本編【序章~15話】
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○は鍛錬場の端で腕を組む。
(相当慌ててたのね…)
思えばここに来て初めて自由に行動することを許された。
鍛錬場にいろと指定はされているが、こちらに構う余裕がなかったように見える。
(弱点は×殿かしら…うーん!でもあの子じゃ弱いと思うのよね…)
なんとかして趙雲の気の緩みを見つけ、小刀を奪って逃げたい。
そんな事を考えていると、手合わせしよう!と言いながら模擬刀を持ってくる馬超が見えた。
その馬超の懐から何かが落ちる。
それは転がって○の方に落ちた。
大事そうに布に包まれていたが、落下した拍子に中身が転がる。
○はそれを拾いあげた。
(…ん?珍しい)
思わずそれに見入った。
羌族の伝統的装飾具。
馬超の故郷にゆかりのある、武将が持っていても不思議ではない貴重品だ。
「悪いな、拾ってもらって。この後、手入れをしようと思って持っていたんだ」
そう言って手を差し出す馬超。
もう片方の手には布の袋を持っており、中には何か光るものが見えた。
「ちょっとそれ…」
布の袋を指さすと、馬超は無造作に中を見せる。
「ああ。故郷を出る時に持ってきていたんだが、ずっと手入れをしていなくてな」
「見せて」
○は駆け寄った。
袋の中には古い金具のついた馬具の装飾が入っている。
青銅の細工が見事で、現地の工房の特徴がそのまま残っている。
「まあ!これ、羌族のものよね?」
馬超の目が驚きで丸くなる。
「お前、よく分かったな!」
○はその装飾具を手に取り、光に透かし、文様を見て即座に言った。
「この線の入り方、馬超の故郷の職人の癖よね。あとほら、この縁の打ち方。戦用じゃなくて、儀礼用の装飾品?」
「お前、本当に何者だ?」
「私、こういうのが好きなの。…ん?ねえ、ちょっとこれどんな手入れしてたの?」
「え?いや、ここの溝の詰まりが取れなくてな。その内に錆びてきた」
なるほど、完全に手入れの仕方を間違えている。
○は眉間に皺を寄せた。
「ははぁ…ダメよ、その磨き方じゃあ。青銅は“こすれば良い”ってわけじゃないの」
「そ、そうなのか?」
○は懐から、小さな瓶を取り出した。
「これ。私が調合した洗浄液なの。これを使うと、青銅が息を吹き返すのよ?」
「息…?」
「そう。この子たちは呼吸してるの」
そういうと鍛錬場の縁側に座って、瓶の液を指に少し付け、装飾具の文様に沿って丁寧に塗り込む。
指先が青銅の表面をすべり、じわりと光沢がよみがえる。
「ほら……まだまだすっごく綺麗でしょう?」
光を反射して輝く青銅具。
さっきまでくすんでいたのが嘘みたいに息を吹き返した。
「この子も喜んでるわ。大事にしてあげなくちゃ。汚れている方が価値がある物も多いけど、これは祭具だから綺麗にしておかないとね」
馬超の目が大きく見開かれた。
その表情は、驚きよりも、もっと深いところに触れた時のもの。
「……これは、俺が……曹操に敗れて放浪することになった頃…最後に持ち出した故郷のものだ」
その声は、普段の明るさとは違う静かな熱を帯びていた。
「羌族の友人が作ってくれた。もう…あそこには戻れない。だからこそ、大事にしてきたんだが……」
装飾具を拾う馬超の手に、僅かな震えが見える。
○は手拭いで汚れた指先を拭く。
「こんなふうに扱ってもらえたのは…本当に…嬉しい!」
突然、馬超の大きな手が○の肩を掴んだ。
何度も何度もお礼を言われる。
その様子に○は(これは味方にできる…)と内心微笑む。
「涼州の文化は興味深いわ。本当に綺麗なものが多いもの」
「そうだろう!あの土地の職人は、本当に誇り高い!おお……なんだか嬉しいな…!」
馬超は○の手を両手で握ると何度もうなずく。
「馬超って、こういう話が好きなの?」
「大好きだとも!故郷の品はまだあるぞ!」
そう言ってまだ何か出そうとする馬超に、懐柔するつもりだっただけの○も思わず食いつく。
(他にも?まだあるの?)
彼は少年のように嬉しそうな顔で、次々と骨董品を取り出した。
そのどれもが、あの地域の工房の名残が残る“正真正銘の逸品”。
「ねぇ、それ……本物?こんな状態の良いもの、初めて見たわ」
「分かるのか!?」
「ええ。ここの工房の打刻は、縁の厚みと線の走りで分かるの」
「そうそう!あそこの職人は、縁だけ少し厚くするんだ!強度を増すためらしい!」
この手の話で自分に被せ気味に話してくる人間は初めてで、思わず○は馬超を見る。
「あなた、思ってたよりずっと詳しいわね」
「そりゃあ、故郷の誇りだからな!こういった品々は国の歴史を語る、素晴らしいものだ!」
○の胸が高鳴る。
(この手の人間…大好き)
自慢と誇りと想いが混ざった語りで、純粋に話してくれる素朴さ。
「あ、こっちは…祭礼用の儀式で使うものよね。これも初めて見たわ」
「ああ。子供の頃はこれを被って踊るんだ!悪戯でかぶって、父上に怒られてなぁ」
「そういうの、もっと聞きたいわ。ちょっと後学の為に控えてもいい?」
「いくらでも話してやる!」
○は紙を出してきて、馬超の骨董品の絵を描く。
聞いた話を絵に注釈を入れていく。
二人の距離は自然に近づき、膝が触れるくらいになっていた。
馬超は○の描いている絵を覗き込むと、「お前、絵、うまいな」と褒めた。
二人は、趙雲が鍛錬所に入ってきていることも気づかずに会話に熱中していた。
馬超が次の骨董品を取り出し、「なあ、これは分かるか?」と尋ねて。
「ん…どれどれ?」と、○が身を乗り出して鑑定する。
二人は盛り上がっていた。
距離も近く、周囲の視線も気にしていない。
「──馬超殿」
背後から、氷のように冷たい声が落ちてきた。
二人が同時に振り返ると、そこには趙雲が立っていた。
表情は平常通り。
しかし、声の温度がまるで違う。
「訓練に来たのではないのか」
「あ……あぁ、悪い、趙雲!つい……!○が凄く武具に詳しくてな!」
馬超の反応は分かりやすい。
怒られた犬のように慌てて背筋を伸ばす。
だが趙雲の視線は馬超だけでなく、○にも向けられていた。
「馬超って骨董品の理解があるのよ。私と骨董品に対する気持ちが凄く近いの」
そう言った○は、趙雲を観察する。
“距離を置け”
“気を散らすな”
“軍規を乱すな”
そういう意味の視線だ。
最近は薄れていたこの手の視線がまた始まった感じ。
(○殿となにかあったのかしら。私に”厳しくしてます”って周囲に見せつけるような態度)
その変化が○には面白い。
「二人とも。続きは任務外でやれ。今は鍛錬の時間だ」
「分かったよ」
「りょーかい」
「○は私と手合わせだ。準備してくる」
趙雲は二人に背を向けると、鍛錬用の槍を取りに行った。
○は持っていた馬超の装飾品を返しながら声をかける。
「あら。怒られて落ち込んでるの?」
「別に落ち込んでなんかいないが…まあ、俺が悪かっただけだ」
○はそっと微笑む。
馬超を抱き込むいい機会だ。
「でも、あなたの気持ちは分かるわ。だって、あの装飾具…あなたの故郷の、大事な子なんでしょう?とっても丁寧に扱われていたのが分かるもの」
馬超の胸が熱くなる。
「……ああ。あれは…俺が故郷を出る前に、友が託してくれたお守りみたいな物だ。あれを見ると、色んなことを思い出す」
○はせかさず、馬鹿にもせず、ただちゃんと向き合ってくれる。
蜀には馬超の故郷である西涼の事を知らない者が多く、故郷の話に付き合ってくれたのが○で初めてだった。
「あなたの故郷を大事に思ってる気持ち、綺麗だと思うわ」
「…お前、良いやつだな」
「でしょ?でも隊長さんは分かってくれないのよねぇ」
「なぁ○。また故郷や骨董の話、していいか?」
「もちろん。興味深々」
「じゃあ、軍務が終わったら見てくれ!」
「ええ。楽しみにしてるわ」
馬超の中で、○に対する気持ちに変化があった。
出会って間もないのに、なぜか懐に入り込んでくる○に、嫌な気はしなかった。
(相当慌ててたのね…)
思えばここに来て初めて自由に行動することを許された。
鍛錬場にいろと指定はされているが、こちらに構う余裕がなかったように見える。
(弱点は×殿かしら…うーん!でもあの子じゃ弱いと思うのよね…)
なんとかして趙雲の気の緩みを見つけ、小刀を奪って逃げたい。
そんな事を考えていると、手合わせしよう!と言いながら模擬刀を持ってくる馬超が見えた。
その馬超の懐から何かが落ちる。
それは転がって○の方に落ちた。
大事そうに布に包まれていたが、落下した拍子に中身が転がる。
○はそれを拾いあげた。
(…ん?珍しい)
思わずそれに見入った。
羌族の伝統的装飾具。
馬超の故郷にゆかりのある、武将が持っていても不思議ではない貴重品だ。
「悪いな、拾ってもらって。この後、手入れをしようと思って持っていたんだ」
そう言って手を差し出す馬超。
もう片方の手には布の袋を持っており、中には何か光るものが見えた。
「ちょっとそれ…」
布の袋を指さすと、馬超は無造作に中を見せる。
「ああ。故郷を出る時に持ってきていたんだが、ずっと手入れをしていなくてな」
「見せて」
○は駆け寄った。
袋の中には古い金具のついた馬具の装飾が入っている。
青銅の細工が見事で、現地の工房の特徴がそのまま残っている。
「まあ!これ、羌族のものよね?」
馬超の目が驚きで丸くなる。
「お前、よく分かったな!」
○はその装飾具を手に取り、光に透かし、文様を見て即座に言った。
「この線の入り方、馬超の故郷の職人の癖よね。あとほら、この縁の打ち方。戦用じゃなくて、儀礼用の装飾品?」
「お前、本当に何者だ?」
「私、こういうのが好きなの。…ん?ねえ、ちょっとこれどんな手入れしてたの?」
「え?いや、ここの溝の詰まりが取れなくてな。その内に錆びてきた」
なるほど、完全に手入れの仕方を間違えている。
○は眉間に皺を寄せた。
「ははぁ…ダメよ、その磨き方じゃあ。青銅は“こすれば良い”ってわけじゃないの」
「そ、そうなのか?」
○は懐から、小さな瓶を取り出した。
「これ。私が調合した洗浄液なの。これを使うと、青銅が息を吹き返すのよ?」
「息…?」
「そう。この子たちは呼吸してるの」
そういうと鍛錬場の縁側に座って、瓶の液を指に少し付け、装飾具の文様に沿って丁寧に塗り込む。
指先が青銅の表面をすべり、じわりと光沢がよみがえる。
「ほら……まだまだすっごく綺麗でしょう?」
光を反射して輝く青銅具。
さっきまでくすんでいたのが嘘みたいに息を吹き返した。
「この子も喜んでるわ。大事にしてあげなくちゃ。汚れている方が価値がある物も多いけど、これは祭具だから綺麗にしておかないとね」
馬超の目が大きく見開かれた。
その表情は、驚きよりも、もっと深いところに触れた時のもの。
「……これは、俺が……曹操に敗れて放浪することになった頃…最後に持ち出した故郷のものだ」
その声は、普段の明るさとは違う静かな熱を帯びていた。
「羌族の友人が作ってくれた。もう…あそこには戻れない。だからこそ、大事にしてきたんだが……」
装飾具を拾う馬超の手に、僅かな震えが見える。
○は手拭いで汚れた指先を拭く。
「こんなふうに扱ってもらえたのは…本当に…嬉しい!」
突然、馬超の大きな手が○の肩を掴んだ。
何度も何度もお礼を言われる。
その様子に○は(これは味方にできる…)と内心微笑む。
「涼州の文化は興味深いわ。本当に綺麗なものが多いもの」
「そうだろう!あの土地の職人は、本当に誇り高い!おお……なんだか嬉しいな…!」
馬超は○の手を両手で握ると何度もうなずく。
「馬超って、こういう話が好きなの?」
「大好きだとも!故郷の品はまだあるぞ!」
そう言ってまだ何か出そうとする馬超に、懐柔するつもりだっただけの○も思わず食いつく。
(他にも?まだあるの?)
彼は少年のように嬉しそうな顔で、次々と骨董品を取り出した。
そのどれもが、あの地域の工房の名残が残る“正真正銘の逸品”。
「ねぇ、それ……本物?こんな状態の良いもの、初めて見たわ」
「分かるのか!?」
「ええ。ここの工房の打刻は、縁の厚みと線の走りで分かるの」
「そうそう!あそこの職人は、縁だけ少し厚くするんだ!強度を増すためらしい!」
この手の話で自分に被せ気味に話してくる人間は初めてで、思わず○は馬超を見る。
「あなた、思ってたよりずっと詳しいわね」
「そりゃあ、故郷の誇りだからな!こういった品々は国の歴史を語る、素晴らしいものだ!」
○の胸が高鳴る。
(この手の人間…大好き)
自慢と誇りと想いが混ざった語りで、純粋に話してくれる素朴さ。
「あ、こっちは…祭礼用の儀式で使うものよね。これも初めて見たわ」
「ああ。子供の頃はこれを被って踊るんだ!悪戯でかぶって、父上に怒られてなぁ」
「そういうの、もっと聞きたいわ。ちょっと後学の為に控えてもいい?」
「いくらでも話してやる!」
○は紙を出してきて、馬超の骨董品の絵を描く。
聞いた話を絵に注釈を入れていく。
二人の距離は自然に近づき、膝が触れるくらいになっていた。
馬超は○の描いている絵を覗き込むと、「お前、絵、うまいな」と褒めた。
二人は、趙雲が鍛錬所に入ってきていることも気づかずに会話に熱中していた。
馬超が次の骨董品を取り出し、「なあ、これは分かるか?」と尋ねて。
「ん…どれどれ?」と、○が身を乗り出して鑑定する。
二人は盛り上がっていた。
距離も近く、周囲の視線も気にしていない。
「──馬超殿」
背後から、氷のように冷たい声が落ちてきた。
二人が同時に振り返ると、そこには趙雲が立っていた。
表情は平常通り。
しかし、声の温度がまるで違う。
「訓練に来たのではないのか」
「あ……あぁ、悪い、趙雲!つい……!○が凄く武具に詳しくてな!」
馬超の反応は分かりやすい。
怒られた犬のように慌てて背筋を伸ばす。
だが趙雲の視線は馬超だけでなく、○にも向けられていた。
「馬超って骨董品の理解があるのよ。私と骨董品に対する気持ちが凄く近いの」
そう言った○は、趙雲を観察する。
“距離を置け”
“気を散らすな”
“軍規を乱すな”
そういう意味の視線だ。
最近は薄れていたこの手の視線がまた始まった感じ。
(○殿となにかあったのかしら。私に”厳しくしてます”って周囲に見せつけるような態度)
その変化が○には面白い。
「二人とも。続きは任務外でやれ。今は鍛錬の時間だ」
「分かったよ」
「りょーかい」
「○は私と手合わせだ。準備してくる」
趙雲は二人に背を向けると、鍛錬用の槍を取りに行った。
○は持っていた馬超の装飾品を返しながら声をかける。
「あら。怒られて落ち込んでるの?」
「別に落ち込んでなんかいないが…まあ、俺が悪かっただけだ」
○はそっと微笑む。
馬超を抱き込むいい機会だ。
「でも、あなたの気持ちは分かるわ。だって、あの装飾具…あなたの故郷の、大事な子なんでしょう?とっても丁寧に扱われていたのが分かるもの」
馬超の胸が熱くなる。
「……ああ。あれは…俺が故郷を出る前に、友が託してくれたお守りみたいな物だ。あれを見ると、色んなことを思い出す」
○はせかさず、馬鹿にもせず、ただちゃんと向き合ってくれる。
蜀には馬超の故郷である西涼の事を知らない者が多く、故郷の話に付き合ってくれたのが○で初めてだった。
「あなたの故郷を大事に思ってる気持ち、綺麗だと思うわ」
「…お前、良いやつだな」
「でしょ?でも隊長さんは分かってくれないのよねぇ」
「なぁ○。また故郷や骨董の話、していいか?」
「もちろん。興味深々」
「じゃあ、軍務が終わったら見てくれ!」
「ええ。楽しみにしてるわ」
馬超の中で、○に対する気持ちに変化があった。
出会って間もないのに、なぜか懐に入り込んでくる○に、嫌な気はしなかった。