私は規格外【陸遜】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
○達が帰還して二カ月。
○の趙雲に打たれた足の傷もふさがり、何もかもが元通りになったが、孫尚香は違った。
凌統が言うには、あれから陸遜とロクに口をきいていないようだ。
阿斗誘拐を命じた彼に不信感を抱いているらしい。
言われてみれば、孫尚香と一緒にいて陸遜とすれ違いざまに話をする時、彼女はスッとどこかへ行ってしまう。
時間が解決すると信じてはいるが。
それだけではなく、やはりあれだけの脱出劇を繰り広げただけあって、同行していた侍女たちもどこか翳りが見えた。
そんなギクシャクした雰囲気を払拭すべく、孫権は、狩猟大会を催すと言い出した。
○は狩猟大会が大好きなので浮足立って、甘寧と淩統に並ぶ。
「楽しみねぇ!久しぶりじゃない」
「○も勿論参加…って、オメーまだ怪我治ってないんだよな」
甘寧が残念そうに言う。
「ま、俺らで楽しんでくるから、大人しく留守番してなって」
ポンポンと頭を叩いた凌統は、甘寧と連れ立って行ってしまった。
他の者もそれぞれ出発してしまい、○は口を尖らせる。
(でもこの怪我じゃ仕方ないのかな。足手まといよね…)
そう思って諦めた○は、背後から頭を小突かれた。
振り向くと、相変わらずの呆れ顔をした陸遜。
手に持った書簡で頭を小突いてきたらしい。
「何すんのよ」
「考えている事は分かりますよ。でもその怪我です。おとなしくしていなさい」
「チェッ」
最近体を動かしていないのでウズウズしている○の様子に、陸遜は首を横に振った。
「仕方ありませんね。…私でよければお付き合いしましょう」
「えぇぇぇ……陸遜がぁぁぁぁぁ?」
「なんですかその顔」
「だってぇ。陸遜、狩りとかできるのぉ?」
その言い方にムッとした陸遜は踵を返す。
「無理にとは言いません。私も忙しいので。姫様に○を狩りに連れて行ってやってほしいと頼まれたので誘ったまでです。勝手にどうぞ」
「尚香が!?」
陸遜を避けまくっていたあの孫尚香が頼んだと聞けば、行かない手はない。
「じゃ、連れてって、連れてって!」
「…頼み方が気に入りませんね」
そうは言いながらも二人は狩りに出発した。
城の近くの山に入って、陸遜は孫尚香に言われた事を思い出す。
仏頂面で近づいてきた孫尚香は、陸遜を睨みつけた。
「○を狩りに誘ってあげて。今、怪我が理由で狩りに出られずにウズウズしてるみたいだから。ほっといたら一人で行っちゃうわ。危ないでしょ」
「……は?」
「いいから!」
急に話しかけてきたかと思えばこの言動に、陸遜は眉間にしわを寄せる。
「阿斗の誘拐を直接命じたのはあなただけど、軍議で決まった事だって言うのは理解しているわ。だけど…”あなたが○に言った”っていうのが、どうしても受け入れられなかったの」
「…○は、あちらにいたがっていましたか?」
不意な陸遜からの問いに、孫尚香は面食らう。
「…どうかしら。船着き場で趙雲殿と何か揉めていたようだし、結果的にはこれで良かったのかもしれないけど…趙雲殿といる時のあの子はとても幸せそうだったわ」
「…」
「とにかく。帰ってきたんだから、ちゃんと気持ちを伝えなさいよ」
そう言われて、陸遜は目を見開く。
「なぁに?私が気付いてなかったとでも思ってたの?大喬義姉さんの事を好きなのも知ってたけど、○にはそれ以上の感情を持ってた事、気付いてたわ」
「…大喬様は、姫様も気づいていないのでは、と…」
「嘘でしょ!?下手すれば城じゅうの人間が分かってるんじゃないの?」
孫尚香は目を見開いた。
「しかし○はまだ…」
「恋の傷を癒すのは、新しい恋よ!○には幸せになってほしいの!それに○だって…まあ、いいわ」
「私とどうかなったからといって幸せになるかは分かりませんよ」
孫尚香は陸遜を見据えると「あっそ」と目を細める。
「そこまで乗り気でないならいいわ。周泰殿に同行をお願いするから」
「は?」
「周泰殿、今回の件で○を気に入っちゃったらしいの。健気だ、って。年の差はあるけど周泰殿なら安心ね!」
そう言って踵を返した孫尚香を追い抜いて、急いで○の元にやって来た次第だった。
山に入ってから、○には陸遜が不機嫌に見えていた。
ズンズンと先に進む陸遜の背中に「おーい」だとか「お兄さーん」と声をかけるが振り向きもしない。
(あんな態度取るなら誘わないでよね)
そう思う○とは裏腹に、陸遜は緊張していた。
ここ最近、自分でも気づいていた。
自分は○の事が好きだ。
でも断られたら?
ずっと彼女の心には趙雲しかいないとしたら?
この心地良い関係が壊れてしまう気がした。
二人は森の奥で、見事な羽根を持つ大きなキジを見つける。
陸遜は慎重に弓を構え狙いを定めるが、慣れない得物に手間取っている間に、キジが異変を察して駆け出す。
「あ、逃げる! 任せといて!」
「ちょ、○、走っては——!」
陸遜の制止も聞かず、○は病み上がりとは思えない俊敏さで走り出す。
手にしていた空の麻袋を広げ、低空飛行で逃げようとするキジ目掛けて飛んだ。
「捕まえ……っ!?」
一度は見事にキジを袋の中に閉じ込めたが、その拍子に○は斜面を転がってしまい、キジは暴れて袋の外に飛び出す。
ギャア!と声を上げて、○はゴロゴロと斜面を滑り落ちた。
「○!?」
陸遜が慌てて駆け寄ると、○は窪みに転げ落ちていた。
しばらく動かない○を陸遜が何度も呼ぶと、程なくして「いった~」と身を起こす。
「まったく…ドジが過ぎますよ」
「これが私の持ち味かと…」
「…はぁ…しかし、なんとも不自然な場所に穴があったものですね」
陸遜はため息をつくと、獲物を縛る為に持ってきていた紐を取り出し、それを近くの木に結び付けて下に垂らす。
「これを掴んで登るくらいの体力はありますか?」
「勿論!」
○は紐を掴むと山肌に足をかける。
もう少しで穴から出られるという所で、本調子でない○の足が滑った。
咄嗟に陸遜は手を伸ばす。
しかし○の方が体格がいい。
陸遜も引っ張り込んで穴に落ちてしまった。
「…」
「…○」
穴の底で大の字になった○と、その上にのしかかる陸遜。
元々○は泥だらけだったが、陸遜の顔も身体も泥だらけになった。
紐も千切れて穴の中に落ちてしまう。
「あなたがかなりデカイ事を忘れていました…」
陸遜は恨みがましい顔をするが、○は「こんなに泥だらけの陸遜、初めて見たわ~」と声を出して笑う。
それから地面に座り込んだまま上を見上げる。
公安での出来事以来、あんなに重かった胸のつかえが、この馬鹿げた失敗で一気に吹き飛んだ気分になる。
「……笑いすぎです。誰のせいで私がこんな姿になったと思っているのですか」
「ごめん、ごめん。…ん~…二人とも落ちたなら、何とかなりそうね」
そう言ってしゃがみこんだ○は、チョイチョイと自分の肩を指さす。
「なんですか、それは」
「肩に乗って。それなら上に届くでしょ」
陸遜は真っ赤になって首を横に振った。
「何を言っているのですか!男の私が、女性の肩に乗るなど…!ある種の侮辱行為ですよ!」
「だって~。じゃ、陸遜が下になる?私、鍛えてるから重いよ?」
試しに陸遜の肩に足を乗せてみるが、肩が抜けそうになった陸遜は断念する。
その上、動こうとすると足が痛む。
捻挫をしたのかもしれない。
仕方がないので二人は地面に座り込んだ。
「…この辺りに来る事は城の者に伝えてあります。ですから、帰らないとなれば探しに来てくれるでしょう」
「気長に待つしかないのね…」
二人は穴から見える空を見上げた。
「…○に、謝らないといけない事があります」
ぽつりと陸遜が言う。
思わずそちらを見ようとした○を、陸遜が言葉で制した。
「顔を合わせると喧嘩になるので。こちらを見ないでください」
言われて大人しく正面を見る。
「あの日、船で貴方が趙雲殿に差し出していた書簡。あれを…読んでしまったのです。全ては見ていません。あまりの内容に読んではいけないと思い、途中で船から捨てました。ですから私しか見ていません。あなたが目を覚ました時、探していたようだったので……ずっと言うかどうか迷っていました」
「…そっか。捨ててくれたんだ」
○は膝を抱える。
「……あの報告書に記されていた下劣な言葉を思い出すたびに、私は、自分自身にうんざりしています。あなたをそんな場所に送り込み、あんな目にあわせ、あのような男に……心と身体を、許させてしまった自分に」
「…」
「あなたが憎くもありました。私の説教を鼻で笑っておいて、あろうことか敵将の一言で一喜一憂するあなたが。だからどこへでも行ってしまえと思っていたのも事実です。ですが、その気持ちはそういう事ではなく…」
そこまで言った陸遜は黙ってうつむく。
しばらくの沈黙に○が何かを言おうとした時、穴の外から陸遜を探す声がしたため、話を中断してその声に応えることに専念した。
*****
陸遜は思い切り仏頂面で寝台に座っていた。
「全く!!貴方達は本当にろくでもない!!!!!」
甘寧と凌統は項垂れてそのお叱りを受ける。
あの不自然な場所にあった穴は、凌統と甘寧が以前、イノシシを追い込むために掘ったものだったのだ。
そして陸遜は足を捻挫していた。
下敷きになった○はなんともなかったというのに。
「いやー、しかし大物が獲れたなぁ。ねん挫で済んで良かったじゃねえか」
甘寧が不謹慎な事を言うので淩統も冷や冷やする。
「反省しなさいよ、甘寧!怪我人が出たじゃない!」
「はあ?何言ってやがる。元はと言えばオメーがあそこに掘ったらいいって提案したんだろうが」
「え。そうだっけ。あんた、私が忘れてるだろうからって罪をおすそ分けしようとしてない?」
それを聞いて陸遜は○を睨みつけた。
「ま、まぁまぁ。これも、日頃お忙しい軍師様にゆっくりしてほしいって神様からの思し召しかもしれないですよ?幸い、しばらくは戦もなさそうですし……あ、○はここに置いていきますんで!好きに使ってやってください!」
勝手にそう言い捨てると、凌統は甘寧を連れて部屋から出て行った。
彼らを追いかけるていで一緒に出て行こうとした○は、陸遜に呼び止められる。
その手には茶碗。
「お茶を入れてください」
「え?女官に頼めばい「早くする。あなたが怪我の発端だったわけでしょう」
有無を言わさないその雰囲気に、○は渋々茶碗を受け取った。
茶を渡すと、今度は書簡を何冊も持ってくるように言われる○。
言われた通りに運んできて、陸遜の寝台の隣の机に置いた。
「用があればまた言うので、そこにいてください」と言われて、○は陸遜の寝台に肘をつく。
話をせずにジッと書簡に目を通す陸遜を見ていると、退屈で眠くなってきた。
そんな○を見て、陸遜は書簡から目を離さずに声をかけた。
「○は、趙雲殿がまだ好きなのですか?」
「…へ?」
○は肘をつく態勢を変えた。
「公安を出てから、その件に関しては誰にも何も言っていないようですね。辛くはないのですか。自分一人で気持ちを閉じ込めて」
そういった事を陸遜が言うとは思っていなかったので驚いた○は、肘から顎を上げて陸遜を見た。
そして小さく息を吐くと陸遜から目を反らす。
「閉じ込めるも何も、恥ずかしくて言えないわ」
「恥ずかしい?」
「趙雲様の一挙手一投足に浮かれてさ。これは脈アリだー!とかなんとか言って。陸遜にはチョイチョイ、調子に乗るなって釘刺されてたのにね。たまに思い出すと、凄く惨めな気持ちになる。でも、それだけ」
そう言うと寝台に顔を埋める。
「陸遜が大喬様を好きになるのは当然だし、大喬様が陸遜を好きになるのも自然な流れだと思うわ。だから、陸遜は上手くいくと思う。私もそれを願ってるから、さっさと大喬様に告白…」
そこまで言って陸遜を見ると、彼は壁にもたれて眠っていた。
自分から聞いておいてなによ、と呟く。
考えてみれば、こんなに近くで陸遜を見たのは初めてだ。
そっと手を伸ばして前髪を触るが、起きる気配がない。
「…黙ってればカワイイ顔してんのに」
陸遜の顔を見ながら、また寝台に肘をつくと、か細く小声で呟く。
「陸遜が大喬様の事、好きだって分かったから諦めたのよ。ちゃんとくっついてくれなきゃ困るわ。目を合わせたら減らず口ばかり叩いてさ。私の話なんてなにも聞いてくれないんだから。チビ」
「誰がチビですか」
突然帰ってきた言葉に○は真っ青になる。
(起きてた!?)
「起きてたのかって顔をしてますね。話が長くてくだらないから寝たふりをしていたら、人の悪口をベラベラと」
「え、えーっと!いや。うん」
慌てて誤魔化そうとした○だったが、不意にその手を握られてギョッとする。
陸遜の顔が近い。
「何がどうなって、誰が誰を諦めたと?」
そう聞かれて、○は冷や汗をかく。
「まあいいでしょう。○、私と恋仲になりませんか」
「……………えっ?」
「もう趙雲殿がどうのこうの言うつもりはないでしょう。この一件で、貴方も本心では誰が好きなのか分かったようですから」
「ま、待ってよ!陸遜はそれでいいの!?普通、嫌でしょ!都合が良いみたいで…」
「私が良いといえば良いはずです。あなたの全てを上書きすればいいのですから」
○は慌てて首を横に振った。
「だ、駄目だってば!陸遜は将来、呉を背負う人なんでしょ!私みたいな……その…トンチキチンに…」
途端に○は陸遜の寝台に身体を引きずり込まれて、陸遜の胸板に乗りかかる体制になる。
綺麗な顔が間近に来てドキドキしていると、陸遜の手が○の頭に触れた。
「これはあの時の?」
陸遜は○の頭に挿してある櫛を撫でる。
それは陸遜が昔、”借金をさせて”選んだものだ。
「そういえば、この櫛のお金の請求がまだでしたね」
「げ!今更!?いきなりは無理だから来月…っ、」
言いかけた時、陸遜は○に口付ける。
絡みつくような濃厚な口付けだった。
しばらくして解放された○は呆れたように笑う。
「雰囲気も何もないのね」
「…今更、○相手に雰囲気など作れませんよ」
そういうと○の身体を撫でる。
「り、陸遜?こういうのは順序というものがあるんじゃない?」
「何年、○と付き合っていると思うのです。気持ちの温め期間などとうの昔に終わっています」
その手が○の服の釦を外していく。
お腹あたりに当たる陸遜の下腹部は膨らんでいた。
「陸遜!ほら、怪我してるんだし!大変だってば!」
「…そういえば、貴方はもう、初めてではないのですよね。……恥ずかしながら私は…経験がないので、上手くないかもしれません」
陸遜ならば、言い寄る女官や名家の娘など、いくらでもいたはず。
機会など、それこそ腐るほどあったはずなのに。
「ずっと、誰ともしたいとは思いませんでした。ですが、今は違います。明確に、あなたと繋がりたいのです」
○は身体が固まる。
なんだか申し訳ない気持ちになって陸遜を見るが、陸遜は見た事もない穏やかな顔で微笑んだ。
「怪我もたまには悪くないですね。心が弱ると素直になれます」
「…ほんと、どういう理屈なの…」
ゴニョゴニョ言う○と体制を入れ替えてのしかかると、彼には珍しく声を出して笑った。
「本当に、顔を合わせると私達は素直に話せなくて困りますね。でも今くらいは」
陸遜は強く○を抱きしめる。
「○が好きです。戻ってきてくれてありがとう」
「陸遜…」
「今は何も応えなくて構いません。あなたの気持ちは分かっていますから。むしろ余計な事は言わない様に」
そう言われて○は陸遜に抱き着き、身を委ねた。
○の趙雲に打たれた足の傷もふさがり、何もかもが元通りになったが、孫尚香は違った。
凌統が言うには、あれから陸遜とロクに口をきいていないようだ。
阿斗誘拐を命じた彼に不信感を抱いているらしい。
言われてみれば、孫尚香と一緒にいて陸遜とすれ違いざまに話をする時、彼女はスッとどこかへ行ってしまう。
時間が解決すると信じてはいるが。
それだけではなく、やはりあれだけの脱出劇を繰り広げただけあって、同行していた侍女たちもどこか翳りが見えた。
そんなギクシャクした雰囲気を払拭すべく、孫権は、狩猟大会を催すと言い出した。
○は狩猟大会が大好きなので浮足立って、甘寧と淩統に並ぶ。
「楽しみねぇ!久しぶりじゃない」
「○も勿論参加…って、オメーまだ怪我治ってないんだよな」
甘寧が残念そうに言う。
「ま、俺らで楽しんでくるから、大人しく留守番してなって」
ポンポンと頭を叩いた凌統は、甘寧と連れ立って行ってしまった。
他の者もそれぞれ出発してしまい、○は口を尖らせる。
(でもこの怪我じゃ仕方ないのかな。足手まといよね…)
そう思って諦めた○は、背後から頭を小突かれた。
振り向くと、相変わらずの呆れ顔をした陸遜。
手に持った書簡で頭を小突いてきたらしい。
「何すんのよ」
「考えている事は分かりますよ。でもその怪我です。おとなしくしていなさい」
「チェッ」
最近体を動かしていないのでウズウズしている○の様子に、陸遜は首を横に振った。
「仕方ありませんね。…私でよければお付き合いしましょう」
「えぇぇぇ……陸遜がぁぁぁぁぁ?」
「なんですかその顔」
「だってぇ。陸遜、狩りとかできるのぉ?」
その言い方にムッとした陸遜は踵を返す。
「無理にとは言いません。私も忙しいので。姫様に○を狩りに連れて行ってやってほしいと頼まれたので誘ったまでです。勝手にどうぞ」
「尚香が!?」
陸遜を避けまくっていたあの孫尚香が頼んだと聞けば、行かない手はない。
「じゃ、連れてって、連れてって!」
「…頼み方が気に入りませんね」
そうは言いながらも二人は狩りに出発した。
城の近くの山に入って、陸遜は孫尚香に言われた事を思い出す。
仏頂面で近づいてきた孫尚香は、陸遜を睨みつけた。
「○を狩りに誘ってあげて。今、怪我が理由で狩りに出られずにウズウズしてるみたいだから。ほっといたら一人で行っちゃうわ。危ないでしょ」
「……は?」
「いいから!」
急に話しかけてきたかと思えばこの言動に、陸遜は眉間にしわを寄せる。
「阿斗の誘拐を直接命じたのはあなただけど、軍議で決まった事だって言うのは理解しているわ。だけど…”あなたが○に言った”っていうのが、どうしても受け入れられなかったの」
「…○は、あちらにいたがっていましたか?」
不意な陸遜からの問いに、孫尚香は面食らう。
「…どうかしら。船着き場で趙雲殿と何か揉めていたようだし、結果的にはこれで良かったのかもしれないけど…趙雲殿といる時のあの子はとても幸せそうだったわ」
「…」
「とにかく。帰ってきたんだから、ちゃんと気持ちを伝えなさいよ」
そう言われて、陸遜は目を見開く。
「なぁに?私が気付いてなかったとでも思ってたの?大喬義姉さんの事を好きなのも知ってたけど、○にはそれ以上の感情を持ってた事、気付いてたわ」
「…大喬様は、姫様も気づいていないのでは、と…」
「嘘でしょ!?下手すれば城じゅうの人間が分かってるんじゃないの?」
孫尚香は目を見開いた。
「しかし○はまだ…」
「恋の傷を癒すのは、新しい恋よ!○には幸せになってほしいの!それに○だって…まあ、いいわ」
「私とどうかなったからといって幸せになるかは分かりませんよ」
孫尚香は陸遜を見据えると「あっそ」と目を細める。
「そこまで乗り気でないならいいわ。周泰殿に同行をお願いするから」
「は?」
「周泰殿、今回の件で○を気に入っちゃったらしいの。健気だ、って。年の差はあるけど周泰殿なら安心ね!」
そう言って踵を返した孫尚香を追い抜いて、急いで○の元にやって来た次第だった。
山に入ってから、○には陸遜が不機嫌に見えていた。
ズンズンと先に進む陸遜の背中に「おーい」だとか「お兄さーん」と声をかけるが振り向きもしない。
(あんな態度取るなら誘わないでよね)
そう思う○とは裏腹に、陸遜は緊張していた。
ここ最近、自分でも気づいていた。
自分は○の事が好きだ。
でも断られたら?
ずっと彼女の心には趙雲しかいないとしたら?
この心地良い関係が壊れてしまう気がした。
二人は森の奥で、見事な羽根を持つ大きなキジを見つける。
陸遜は慎重に弓を構え狙いを定めるが、慣れない得物に手間取っている間に、キジが異変を察して駆け出す。
「あ、逃げる! 任せといて!」
「ちょ、○、走っては——!」
陸遜の制止も聞かず、○は病み上がりとは思えない俊敏さで走り出す。
手にしていた空の麻袋を広げ、低空飛行で逃げようとするキジ目掛けて飛んだ。
「捕まえ……っ!?」
一度は見事にキジを袋の中に閉じ込めたが、その拍子に○は斜面を転がってしまい、キジは暴れて袋の外に飛び出す。
ギャア!と声を上げて、○はゴロゴロと斜面を滑り落ちた。
「○!?」
陸遜が慌てて駆け寄ると、○は窪みに転げ落ちていた。
しばらく動かない○を陸遜が何度も呼ぶと、程なくして「いった~」と身を起こす。
「まったく…ドジが過ぎますよ」
「これが私の持ち味かと…」
「…はぁ…しかし、なんとも不自然な場所に穴があったものですね」
陸遜はため息をつくと、獲物を縛る為に持ってきていた紐を取り出し、それを近くの木に結び付けて下に垂らす。
「これを掴んで登るくらいの体力はありますか?」
「勿論!」
○は紐を掴むと山肌に足をかける。
もう少しで穴から出られるという所で、本調子でない○の足が滑った。
咄嗟に陸遜は手を伸ばす。
しかし○の方が体格がいい。
陸遜も引っ張り込んで穴に落ちてしまった。
「…」
「…○」
穴の底で大の字になった○と、その上にのしかかる陸遜。
元々○は泥だらけだったが、陸遜の顔も身体も泥だらけになった。
紐も千切れて穴の中に落ちてしまう。
「あなたがかなりデカイ事を忘れていました…」
陸遜は恨みがましい顔をするが、○は「こんなに泥だらけの陸遜、初めて見たわ~」と声を出して笑う。
それから地面に座り込んだまま上を見上げる。
公安での出来事以来、あんなに重かった胸のつかえが、この馬鹿げた失敗で一気に吹き飛んだ気分になる。
「……笑いすぎです。誰のせいで私がこんな姿になったと思っているのですか」
「ごめん、ごめん。…ん~…二人とも落ちたなら、何とかなりそうね」
そう言ってしゃがみこんだ○は、チョイチョイと自分の肩を指さす。
「なんですか、それは」
「肩に乗って。それなら上に届くでしょ」
陸遜は真っ赤になって首を横に振った。
「何を言っているのですか!男の私が、女性の肩に乗るなど…!ある種の侮辱行為ですよ!」
「だって~。じゃ、陸遜が下になる?私、鍛えてるから重いよ?」
試しに陸遜の肩に足を乗せてみるが、肩が抜けそうになった陸遜は断念する。
その上、動こうとすると足が痛む。
捻挫をしたのかもしれない。
仕方がないので二人は地面に座り込んだ。
「…この辺りに来る事は城の者に伝えてあります。ですから、帰らないとなれば探しに来てくれるでしょう」
「気長に待つしかないのね…」
二人は穴から見える空を見上げた。
「…○に、謝らないといけない事があります」
ぽつりと陸遜が言う。
思わずそちらを見ようとした○を、陸遜が言葉で制した。
「顔を合わせると喧嘩になるので。こちらを見ないでください」
言われて大人しく正面を見る。
「あの日、船で貴方が趙雲殿に差し出していた書簡。あれを…読んでしまったのです。全ては見ていません。あまりの内容に読んではいけないと思い、途中で船から捨てました。ですから私しか見ていません。あなたが目を覚ました時、探していたようだったので……ずっと言うかどうか迷っていました」
「…そっか。捨ててくれたんだ」
○は膝を抱える。
「……あの報告書に記されていた下劣な言葉を思い出すたびに、私は、自分自身にうんざりしています。あなたをそんな場所に送り込み、あんな目にあわせ、あのような男に……心と身体を、許させてしまった自分に」
「…」
「あなたが憎くもありました。私の説教を鼻で笑っておいて、あろうことか敵将の一言で一喜一憂するあなたが。だからどこへでも行ってしまえと思っていたのも事実です。ですが、その気持ちはそういう事ではなく…」
そこまで言った陸遜は黙ってうつむく。
しばらくの沈黙に○が何かを言おうとした時、穴の外から陸遜を探す声がしたため、話を中断してその声に応えることに専念した。
*****
陸遜は思い切り仏頂面で寝台に座っていた。
「全く!!貴方達は本当にろくでもない!!!!!」
甘寧と凌統は項垂れてそのお叱りを受ける。
あの不自然な場所にあった穴は、凌統と甘寧が以前、イノシシを追い込むために掘ったものだったのだ。
そして陸遜は足を捻挫していた。
下敷きになった○はなんともなかったというのに。
「いやー、しかし大物が獲れたなぁ。ねん挫で済んで良かったじゃねえか」
甘寧が不謹慎な事を言うので淩統も冷や冷やする。
「反省しなさいよ、甘寧!怪我人が出たじゃない!」
「はあ?何言ってやがる。元はと言えばオメーがあそこに掘ったらいいって提案したんだろうが」
「え。そうだっけ。あんた、私が忘れてるだろうからって罪をおすそ分けしようとしてない?」
それを聞いて陸遜は○を睨みつけた。
「ま、まぁまぁ。これも、日頃お忙しい軍師様にゆっくりしてほしいって神様からの思し召しかもしれないですよ?幸い、しばらくは戦もなさそうですし……あ、○はここに置いていきますんで!好きに使ってやってください!」
勝手にそう言い捨てると、凌統は甘寧を連れて部屋から出て行った。
彼らを追いかけるていで一緒に出て行こうとした○は、陸遜に呼び止められる。
その手には茶碗。
「お茶を入れてください」
「え?女官に頼めばい「早くする。あなたが怪我の発端だったわけでしょう」
有無を言わさないその雰囲気に、○は渋々茶碗を受け取った。
茶を渡すと、今度は書簡を何冊も持ってくるように言われる○。
言われた通りに運んできて、陸遜の寝台の隣の机に置いた。
「用があればまた言うので、そこにいてください」と言われて、○は陸遜の寝台に肘をつく。
話をせずにジッと書簡に目を通す陸遜を見ていると、退屈で眠くなってきた。
そんな○を見て、陸遜は書簡から目を離さずに声をかけた。
「○は、趙雲殿がまだ好きなのですか?」
「…へ?」
○は肘をつく態勢を変えた。
「公安を出てから、その件に関しては誰にも何も言っていないようですね。辛くはないのですか。自分一人で気持ちを閉じ込めて」
そういった事を陸遜が言うとは思っていなかったので驚いた○は、肘から顎を上げて陸遜を見た。
そして小さく息を吐くと陸遜から目を反らす。
「閉じ込めるも何も、恥ずかしくて言えないわ」
「恥ずかしい?」
「趙雲様の一挙手一投足に浮かれてさ。これは脈アリだー!とかなんとか言って。陸遜にはチョイチョイ、調子に乗るなって釘刺されてたのにね。たまに思い出すと、凄く惨めな気持ちになる。でも、それだけ」
そう言うと寝台に顔を埋める。
「陸遜が大喬様を好きになるのは当然だし、大喬様が陸遜を好きになるのも自然な流れだと思うわ。だから、陸遜は上手くいくと思う。私もそれを願ってるから、さっさと大喬様に告白…」
そこまで言って陸遜を見ると、彼は壁にもたれて眠っていた。
自分から聞いておいてなによ、と呟く。
考えてみれば、こんなに近くで陸遜を見たのは初めてだ。
そっと手を伸ばして前髪を触るが、起きる気配がない。
「…黙ってればカワイイ顔してんのに」
陸遜の顔を見ながら、また寝台に肘をつくと、か細く小声で呟く。
「陸遜が大喬様の事、好きだって分かったから諦めたのよ。ちゃんとくっついてくれなきゃ困るわ。目を合わせたら減らず口ばかり叩いてさ。私の話なんてなにも聞いてくれないんだから。チビ」
「誰がチビですか」
突然帰ってきた言葉に○は真っ青になる。
(起きてた!?)
「起きてたのかって顔をしてますね。話が長くてくだらないから寝たふりをしていたら、人の悪口をベラベラと」
「え、えーっと!いや。うん」
慌てて誤魔化そうとした○だったが、不意にその手を握られてギョッとする。
陸遜の顔が近い。
「何がどうなって、誰が誰を諦めたと?」
そう聞かれて、○は冷や汗をかく。
「まあいいでしょう。○、私と恋仲になりませんか」
「……………えっ?」
「もう趙雲殿がどうのこうの言うつもりはないでしょう。この一件で、貴方も本心では誰が好きなのか分かったようですから」
「ま、待ってよ!陸遜はそれでいいの!?普通、嫌でしょ!都合が良いみたいで…」
「私が良いといえば良いはずです。あなたの全てを上書きすればいいのですから」
○は慌てて首を横に振った。
「だ、駄目だってば!陸遜は将来、呉を背負う人なんでしょ!私みたいな……その…トンチキチンに…」
途端に○は陸遜の寝台に身体を引きずり込まれて、陸遜の胸板に乗りかかる体制になる。
綺麗な顔が間近に来てドキドキしていると、陸遜の手が○の頭に触れた。
「これはあの時の?」
陸遜は○の頭に挿してある櫛を撫でる。
それは陸遜が昔、”借金をさせて”選んだものだ。
「そういえば、この櫛のお金の請求がまだでしたね」
「げ!今更!?いきなりは無理だから来月…っ、」
言いかけた時、陸遜は○に口付ける。
絡みつくような濃厚な口付けだった。
しばらくして解放された○は呆れたように笑う。
「雰囲気も何もないのね」
「…今更、○相手に雰囲気など作れませんよ」
そういうと○の身体を撫でる。
「り、陸遜?こういうのは順序というものがあるんじゃない?」
「何年、○と付き合っていると思うのです。気持ちの温め期間などとうの昔に終わっています」
その手が○の服の釦を外していく。
お腹あたりに当たる陸遜の下腹部は膨らんでいた。
「陸遜!ほら、怪我してるんだし!大変だってば!」
「…そういえば、貴方はもう、初めてではないのですよね。……恥ずかしながら私は…経験がないので、上手くないかもしれません」
陸遜ならば、言い寄る女官や名家の娘など、いくらでもいたはず。
機会など、それこそ腐るほどあったはずなのに。
「ずっと、誰ともしたいとは思いませんでした。ですが、今は違います。明確に、あなたと繋がりたいのです」
○は身体が固まる。
なんだか申し訳ない気持ちになって陸遜を見るが、陸遜は見た事もない穏やかな顔で微笑んだ。
「怪我もたまには悪くないですね。心が弱ると素直になれます」
「…ほんと、どういう理屈なの…」
ゴニョゴニョ言う○と体制を入れ替えてのしかかると、彼には珍しく声を出して笑った。
「本当に、顔を合わせると私達は素直に話せなくて困りますね。でも今くらいは」
陸遜は強く○を抱きしめる。
「○が好きです。戻ってきてくれてありがとう」
「陸遜…」
「今は何も応えなくて構いません。あなたの気持ちは分かっていますから。むしろ余計な事は言わない様に」
そう言われて○は陸遜に抱き着き、身を委ねた。