本編【序章~15話】
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馬超は趙雲を追う形で城下にいた。
○に「趙雲には言うな」と言われたのに、話してしまったのもある。
昨夜彼女を見つけた感じ、目立たない所を歩いていると考えた馬超は、城下の裏通りで人目の少ない細道を探した。
すると、壁にもたれて座る影が見えた。
「……○?」
顔を上げた彼女は、皮肉を含んだ笑みを返す。
「まぁ、馬超。私を見つけるのが上手いのね」
だが、その笑みの裏で明らかに呼吸が乱れている。
うっすらと汗をかいている。
馬超はすぐに察した。
「まだ怪我が痛むんだな?やはり医者に…」
「医者には行かないって言ったでしょう?誰にも言うなって、言ったはずよ」
その言葉に目をそらす馬超。
その反応だけで、○は全て理解した。
○は痛みに顔をしかめながら立ち上がり、馬超の胸倉を掴む。
「言ったの…?」
「ああ、いや、まあ」
「ちょっと!あなたにとって"約束"ってなに!?昨日の今日でもう言っちゃったの!?」
「いや、だってお前…趙雲も心配してた様だし」
「知らないの一点張りでよかったじゃない!誰かに話して治るものでもなし!」
「ぐったりしてたし心配だったんだよ!」
「だからってねえ!…あたたたっ」
互いに声が大きくなる。
「俺だって心配したんだよ!!あんな縫い方して、血だらけで、何回呼んでも目を覚まさないし…」
その時だった。
二人の怒声が響いたせいで、近くの通りから趙雲と×が現れた。
「……あれは?」
「……○」
”あんな縫い方”、”血だらけ”、”何回呼んでも目を覚まさない”と聞こえた趙雲は顔をしかめている。
「まずいわね…逃げっ、」
逃げようと数歩走った○の脇腹に鋭い痛みが走る。
「っ……!」
足元が崩れ、膝をついた。
「○!」
趙雲が即座に駆け寄ろうとした。
しかし、その袖を×がぎゅっと掴んだ。
「……お待ちください。近づくのは、危険です」
それは嫉妬ではなく、×なりの正しさだった。
“あの女は危険だ”
“罠かもしれない”
その全てが混じった言葉。
趙雲の足が止まる。
その隙に馬超が駆け寄る。
○の脇に膝をついた。
「おい!大丈夫か!」
「触らないでってば…シッ、シッ」
手で馬超を遠ざけようと押すが、彼はその手を振り払った。
「バカ言え!立てないだろ!」
ためらいなく抱き上げる。
趙雲の手は、まだ×に掴まれたまま。
「……馬超殿」
「悪い、趙雲。コイツの意思で医者には連れていかない。しかしこのまま放っとくわけにもいかん。城に連れて帰っとくから安心してくれ!」
馬超は○を抱いたまま城へ向かって駆け出した。
趙雲はその後姿を見つめ、胸の奥に形容しがたい痛みが走る。
馬超が○を連れて行ったのは、戦の合間に使う簡素な自身の部屋だった。
戦がなければ使われることのない長屋で、誰も来ないし誰にも見られない個室だ。
扉を蹴るように開けて、○を布団にそっと横たえた。
「……ここなら誰も来ないぞ。とりあえず横になれ」
○の顔は紙の様に白く、痛みに強張っている。
馬超は痛がる顔を、さっきの怒鳴り合いで見抜けなかった自分に苛立ちを覚える。
水差しと布を持ってきた。
「脇腹……見せられるか?無茶言って悪いが、傷が開いてたら大変だ」
だが、○はわずかに首を振る。
「大丈夫。もう……縫ったし」
「“もう”じゃないだろ……!」
怒声は出さない。
出したら、彼女はまた逃げるように笑うだろうから。
馬超は勝手に○の服を少し捲って傷を見る。
開いてはいないし、ジュクジュクもしていない。
しかしまだまだ腫れている。
馬超はそっと座り込んだ。
「……しばらくここにいろ。落ち着くまで動くな。俺が見張ってるし、欲しいものがあれば言え。持ってくる」
○を布団へ横たえた後、馬超は部屋の隅で腕を組み、落ち着かない様子で部屋を少しうろつく。
「水、飲めるか?」
「ん……ちょっと貰おうかな」
いつものような声。
だが、水を受け取る手が震えていた。
馬超は咄嗟に手を添える。
「ありがと」
いつもの茶化す声音ではなく、疲れ切った弱い声に馬超は息を呑んだ。
(……相当辛そうだな)
○は脇腹の痛みに眉を寄せ、無理に笑おうとしたが、すぐに表情が崩れた。
「ねぇ、馬超…縫い目、見たでしょ?あんまり綺麗じゃないわよね。昨日…慌ててやったせいかしら」
「綺麗とか雑とかの問題じゃなく、あんな傷、ひとりで縫うもんじゃない。気合入りすぎだろ、お前。そこらの男より漢だ」
「ふふ……褒めてるの?」
「褒めてるよ。俺には意地だけであそこまでできん」
「馬超みたいな真っ直ぐな人、私の周りにいなかったわ」
「趙雲なんて、まさにその典型だろうに」
「ははっ…、あの人は~…ちょっと違わない?」
そう言ったあと、○のまぶたがゆっくりと落ちていく。
眠気で呂律が甘くなる。
「馬超、…心配した?」
「そりゃあな」
「人に…”ちゃんと”心配されたのなんて…子供の時ぶりかしら」
その時、○はいつもの妖艶な笑みでも、挑発的な目元でもなく。
ごく素朴に、年相応に微笑んだ。
「心配されるの……悪くないわね。水って言えば出してくれるんでしょ?我儘言い放題だわ。次は肩でも揉んでもらおうかしら」
その顔に、馬超の心が一瞬止まる。
○はそのまま眠りに落ちた。
馬超はしばらく動けずにいた。
部屋の外。
城内の廊下を歩いていた趙雲は足を止めた。
(馬超殿の房は…こちらか)
城の中を探しても馬超がいなかった為、彼がここを選んだ理由と同じ理由で、趙雲は彼らの居場所をつきとめた。
馬超の房の前に立ち、静かに耳を澄ませる。
中から人の気配がする。
「馬超殿。私だ……入るぞ」
戸を開けると、部屋の中から馬超が驚いたように振り返る。
趙雲の顔を見ると、「静かにしてやってくれ」と呟いた。
趙雲の目はその先へ向かう。
薄い布団の上で○が静かに眠っていた。
脇腹に手を添え、眉を寄せているものの、その顔はいつもの妖艶さや挑発の影すらない。
傷が痛むのか、肩で軽く息をしている。
乱れた髪が頬に落ち、緊張の抜けた柔らかな表情。
その姿は、普段とは別人の様だ。
趙雲は無意識に息を浅くした。
(…これは、何だ)
心配か?
怒りか?
失望か?
苛立ちか?
どれにも当てはまらず答えが出ない。
馬超は趙雲を見ると、声を抑えて話しかけてきた。
「悪い、趙雲。医者には行ってない。俺の判断だ」
趙雲はゆっくり馬超へ視線を移した。
「……理由は?」
馬超は言いにくそうに視線を逸らす。
「○が…“誰にも言うな”って言うものでな。本当はお前にも言うなと言われていたから随分怒られた」
「……そうか」
馬超の判断は理解できる。
再び視線を向けると、○は少し眠りの深さを変えたのかわずかに額が緩む。
「怪我の程度は」
「脇腹を切っている。見た所、縫い目は荒い。…自分で縫ってたからな。でも患部は焼いてあって血も止まってる」
「そうか」
穏やかな声を出すが、自分の声ではないような感覚。
「…しばらく俺が見てる。ほっとくと無茶するからな」
「頼む。なにかあれば報告してほしい」
戸に手をかけ、部屋を出ようとした時、ふいに振り返ってしまった。
寝息を立てる○。
その脇で、腕を組んで座る馬超。
その光景に、何故か胸が締め付けられた。
趙雲が部屋を出ていき、足音が遠ざかる。
その直後。
「ねぇ、馬超。趙雲、帰った?」
「うおっ!?」
○はゆっくり目を開け、眠たげな声で尋ねた。
「お、お前……起きてたのか!?」
「ふふ、馬超って驚き方が可愛いわね。…私の怪我の程度の話をしてる辺りで目が覚めたけど、起きたらうるさく言われるかと思って寝たふりしてたの」
○は痛む脇腹を手で押さえながらも、妙な余裕を崩さない。
馬超は呆れたように微笑む。
「でもね、眠いのは本当なの。痛みで疲れちゃったみたい」
「そりゃそうだろ。あんな傷で街を歩くなよ。そもそもあんな路地裏で倒れたら大変な事になっていたぞ」
「大丈夫なの、私は。自分の身体がどの程度頑張れるか知ってるから」
「知っててもやりすぎなんだよ……」
○は布団を軽く引き寄せながら、とろりとした目つきで馬超を眺めた。
「ねぇ馬超」
「なんだよ」
「私、なにもお礼しなくていいの?」
「は?」
「身体は動かせないけど…口でスるとか」
「はああっ!?」
馬超は椅子から転げ落ちそうになった。
「馬鹿言うな!なんでそうなるんだよ!」
「お世話になったし、馬超ならいいかなって」
「そ、そんな理由で…!?お、俺はそんな事しない!ましてや怪我をして弱っている人間に!」
○はくつくつと笑った。
「怪我して気持ちが弱ってるからそんな事を考えるんだ。ちゃんと治して、それでも…」
「ん?」
「いや、いい。お前の冗談はタチが悪い。そりゃそんなこと毎日言ってりゃ趙雲も怒るだろうな」
フン、と鼻息荒く椅子に座り直した馬超に、○の声が少しだけ柔らかくなる。
「……あなたは本当に優しいのね。見返りを求めないなんて」
「何か言ったか?」
「もう寝るって言ったの。起こさないでね…馬超」
いつもと違うその声に馬超は言葉が出ず、ただ○を見つめた。
○が再び眠りに落ちたあと、部屋はしん、と静まり返った。
馬超は椅子に腰を下ろしたまま、腕を組んで彼女を見つめていた。
(冗談ばかり言って、意地張って人を振り回して……ほんと、困った奴だよ)
○の寝顔には、さっきまでの軽薄さや挑発の影がない。
無防備で、弱くて、放っておけない。
布団から伸びた腕は細く、手の甲に傷がいくつもある。
兵士のそれとは違う。
(趙雲はこいつをどこから拾ってきたんだ?兵士には見えないし…どこに落ちてるんだ、こんなの)
馬超は○に布団をかけ直すと、また椅子に座って暇つぶしに書物を広げた。
○に「趙雲には言うな」と言われたのに、話してしまったのもある。
昨夜彼女を見つけた感じ、目立たない所を歩いていると考えた馬超は、城下の裏通りで人目の少ない細道を探した。
すると、壁にもたれて座る影が見えた。
「……○?」
顔を上げた彼女は、皮肉を含んだ笑みを返す。
「まぁ、馬超。私を見つけるのが上手いのね」
だが、その笑みの裏で明らかに呼吸が乱れている。
うっすらと汗をかいている。
馬超はすぐに察した。
「まだ怪我が痛むんだな?やはり医者に…」
「医者には行かないって言ったでしょう?誰にも言うなって、言ったはずよ」
その言葉に目をそらす馬超。
その反応だけで、○は全て理解した。
○は痛みに顔をしかめながら立ち上がり、馬超の胸倉を掴む。
「言ったの…?」
「ああ、いや、まあ」
「ちょっと!あなたにとって"約束"ってなに!?昨日の今日でもう言っちゃったの!?」
「いや、だってお前…趙雲も心配してた様だし」
「知らないの一点張りでよかったじゃない!誰かに話して治るものでもなし!」
「ぐったりしてたし心配だったんだよ!」
「だからってねえ!…あたたたっ」
互いに声が大きくなる。
「俺だって心配したんだよ!!あんな縫い方して、血だらけで、何回呼んでも目を覚まさないし…」
その時だった。
二人の怒声が響いたせいで、近くの通りから趙雲と×が現れた。
「……あれは?」
「……○」
”あんな縫い方”、”血だらけ”、”何回呼んでも目を覚まさない”と聞こえた趙雲は顔をしかめている。
「まずいわね…逃げっ、」
逃げようと数歩走った○の脇腹に鋭い痛みが走る。
「っ……!」
足元が崩れ、膝をついた。
「○!」
趙雲が即座に駆け寄ろうとした。
しかし、その袖を×がぎゅっと掴んだ。
「……お待ちください。近づくのは、危険です」
それは嫉妬ではなく、×なりの正しさだった。
“あの女は危険だ”
“罠かもしれない”
その全てが混じった言葉。
趙雲の足が止まる。
その隙に馬超が駆け寄る。
○の脇に膝をついた。
「おい!大丈夫か!」
「触らないでってば…シッ、シッ」
手で馬超を遠ざけようと押すが、彼はその手を振り払った。
「バカ言え!立てないだろ!」
ためらいなく抱き上げる。
趙雲の手は、まだ×に掴まれたまま。
「……馬超殿」
「悪い、趙雲。コイツの意思で医者には連れていかない。しかしこのまま放っとくわけにもいかん。城に連れて帰っとくから安心してくれ!」
馬超は○を抱いたまま城へ向かって駆け出した。
趙雲はその後姿を見つめ、胸の奥に形容しがたい痛みが走る。
馬超が○を連れて行ったのは、戦の合間に使う簡素な自身の部屋だった。
戦がなければ使われることのない長屋で、誰も来ないし誰にも見られない個室だ。
扉を蹴るように開けて、○を布団にそっと横たえた。
「……ここなら誰も来ないぞ。とりあえず横になれ」
○の顔は紙の様に白く、痛みに強張っている。
馬超は痛がる顔を、さっきの怒鳴り合いで見抜けなかった自分に苛立ちを覚える。
水差しと布を持ってきた。
「脇腹……見せられるか?無茶言って悪いが、傷が開いてたら大変だ」
だが、○はわずかに首を振る。
「大丈夫。もう……縫ったし」
「“もう”じゃないだろ……!」
怒声は出さない。
出したら、彼女はまた逃げるように笑うだろうから。
馬超は勝手に○の服を少し捲って傷を見る。
開いてはいないし、ジュクジュクもしていない。
しかしまだまだ腫れている。
馬超はそっと座り込んだ。
「……しばらくここにいろ。落ち着くまで動くな。俺が見張ってるし、欲しいものがあれば言え。持ってくる」
○を布団へ横たえた後、馬超は部屋の隅で腕を組み、落ち着かない様子で部屋を少しうろつく。
「水、飲めるか?」
「ん……ちょっと貰おうかな」
いつものような声。
だが、水を受け取る手が震えていた。
馬超は咄嗟に手を添える。
「ありがと」
いつもの茶化す声音ではなく、疲れ切った弱い声に馬超は息を呑んだ。
(……相当辛そうだな)
○は脇腹の痛みに眉を寄せ、無理に笑おうとしたが、すぐに表情が崩れた。
「ねぇ、馬超…縫い目、見たでしょ?あんまり綺麗じゃないわよね。昨日…慌ててやったせいかしら」
「綺麗とか雑とかの問題じゃなく、あんな傷、ひとりで縫うもんじゃない。気合入りすぎだろ、お前。そこらの男より漢だ」
「ふふ……褒めてるの?」
「褒めてるよ。俺には意地だけであそこまでできん」
「馬超みたいな真っ直ぐな人、私の周りにいなかったわ」
「趙雲なんて、まさにその典型だろうに」
「ははっ…、あの人は~…ちょっと違わない?」
そう言ったあと、○のまぶたがゆっくりと落ちていく。
眠気で呂律が甘くなる。
「馬超、…心配した?」
「そりゃあな」
「人に…”ちゃんと”心配されたのなんて…子供の時ぶりかしら」
その時、○はいつもの妖艶な笑みでも、挑発的な目元でもなく。
ごく素朴に、年相応に微笑んだ。
「心配されるの……悪くないわね。水って言えば出してくれるんでしょ?我儘言い放題だわ。次は肩でも揉んでもらおうかしら」
その顔に、馬超の心が一瞬止まる。
○はそのまま眠りに落ちた。
馬超はしばらく動けずにいた。
部屋の外。
城内の廊下を歩いていた趙雲は足を止めた。
(馬超殿の房は…こちらか)
城の中を探しても馬超がいなかった為、彼がここを選んだ理由と同じ理由で、趙雲は彼らの居場所をつきとめた。
馬超の房の前に立ち、静かに耳を澄ませる。
中から人の気配がする。
「馬超殿。私だ……入るぞ」
戸を開けると、部屋の中から馬超が驚いたように振り返る。
趙雲の顔を見ると、「静かにしてやってくれ」と呟いた。
趙雲の目はその先へ向かう。
薄い布団の上で○が静かに眠っていた。
脇腹に手を添え、眉を寄せているものの、その顔はいつもの妖艶さや挑発の影すらない。
傷が痛むのか、肩で軽く息をしている。
乱れた髪が頬に落ち、緊張の抜けた柔らかな表情。
その姿は、普段とは別人の様だ。
趙雲は無意識に息を浅くした。
(…これは、何だ)
心配か?
怒りか?
失望か?
苛立ちか?
どれにも当てはまらず答えが出ない。
馬超は趙雲を見ると、声を抑えて話しかけてきた。
「悪い、趙雲。医者には行ってない。俺の判断だ」
趙雲はゆっくり馬超へ視線を移した。
「……理由は?」
馬超は言いにくそうに視線を逸らす。
「○が…“誰にも言うな”って言うものでな。本当はお前にも言うなと言われていたから随分怒られた」
「……そうか」
馬超の判断は理解できる。
再び視線を向けると、○は少し眠りの深さを変えたのかわずかに額が緩む。
「怪我の程度は」
「脇腹を切っている。見た所、縫い目は荒い。…自分で縫ってたからな。でも患部は焼いてあって血も止まってる」
「そうか」
穏やかな声を出すが、自分の声ではないような感覚。
「…しばらく俺が見てる。ほっとくと無茶するからな」
「頼む。なにかあれば報告してほしい」
戸に手をかけ、部屋を出ようとした時、ふいに振り返ってしまった。
寝息を立てる○。
その脇で、腕を組んで座る馬超。
その光景に、何故か胸が締め付けられた。
趙雲が部屋を出ていき、足音が遠ざかる。
その直後。
「ねぇ、馬超。趙雲、帰った?」
「うおっ!?」
○はゆっくり目を開け、眠たげな声で尋ねた。
「お、お前……起きてたのか!?」
「ふふ、馬超って驚き方が可愛いわね。…私の怪我の程度の話をしてる辺りで目が覚めたけど、起きたらうるさく言われるかと思って寝たふりしてたの」
○は痛む脇腹を手で押さえながらも、妙な余裕を崩さない。
馬超は呆れたように微笑む。
「でもね、眠いのは本当なの。痛みで疲れちゃったみたい」
「そりゃそうだろ。あんな傷で街を歩くなよ。そもそもあんな路地裏で倒れたら大変な事になっていたぞ」
「大丈夫なの、私は。自分の身体がどの程度頑張れるか知ってるから」
「知っててもやりすぎなんだよ……」
○は布団を軽く引き寄せながら、とろりとした目つきで馬超を眺めた。
「ねぇ馬超」
「なんだよ」
「私、なにもお礼しなくていいの?」
「は?」
「身体は動かせないけど…口でスるとか」
「はああっ!?」
馬超は椅子から転げ落ちそうになった。
「馬鹿言うな!なんでそうなるんだよ!」
「お世話になったし、馬超ならいいかなって」
「そ、そんな理由で…!?お、俺はそんな事しない!ましてや怪我をして弱っている人間に!」
○はくつくつと笑った。
「怪我して気持ちが弱ってるからそんな事を考えるんだ。ちゃんと治して、それでも…」
「ん?」
「いや、いい。お前の冗談はタチが悪い。そりゃそんなこと毎日言ってりゃ趙雲も怒るだろうな」
フン、と鼻息荒く椅子に座り直した馬超に、○の声が少しだけ柔らかくなる。
「……あなたは本当に優しいのね。見返りを求めないなんて」
「何か言ったか?」
「もう寝るって言ったの。起こさないでね…馬超」
いつもと違うその声に馬超は言葉が出ず、ただ○を見つめた。
○が再び眠りに落ちたあと、部屋はしん、と静まり返った。
馬超は椅子に腰を下ろしたまま、腕を組んで彼女を見つめていた。
(冗談ばかり言って、意地張って人を振り回して……ほんと、困った奴だよ)
○の寝顔には、さっきまでの軽薄さや挑発の影がない。
無防備で、弱くて、放っておけない。
布団から伸びた腕は細く、手の甲に傷がいくつもある。
兵士のそれとは違う。
(趙雲はこいつをどこから拾ってきたんだ?兵士には見えないし…どこに落ちてるんだ、こんなの)
馬超は○に布団をかけ直すと、また椅子に座って暇つぶしに書物を広げた。