私は規格外【陸遜】
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約束の日は、雲ひとつない快晴だった。
○は嬉しそうな足取りで、陸遜の横を歩く。
「約束通り、一番高いものを奢ってもらうわよ! お腹空かせてきたんだから」
メンコに負けた陸遜は、約束通り○と茶屋に向かっていた。
陸遜は苦虫を噛み潰したような顔で歩いている。
女官たちの間で評判のあの店は、いつ行っても若い女性客で溢れかえっている。
そんな場所に陸遜が足を踏み入れれば、女性に囲まれてしまう事もある。
それが贅沢にもとても億劫だった。
「いいですか、○。私は女性たちに騒がれるのが苦手なんです。食べたらすぐに出ますよ」
「はいはい、わかってるって」
ところが、店に入って品書きを見た○の顔が、一瞬で絶望に染まった。
「……あ~、あのさぁ、奢ってもらうの、一番高いヤツじゃなくて、なんでも好きなヤツに変えてもいい?」
「なぜです?」
「いや、なんか気分的にちょっと…あ!」
陸遜は○の持つお品書きを取り上げた。
一番高い品は、「挑戦!特盛五目炒飯」。
茶屋の「一番高いもの」といえば、普通は季節の果物をふんだんに使った贅沢な甘味を想像するもの。
しかし、この店の店主のこだわりなのか、最高価格に居座っていたのは、山のように盛られた飯物だった。
「あなたが『一番高いもの』と言ったのでしょう。これにしてください」
「いやぁ、とはいえそれ、高いし…やめとかない?二番目に高いもので許してあげるわよ」
「駄目です。私は約束をキチンと守らなければ夜も眠れません」
陸遜は注文を確定させた。
やがて運ばれて来た丘のような炒飯を、○はベソベソ言いながら食べている。
その間、陸遜は不思議そうに周囲を見回した。
(今日は随分と静かだ)
店内は噂通り、若い女性客でほぼ満席。
いつもなら陸遜が座れば「あら、陸遜様じゃない?」「こっち向いてくださらないかしら」とヒソヒソ声が聞こえてくるはずなのに、今日は誰も近寄ってこない。
「……○。何故でしょうか。今日は女性たちが私に声をかけてきません。呉の風紀が改善されたのでしょうか」
「ああ、あの話は本当だったのね」
炒飯を口いっぱいに詰め込んだ○が陸遜を見る。
「前にさ、陸遜と私が街で大喧嘩になったの覚えてる?」
「…覚えがありすぎて分かりません」
「まあ…その時に平服姿の甘寧が仲裁に入ったんだけど、陸遜が甘寧も説教に巻き込んで。アイツも言い返すしで凄い事になったのよ。本当に覚えてないの?」
そう言われてなんとなく思い出した。
平服姿だったせいで甘寧が城の者だと分からなかった街の人間の中で、
――民衆も陸遜の説教に巻き込まれてしまう可能性がある――
という噂が流れていると聞いていたそうだ。
それで陸遜が○といる時は、○がいつ着火剤になるか分からないので今は近寄らないのではないか、という。
「失礼な。私は常に理路整然と……」
「ま、今更私にそんなこと言っても遅いわな。他人には受け取りたいように受け取られるんだから」
興味なさそうに○は目の前の炒飯に向き合った。
「うう……腹が、腹がちぎれる……出そう…」
店を出るなり○は自分の腹を抱えて、今にもその場にうずくまりそうな声を漏らす。
「汚いですね」
隣を歩く陸遜が、心底呆れたように冷ややかな視線を向ける。
「まだ吐いてない…吐いてから言って…おえ…」
「あなたが欲をかいて『一番高いもの』と言ったからです。『好きなもの』と言えばよかったのに」
「あんなものが茶屋にあるなんて思わないじゃない~吐く~」
「しかしよくあの量を食べましたね。流石デカ女です」
そんな話をしながら歩いていると、前方の角から華やかな一団が現れた。
「あら、二人とも。お茶屋はどうだった?」
声をかけてきたのは孫尚香。
その隣には劉備、そして影のように付き従う趙雲の姿。
「あ……」
○は反射的に背筋を伸ばそうとしたが、膨れ上がった胃袋がそれを許さず、中途半端に腰を折った妙な姿勢のまま固まる。
陸遜そんな○を尻目に劉備達に挨拶をした。
すると二人の様子を交互に見た趙雲が、ふっと目元を和らげ、穏やかな笑みを浮かべた。
「○殿、陸遜殿。……実に仲睦まじいですね。お二人で歩く姿、絵になります」
趙雲の口から出た「仲睦まじい」という言葉に、○は満腹からくる吐き気も忘れて首を横に振る。
よりによって憧れの人に、この「意地悪な姑のような小言男」との仲を誤解されるなんて耐えられない。
「や、やだなぁ趙雲様! やめてくださいよ!小言ばっかりの姑みたいなのと仲睦まじいなんて…!」
その慌てように、陸遜は面白くなさそうに言う。
「……姑、ですか。私の息子ならこんなガサツの塊のような出来損ないの駄目な嫁、もらってきませんよ」
「お言葉ですけどねぇ、この程度も許容できない面白みのない男、こちらから願い下げよ」
「この”程度”ですか。自分の滅茶苦茶ぶりを自覚していないとは…」
「小さい、小さい!身長も器も!」
再び火がつきそうな二人の間に、孫尚香が一歩割って入る。
「まぁまぁ!こんな所で喧嘩しないで!」
そう言われて陸遜はハッとする。
劉備の前で醜態をさらすところだった。
いや、もう手遅れかもしれないが。
陸遜は「姫様は○を甘やかしすぎです」と小声で毒づきながらも、さっさと立ち去るべく○を支えながら城に帰っていく。
その様子を、孫尚香と劉備は「本当に仲が良いわねぇ」「ああ、微笑ましいな」と顔を見合わせて笑い合っていた。
○は嬉しそうな足取りで、陸遜の横を歩く。
「約束通り、一番高いものを奢ってもらうわよ! お腹空かせてきたんだから」
メンコに負けた陸遜は、約束通り○と茶屋に向かっていた。
陸遜は苦虫を噛み潰したような顔で歩いている。
女官たちの間で評判のあの店は、いつ行っても若い女性客で溢れかえっている。
そんな場所に陸遜が足を踏み入れれば、女性に囲まれてしまう事もある。
それが贅沢にもとても億劫だった。
「いいですか、○。私は女性たちに騒がれるのが苦手なんです。食べたらすぐに出ますよ」
「はいはい、わかってるって」
ところが、店に入って品書きを見た○の顔が、一瞬で絶望に染まった。
「……あ~、あのさぁ、奢ってもらうの、一番高いヤツじゃなくて、なんでも好きなヤツに変えてもいい?」
「なぜです?」
「いや、なんか気分的にちょっと…あ!」
陸遜は○の持つお品書きを取り上げた。
一番高い品は、「挑戦!特盛五目炒飯」。
茶屋の「一番高いもの」といえば、普通は季節の果物をふんだんに使った贅沢な甘味を想像するもの。
しかし、この店の店主のこだわりなのか、最高価格に居座っていたのは、山のように盛られた飯物だった。
「あなたが『一番高いもの』と言ったのでしょう。これにしてください」
「いやぁ、とはいえそれ、高いし…やめとかない?二番目に高いもので許してあげるわよ」
「駄目です。私は約束をキチンと守らなければ夜も眠れません」
陸遜は注文を確定させた。
やがて運ばれて来た丘のような炒飯を、○はベソベソ言いながら食べている。
その間、陸遜は不思議そうに周囲を見回した。
(今日は随分と静かだ)
店内は噂通り、若い女性客でほぼ満席。
いつもなら陸遜が座れば「あら、陸遜様じゃない?」「こっち向いてくださらないかしら」とヒソヒソ声が聞こえてくるはずなのに、今日は誰も近寄ってこない。
「……○。何故でしょうか。今日は女性たちが私に声をかけてきません。呉の風紀が改善されたのでしょうか」
「ああ、あの話は本当だったのね」
炒飯を口いっぱいに詰め込んだ○が陸遜を見る。
「前にさ、陸遜と私が街で大喧嘩になったの覚えてる?」
「…覚えがありすぎて分かりません」
「まあ…その時に平服姿の甘寧が仲裁に入ったんだけど、陸遜が甘寧も説教に巻き込んで。アイツも言い返すしで凄い事になったのよ。本当に覚えてないの?」
そう言われてなんとなく思い出した。
平服姿だったせいで甘寧が城の者だと分からなかった街の人間の中で、
――民衆も陸遜の説教に巻き込まれてしまう可能性がある――
という噂が流れていると聞いていたそうだ。
それで陸遜が○といる時は、○がいつ着火剤になるか分からないので今は近寄らないのではないか、という。
「失礼な。私は常に理路整然と……」
「ま、今更私にそんなこと言っても遅いわな。他人には受け取りたいように受け取られるんだから」
興味なさそうに○は目の前の炒飯に向き合った。
「うう……腹が、腹がちぎれる……出そう…」
店を出るなり○は自分の腹を抱えて、今にもその場にうずくまりそうな声を漏らす。
「汚いですね」
隣を歩く陸遜が、心底呆れたように冷ややかな視線を向ける。
「まだ吐いてない…吐いてから言って…おえ…」
「あなたが欲をかいて『一番高いもの』と言ったからです。『好きなもの』と言えばよかったのに」
「あんなものが茶屋にあるなんて思わないじゃない~吐く~」
「しかしよくあの量を食べましたね。流石デカ女です」
そんな話をしながら歩いていると、前方の角から華やかな一団が現れた。
「あら、二人とも。お茶屋はどうだった?」
声をかけてきたのは孫尚香。
その隣には劉備、そして影のように付き従う趙雲の姿。
「あ……」
○は反射的に背筋を伸ばそうとしたが、膨れ上がった胃袋がそれを許さず、中途半端に腰を折った妙な姿勢のまま固まる。
陸遜そんな○を尻目に劉備達に挨拶をした。
すると二人の様子を交互に見た趙雲が、ふっと目元を和らげ、穏やかな笑みを浮かべた。
「○殿、陸遜殿。……実に仲睦まじいですね。お二人で歩く姿、絵になります」
趙雲の口から出た「仲睦まじい」という言葉に、○は満腹からくる吐き気も忘れて首を横に振る。
よりによって憧れの人に、この「意地悪な姑のような小言男」との仲を誤解されるなんて耐えられない。
「や、やだなぁ趙雲様! やめてくださいよ!小言ばっかりの姑みたいなのと仲睦まじいなんて…!」
その慌てように、陸遜は面白くなさそうに言う。
「……姑、ですか。私の息子ならこんなガサツの塊のような出来損ないの駄目な嫁、もらってきませんよ」
「お言葉ですけどねぇ、この程度も許容できない面白みのない男、こちらから願い下げよ」
「この”程度”ですか。自分の滅茶苦茶ぶりを自覚していないとは…」
「小さい、小さい!身長も器も!」
再び火がつきそうな二人の間に、孫尚香が一歩割って入る。
「まぁまぁ!こんな所で喧嘩しないで!」
そう言われて陸遜はハッとする。
劉備の前で醜態をさらすところだった。
いや、もう手遅れかもしれないが。
陸遜は「姫様は○を甘やかしすぎです」と小声で毒づきながらも、さっさと立ち去るべく○を支えながら城に帰っていく。
その様子を、孫尚香と劉備は「本当に仲が良いわねぇ」「ああ、微笑ましいな」と顔を見合わせて笑い合っていた。