本編【16話~30話】
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諸葛亮に与えられた任務は偵察。
「敵の補給地点の規模の確認」だ。
趙雲と○は山道を下り、小さな村へと入っていった。
ここは目的地に向かう途中で通り過ぎるだけの村。
しかし村に入った瞬間、○は眉を寄せる。
「……ねえ。変じゃない?ここ」
「何がだ」
馬を寄せて小さな声で囁く○。
「人の気配が変だわ。家の並びもなんだか…”そういう風に置かれている”みたいな」
「今日の任務は補給地点の調査偵察だ。それ以上は踏み込む必要はない」
○はもう一度周囲を見渡して、だがすぐもう一度言う。
「絶対におかしい。なんだか張りぼてみたいだわ、この村」
「……気のせいだ」
「私を信じないつもり?」
声がわずかに強まった。
だが趙雲の方は、目をそらすように視線を落とす。
(…冷静であるべきだ。○のこれはただの“勘”だ。軍務は彼女一人の感覚に振り回されてはいけない。ここは先遣隊によれば特になんの報告も受けていない村だ)
「いいから進むぞ」
「…」
村を出る間際にも○は険しい顔のまま。
「ねえ、絶対におかしいってば。建物の裏に足跡が集中してる。馬の姿がないのに馬の匂いがする」
「そんな匂い、私には感じない。任務に変更はない」
「私は本気で言ってるの!何のために私を連れてきたの?」
「……今の私は、軽率に動くわけにはいかぬ」
自分の言葉が聞き入れられない事に、○は声を荒げる。
「軍の規律」「○をかばっていると思われたくない自分の行動」「×に詰められる○との関係」
様々な感情が入り混じり、趙雲は話を聞き入れない。
「そう。じゃあ好きにしたら?何かあっても私は知らないからね。私一人ならいくらでも逃げられるんだから」
「もとより、お前に何とかしてもらう必要はない」
○はツンとそっぽを向いた。
村を出ると、○は口数が減った。
「なんだ……まだ言いたいことがあるのか」
「言っても聞かないんでしょ。どうせ私は盗賊上がりの勘頼りの女よ。潜入以外は役立たずのね」
「そうは言ってないだろう」
「フン。任務に集中しましょ」
皮肉にも聞こえるその言葉に、趙雲はため息をついた。
村から半刻ほど山道を登ると、敵軍が使用しているとされる古い砦跡が見えてきた。
周囲は深い森。
空気は重く、寒気すら覚える。
「本当にあの村を調べずに来ちゃってまぁ…」
「確証がないのに、いたずらに村を騒がせるわけにはいかない」
「…まぁいいわ。ここが今日の目的地でしょ?仕事してくる」
馬を降りて○が伸びをする。
「敵の数が不明だ。無理はするな」
「心配無用よ。あなたが信用しようとしない“私の勘”が、ここが相当ヤバいって言ってるから、なんともないんでしょ」
そこまで言う彼女の勘を、趙雲はやはりどこか軽視してしまっている。
砦に近づくと、明らかに不自然な静寂が広がっていた。
「妙に静かだな」
「…でも気配が濃いわ。私のアテにならない勘では、あの村が補給所で、ここが敵の集結地点ね」
砦の壁に耳を着ける○。
その後、懐から鍵縄を取り出すと砦の塀に投げて引っかける。
趙雲の意見も聞かずに、スイスイと登って向こうを覗き、すぐに降りてきた。
「まだ向こうはこちらに気付いてないからやれるわね。ここからは私が一人でやる。あなたはここから一歩も動かないで。その体のデカさと鎧は目立つから」
「待て。危険だ。敵の数も構造もわからないまま…」
「今、ざっと見たけど、門の外には誰もいなかったわ。中を覗いて来る」
○は外套を脱ぐ。
髪も布でまとめて顔半分を覆う。
「本気で行くつもりなのか」
「勿論。ワクワクするわ」
にっこり笑った○は、鍵縄をまた登って消えていった。
趙雲はどのくらいそこにいただろうか。
鍵縄の先が揺れてそちらを見上げると、○が戻ってきたのが見えたが、その姿に思わず目を見開く。
黒装束の上衣は完全に外され、下半身も腰回りに布を最小限巻いただけの姿。
ほとんど裸で、手には外套を無造作に持っていた。
「○っ!?なぜそのような格好で!」
「まぁまぁ。とりあえず、もっと奥に大群がいるわ」
まるで夕餉の報告でもするかのように、さらりと言いながら趙雲の隣へ歩いてくる。
その余裕の態度に、言葉より先に怒気がこみあげた。
胸も隠すことなく腰に手を当てて話す○。
「服はどうした」
「ああ、これ?」
手に持った布をひらひらと見せる。
「最後の最後で見つかったのよ。だから、ちょっと」
「ちょっと…?」
「…襲わせたのよ。覆いかぶさってきた間にザックリいったから何もされてないわ。相手が興奮して服を破かれちゃったのが残念だけど、外套は無事で良かったわ」
喉元を切る仕草をしながら涼しい顔をする。
「何を考えている!」
怒りと別の感情とが混じった趙雲は、声が少し震えた。
「何もされてないって言ったでしょー。私の身体を見てほっとく男はいないんだから。裸なんて見せたら鼻血ブ―よ。趙雲も見ておく?」
そう言って、胸の谷間を見せつけるように寄せてくる。
「品のない事はやめろ。早く服を着なさい」
「冗談よ。怒らないでよ。死んでないんだからこれでいいの。大体分かってる?ここを切り抜けないと、私はともかく、あなたは死ぬかもしれないのよ?」
「なんだと?」
「すごい数が潜んでたの。本拠地の手前って感じ。あなたは私みたいに気配を消せるわけじゃないんだから、私の勘が当たって”あの村”からの援軍とで囲まれたら終わりよ」
さらりと笑うが、目だけは微塵も笑っていない。
破れた黒装束を器用に巻き直し、外套をかぶりながら、○は何でもない調子で潜入中の出来事を語り始めた。
「奥に、ざっと見て五十。別の部屋にも同じだけいると見積もれば最低でも百はいそうね。砦に地下洞があって、荷車が何台も詰まってたわ。ここに物資を運んで分配してるのかも」
○は服の紐を締め、腰へ短刀を戻しながら言う。
「すぐに動く気配はなかったけど、いつでも動けるようにはしてあるんだと思う。だからここは下手に刺激せずに帰った方がいいんじゃないかしら。いくら”趙子龍”でもこの数はキツイわよね」
○の報告を受けて、趙雲はすぐに槍を構え直し「撤退だ」と言う。
「でもね…」
なにか言いかけた○の声と同時に、砦の中が騒がしい。
「私が裸になって殺したアイツの死体が見つかれば、こうなるかな、と」
砦内部から迫る足音。
そして村側からも狼煙があがり、馬か兵の気配がした。
砦と村の間の道らしいものは一本の林道だけだ。
「ほら!やっぱりあの村も補給地点のひとつだったじゃない!」
「まずいな。このままだと挟まれる」
「こっち!砦の中で見た地図に、崖側の細い道が書いてあったわ」
「崖側は危険だ。足場が悪い」
「そうでもないと逃げられないでしょ!早く!なんとかするから!」
返事を待たず、○は崖沿いへ駆ける。
趙雲は後を追った。
走りながら振り返ると、砦の入口に松明の光が揺れていた。
数がどんどん増えてくる。
二人は崖沿いの細い山道を走る。
背後からは金属音と怒号が迫った。
崖沿いの細い山道は、二人が並んで走れるような広さではない。
この先が行き止まりではない保証はないが、それでも○は迷いなく進んだ。
背中を崖にあてて横歩きするのがやっとの道幅。
○と比べて身体が大きい趙雲は歩きにくそうだ。
「うわ、最悪…」
前を行く○が小さく呟いた。
見れば、崖道の先は大きく崩落していた。
続く道は幅が手のひらほどしかなく、
そこから先は急斜面の闇が広がる。
「……行き止まりか」
その時、背後で怒号があがった。
「いたぞ!!」
という声と、松明の明かりが岩肌を照らす。
「仕方ない…ここを降りるしかないわね」
○は腰から鍵縄を取り出すと、鍵縄の鍵部分を急いで杭に替えて、○と趙雲の間の崖壁にそこらの石で叩いて突き刺し固定する。
「この高さをか?その様な細い紐で…杭も抜けるかもしれない」
「死にたくないなら迷ってる時間はないわ。ここにいたって殺されるもの。一か八かよ。運否天賦ってやつね」
「待て、他に方法が…」
「他にはないの!ほら、趙雲から行って。私は最悪、紐が切れてもなんとかするから」
そうは言いうものの、○が使うような縄は趙雲が捕まると千切れてしまいそうだ。
「もう早く!男の子でしょ!私が下りる時間がなくなっちゃう!!」
半ば無理矢理縄を掴まされて落とされた趙雲。
手のひらに手袋越しにも焼けるような痛みがある。
腕に軋む衝撃。
急激な降下で肩が外れそうになったが、縄は切れず、岩も崩れなかった。
趙雲がなんとか着地してから数秒遅れて、崖上から○の影が飛び込んできた。
○は岩肌に足を着けて勢いを殺しながら趙雲の隣に落ちる。
崖を降り、狭い平地に着地した直後。
「落ちたぞ!」
「探せ!」
松明の炎が崖の上で揺れ、影がこちらを覗き込もうとするのが見えた。
「伏せてっ」
○は歩き出そうとした趙雲を引き留めると、勢いよく体当たりして横倒しにし、黒い外套を広げ上から覆いかぶさる。
「○……っ!?」
「ジッとして。あいつら見えてないわ。あなたの鎧は月明りに反射してしまうからこうしてやり過ごすの」
外套の下はほとんど布のない服を着ている○の体温が直に伝わる。
○はそんな趙雲の事を気にしていない様で、崖上の気配に耳を澄ましている。
しばらくして、敵兵の声が遠ざかり始めた。
崖を回り込んでここを探しに来る様だ。
「……よし。離れたわね。今のうちに森を抜けましょう」
外套を少しだけ開き、外の様子を確認すると、素早く外套を着用して森の中に駆け出した。
森の奥深くまで走り続け、ようやく追っ手の気配が完全に消えたと判断できる場所に辿り着いた。
木々が生い茂り、月の光さえ届きにくい。
その中で、二人は同時に息を吐いた。
「ここまで来たら一安心ね」
「……ああ。完全に撒いたようだ」
走り続けた二人は、しばらく休憩することにする。
「あー…久しぶりに死ぬかと思ったわ。あの程度の崖を降りるのは得意だけど、趙雲の事まで考えて用意してなかったから。次からはもっと太い縄がいるわね」
そう言いながらカラッと笑った。
「……○」
「ん?」
「ありがとう」
「はは、どういたしまして」
○はただそう言って笑った。
「それと、悪かった」
「?」
「お前の言葉を信じなかったことだ。今後は、お前の言葉を軽んじたりせぬ」
「…あぁ」
「今回の判断は私の過ちだ」
その真っすぐに告げられた言葉に、○は趙雲を見る。
趙雲は少しだけ笑っていた。
森を抜け、城へ繋がる道に差しかかった頃。
月明かりが道を照らし、ようやく平地が続くようになった。
○は、ほっとしたように伸びをする。
「ふう。ここからは趙雲の仕事よね。護衛よろしく」
「……そうだな」
趙雲は少し後ろを歩く○を見て、また前を向いた。
(○は私の指示で潜入し、私のために危険な崖を降り、任務を遂行するために敵に肌を触らせた)
それが頭から離れなかった。
(私が判断を誤らなければ、彼女がそこまで危険に身を晒す必要はなかった)
言葉にできない労いが喉に引っかかり、結局、心の中で呟くことしかできない。
(……そこまで突っぱねずに、もう少し○を信頼してもいいのかもしれないな)
その時だった。
——カシャン。
乾いた軽い音が夜の山道に転がった。
○がぴたりと足を停める。
趙雲も反射的に槍を構えて振り向いた。
コロコロと趙雲の足元に転がってきたのは…
「……宝石、だと?」
「あら……や、やぁね」
月明かりに照らされたそれは、見事な研磨の施された宝石だった。
○はばつが悪そうに笑う。
「……なんだ、これは」
「そんなに素敵なものがあったら…敵に見つかるかもしれなくても…手を出したくなるじゃない?」
まるで悪戯がバレた子どものように微笑む。
「まさかこれの為に見つかって、肌を触らせるような事態になったのか?」
と、趙雲は眉間にしわを寄せた。
「え、いや。見て?その輝き!芸術よ、芸術!」
趙雲はしばらく何も言わず、宝石を拾い上げる。
(信頼してもいいのかもしれないなどと…)
「……却下だ」
「なにが!?」
「戦場で敵の宝を持ち逃げするなど、軍律違反どころの話ではない」
「あなたのために潜入して、あなたのために裸になって、あなたのために崖を降りて、あなたのために敵を斬ってきたのに……?ご褒美もないの!?」
「言い方を変えるな」
「やだ~!ケチ!もう私の物よ!」
趙雲に飛びついて宝石を取ろうとするが、身長で勝てずに届かない。
そのまま趙雲は宝石を思い切り遠くに投げてしまった。
森の中に宝石が飛んでいく。
「きゃあ!!私の宝石がぁ!!」
「最初からお前のものではない。帰るぞ。馬がないんだ。急がないと夜が明ける」
趙雲は宝石を取りに行かんばかりの○の腕を掴むと歩き出す。
○はずっとグズグズ文句を言っていた。
城が見えてくると、深夜にもかかわらず人の気配があった。
城門の周囲には明かりを持った兵士が多数集まっている。
帰還が予定よりもかなり遅くなったことで、心配して待っていた様だ。
「諸葛亮殿がお待ちです!心配なさっておりました。すぐにご報告を」
そう言われて趙雲はそのまま諸葛亮の所に向かう。
諸葛亮の待つ執務室までの廊下で、○は口を尖らせる。
「あー…あの宝石があれば」
「まだ言っているのか。その話、諸葛亮殿の前では絶対に言うな」
「じゃあ、趙雲がご褒美ちょうだい」
そう言うと趙雲に身体ごと寄りかかった。
任務後の○は、潜入中に乱れた衣を必要最低限だけ整えただけだった。
とりあえず巻いただけの外套から胸元が良く見えている。
腰のラインは布越しでも分かるほど滑らかで、歩くたびに長い脚がしなやかに伸びる。
「ねえ、趙雲。今日はちょっと、褒めてくれてもいいんじゃない?ほら…こんなに頑張ったんだから…」
甘い声音が彼の耳元にかすかに落ちる。
髪が肩に触れるほどの距離。
香油の香りすら漂ってくる。
それでも趙雲は真正面を向いたまま、わずかに眉を寄せて言った。
「…歩きにくい。距離を取りなさい」
「あら、冷たいわねぇ。ご褒美に一緒に寝てくれない?死にそうな目に遭った日って、疼いちゃって」
「卑猥な事を言いながら触れるな」
「なによ。生死の境目を乗り越えてきた仲じゃない」
「それとこれとは話が別だ」
一刀両断の趙雲に、○はむしろ楽しそうに微笑み、趙雲の腕に自分の腕を絡めるようにする。
「これから任務の報告に行く。ふざけるんじゃない」
声はまっすぐで強く、その横顔は鋼のように揺るがない。
○はつまらなそうに目を細めた。
すると背後から、誰かがこちらへ走ってくる音がした。
軽やかで、しかし焦った足音。
振り返ると、顔を紅潮させ駆け寄る×の姿。
「趙雲様……!ご無事と聞き……!」
言いかけて、ぴたりと動きが止まる。
○が趙雲の腕に絡み、肩に寄りかかり、耳元に顔を寄せている姿が目に入ったのだ。
ほんの一瞬、×の瞳が揺れる。
「×さん。こんばんは。…ああ、趙雲をお返しするわね?」
そういうとパッと趙雲から離れる。
「……任務の、ご報告に行かれるのですね。諸葛亮様がお待ちです」
×は少しうつむき、息を整えて、精一杯いつもの穏やかさを取り戻しながら言葉をつむぐ。
そこからは三人で諸葛亮の執務室に向かった。
諸葛亮の執務室。
地図が広げられ、周囲には計略用の小札と記録用の竹簡が整然と並ぶ。
○はいつもの挑発的なふるまいを封じ、まるで別人のように落ち着いた表情で立った。
事の経緯を話し、趙雲が少し前に出る。
「敵の拠点周辺は予想以上に人の出入りがありました。輸送路が途中の村の裏道から続いている様子である事を、○が察知しました」
そう言って○を促す。
「敵の斥候は三つの層で巡回してたわ。最外殻が三名一組、中層が二名一組、最深部だけ単独。私が知る限りの物資拠点ではありがちな構造だったから、仕掛けの危惧はなさそうです」
「○殿、敵兵の武装は見られましたか?」
諸葛亮の問いに、○は趙雲を見る。
以前咎められた、”彼に報告していない事”を話すからだ。
趙雲は小さくうなずく。
「装備していた腰の短剣は粗造で使用頻度は低そうだったから、とりあえずたくさん集めた感じかしら。拠点で扱う人間の数は相当だったから。あと…これを」
○は趙雲から隠し持っていた敵の靴を差し出す。
自分に覆いかぶさってきた男のものだ。
「隙間に、この辺りでは見かけない、泥臭い匂いの…沼の土?が混ざっている様に思えたから持って帰ってきたわ。時間がなかったから確認できていないけど、もしそうなら輸送経路にその沼地が含まれるかもしれないし、重要かと思って持ってきたの」
諸葛亮が瞳を細め、趙雲は苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。
「○殿。敵の増援が予想以上に早かった理由について、どう見ますか?」
「うーん。通りがかりの村は”私からすれば”明らかに密偵がいたわ。馬の匂いがするのに馬の姿が見えなかったり、足跡が建物の裏に集中していたり。そもそも、人の気配が凄かったのに見える所にはあまり人がいなかった。張りぼての穏やかな村って雰囲気だったもの。蔵がたくさんあったから、そこに隠れてたんじゃないかと」
諸葛亮と淡々と話す○に、×は複雑な心境だった。
(私では……到底こんな分析はできない……)
自分にないものを他人に補ってもらうのは、生きていく上で当然の事だ。
○は計算も資料作成も得意ではないだろう。
でも、趙雲の隣で、同じ目線でいられるのは○の方だ。
“趙雲の傍に立てる条件”を意識してしまっている自分には、どうしようもなく悔しい。
○が淡々と報告は、すべてが自身の経験を前提にした話だった。
文官として優秀な×には分かっている。
あれは書物の知識ではない。
“場数”でしか身に付かない物だ。
(私が…生涯触れない領域の話)
趙雲様は戦場を駆ける人。
諸葛亮様は戦場を読み、動かす人。
自分はその結果を文字に記す者だ。
○がその輪に入った瞬間、自分自身の立ち位置が、残酷なほど明確になってしまった。
趙雲への想いに気付いてしまった今は、“趙雲様と同じ所で話ができない事”が、ただ、痛かった。
「敵の補給地点の規模の確認」だ。
趙雲と○は山道を下り、小さな村へと入っていった。
ここは目的地に向かう途中で通り過ぎるだけの村。
しかし村に入った瞬間、○は眉を寄せる。
「……ねえ。変じゃない?ここ」
「何がだ」
馬を寄せて小さな声で囁く○。
「人の気配が変だわ。家の並びもなんだか…”そういう風に置かれている”みたいな」
「今日の任務は補給地点の調査偵察だ。それ以上は踏み込む必要はない」
○はもう一度周囲を見渡して、だがすぐもう一度言う。
「絶対におかしい。なんだか張りぼてみたいだわ、この村」
「……気のせいだ」
「私を信じないつもり?」
声がわずかに強まった。
だが趙雲の方は、目をそらすように視線を落とす。
(…冷静であるべきだ。○のこれはただの“勘”だ。軍務は彼女一人の感覚に振り回されてはいけない。ここは先遣隊によれば特になんの報告も受けていない村だ)
「いいから進むぞ」
「…」
村を出る間際にも○は険しい顔のまま。
「ねえ、絶対におかしいってば。建物の裏に足跡が集中してる。馬の姿がないのに馬の匂いがする」
「そんな匂い、私には感じない。任務に変更はない」
「私は本気で言ってるの!何のために私を連れてきたの?」
「……今の私は、軽率に動くわけにはいかぬ」
自分の言葉が聞き入れられない事に、○は声を荒げる。
「軍の規律」「○をかばっていると思われたくない自分の行動」「×に詰められる○との関係」
様々な感情が入り混じり、趙雲は話を聞き入れない。
「そう。じゃあ好きにしたら?何かあっても私は知らないからね。私一人ならいくらでも逃げられるんだから」
「もとより、お前に何とかしてもらう必要はない」
○はツンとそっぽを向いた。
村を出ると、○は口数が減った。
「なんだ……まだ言いたいことがあるのか」
「言っても聞かないんでしょ。どうせ私は盗賊上がりの勘頼りの女よ。潜入以外は役立たずのね」
「そうは言ってないだろう」
「フン。任務に集中しましょ」
皮肉にも聞こえるその言葉に、趙雲はため息をついた。
村から半刻ほど山道を登ると、敵軍が使用しているとされる古い砦跡が見えてきた。
周囲は深い森。
空気は重く、寒気すら覚える。
「本当にあの村を調べずに来ちゃってまぁ…」
「確証がないのに、いたずらに村を騒がせるわけにはいかない」
「…まぁいいわ。ここが今日の目的地でしょ?仕事してくる」
馬を降りて○が伸びをする。
「敵の数が不明だ。無理はするな」
「心配無用よ。あなたが信用しようとしない“私の勘”が、ここが相当ヤバいって言ってるから、なんともないんでしょ」
そこまで言う彼女の勘を、趙雲はやはりどこか軽視してしまっている。
砦に近づくと、明らかに不自然な静寂が広がっていた。
「妙に静かだな」
「…でも気配が濃いわ。私のアテにならない勘では、あの村が補給所で、ここが敵の集結地点ね」
砦の壁に耳を着ける○。
その後、懐から鍵縄を取り出すと砦の塀に投げて引っかける。
趙雲の意見も聞かずに、スイスイと登って向こうを覗き、すぐに降りてきた。
「まだ向こうはこちらに気付いてないからやれるわね。ここからは私が一人でやる。あなたはここから一歩も動かないで。その体のデカさと鎧は目立つから」
「待て。危険だ。敵の数も構造もわからないまま…」
「今、ざっと見たけど、門の外には誰もいなかったわ。中を覗いて来る」
○は外套を脱ぐ。
髪も布でまとめて顔半分を覆う。
「本気で行くつもりなのか」
「勿論。ワクワクするわ」
にっこり笑った○は、鍵縄をまた登って消えていった。
趙雲はどのくらいそこにいただろうか。
鍵縄の先が揺れてそちらを見上げると、○が戻ってきたのが見えたが、その姿に思わず目を見開く。
黒装束の上衣は完全に外され、下半身も腰回りに布を最小限巻いただけの姿。
ほとんど裸で、手には外套を無造作に持っていた。
「○っ!?なぜそのような格好で!」
「まぁまぁ。とりあえず、もっと奥に大群がいるわ」
まるで夕餉の報告でもするかのように、さらりと言いながら趙雲の隣へ歩いてくる。
その余裕の態度に、言葉より先に怒気がこみあげた。
胸も隠すことなく腰に手を当てて話す○。
「服はどうした」
「ああ、これ?」
手に持った布をひらひらと見せる。
「最後の最後で見つかったのよ。だから、ちょっと」
「ちょっと…?」
「…襲わせたのよ。覆いかぶさってきた間にザックリいったから何もされてないわ。相手が興奮して服を破かれちゃったのが残念だけど、外套は無事で良かったわ」
喉元を切る仕草をしながら涼しい顔をする。
「何を考えている!」
怒りと別の感情とが混じった趙雲は、声が少し震えた。
「何もされてないって言ったでしょー。私の身体を見てほっとく男はいないんだから。裸なんて見せたら鼻血ブ―よ。趙雲も見ておく?」
そう言って、胸の谷間を見せつけるように寄せてくる。
「品のない事はやめろ。早く服を着なさい」
「冗談よ。怒らないでよ。死んでないんだからこれでいいの。大体分かってる?ここを切り抜けないと、私はともかく、あなたは死ぬかもしれないのよ?」
「なんだと?」
「すごい数が潜んでたの。本拠地の手前って感じ。あなたは私みたいに気配を消せるわけじゃないんだから、私の勘が当たって”あの村”からの援軍とで囲まれたら終わりよ」
さらりと笑うが、目だけは微塵も笑っていない。
破れた黒装束を器用に巻き直し、外套をかぶりながら、○は何でもない調子で潜入中の出来事を語り始めた。
「奥に、ざっと見て五十。別の部屋にも同じだけいると見積もれば最低でも百はいそうね。砦に地下洞があって、荷車が何台も詰まってたわ。ここに物資を運んで分配してるのかも」
○は服の紐を締め、腰へ短刀を戻しながら言う。
「すぐに動く気配はなかったけど、いつでも動けるようにはしてあるんだと思う。だからここは下手に刺激せずに帰った方がいいんじゃないかしら。いくら”趙子龍”でもこの数はキツイわよね」
○の報告を受けて、趙雲はすぐに槍を構え直し「撤退だ」と言う。
「でもね…」
なにか言いかけた○の声と同時に、砦の中が騒がしい。
「私が裸になって殺したアイツの死体が見つかれば、こうなるかな、と」
砦内部から迫る足音。
そして村側からも狼煙があがり、馬か兵の気配がした。
砦と村の間の道らしいものは一本の林道だけだ。
「ほら!やっぱりあの村も補給地点のひとつだったじゃない!」
「まずいな。このままだと挟まれる」
「こっち!砦の中で見た地図に、崖側の細い道が書いてあったわ」
「崖側は危険だ。足場が悪い」
「そうでもないと逃げられないでしょ!早く!なんとかするから!」
返事を待たず、○は崖沿いへ駆ける。
趙雲は後を追った。
走りながら振り返ると、砦の入口に松明の光が揺れていた。
数がどんどん増えてくる。
二人は崖沿いの細い山道を走る。
背後からは金属音と怒号が迫った。
崖沿いの細い山道は、二人が並んで走れるような広さではない。
この先が行き止まりではない保証はないが、それでも○は迷いなく進んだ。
背中を崖にあてて横歩きするのがやっとの道幅。
○と比べて身体が大きい趙雲は歩きにくそうだ。
「うわ、最悪…」
前を行く○が小さく呟いた。
見れば、崖道の先は大きく崩落していた。
続く道は幅が手のひらほどしかなく、
そこから先は急斜面の闇が広がる。
「……行き止まりか」
その時、背後で怒号があがった。
「いたぞ!!」
という声と、松明の明かりが岩肌を照らす。
「仕方ない…ここを降りるしかないわね」
○は腰から鍵縄を取り出すと、鍵縄の鍵部分を急いで杭に替えて、○と趙雲の間の崖壁にそこらの石で叩いて突き刺し固定する。
「この高さをか?その様な細い紐で…杭も抜けるかもしれない」
「死にたくないなら迷ってる時間はないわ。ここにいたって殺されるもの。一か八かよ。運否天賦ってやつね」
「待て、他に方法が…」
「他にはないの!ほら、趙雲から行って。私は最悪、紐が切れてもなんとかするから」
そうは言いうものの、○が使うような縄は趙雲が捕まると千切れてしまいそうだ。
「もう早く!男の子でしょ!私が下りる時間がなくなっちゃう!!」
半ば無理矢理縄を掴まされて落とされた趙雲。
手のひらに手袋越しにも焼けるような痛みがある。
腕に軋む衝撃。
急激な降下で肩が外れそうになったが、縄は切れず、岩も崩れなかった。
趙雲がなんとか着地してから数秒遅れて、崖上から○の影が飛び込んできた。
○は岩肌に足を着けて勢いを殺しながら趙雲の隣に落ちる。
崖を降り、狭い平地に着地した直後。
「落ちたぞ!」
「探せ!」
松明の炎が崖の上で揺れ、影がこちらを覗き込もうとするのが見えた。
「伏せてっ」
○は歩き出そうとした趙雲を引き留めると、勢いよく体当たりして横倒しにし、黒い外套を広げ上から覆いかぶさる。
「○……っ!?」
「ジッとして。あいつら見えてないわ。あなたの鎧は月明りに反射してしまうからこうしてやり過ごすの」
外套の下はほとんど布のない服を着ている○の体温が直に伝わる。
○はそんな趙雲の事を気にしていない様で、崖上の気配に耳を澄ましている。
しばらくして、敵兵の声が遠ざかり始めた。
崖を回り込んでここを探しに来る様だ。
「……よし。離れたわね。今のうちに森を抜けましょう」
外套を少しだけ開き、外の様子を確認すると、素早く外套を着用して森の中に駆け出した。
森の奥深くまで走り続け、ようやく追っ手の気配が完全に消えたと判断できる場所に辿り着いた。
木々が生い茂り、月の光さえ届きにくい。
その中で、二人は同時に息を吐いた。
「ここまで来たら一安心ね」
「……ああ。完全に撒いたようだ」
走り続けた二人は、しばらく休憩することにする。
「あー…久しぶりに死ぬかと思ったわ。あの程度の崖を降りるのは得意だけど、趙雲の事まで考えて用意してなかったから。次からはもっと太い縄がいるわね」
そう言いながらカラッと笑った。
「……○」
「ん?」
「ありがとう」
「はは、どういたしまして」
○はただそう言って笑った。
「それと、悪かった」
「?」
「お前の言葉を信じなかったことだ。今後は、お前の言葉を軽んじたりせぬ」
「…あぁ」
「今回の判断は私の過ちだ」
その真っすぐに告げられた言葉に、○は趙雲を見る。
趙雲は少しだけ笑っていた。
森を抜け、城へ繋がる道に差しかかった頃。
月明かりが道を照らし、ようやく平地が続くようになった。
○は、ほっとしたように伸びをする。
「ふう。ここからは趙雲の仕事よね。護衛よろしく」
「……そうだな」
趙雲は少し後ろを歩く○を見て、また前を向いた。
(○は私の指示で潜入し、私のために危険な崖を降り、任務を遂行するために敵に肌を触らせた)
それが頭から離れなかった。
(私が判断を誤らなければ、彼女がそこまで危険に身を晒す必要はなかった)
言葉にできない労いが喉に引っかかり、結局、心の中で呟くことしかできない。
(……そこまで突っぱねずに、もう少し○を信頼してもいいのかもしれないな)
その時だった。
——カシャン。
乾いた軽い音が夜の山道に転がった。
○がぴたりと足を停める。
趙雲も反射的に槍を構えて振り向いた。
コロコロと趙雲の足元に転がってきたのは…
「……宝石、だと?」
「あら……や、やぁね」
月明かりに照らされたそれは、見事な研磨の施された宝石だった。
○はばつが悪そうに笑う。
「……なんだ、これは」
「そんなに素敵なものがあったら…敵に見つかるかもしれなくても…手を出したくなるじゃない?」
まるで悪戯がバレた子どものように微笑む。
「まさかこれの為に見つかって、肌を触らせるような事態になったのか?」
と、趙雲は眉間にしわを寄せた。
「え、いや。見て?その輝き!芸術よ、芸術!」
趙雲はしばらく何も言わず、宝石を拾い上げる。
(信頼してもいいのかもしれないなどと…)
「……却下だ」
「なにが!?」
「戦場で敵の宝を持ち逃げするなど、軍律違反どころの話ではない」
「あなたのために潜入して、あなたのために裸になって、あなたのために崖を降りて、あなたのために敵を斬ってきたのに……?ご褒美もないの!?」
「言い方を変えるな」
「やだ~!ケチ!もう私の物よ!」
趙雲に飛びついて宝石を取ろうとするが、身長で勝てずに届かない。
そのまま趙雲は宝石を思い切り遠くに投げてしまった。
森の中に宝石が飛んでいく。
「きゃあ!!私の宝石がぁ!!」
「最初からお前のものではない。帰るぞ。馬がないんだ。急がないと夜が明ける」
趙雲は宝石を取りに行かんばかりの○の腕を掴むと歩き出す。
○はずっとグズグズ文句を言っていた。
城が見えてくると、深夜にもかかわらず人の気配があった。
城門の周囲には明かりを持った兵士が多数集まっている。
帰還が予定よりもかなり遅くなったことで、心配して待っていた様だ。
「諸葛亮殿がお待ちです!心配なさっておりました。すぐにご報告を」
そう言われて趙雲はそのまま諸葛亮の所に向かう。
諸葛亮の待つ執務室までの廊下で、○は口を尖らせる。
「あー…あの宝石があれば」
「まだ言っているのか。その話、諸葛亮殿の前では絶対に言うな」
「じゃあ、趙雲がご褒美ちょうだい」
そう言うと趙雲に身体ごと寄りかかった。
任務後の○は、潜入中に乱れた衣を必要最低限だけ整えただけだった。
とりあえず巻いただけの外套から胸元が良く見えている。
腰のラインは布越しでも分かるほど滑らかで、歩くたびに長い脚がしなやかに伸びる。
「ねえ、趙雲。今日はちょっと、褒めてくれてもいいんじゃない?ほら…こんなに頑張ったんだから…」
甘い声音が彼の耳元にかすかに落ちる。
髪が肩に触れるほどの距離。
香油の香りすら漂ってくる。
それでも趙雲は真正面を向いたまま、わずかに眉を寄せて言った。
「…歩きにくい。距離を取りなさい」
「あら、冷たいわねぇ。ご褒美に一緒に寝てくれない?死にそうな目に遭った日って、疼いちゃって」
「卑猥な事を言いながら触れるな」
「なによ。生死の境目を乗り越えてきた仲じゃない」
「それとこれとは話が別だ」
一刀両断の趙雲に、○はむしろ楽しそうに微笑み、趙雲の腕に自分の腕を絡めるようにする。
「これから任務の報告に行く。ふざけるんじゃない」
声はまっすぐで強く、その横顔は鋼のように揺るがない。
○はつまらなそうに目を細めた。
すると背後から、誰かがこちらへ走ってくる音がした。
軽やかで、しかし焦った足音。
振り返ると、顔を紅潮させ駆け寄る×の姿。
「趙雲様……!ご無事と聞き……!」
言いかけて、ぴたりと動きが止まる。
○が趙雲の腕に絡み、肩に寄りかかり、耳元に顔を寄せている姿が目に入ったのだ。
ほんの一瞬、×の瞳が揺れる。
「×さん。こんばんは。…ああ、趙雲をお返しするわね?」
そういうとパッと趙雲から離れる。
「……任務の、ご報告に行かれるのですね。諸葛亮様がお待ちです」
×は少しうつむき、息を整えて、精一杯いつもの穏やかさを取り戻しながら言葉をつむぐ。
そこからは三人で諸葛亮の執務室に向かった。
諸葛亮の執務室。
地図が広げられ、周囲には計略用の小札と記録用の竹簡が整然と並ぶ。
○はいつもの挑発的なふるまいを封じ、まるで別人のように落ち着いた表情で立った。
事の経緯を話し、趙雲が少し前に出る。
「敵の拠点周辺は予想以上に人の出入りがありました。輸送路が途中の村の裏道から続いている様子である事を、○が察知しました」
そう言って○を促す。
「敵の斥候は三つの層で巡回してたわ。最外殻が三名一組、中層が二名一組、最深部だけ単独。私が知る限りの物資拠点ではありがちな構造だったから、仕掛けの危惧はなさそうです」
「○殿、敵兵の武装は見られましたか?」
諸葛亮の問いに、○は趙雲を見る。
以前咎められた、”彼に報告していない事”を話すからだ。
趙雲は小さくうなずく。
「装備していた腰の短剣は粗造で使用頻度は低そうだったから、とりあえずたくさん集めた感じかしら。拠点で扱う人間の数は相当だったから。あと…これを」
○は趙雲から隠し持っていた敵の靴を差し出す。
自分に覆いかぶさってきた男のものだ。
「隙間に、この辺りでは見かけない、泥臭い匂いの…沼の土?が混ざっている様に思えたから持って帰ってきたわ。時間がなかったから確認できていないけど、もしそうなら輸送経路にその沼地が含まれるかもしれないし、重要かと思って持ってきたの」
諸葛亮が瞳を細め、趙雲は苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。
「○殿。敵の増援が予想以上に早かった理由について、どう見ますか?」
「うーん。通りがかりの村は”私からすれば”明らかに密偵がいたわ。馬の匂いがするのに馬の姿が見えなかったり、足跡が建物の裏に集中していたり。そもそも、人の気配が凄かったのに見える所にはあまり人がいなかった。張りぼての穏やかな村って雰囲気だったもの。蔵がたくさんあったから、そこに隠れてたんじゃないかと」
諸葛亮と淡々と話す○に、×は複雑な心境だった。
(私では……到底こんな分析はできない……)
自分にないものを他人に補ってもらうのは、生きていく上で当然の事だ。
○は計算も資料作成も得意ではないだろう。
でも、趙雲の隣で、同じ目線でいられるのは○の方だ。
“趙雲の傍に立てる条件”を意識してしまっている自分には、どうしようもなく悔しい。
○が淡々と報告は、すべてが自身の経験を前提にした話だった。
文官として優秀な×には分かっている。
あれは書物の知識ではない。
“場数”でしか身に付かない物だ。
(私が…生涯触れない領域の話)
趙雲様は戦場を駆ける人。
諸葛亮様は戦場を読み、動かす人。
自分はその結果を文字に記す者だ。
○がその輪に入った瞬間、自分自身の立ち位置が、残酷なほど明確になってしまった。
趙雲への想いに気付いてしまった今は、“趙雲様と同じ所で話ができない事”が、ただ、痛かった。