本編【序章~15話】
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夜の成都は、表の賑わいと裏の混沌が紙一重だった。
劉備が成都に入城したことで祝う者もいるが、その前後の戦の中で略奪や暴力が横行し、秩序が崩壊しかけていた。
新しい政(まつりごと)の影で、古くからの密売路地や闇市は逆に活気づいている。
秩序が変わる時ほど、裏稼業は儲かる。
そんな裏通りの一角で、○は今日の仕事を終えていた。
粗末な黒い布で顔を含めた全身を覆った彼女は、薄暗い路地で、武器商人の男と向き合っていた。
「…本当に、蜀軍の槍なんだな?盗んできたのか?」
男は問いながら、目の前の槍を撫でた。
精巧な鍛造、刃文の美しさ、柄の細工。
蜀軍に従軍する鍛冶場でしか作れない逸品。
○は涼しい声で答える。
「本物よ。あなたの“上”に渡せば、倍の値で売れるはずだわ。ちゃぁんと戦場からほぼ未使用品を調達してたんだから。それに私の事、分かってて依頼したんじゃないの?」
顔が見えないその声は、どこか艶やかで、どこか冷たい。
男は銀塊を差し出した。
「これで…足りるだろう」
○は素早く報酬を受け取ると懐へ滑り込ませ、振り返ることなく、暗がりへ消えていく。
路地を抜け、誰もいない古井戸の影に入ると、○は外套を脱ぎ顔の布を外した。
闇に浮かぶ素顔は盗賊とは思えぬほど美しく、艶と知性を帯びていた。
そのままなら妓楼の高級妓女にも、王宮の侍女にも見えるほど。
「はぁ……やっぱり銀の音って素敵」
耳に髪をかけ、一日の稼ぎを取り出して、じゃらりと鳴らす。
その仕草は芸術品を愛でるかのように丁寧だ。
金も宝石も骨董品も。
価値があるものは全部好き。
成都の南、古い廃屋の屋根裏に入り込む○。
盗品と宝石と古代の遺物がごちゃまぜになったアジトだ。
○はそこへ戻ると明かりもつけず、今日の稼ぎを一つずつ指で弾いていく。
(今日のは当たりだったわね。槍一本でこの稼ぎなら悪くないわ。でも…)
宝石の山に埋もれた小箱から、古代蜀の青銅鏡を取り出し光にかざす。
(やっぱり芸術品って、お金より素敵だわ)
美術品を眺める時だけ、彼女の瞳は生き生きとする。
盗む理由は金だが、好きになる理由は“美しさ”。
この一貫しない価値観が、○の本質だ。
(そろそろこの辺りのお宝も隠し場所に持っていかなきゃ。それにしても、成都はいいわ)
今の成都は隙だらけだ。
戦で困窮した民が家宝をたたき売りする。
武器や鎧が大量に流出していく。
そしてそれを欲しがる者がいる。
今の蜀軍は急激な戦力の拡大により、役人や将の登用が雑で、警備も穴が多い。
すると、自分の様な盗賊や密売人が集まる。
○にとって、これほど楽しい街はなかった。
「しばらくはここで稼げるだけ稼ぐわよ~。蜀の宝物庫にも、素敵な物が眠ってるらしいし…」
彼女は青銅鏡に映る自分へ微笑む。
その笑みには罪悪感の欠片もない。
ただ、次の“獲物”をいかにして手に入れるのかに胸を躍らせる女の顔。
○はこうして、夜を滑るように生きていた。
劉備が成都に入城したことで祝う者もいるが、その前後の戦の中で略奪や暴力が横行し、秩序が崩壊しかけていた。
新しい政(まつりごと)の影で、古くからの密売路地や闇市は逆に活気づいている。
秩序が変わる時ほど、裏稼業は儲かる。
そんな裏通りの一角で、○は今日の仕事を終えていた。
粗末な黒い布で顔を含めた全身を覆った彼女は、薄暗い路地で、武器商人の男と向き合っていた。
「…本当に、蜀軍の槍なんだな?盗んできたのか?」
男は問いながら、目の前の槍を撫でた。
精巧な鍛造、刃文の美しさ、柄の細工。
蜀軍に従軍する鍛冶場でしか作れない逸品。
○は涼しい声で答える。
「本物よ。あなたの“上”に渡せば、倍の値で売れるはずだわ。ちゃぁんと戦場からほぼ未使用品を調達してたんだから。それに私の事、分かってて依頼したんじゃないの?」
顔が見えないその声は、どこか艶やかで、どこか冷たい。
男は銀塊を差し出した。
「これで…足りるだろう」
○は素早く報酬を受け取ると懐へ滑り込ませ、振り返ることなく、暗がりへ消えていく。
路地を抜け、誰もいない古井戸の影に入ると、○は外套を脱ぎ顔の布を外した。
闇に浮かぶ素顔は盗賊とは思えぬほど美しく、艶と知性を帯びていた。
そのままなら妓楼の高級妓女にも、王宮の侍女にも見えるほど。
「はぁ……やっぱり銀の音って素敵」
耳に髪をかけ、一日の稼ぎを取り出して、じゃらりと鳴らす。
その仕草は芸術品を愛でるかのように丁寧だ。
金も宝石も骨董品も。
価値があるものは全部好き。
成都の南、古い廃屋の屋根裏に入り込む○。
盗品と宝石と古代の遺物がごちゃまぜになったアジトだ。
○はそこへ戻ると明かりもつけず、今日の稼ぎを一つずつ指で弾いていく。
(今日のは当たりだったわね。槍一本でこの稼ぎなら悪くないわ。でも…)
宝石の山に埋もれた小箱から、古代蜀の青銅鏡を取り出し光にかざす。
(やっぱり芸術品って、お金より素敵だわ)
美術品を眺める時だけ、彼女の瞳は生き生きとする。
盗む理由は金だが、好きになる理由は“美しさ”。
この一貫しない価値観が、○の本質だ。
(そろそろこの辺りのお宝も隠し場所に持っていかなきゃ。それにしても、成都はいいわ)
今の成都は隙だらけだ。
戦で困窮した民が家宝をたたき売りする。
武器や鎧が大量に流出していく。
そしてそれを欲しがる者がいる。
今の蜀軍は急激な戦力の拡大により、役人や将の登用が雑で、警備も穴が多い。
すると、自分の様な盗賊や密売人が集まる。
○にとって、これほど楽しい街はなかった。
「しばらくはここで稼げるだけ稼ぐわよ~。蜀の宝物庫にも、素敵な物が眠ってるらしいし…」
彼女は青銅鏡に映る自分へ微笑む。
その笑みには罪悪感の欠片もない。
ただ、次の“獲物”をいかにして手に入れるのかに胸を躍らせる女の顔。
○はこうして、夜を滑るように生きていた。
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