「……職務中だというのに。少し、注意しよう」
通りを横切り○の背後に立つ。
「○」
「ん?あら、奇遇ね、趙雲」
両手に抱えた歪んだガラス板。その向こうで、彼女の顔が奇妙に引き伸ばされている。
「そんな物、買うんじゃない。戻しなさい」
「買うわ」
「駄目だ。割れ物は持ち運びも危険だ」
「ええ〜?」
○は不満そうに眉を寄せ、わざとガラス板を少し傾ける。
そしてその向こう側から、声色を変えて言った。
「なによぉ、このカタブツ〜ケチ~」
歪んだガラス越しの声は間延びして、同時に映る彼女の顔も滑稽なほどに崩れている。
サッと趙雲が顔を逸らした。
口元をわずかに緩める。
親衛隊達はそれを見逃さない。
「趙雲殿、笑いましたね」
「見た見た」
「笑ってなどいない」
即座に言い返す趙雲だが、声音がほんの少しだけ柔らかく笑いを含んでいる。
「……とにかく、却下だ」
そう言って○を見ない様にしてガラス板を奪い、店主へ向き直る。
「返します」
「なによぉ。馬超にも見せてやろうと思ったのに。城で流行ったかもしれないわよ?変顔選手権。お金とって開催しましょうよ。優勝目指すから」
「余計なことを考えるな。それよりも、骨董品は売れたのか?」
趙雲は親衛隊に目を向ける。
「はい」
一人が即座に応じ、懐から銭袋を取り出して軽く振る。
その隣に立つ○の子脇には、何かが抱えられている。
朝、言っていた品は手に入れたらしい。
「趙雲、×殿が待ってるわよ」
趙雲が何か聞く前に○が言う。
からかいでもなく、妙に落ち着いた声音だった。
「……ああ」
趙雲はそれだけ答え踵を返した。
○はいつもの調子で親衛隊に話しかける。
「じゃあ私たちも帰りましょうか。荷車、取りに行きましょ」
親衛隊がぞろぞろと動き出す。
○は小脇の包みを抱え直し、歪んだガラス板を名残惜しそうに一瞥してから、店主に軽く手を振る。
「またねー。今度は割れてないの、探しといて」
「もう来るな!」
店主の悲鳴に、親衛隊が笑う。
その喧騒を背に、趙雲は×の待つ方へ歩いていった。
夜。
趙雲が湯あみを終えて部屋に戻ると、部屋の灯はすでに入っていた。
衝立の向こうから、布が擦れる規則正しい音が聞こえる。
「……なにをしている?」
声をかけると、少し間があってから衝立の端から○が顔を出した。
手には布と骨董品。
「これ、磨いてたの。今日買った例のアレ」
そう言って衝立のこちら側に回り、骨董品を見せてきた。
磨き上げられた徳利は、鈍い光を帯びていた。
「常山の徳利よ。見つけた封の柄を調べたらそうだと分かって、あの骨董屋でみかけたなと思ってね。だから今朝、あなたを誘ったの。……常山って、あなたの故郷でしょ?」
○は拭き終えた徳利を両手で差し出し、趙雲は受け取る。
「あなたの故郷の土で作られてるのよ。常山からここまでってかなり遠いのに、割れもせずによくここまで辿り着いたわね」
自分の名と過去を作り上げられた土地から、遥々ここまでやってきたもの。
趙雲はふと言葉を漏らす。
「…いつも、お前の用事について行けないな」
「前も言ったでしょ?あなたは×殿といるのが正しいわ。×殿を優先するべきなの。ちゃんとこの国で根を張る人といなくちゃ」
(根を張る…)
趙雲は徳利を見下ろす。
「これを貰っても?」
「あら珍しい。いいわよ。元々あげようかと思ったんだけど、趙雲はこういうの要らないかと思って迷ってたの」
「…ありがとう。大事にする」
そう言って徳利を撫でると、○は満足げに笑った。
ふと戸口の一角を見ると、諸葛亮に貰ったらしいあの酒器が飾ってあった。
「あの酒器は」
「ああ、ついに頂けたの。やっぱり素敵だわぁ!私がここにいる間はこうしておきましょ。コレは趙雲も嫌じゃないでしょ?」
”ここにいる間”という言葉は気になったが、趙雲は何も言わなかった。