本編【31話~最終話】
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×は趙雲の帰りを城門前で待っていた。
張飛が「後からついてきている」と言ったから。
遠くから馬に乗って帰って来る○と趙雲が見える。
二人は並んで馬を進め、言葉少なに何かを交わしている。
距離は近すぎるわけではない。
けれど不思議と、他の誰も入り込めない空気があった。
趙雲の表情は、戦場で見るものとも執務中のものとも違う。
ただ、静かに「誰かを見ている」顔をしている。
それを向けられているのが○だという事実が、×の胸の奥でじわりと重くなった。
城門前に着いた趙雲と○は、馬を門兵に引き渡した。
「ご苦労さまでした」
門兵が一礼し、馬を連れていく。
その向こうで×が心配そうにこちらを見ていた。
その視線に気づいた○が、ふっと笑って振り返る。
「待ってるわよ?×殿。出る時、あなた冷たかったから眠れなかったんじゃない?行ってあげたら?」
そう言ってフラッと趙雲に背を向ける。
「……大丈夫か?」
「なぁに、今さら。ここからは、いつもの“お軽い○さん”だから安心して。いつも通りよ。切り替えの早さが自慢なの」
手だけをヒラヒラさせて、○は振り向きもせずに城に向かった。
それと入れ違いになる様に×が声をかけてきた。
「お疲れ様です。趙雲様」
「ああ。起きていたのか」
「はい、心配で…」
×はホッとした様に微笑む。
「もう夜も明けてしまいました。張飛様が報告に向かわれましたので、このままお休みを取られてはいかがでしょう」
「そうさせてもらう。昼頃には仕事に戻る」
「はい…お部屋までご一緒しましょうか?」
「いや、いい」
×は一礼した。
「では、私はこれで。何かあれば、いつでも」
趙雲は黙って×を見送った。
趙雲が自室に帰ると、○が流石に疲れた様子で装備を解いていた。
外套を外し、身体中に仕込んだ刃を外している。
彼女がここに共にいる時は、いつも夜か、日が昇るよりも前だ。
朝日が差し込んだ明るい部屋で見るのは初めてだった。
こうして見ると、じっくり見なくても分かるような傷がある。
趙雲は鍛錬場での○の姿を思い出す。
側転をしながらも的をしっかり射貫く投擲。
それを兵士に褒められたら、簡単だと笑う。
あの動きは、生半可な経験や付け焼き刃の技ではない。
武を身につけるには反復が要る。
鍛錬と、失敗と、それに伴う痛みと恐怖。
それを越えなければ、身体はあんなに自然に応えない。
才能だけであそこまで研ぎ澄まされることはない。
簡単に見せるために、どれほどの時間を費やしたのか。
どれほどの恐怖を、失敗を、孤独を飲み込んできたのか。
それを彼女は一切語らないし、毛ほども感じさせない。
まるで“最初から何でもできた”かのように振る舞う。
(私は、○の“今”しか見てこなかった。その裏にある積み重ねを、想像しようともしなかった)
「…ちょっと。どうしたの?珍しいわね、趙雲が私の着替えをまじまじと見るなんて。興味がわいてきた?」
その言葉にハッと視線を外す趙雲。
「お前の刀裁きを思い出していた」
「へえ?」
「あれは簡単に身につくものではない」
○は「なんだ、そんなこと」と笑う。
「必死だっただけよ。二度と閉じ込められないために。私みたいな美人はすぐ捕まるからね」
――捕まる。
それは比喩ではないのだろう。
強くなるまでに。
逃げられるようになるまでに。
生き延びる術を身につけるまでに。
彼女は、何度、誰の手に捕まってきたのか。
そのたびに、何を失い、何を覚え、どれほどの恐怖を味わったのか。
趙雲は彼女の傷跡を思い出す。
医者が言っていた、「生死に関わったであろう深い傷」。
○が孫尚香に告げた”余興”。
それらの傷は、戦場で負ったものだけではないのかもしれない。
女性の身で自分よりも強い者に捕まったら、あとはどうなるのか。
○はそれ以上を語らない。
語らないまま、笑って済ませる。
捕まる側でいることを、当然のように受け入れてしまったかのように。
自分が常々考えていた強さは、彼女が身につけてきたソレとは根から違う。
剣を持つ前に。
守られる前に。
彼女は自分一人で、生き残る必要があった。
じっと黙って自分を見つめる趙雲に、○は居心地が悪くなって首をかしげる。
「なに?そんなに見つめられた穴が開くんだけど」
「…いや」
「なんだか感傷的になっちゃって色々話したけど、気にしないで。過去のくだらない連中の為に私は傷つかないわ。今は捕まらないし」
そう言うと衝立の向こうに戻っていった。
張飛が「後からついてきている」と言ったから。
遠くから馬に乗って帰って来る○と趙雲が見える。
二人は並んで馬を進め、言葉少なに何かを交わしている。
距離は近すぎるわけではない。
けれど不思議と、他の誰も入り込めない空気があった。
趙雲の表情は、戦場で見るものとも執務中のものとも違う。
ただ、静かに「誰かを見ている」顔をしている。
それを向けられているのが○だという事実が、×の胸の奥でじわりと重くなった。
城門前に着いた趙雲と○は、馬を門兵に引き渡した。
「ご苦労さまでした」
門兵が一礼し、馬を連れていく。
その向こうで×が心配そうにこちらを見ていた。
その視線に気づいた○が、ふっと笑って振り返る。
「待ってるわよ?×殿。出る時、あなた冷たかったから眠れなかったんじゃない?行ってあげたら?」
そう言ってフラッと趙雲に背を向ける。
「……大丈夫か?」
「なぁに、今さら。ここからは、いつもの“お軽い○さん”だから安心して。いつも通りよ。切り替えの早さが自慢なの」
手だけをヒラヒラさせて、○は振り向きもせずに城に向かった。
それと入れ違いになる様に×が声をかけてきた。
「お疲れ様です。趙雲様」
「ああ。起きていたのか」
「はい、心配で…」
×はホッとした様に微笑む。
「もう夜も明けてしまいました。張飛様が報告に向かわれましたので、このままお休みを取られてはいかがでしょう」
「そうさせてもらう。昼頃には仕事に戻る」
「はい…お部屋までご一緒しましょうか?」
「いや、いい」
×は一礼した。
「では、私はこれで。何かあれば、いつでも」
趙雲は黙って×を見送った。
趙雲が自室に帰ると、○が流石に疲れた様子で装備を解いていた。
外套を外し、身体中に仕込んだ刃を外している。
彼女がここに共にいる時は、いつも夜か、日が昇るよりも前だ。
朝日が差し込んだ明るい部屋で見るのは初めてだった。
こうして見ると、じっくり見なくても分かるような傷がある。
趙雲は鍛錬場での○の姿を思い出す。
側転をしながらも的をしっかり射貫く投擲。
それを兵士に褒められたら、簡単だと笑う。
あの動きは、生半可な経験や付け焼き刃の技ではない。
武を身につけるには反復が要る。
鍛錬と、失敗と、それに伴う痛みと恐怖。
それを越えなければ、身体はあんなに自然に応えない。
才能だけであそこまで研ぎ澄まされることはない。
簡単に見せるために、どれほどの時間を費やしたのか。
どれほどの恐怖を、失敗を、孤独を飲み込んできたのか。
それを彼女は一切語らないし、毛ほども感じさせない。
まるで“最初から何でもできた”かのように振る舞う。
(私は、○の“今”しか見てこなかった。その裏にある積み重ねを、想像しようともしなかった)
「…ちょっと。どうしたの?珍しいわね、趙雲が私の着替えをまじまじと見るなんて。興味がわいてきた?」
その言葉にハッと視線を外す趙雲。
「お前の刀裁きを思い出していた」
「へえ?」
「あれは簡単に身につくものではない」
○は「なんだ、そんなこと」と笑う。
「必死だっただけよ。二度と閉じ込められないために。私みたいな美人はすぐ捕まるからね」
――捕まる。
それは比喩ではないのだろう。
強くなるまでに。
逃げられるようになるまでに。
生き延びる術を身につけるまでに。
彼女は、何度、誰の手に捕まってきたのか。
そのたびに、何を失い、何を覚え、どれほどの恐怖を味わったのか。
趙雲は彼女の傷跡を思い出す。
医者が言っていた、「生死に関わったであろう深い傷」。
○が孫尚香に告げた”余興”。
それらの傷は、戦場で負ったものだけではないのかもしれない。
女性の身で自分よりも強い者に捕まったら、あとはどうなるのか。
○はそれ以上を語らない。
語らないまま、笑って済ませる。
捕まる側でいることを、当然のように受け入れてしまったかのように。
自分が常々考えていた強さは、彼女が身につけてきたソレとは根から違う。
剣を持つ前に。
守られる前に。
彼女は自分一人で、生き残る必要があった。
じっと黙って自分を見つめる趙雲に、○は居心地が悪くなって首をかしげる。
「なに?そんなに見つめられた穴が開くんだけど」
「…いや」
「なんだか感傷的になっちゃって色々話したけど、気にしないで。過去のくだらない連中の為に私は傷つかないわ。今は捕まらないし」
そう言うと衝立の向こうに戻っていった。