本編【31話~最終話】
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孫尚香の騒ぎを終えて、○が目を覚ましたのは昼過ぎだった。
その後、目を覚ましたら執務室に来てほしいとの諸葛亮からの伝言で赴くと、孫尚香の部屋の片づけをしてほしいと頼まれた。
「呉から持ち込まれた品の中には、表向きの装飾以上の意味を持つものがあるようなのです」
そう言って机に置かれたのは、呉の地方で持たれるお守りだった。
政治的に意味のある物もあるかもしれないから、「捨てていい物」と「残すべき物」を、見極めろということだ。
早速、○は孫尚香の部屋に入る。
一つ一つ呉の調度品を手に取った。
異国の意匠。
この山深い成都ではお目にかかれないような品々。
やがて部屋の一角で、○は足を止めた。
低い棚の上。
目立たぬように、しかし雑に扱われた形跡もない位置に置かれている小さな飾り。
金も玉も使われていない、木と布、そして簡素な紐で祀られたそれを、○はそっと手に取った。
呉で、戦に出る夫の無事を海の神に祈るために祀るものだ。
武門の妻が、密かに手を合わせるためのもの。
孫尚香の部屋で見つけた目ぼしい物はこれだけだった。
武門の娘として。
政治の駒として。
同盟の象徴として。
それでも、一人の妻として年の離れた劉備の無事を祈っていたのだろう。
それを諸葛亮に話して渡すと、「劉備殿に、お届けします」と、納得したように受け取った。
その後、諸葛亮は趙雲も呼び出してから○に向き直る。
「あなたのその眼を買って、成都の宝物庫の整理をお願いしたいのです。いかがでしょう」
○は一瞬きょとんとしたあと、ぱっと顔を輝かせた。
「ええ!是非!楽しみですわ!」
「あそこには様々な遺産が適当に詰め込まれています。金銭的、歴史的に価値のある物を仕分けして、売っても構わない物を処分したいのです。最終判断は趙雲殿にお任せします」
その場に同席していた趙雲は、黙ってそれを聞いていた。
宝物庫。
(思い返せば。あそこが、私と○が最初に出会った場所だったな)
闇に紛れ、盗賊として忍び込んだ彼女と、それを追った趙雲。
互いの正体も立場も知らなかった夜。
(……ずいぶん昔の事の様だ)
まさかあの彼女がこうして堂々と城の中を歩き、宝物庫の整理をするまでになろうとしているなどとは想像もできなかった。
「ねえ趙雲。あの酒器、まだ残ってるかしら?」
執務室を出た○は、楽しそうに趙雲に言う。
「酒器…?」
「初めて会った時、私が触ろうとしてあなたに見つかったアレよ」
敵と味方。
盗む者と取り締まる者。
逃げる者と追う者。
その境界がいつの間にか曖昧になり、今は同じ場所で、隣り合って歩いている。
少なくとも、彼女がここにいることが今の趙雲の中ではとても自然な事だった。
「ああ、残っているだろうな。あそこには誰も立ち入っていない」
宝物庫の中身は、趙雲達からすればガラクタだが、○からすれば金銀財宝にも近い。
手伝いの為に親衛隊を引き連れて重い扉をくぐった途端、彼女の目の色が変わった。
一歩先に出る。
「成都はね、南中の遺物や蜀漢王朝の遺品、それからもっと古い“古代蜀”の財宝が残されているって、ずっと言われてたの」
手伝いに入った親衛隊たちに向けて、○は語り出す。
かなり興奮している様子だ。
趙雲に促されて仕分け方を決めると説明を始め、最終的に破棄するかを決めるのは○が鑑定した後だと言われて宝物庫の整理が始まった。
ある棚の奥で、○の動きがふと止まった。
彼女は何も言わず、趙雲に向かって手招きした。
趙雲は歩み寄る。
「見て。ほら、あれ」
示された棚の上段。
縁に金の装飾が施された酒器。
「これは…」
「そう。これよ」
その声には、懐かしさと皮肉と、ほんのわずかな感慨が混じっていた。
「覚えてる?あなたと“こうなった”きっかけになった品」
あの日。
夜の宝物庫。
黒装束の女。
そして、この棚の――
(……確かに)
視線を酒器に戻す。
あの時、彼女が狙っていたもの。
趙雲が○に斬りかかった時に、彼女がいた棚だ。
「古代蜀の酒器よ。しかも、金装飾。当時の祭祀用ね。あなたがいなければ、私はこれを持ち出してたのに」
「……今も、持ち去りたいか?」
「今?」
○は意外そうに趙雲を見た。
「そうねぇ…今は、ここにあるべきものだと思ってる。こうして私が管理できたんだから」
そう言って親衛隊の方を一瞥する。
「触らないでね、これ」
親衛隊たちは無言で頷いた。
趙雲は一歩下がり、改めて酒器を見つめる。
これがなければ、自分たちは出会うことなどなかったのだ。
こんな何年も前に作られ打ち捨てられていた物がなければ。
広い蔵は思うようには片付かなかった。
理由は単純で、物があまりにも多い。
木箱に詰められた陶片、欠けた器、錆びた金具。
帳簿にも載らないような価値のない物を外へ運び出すだけでも、親衛隊は汗だくになる。
「趙雲殿、これも外に出しても…」
と親衛隊が言いかけると途中で止まる。
原因はいつも同じだった。
「ちょっと待って!」
○が呼ばれてもいないのに、どこからともなく飛び出してくる。
「それ、外に出す前に一回見せて。あー!ダメダメ!ほら、よく見てこの縁の文様!気をつけてって言ったじゃない」
そう言って、箱の中身を抱え込み布で丁寧に埃を払う。
「○。この調子ではいつまでたっても終わらない」
「大丈夫よ。いつか終わるってば」
夜になって親衛隊たちが帰っても、○の選別は終わらなかった。
その後、目を覚ましたら執務室に来てほしいとの諸葛亮からの伝言で赴くと、孫尚香の部屋の片づけをしてほしいと頼まれた。
「呉から持ち込まれた品の中には、表向きの装飾以上の意味を持つものがあるようなのです」
そう言って机に置かれたのは、呉の地方で持たれるお守りだった。
政治的に意味のある物もあるかもしれないから、「捨てていい物」と「残すべき物」を、見極めろということだ。
早速、○は孫尚香の部屋に入る。
一つ一つ呉の調度品を手に取った。
異国の意匠。
この山深い成都ではお目にかかれないような品々。
やがて部屋の一角で、○は足を止めた。
低い棚の上。
目立たぬように、しかし雑に扱われた形跡もない位置に置かれている小さな飾り。
金も玉も使われていない、木と布、そして簡素な紐で祀られたそれを、○はそっと手に取った。
呉で、戦に出る夫の無事を海の神に祈るために祀るものだ。
武門の妻が、密かに手を合わせるためのもの。
孫尚香の部屋で見つけた目ぼしい物はこれだけだった。
武門の娘として。
政治の駒として。
同盟の象徴として。
それでも、一人の妻として年の離れた劉備の無事を祈っていたのだろう。
それを諸葛亮に話して渡すと、「劉備殿に、お届けします」と、納得したように受け取った。
その後、諸葛亮は趙雲も呼び出してから○に向き直る。
「あなたのその眼を買って、成都の宝物庫の整理をお願いしたいのです。いかがでしょう」
○は一瞬きょとんとしたあと、ぱっと顔を輝かせた。
「ええ!是非!楽しみですわ!」
「あそこには様々な遺産が適当に詰め込まれています。金銭的、歴史的に価値のある物を仕分けして、売っても構わない物を処分したいのです。最終判断は趙雲殿にお任せします」
その場に同席していた趙雲は、黙ってそれを聞いていた。
宝物庫。
(思い返せば。あそこが、私と○が最初に出会った場所だったな)
闇に紛れ、盗賊として忍び込んだ彼女と、それを追った趙雲。
互いの正体も立場も知らなかった夜。
(……ずいぶん昔の事の様だ)
まさかあの彼女がこうして堂々と城の中を歩き、宝物庫の整理をするまでになろうとしているなどとは想像もできなかった。
「ねえ趙雲。あの酒器、まだ残ってるかしら?」
執務室を出た○は、楽しそうに趙雲に言う。
「酒器…?」
「初めて会った時、私が触ろうとしてあなたに見つかったアレよ」
敵と味方。
盗む者と取り締まる者。
逃げる者と追う者。
その境界がいつの間にか曖昧になり、今は同じ場所で、隣り合って歩いている。
少なくとも、彼女がここにいることが今の趙雲の中ではとても自然な事だった。
「ああ、残っているだろうな。あそこには誰も立ち入っていない」
宝物庫の中身は、趙雲達からすればガラクタだが、○からすれば金銀財宝にも近い。
手伝いの為に親衛隊を引き連れて重い扉をくぐった途端、彼女の目の色が変わった。
一歩先に出る。
「成都はね、南中の遺物や蜀漢王朝の遺品、それからもっと古い“古代蜀”の財宝が残されているって、ずっと言われてたの」
手伝いに入った親衛隊たちに向けて、○は語り出す。
かなり興奮している様子だ。
趙雲に促されて仕分け方を決めると説明を始め、最終的に破棄するかを決めるのは○が鑑定した後だと言われて宝物庫の整理が始まった。
ある棚の奥で、○の動きがふと止まった。
彼女は何も言わず、趙雲に向かって手招きした。
趙雲は歩み寄る。
「見て。ほら、あれ」
示された棚の上段。
縁に金の装飾が施された酒器。
「これは…」
「そう。これよ」
その声には、懐かしさと皮肉と、ほんのわずかな感慨が混じっていた。
「覚えてる?あなたと“こうなった”きっかけになった品」
あの日。
夜の宝物庫。
黒装束の女。
そして、この棚の――
(……確かに)
視線を酒器に戻す。
あの時、彼女が狙っていたもの。
趙雲が○に斬りかかった時に、彼女がいた棚だ。
「古代蜀の酒器よ。しかも、金装飾。当時の祭祀用ね。あなたがいなければ、私はこれを持ち出してたのに」
「……今も、持ち去りたいか?」
「今?」
○は意外そうに趙雲を見た。
「そうねぇ…今は、ここにあるべきものだと思ってる。こうして私が管理できたんだから」
そう言って親衛隊の方を一瞥する。
「触らないでね、これ」
親衛隊たちは無言で頷いた。
趙雲は一歩下がり、改めて酒器を見つめる。
これがなければ、自分たちは出会うことなどなかったのだ。
こんな何年も前に作られ打ち捨てられていた物がなければ。
広い蔵は思うようには片付かなかった。
理由は単純で、物があまりにも多い。
木箱に詰められた陶片、欠けた器、錆びた金具。
帳簿にも載らないような価値のない物を外へ運び出すだけでも、親衛隊は汗だくになる。
「趙雲殿、これも外に出しても…」
と親衛隊が言いかけると途中で止まる。
原因はいつも同じだった。
「ちょっと待って!」
○が呼ばれてもいないのに、どこからともなく飛び出してくる。
「それ、外に出す前に一回見せて。あー!ダメダメ!ほら、よく見てこの縁の文様!気をつけてって言ったじゃない」
そう言って、箱の中身を抱え込み布で丁寧に埃を払う。
「○。この調子ではいつまでたっても終わらない」
「大丈夫よ。いつか終わるってば」
夜になって親衛隊たちが帰っても、○の選別は終わらなかった。