本編【序章~15話】
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薄い朝日が障子越しに差し込み、部屋の空気が少しずつ温まっていく。
○は布団から勢いよく上半身を起こした。
「んー!よく寝た!復活!」
満面の笑みで立ち上がり、軽くその場で足踏みし、脇腹を押さえて軽く屈伸までしてみせる。
寝落ちしていた馬超は目をむいた。
「おい、お前、馬鹿!!昨日の傷でそんな動きできるはずが…」
「私はできるのよ。少し痛いけど、このくらいの痛みなら大丈夫。怪我しても2日以上寝込んだら命取りだったから慣れてるの」
「2日で動くような怪我じゃないだろう!無茶するなよ!」
○は肩をすくめた。
「仕方ないでしょ?怪我してないってことになってるのに、何日も休んだら怪しまれるじゃない」
「いや、×殿に見られてるからバレてると思うが…」
「でも重症度は知られていないわけだし」
もう何を言っても聞かない○に、馬超は頭を掻きむしった。
馬超と二人で廊下を歩いていると、数人の兵士がひそひそと話す声が聞こえてきた。
ー昨日もずっと一緒だったらしいー
ーやっぱり、趙雲殿と×殿ってさ…もう恋仲なんじゃねぇの?ー
○は面白そうにその噂話を聞く。
「おい、聞くなよ。噂話なんて」
「身内の惚れた腫れた話ほど楽しいものってないじゃない。こういう閉鎖的な空間での一番の娯楽だわ」
「お前、女官と話が合いそうだな」
「あの人たちは私の噂も大好きだから仲間に入れてくれないの」
昨日の一件があってからか、○の馬超にたいする警戒心もなくなり、二人は気軽な会話を交わしながら鍛錬場に向かった。
趙雲は鍛錬場に向かっていた。
もう身体は全快だ。
すると遠くで低い声が交わされた。
ーやっぱり、趙雲殿と付き合ってるって話、本当なんじゃねぇのかー
ー泣いて駆け寄ったってあれか?ー
趙雲は静かに歩み寄った。
噂話をしていた二人の兵士は慌てて姿勢を正す。
「お、おはようございます、趙雲殿!」
「今の話だが。妙な噂は控えよ」
声は穏やかで、叱責でも怒気でもない。
ただ、淡々と否定する。
「×殿とは軍務上の付き合いにすぎぬ。誤解なきように」
兵士たちがほっとしたように頭を下げ、その場を去っていく。
再び歩き出したはずの足は、どこかぎこちない。
噂など放っておけばいい。
取り立てて訂正する必要はない。
今までもそうだった。
(×殿は良き文官だ。誠実で、信頼できる。それは事実だ。しかし…)
恋仲だと言われることには違和感があった。
×の健気さ、誠実さ。
あの夜の優しい看病。
それは嬉しかったはずなのに、胸の奥に妙な綻びがある。
しかし言語化できない。
噂話を振り払うように、趙雲は鍛錬場へ足を向けた。
鍛錬場につくと、人だかりができていた。
(……何事だ?)
歩みを早めると、中心にいたのは○だった。
周囲の兵士たちは口々に声をかけている。
「副官殿、本当に大丈夫なのですか!?」
「怪我をしたと噂が流れてて…!」
「どうなんですか!」
○はため息交じりに笑った。
「みんな大げさねぇ。ほら、こんなに元気よ?心配してくれてありがと」
軽く片脚で跳ねて見せ、脇腹を押さえる仕草すらしていない。
ざわつく兵士たち。
安堵する者、頬を赤らめる者までいる。
「……○」
その声が人垣を割った。
兵士たちが姿勢を正し道を開く。
○は振り返った。
いつもの挑発めいた笑みを浮かべ、軽く手をひらりと振る。
「おはよう、隊ちょ…、趙雲。みんな、私が怪我したって大騒ぎするのよ。何ともないって言ってやってよ」
無傷を主張する裏に隠された痛みを、趙雲だけは見抜いていた。
(……歩く際の重心がわずかに右へ逃げている。脇腹を無意識に庇っているな。まだ痛むのか)
「無茶をするなと言ったはずだ」
「まあ多少疲れたけど…怪我したわけじゃないし、一日休んだから大丈夫よ」
にこり、と笑うが、その裏で呼吸はわずかに浅い。
趙雲は唇を引き結んだ。
(……逃げる気はないのだろう。だが…)
言葉にならない感情が胸を掠める。
兵士たちのざわめき。
その中心に立つ彼女は、いつも通りに華やかで、明るくて…どこか危うい。
「今日は休め。命令だ。部屋で寝ていろ」
「ええっ」
不満げに唇を尖らせるが、従う気配はある。
それを見届けたあと、趙雲は踵を返し鍛錬に向かった。
趙雲が鍛錬を終え、夕餉も終わり、自室の戸を開けた時。
ふわりと空気が違った。
(……気配がある)
思わず足が止まる。
ここは本来、自分だけが使っていた空間。
昨日は無音だった部屋が、今はかすかに人の温度を感じる。
(戻ってきている)
不思議な感覚だった。
“いないはずの者がいる安堵”と、“いることによる落ち着かなさ”が同時に胸に立つ。
中に入り、衝立の向こうを覗く。
布団は敷かれ、整えられていたが人影はない。
(不在か?いや、気配は確かに…)
「──人の部屋を覗くなんて。いいご趣味ね、趙雲」
背後からの声に、趙雲は振り返る。
そこに立っていた○は壁にもたれ、腕を組んで微笑んでいた。
「そんなに気になる?私がどこにいるのか」
挑発の色を含んだ声音。
だが、その目はよくよく見ると少しだけ疲れているようだ。
「……戻ったのか」
「あなたが戻れって言ったんじゃない」
○はくすりと笑った。
「で?衝立の向こうを覗いて……何か楽しいものでも見えた?」
「そういう意図ではない」
「じゃあ、どんな意図?聞きたいナ」
返す言葉に詰まる。
“気配を確かめたかった”
“無事かどうか確認したかった”
そう言えばいいのに、なぜか言葉が喉に留まる。
○は歩み寄り、趙雲との距離を詰めた。
「私を気にしてくれたのなら嬉しいんだけど…違った?」
挑発にも、誘惑にも、本音にも聞こえる声でそう言うと、○は寝台へ向かい、痛む脇腹を庇いながらゆっくりと身体を横たえた。
布団がわずかに擦れる音。
普段なら立てることのない物音。
それだけで、趙雲には彼女が本調子ではないことが分かった。
(……無理をしているな)
目線だけ向けて、言葉にはしない。
○は寝台の上で息を整えながら趙雲に話しかける。
「ねえ、趙雲。噂、聞いたわよ。あなたと×殿が恋仲だって」
茶化すように話す○。
「抜け目ないわね。人には男を連れ込むなって言っておいて…狡くない?」
趙雲は静かに返した。
「くだらぬ噂だ。軍務上の話をしていただけでも、すぐに妙な噂をたてる」
「そう?医務室で一晩中二人きりだったって話もかなり知れ渡ってたけど。なにもなかったの?」
「……人のことが言えるのか」
○の動きが止まった。
「馬超殿の房で、あれほど無防備に眠っておいて」
淡々とした声音だったが、言葉の奥底には“言わずにいられなかった”という空気がある。
「ん?どうして知ってるの?馬超しか知らないのに…まさかお見舞いにでも来てくれたの?」
「…。とにかく、私は×殿と、噂を立てられるようなことはなにもしていない。仕事の話をしていただけだ」
○はゆっくりと微笑み、寝台の上で体勢を変えた。
「そう。でも私、馬超とはしたわよ?」
「……何をだ」
「口づけ」
その瞬間も趙雲の表情は変わらない。
まるで風が吹いた程度の反応すらない。
「……そうか」
感情の色がない。
何も感じていない空気に、○はつまらなそうに伏せていた目をゆっくりと上げる。
「嘘よ。馬超もなかなか手ごわくて、”怪我して動けない女にそんな事しない”ですって。…安心した?」
趙雲の胸に、言葉にできないざわめきが走った。
「おかしな嘘をつくな」
○はフフッと笑うだけ。
外では兵士が行き交う音がするのに、ここだけ切り取られたように静かで、息が詰まるような空気。
しかしそれを中断させたのは趙雲だ。
「…お前の」
「ん?」
「お前の、城内での行動の制限を解く。ただし勝手に城外には出るな」
「うそっ!いいの?」
○は衝立から身を乗り出す。
「逃げだすことはしないだろうという…判断だ」
それを聞いて喜ぶ○。
「そうそう、城内なら好きに行動していいって言うなら、一つお願いがあるんだけど」
「なんだ」
「部屋、移っていい?ここ狭いし…あなたがいるから男を連れ込めないのよね」
趙雲は一瞬だけまばたきを忘れた。
(……男を連れ込む……?)
「……却下だ」
「あらぁ、どうして?“好きに行動していい”って言ったのは趙雲でしょう?」
「それは、職務に支障のない範囲での話だ。男を部屋に入れる為ではない」
感情を抑えようとしているが、声音にわずかに力がこもる。
○は眉を上げる。
「誰にもバレない様にするわよ。それに自室なら誰を連れ込もうと自由じゃない?」
「──許可しない」
「じゃあ逆に……趙雲は女の子を連れ込めなくてもいいの?」
わざと無邪気な声音で言いながら、その目は完全に人の心の揺れを測っている。
「×殿とか可愛いじゃない。あの人が来たいって言ってきても、私がいるからここじゃ無理よねぇ?私は構わないけど」
それに関しては全くの無視を決め込む。
○は「うーん」と唸って衝立をトントン指でたたく。
「もし趙雲が“相手してくれる”なら……我慢してあげるわよ?前にも言ったけど…貴方のお顔と身体には興味があるの」
言葉は柔らかく、しかし明らかに誘惑の温度を含んでいる。
いつもよりわずかに長い沈黙の後、趙雲は淡々と返した。
「……私を揺さぶっても、その手は通じぬと言ったはずだ」
「揺さぶってるように見える?」
「見える。はっきりとな」
「全くその気はないの?」
「当然だ。……任務のために連れてきた者を、軽々しく相手にするほど愚かでも暇でもない」
○は拗ねたように趙雲を見る。
「ほんと、失礼よねぇ」
それだけ言い残して衝立の向こうに消えた。
○は布団から勢いよく上半身を起こした。
「んー!よく寝た!復活!」
満面の笑みで立ち上がり、軽くその場で足踏みし、脇腹を押さえて軽く屈伸までしてみせる。
寝落ちしていた馬超は目をむいた。
「おい、お前、馬鹿!!昨日の傷でそんな動きできるはずが…」
「私はできるのよ。少し痛いけど、このくらいの痛みなら大丈夫。怪我しても2日以上寝込んだら命取りだったから慣れてるの」
「2日で動くような怪我じゃないだろう!無茶するなよ!」
○は肩をすくめた。
「仕方ないでしょ?怪我してないってことになってるのに、何日も休んだら怪しまれるじゃない」
「いや、×殿に見られてるからバレてると思うが…」
「でも重症度は知られていないわけだし」
もう何を言っても聞かない○に、馬超は頭を掻きむしった。
馬超と二人で廊下を歩いていると、数人の兵士がひそひそと話す声が聞こえてきた。
ー昨日もずっと一緒だったらしいー
ーやっぱり、趙雲殿と×殿ってさ…もう恋仲なんじゃねぇの?ー
○は面白そうにその噂話を聞く。
「おい、聞くなよ。噂話なんて」
「身内の惚れた腫れた話ほど楽しいものってないじゃない。こういう閉鎖的な空間での一番の娯楽だわ」
「お前、女官と話が合いそうだな」
「あの人たちは私の噂も大好きだから仲間に入れてくれないの」
昨日の一件があってからか、○の馬超にたいする警戒心もなくなり、二人は気軽な会話を交わしながら鍛錬場に向かった。
趙雲は鍛錬場に向かっていた。
もう身体は全快だ。
すると遠くで低い声が交わされた。
ーやっぱり、趙雲殿と付き合ってるって話、本当なんじゃねぇのかー
ー泣いて駆け寄ったってあれか?ー
趙雲は静かに歩み寄った。
噂話をしていた二人の兵士は慌てて姿勢を正す。
「お、おはようございます、趙雲殿!」
「今の話だが。妙な噂は控えよ」
声は穏やかで、叱責でも怒気でもない。
ただ、淡々と否定する。
「×殿とは軍務上の付き合いにすぎぬ。誤解なきように」
兵士たちがほっとしたように頭を下げ、その場を去っていく。
再び歩き出したはずの足は、どこかぎこちない。
噂など放っておけばいい。
取り立てて訂正する必要はない。
今までもそうだった。
(×殿は良き文官だ。誠実で、信頼できる。それは事実だ。しかし…)
恋仲だと言われることには違和感があった。
×の健気さ、誠実さ。
あの夜の優しい看病。
それは嬉しかったはずなのに、胸の奥に妙な綻びがある。
しかし言語化できない。
噂話を振り払うように、趙雲は鍛錬場へ足を向けた。
鍛錬場につくと、人だかりができていた。
(……何事だ?)
歩みを早めると、中心にいたのは○だった。
周囲の兵士たちは口々に声をかけている。
「副官殿、本当に大丈夫なのですか!?」
「怪我をしたと噂が流れてて…!」
「どうなんですか!」
○はため息交じりに笑った。
「みんな大げさねぇ。ほら、こんなに元気よ?心配してくれてありがと」
軽く片脚で跳ねて見せ、脇腹を押さえる仕草すらしていない。
ざわつく兵士たち。
安堵する者、頬を赤らめる者までいる。
「……○」
その声が人垣を割った。
兵士たちが姿勢を正し道を開く。
○は振り返った。
いつもの挑発めいた笑みを浮かべ、軽く手をひらりと振る。
「おはよう、隊ちょ…、趙雲。みんな、私が怪我したって大騒ぎするのよ。何ともないって言ってやってよ」
無傷を主張する裏に隠された痛みを、趙雲だけは見抜いていた。
(……歩く際の重心がわずかに右へ逃げている。脇腹を無意識に庇っているな。まだ痛むのか)
「無茶をするなと言ったはずだ」
「まあ多少疲れたけど…怪我したわけじゃないし、一日休んだから大丈夫よ」
にこり、と笑うが、その裏で呼吸はわずかに浅い。
趙雲は唇を引き結んだ。
(……逃げる気はないのだろう。だが…)
言葉にならない感情が胸を掠める。
兵士たちのざわめき。
その中心に立つ彼女は、いつも通りに華やかで、明るくて…どこか危うい。
「今日は休め。命令だ。部屋で寝ていろ」
「ええっ」
不満げに唇を尖らせるが、従う気配はある。
それを見届けたあと、趙雲は踵を返し鍛錬に向かった。
趙雲が鍛錬を終え、夕餉も終わり、自室の戸を開けた時。
ふわりと空気が違った。
(……気配がある)
思わず足が止まる。
ここは本来、自分だけが使っていた空間。
昨日は無音だった部屋が、今はかすかに人の温度を感じる。
(戻ってきている)
不思議な感覚だった。
“いないはずの者がいる安堵”と、“いることによる落ち着かなさ”が同時に胸に立つ。
中に入り、衝立の向こうを覗く。
布団は敷かれ、整えられていたが人影はない。
(不在か?いや、気配は確かに…)
「──人の部屋を覗くなんて。いいご趣味ね、趙雲」
背後からの声に、趙雲は振り返る。
そこに立っていた○は壁にもたれ、腕を組んで微笑んでいた。
「そんなに気になる?私がどこにいるのか」
挑発の色を含んだ声音。
だが、その目はよくよく見ると少しだけ疲れているようだ。
「……戻ったのか」
「あなたが戻れって言ったんじゃない」
○はくすりと笑った。
「で?衝立の向こうを覗いて……何か楽しいものでも見えた?」
「そういう意図ではない」
「じゃあ、どんな意図?聞きたいナ」
返す言葉に詰まる。
“気配を確かめたかった”
“無事かどうか確認したかった”
そう言えばいいのに、なぜか言葉が喉に留まる。
○は歩み寄り、趙雲との距離を詰めた。
「私を気にしてくれたのなら嬉しいんだけど…違った?」
挑発にも、誘惑にも、本音にも聞こえる声でそう言うと、○は寝台へ向かい、痛む脇腹を庇いながらゆっくりと身体を横たえた。
布団がわずかに擦れる音。
普段なら立てることのない物音。
それだけで、趙雲には彼女が本調子ではないことが分かった。
(……無理をしているな)
目線だけ向けて、言葉にはしない。
○は寝台の上で息を整えながら趙雲に話しかける。
「ねえ、趙雲。噂、聞いたわよ。あなたと×殿が恋仲だって」
茶化すように話す○。
「抜け目ないわね。人には男を連れ込むなって言っておいて…狡くない?」
趙雲は静かに返した。
「くだらぬ噂だ。軍務上の話をしていただけでも、すぐに妙な噂をたてる」
「そう?医務室で一晩中二人きりだったって話もかなり知れ渡ってたけど。なにもなかったの?」
「……人のことが言えるのか」
○の動きが止まった。
「馬超殿の房で、あれほど無防備に眠っておいて」
淡々とした声音だったが、言葉の奥底には“言わずにいられなかった”という空気がある。
「ん?どうして知ってるの?馬超しか知らないのに…まさかお見舞いにでも来てくれたの?」
「…。とにかく、私は×殿と、噂を立てられるようなことはなにもしていない。仕事の話をしていただけだ」
○はゆっくりと微笑み、寝台の上で体勢を変えた。
「そう。でも私、馬超とはしたわよ?」
「……何をだ」
「口づけ」
その瞬間も趙雲の表情は変わらない。
まるで風が吹いた程度の反応すらない。
「……そうか」
感情の色がない。
何も感じていない空気に、○はつまらなそうに伏せていた目をゆっくりと上げる。
「嘘よ。馬超もなかなか手ごわくて、”怪我して動けない女にそんな事しない”ですって。…安心した?」
趙雲の胸に、言葉にできないざわめきが走った。
「おかしな嘘をつくな」
○はフフッと笑うだけ。
外では兵士が行き交う音がするのに、ここだけ切り取られたように静かで、息が詰まるような空気。
しかしそれを中断させたのは趙雲だ。
「…お前の」
「ん?」
「お前の、城内での行動の制限を解く。ただし勝手に城外には出るな」
「うそっ!いいの?」
○は衝立から身を乗り出す。
「逃げだすことはしないだろうという…判断だ」
それを聞いて喜ぶ○。
「そうそう、城内なら好きに行動していいって言うなら、一つお願いがあるんだけど」
「なんだ」
「部屋、移っていい?ここ狭いし…あなたがいるから男を連れ込めないのよね」
趙雲は一瞬だけまばたきを忘れた。
(……男を連れ込む……?)
「……却下だ」
「あらぁ、どうして?“好きに行動していい”って言ったのは趙雲でしょう?」
「それは、職務に支障のない範囲での話だ。男を部屋に入れる為ではない」
感情を抑えようとしているが、声音にわずかに力がこもる。
○は眉を上げる。
「誰にもバレない様にするわよ。それに自室なら誰を連れ込もうと自由じゃない?」
「──許可しない」
「じゃあ逆に……趙雲は女の子を連れ込めなくてもいいの?」
わざと無邪気な声音で言いながら、その目は完全に人の心の揺れを測っている。
「×殿とか可愛いじゃない。あの人が来たいって言ってきても、私がいるからここじゃ無理よねぇ?私は構わないけど」
それに関しては全くの無視を決め込む。
○は「うーん」と唸って衝立をトントン指でたたく。
「もし趙雲が“相手してくれる”なら……我慢してあげるわよ?前にも言ったけど…貴方のお顔と身体には興味があるの」
言葉は柔らかく、しかし明らかに誘惑の温度を含んでいる。
いつもよりわずかに長い沈黙の後、趙雲は淡々と返した。
「……私を揺さぶっても、その手は通じぬと言ったはずだ」
「揺さぶってるように見える?」
「見える。はっきりとな」
「全くその気はないの?」
「当然だ。……任務のために連れてきた者を、軽々しく相手にするほど愚かでも暇でもない」
○は拗ねたように趙雲を見る。
「ほんと、失礼よねぇ」
それだけ言い残して衝立の向こうに消えた。