私は規格外【陸遜】
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翌日、○は中庭の片隅で、抜け殻のようにボーッとしていた。
あの後、陸遜にこってりと礼儀作法を叩きこまれて疲れている。
「……あーあ、凌統は明日かぁ……」
陸遜たち参列者の第一陣に、親友である凌統の姿はなかった。
彼は遅れて明日到着する予定だという。
○としては趙雲との日常を聞いてほしくて仕方がない。
といっても、別に趙雲と何かが進展したわけではないのだが。
むしろここに来てから趙雲と接点なんて数えるほどしかない。
ただ、同じ空気を吸い、いつでもその凛々しいお姿を拝める喜びを、事情をよく知る凌統と分かち合いたかっただけ。
するとそこへ、背後から書類の角でコツンと頭を叩かれる。
「何を魂が抜けたような顔をしているんです。婚儀の準備は山積みですよ」
「あ、陸遜。……あのさ、ちょっと買い物に付き合って欲しいんだけど」
「は?何故私が貴方なんかの用事に…。ああ、半年後に訪れる私の誕生日の祝いの品でも買ってくれるんですか?」
「どんだけ先の事言ってんのよ。孫権様に頼まれてるの!」
○が取り出したのは、主君・孫権からの書簡だった。
そこには立場上参列できない自分に代わり、妹である尚香が喜ぶ贈り物を荊州で買ってやってほしい、という軍資金……ならぬ「お買い物代が同封されていた。
ああ…と相槌を打った陸遜が、○の背後に視線を移した。
陸遜の視線の先には趙雲がいて、○に話しかけようとしていた様子が伺えた。
「あ、ちょ、趙雲様っ!失礼いたしました!ええと、私に何かご用事が?」
あからさまに声色が変わる○に、ジト、と視線を送る陸遜。
趙雲は穏やかに微笑むと首を横に振った。
「いや。急ぎではないので…。それよりも、久方ぶりに呉の上官に会ったのです。○殿の方が積もる話もあるでしょう。私はいつでも会えるのですから後回しにしてくださって構いません」
そう言った趙雲になんだか引っ掛かりを感じた陸遜だったが、隣で趙雲をウットリみている○を見ているとその引っ掛かりもどうでもよくなる。
○と陸遜は城下町を歩いた。
「○は、趙雲殿が好きなんですね」
「え!なんでそれをををををを!!」
「あれで気付かれていないと思うとは、とんだ間抜けですよ」
眉間にしわを寄せる陸遜。
「しかしあの様子だと、向こうにもあなたの下心は筒抜けでしょうね」
その真剣な声色に、思わず○は顔をあげる。
「釘を刺しておきます。あの方……趙雲殿に、あまり深入りしすぎるのはやめなさい。彼は劉備軍の要であり、劉備殿が呉に来る際にまで連れてきた側近です。そして我々は”ただの”同盟関係に過ぎない。立場を忘れて心を寄せれば、後で傷つくのはあなたですよ」
「もっとも、呉に帰る気がないのならいいのですがね」と一言添える。
しかし当の○はというと、陸遜の深刻な表情とは裏腹に、なぜか誇らしげに胸を張った。
「深入りするなって言われてもねぇ。そもそもできないわよ」
「……は?」
「軍の若い兵士たちが趙雲様に憧れの視線を送ってるし、女官たちだって、お姿を見かけるたびに頬を赤らめてるんだから。私が入り込む隙間なんて無い無い!」
「そういう事ではなく…あなたの下心を利用されるかもしれないと言っているのです」
「私が?無能で背がデカいだけの、すっとこどっこいの私が?私を利用して何になるのよ。ポカで味方すら壊滅させかけたことがあるのに」
「そこまで自分を理解しているとは思いませんでした」
豪快に笑う○に陸遜は頭を抱える。
(まったく分かっていない…姫様の副官というだけで人的な価値があるというのに…)
陸遜は孫尚香の贈り物を探すのに夢中になる○の後姿を見てため息をつく。
今の○にその辺りの事を言っても仕方がない気もした。
行く時は行ってしまう人間だし、行かない時は行かない。
直情的でどんなに忠告しても無駄だ。
ただ自分の忠告が何かの折に心をよぎる事を祈るしかない。
しかしそれと同時に、先ほどの趙雲の態度も気になる。
趙雲が○に言った、あの「いつでも会える」という言葉の持つ、どこか独占的な響き。
彼がそこまでの役者にも見えない。
少し先でどう考えても趣味の悪い生地を触る○を止めるべく、陸遜は○に駆け寄った。
数刻、町中を彷徨いやっと贈り物を買った二人。
足が棒になったため近くのお茶屋に入る事にした。
○は席に座るとグッタリと背もたれにもたれる。
「疲れた!!」
「下調べも何もなしとは。まったく、さすがの規格外の大馬鹿者ですね」
「あんたねえ、久しぶりに会ったってのに…ま、相変わらずの悪態が聞けて安心したわ」
とりあえずお品書きを眺めると、それを陸遜が取り上げる。
その様子に○は思い出した事があった。
陸遜とは呉にいた時にも何度か一緒に買い物に行っていた。
内容は戦や軍議で使う物の買い出しで、○は荷物持ち要員ではあったが。
その時も買い物が終わったらほぼ必ずと言っていいほど食事をしたが、呉での陸遜は女性たちに人気があり、どこに行っても人目にさらされていた。
でもその女性達もここにはいない。
よく考えると、本当に誰にも見られずに2人で外に出たのは初めてな気がする。
思えば街中を歩く時も、女性達に○との身長差を何か言われるのではないかと気にして離れて歩いていた様だが、ここではそんな事をしていなかった。
(この人は頭がいいだけに、色んなところに目がいって大変なんだなぁ。繊細というか)
そんな事を考えていると、陸遜が○を見る。
「そうだ、○。お金、ちゃんと返すんですよ」
「…勿論、分かってるわよ。それにしても、尚香への贈り物、いい物が買えて良かったわね!」
実は買い物の途中、○は自分の櫛を買ったのだが、少しお金が足りなくて陸遜に借りたのだ。
「○、お金、ちゃんと返すんですよ」
「分かってる。何で2回言うのよ。あ、そうそう!女官さんに聞いたんだけど、ここのお茶すごく美味しいんだって!」
「お金、ちゃんと返すんですよ」
「分かったってば!!たった小銭1枚でどんだけひつこいのよ!!」
ばん、と机を叩くが陸遜は平然とお品書きを眺める。
「金の切れ目は縁の切れ目です。きっちりしないといけません。…そんな事より早く何か頼みませんか?今日は○の奢りですからね。なんでも好きな物頼んでいいですよ」
「な、なんで私がおごる事になってんの?小銭借りる位、今、お金持ってないのよ!?こっちでは賭博も行けないし」
「賭博!?」
「あ、いや…まあ、ははは」
「……。まあいいでしょう。貸しにしておいてあげます。○の為にお金など払いたくありませんから」
「そんな〜私お金ないのに〜どんだけ私の事嫌いなのよ!」
キィッと騒ぐ○を無視して、勝手に陸遜は店員を呼んだ。
「私にはこの、《当店特製のお茶》と、彼女には《鳥の丸焼き香草焼き》を」
「えっ!?待って待って!」
慌てて制止する○に、店員の女性は困った様に○と陸遜を見たが、ここで陸遜が店員にニッコリと極上の笑みを向けて一言、「それでお願いします」と伝えた。
流石は呉の女性達を取り込んだ男。
店員はポッと顔を赤くすると「かしこまりました」と言って厨房に消えていった。
「あ、あんた何してくれてんのよ!夕飯食べられなくなるじゃないの!」
「○なら大丈夫ですよ。信じています」
「何を信じてるのよ、何を」
結局、○は鳥の丸焼きを食べ切って、2人はお茶屋を出た。
食べ過ぎて「もうなんも食えねえ」とグッタリしている○の後ろ姿を見て、背後で笑いをこらえる陸遜。
とぼとぼと城に戻ろうとしたその時、背後から2人を呼ぶ声がした。
振り向くとなんと趙雲。
その隣には大喬がいた。
「趙雲様に大喬様!?な、なんとも意外な組み合わせ」
いつも通り振る舞う○だが、趙雲と大喬が一緒にいることに衝撃を受けている様だ。
陸遜もそこは気になったが、この二人は今日あったばかりだという事を瞬時に思い出して落ち着く。
そんな気持ちを知ってかしらずか、趙雲は呑気に微笑む。
「これは陸遜殿。こちらにいらっしゃましたか」
「「え?」」
○と陸遜の声が重なる。
「大喬殿が城下で探し人がいるという事でお付き合いしていたのです。とはいえ、迷っていらした所に声をかけた状態なのですが」
「探し人、ですか?」
首をかしげた陸遜に大喬は俯き加減に言う。
「ええ。実は小喬がいなくて。人を付けずに城下に出てしまったみたいで、見つからないんです」
「あらら。小喬様は好奇心が旺盛ですからねぇ」
「○。また無礼な事を」
一瞥する陸遜にヘラヘラ笑った○を尻目に、陸遜は自分達も捜索に加わると言う。
「二手に分かれましょう」という趙雲の提案を聞いた○の脳内では、瞬時に「組み合わせ」の計算が始まった。
(ん?この顔ぶれで二手に分ける?どうやって分けるのが正解なの? 分け方によっちゃ、あまりにも私の下心が透けて見えるような……というか、これ、陸遜にとっても私にとっても、あまりに都合が良すぎない?ここは間を取って、私が陸遜と行くべきか…)
○が陸遜を見ると、彼も同じことを考えていたようで、お互い口を開こうとした。
その時。
「では、私は○殿と参りましょう」
趙雲が言う。
陸遜と○は一瞬顔を見合わせるが、すぐに○は趙雲に向き直る。
「……は、はいっ!そーですよねー!そうそう!」
○は心臓が口から飛び出しそうなのを必死に抑え、直立不動で答える。
隣で「……やれやれ」とばかりに溜息をついている陸遜。
歩き出した趙雲の後ろに着いた○は、陸遜に目で合図をすると捜索に向かった。
その後ろ姿を見ていた大喬は小さく笑ったので、陸遜が大喬を振り返る。
「いえ、あのお2人お似合いだなあと思って。ほら、○殿ってすらっとしているでしょう?こうして見ていても絵になると思いませんか?」
言われてみればそうかもしれない。
いや、お似合いというか。
「お似合いというよりも、上官に叱られて後ろを歩いている部下の様に見えますが…。あの挙動不審を見てください」
その陸遜の言葉に大喬は鈴を転がしたように笑う。
「ふふふふ。そんな事言っては、趙雲様がお可哀想です」
微笑む大喬に、陸遜は首を傾げた。
○の速度に合わせて趙雲が隣を歩く。
肩が触れそうな距離。
この可愛げがなく縁談も上がらない身長が、今日ほど良かったと思ったことはない。
しかし少し顔をあげると趙雲の顔が見えてしまうので緊張する。
「……○殿、先ほどは陸遜殿と随分と楽しそうに話をされていましたね」
「 た、楽しそう……? いえいえ! あれはただの小言の応酬ですよ。あいつ、小銭一枚の貸しで私を一生こき使おうとするんですから」
○が慌てて手を振って否定すると、趙雲は笑う。
「ふふ、仲が良いのですね。……少し、羨ましく思います。飾らずに接してくれる相手がいるというのは、とても得難いものです」
「う、羨ましいだなんてそんな。言われたこともありませんよ。『大変そうだな』とは言われてるみたいですけど」
「それはあまりに見る目がない」
いつになく声を出して笑う趙雲は、劉備の隣にいる彼とは違った。
規律正しく真っすぐに立つ彼とは違い、声を立てて笑い足取りも穏やか。
もしかしたら彼も自分の様に、使命を全うしなくてはとあの場では肩ひじを張っているだけなのかもしれない。
そこを離れれば、そこらの男性と何ら変わりないのだろう。
(私も、色眼鏡で見ていた一人だったのかもな…自分もそう見られたくないのに。申し訳ないことしてたかも)
そう思うと、少し気が楽になった。
「そうだ。いい贈り物は買えましたか?」
目線は小喬を探しながら趙雲が聞いた。
「は、はいっ。尚…姫様が欲しいと言っていた櫛によく似ているものがあったので」
「まだまだ小さいこの国ですが、孫尚香殿がお気に召しそうな物があって良かった」
「そんな!この国の物は、とても装飾が細かくて美しいです。それにこんな色の石、呉にはなくてつい自分にも櫛を買ってしまいました」
そういうと、○はさっき自分用に買った櫛を見せた。
そこには綺麗な緑色の石がはめ込まれている。
「へえ、綺麗ですね」
「明日の婚姻の儀で付けようと思いまして。この色がすっかり気に入ってしまって、お店の方に聞いたらこの辺りの名産だって言いますし。あ…でもちょっとお金が足りなくて、陸遜に借りたんですけどね。戦働きなので無くすと嫌で、櫛なんて久しぶりに買いました」
お恥ずかしい、と言いながら櫛を袖に戻した。
「陸遜殿と、あの茶屋でお茶を?」
「ええ。買い物に疲れてしまって。奢らされ(強制借金させられ)ましたけど」
「そうか」
小さく笑った趙雲を見上げる。
「実はあの店に今日、○殿をお連れしたくて声をかけようとしていたんです」
「ええ!?そうだったんですかっ!?」
「ええ。女官たちが、あそこはとても美味しいお茶が出ると話しているのを聞いて、興味があったのです。ですが、ああいった華やかな店は、男一人ではどうしても入りづらくて……」
○は食いかかるように趙雲に向き直る。
「わ、私で良ければ!今日は鳥の香草丸焼きしか食べてないので、是非今度行きましょう!!!」
「丸焼き!?お一人で召し上がったのですか?」
趙雲様が少しだけ驚いたように目を丸くして、○はハッとする。
「ええと、これには色々訳がありまして!昔から陸遜は私に大食いをさせる趣味があると言いますか…あぁ、っと、」
眉間を抑えて必死で言い訳を考える○を、趙雲はじっと見つめていたが、やがて堪えきれないといった風に、これまでで一番晴れやかな笑顔で頷いた。
「ふふ、承知いたしました。では、今度行く時は……丸焼きではなく、ゆっくりとお茶を楽しみましょう。約束ですよ、○殿」
「は、はいっ! 約束ですっ!」
程なくして買い食いをしている小喬を見つけた○と趙雲。
「あ!○だ~久しぶりだね!」と呑気に腕に絡みつく小喬に、「後で陸遜に怒られると思いますよ」と脅しをかける○。
陸遜と大喬に合流すると、連れだって城に帰った。
あの後、陸遜にこってりと礼儀作法を叩きこまれて疲れている。
「……あーあ、凌統は明日かぁ……」
陸遜たち参列者の第一陣に、親友である凌統の姿はなかった。
彼は遅れて明日到着する予定だという。
○としては趙雲との日常を聞いてほしくて仕方がない。
といっても、別に趙雲と何かが進展したわけではないのだが。
むしろここに来てから趙雲と接点なんて数えるほどしかない。
ただ、同じ空気を吸い、いつでもその凛々しいお姿を拝める喜びを、事情をよく知る凌統と分かち合いたかっただけ。
するとそこへ、背後から書類の角でコツンと頭を叩かれる。
「何を魂が抜けたような顔をしているんです。婚儀の準備は山積みですよ」
「あ、陸遜。……あのさ、ちょっと買い物に付き合って欲しいんだけど」
「は?何故私が貴方なんかの用事に…。ああ、半年後に訪れる私の誕生日の祝いの品でも買ってくれるんですか?」
「どんだけ先の事言ってんのよ。孫権様に頼まれてるの!」
○が取り出したのは、主君・孫権からの書簡だった。
そこには立場上参列できない自分に代わり、妹である尚香が喜ぶ贈り物を荊州で買ってやってほしい、という軍資金……ならぬ「お買い物代が同封されていた。
ああ…と相槌を打った陸遜が、○の背後に視線を移した。
陸遜の視線の先には趙雲がいて、○に話しかけようとしていた様子が伺えた。
「あ、ちょ、趙雲様っ!失礼いたしました!ええと、私に何かご用事が?」
あからさまに声色が変わる○に、ジト、と視線を送る陸遜。
趙雲は穏やかに微笑むと首を横に振った。
「いや。急ぎではないので…。それよりも、久方ぶりに呉の上官に会ったのです。○殿の方が積もる話もあるでしょう。私はいつでも会えるのですから後回しにしてくださって構いません」
そう言った趙雲になんだか引っ掛かりを感じた陸遜だったが、隣で趙雲をウットリみている○を見ているとその引っ掛かりもどうでもよくなる。
○と陸遜は城下町を歩いた。
「○は、趙雲殿が好きなんですね」
「え!なんでそれをををををを!!」
「あれで気付かれていないと思うとは、とんだ間抜けですよ」
眉間にしわを寄せる陸遜。
「しかしあの様子だと、向こうにもあなたの下心は筒抜けでしょうね」
その真剣な声色に、思わず○は顔をあげる。
「釘を刺しておきます。あの方……趙雲殿に、あまり深入りしすぎるのはやめなさい。彼は劉備軍の要であり、劉備殿が呉に来る際にまで連れてきた側近です。そして我々は”ただの”同盟関係に過ぎない。立場を忘れて心を寄せれば、後で傷つくのはあなたですよ」
「もっとも、呉に帰る気がないのならいいのですがね」と一言添える。
しかし当の○はというと、陸遜の深刻な表情とは裏腹に、なぜか誇らしげに胸を張った。
「深入りするなって言われてもねぇ。そもそもできないわよ」
「……は?」
「軍の若い兵士たちが趙雲様に憧れの視線を送ってるし、女官たちだって、お姿を見かけるたびに頬を赤らめてるんだから。私が入り込む隙間なんて無い無い!」
「そういう事ではなく…あなたの下心を利用されるかもしれないと言っているのです」
「私が?無能で背がデカいだけの、すっとこどっこいの私が?私を利用して何になるのよ。ポカで味方すら壊滅させかけたことがあるのに」
「そこまで自分を理解しているとは思いませんでした」
豪快に笑う○に陸遜は頭を抱える。
(まったく分かっていない…姫様の副官というだけで人的な価値があるというのに…)
陸遜は孫尚香の贈り物を探すのに夢中になる○の後姿を見てため息をつく。
今の○にその辺りの事を言っても仕方がない気もした。
行く時は行ってしまう人間だし、行かない時は行かない。
直情的でどんなに忠告しても無駄だ。
ただ自分の忠告が何かの折に心をよぎる事を祈るしかない。
しかしそれと同時に、先ほどの趙雲の態度も気になる。
趙雲が○に言った、あの「いつでも会える」という言葉の持つ、どこか独占的な響き。
彼がそこまでの役者にも見えない。
少し先でどう考えても趣味の悪い生地を触る○を止めるべく、陸遜は○に駆け寄った。
数刻、町中を彷徨いやっと贈り物を買った二人。
足が棒になったため近くのお茶屋に入る事にした。
○は席に座るとグッタリと背もたれにもたれる。
「疲れた!!」
「下調べも何もなしとは。まったく、さすがの規格外の大馬鹿者ですね」
「あんたねえ、久しぶりに会ったってのに…ま、相変わらずの悪態が聞けて安心したわ」
とりあえずお品書きを眺めると、それを陸遜が取り上げる。
その様子に○は思い出した事があった。
陸遜とは呉にいた時にも何度か一緒に買い物に行っていた。
内容は戦や軍議で使う物の買い出しで、○は荷物持ち要員ではあったが。
その時も買い物が終わったらほぼ必ずと言っていいほど食事をしたが、呉での陸遜は女性たちに人気があり、どこに行っても人目にさらされていた。
でもその女性達もここにはいない。
よく考えると、本当に誰にも見られずに2人で外に出たのは初めてな気がする。
思えば街中を歩く時も、女性達に○との身長差を何か言われるのではないかと気にして離れて歩いていた様だが、ここではそんな事をしていなかった。
(この人は頭がいいだけに、色んなところに目がいって大変なんだなぁ。繊細というか)
そんな事を考えていると、陸遜が○を見る。
「そうだ、○。お金、ちゃんと返すんですよ」
「…勿論、分かってるわよ。それにしても、尚香への贈り物、いい物が買えて良かったわね!」
実は買い物の途中、○は自分の櫛を買ったのだが、少しお金が足りなくて陸遜に借りたのだ。
「○、お金、ちゃんと返すんですよ」
「分かってる。何で2回言うのよ。あ、そうそう!女官さんに聞いたんだけど、ここのお茶すごく美味しいんだって!」
「お金、ちゃんと返すんですよ」
「分かったってば!!たった小銭1枚でどんだけひつこいのよ!!」
ばん、と机を叩くが陸遜は平然とお品書きを眺める。
「金の切れ目は縁の切れ目です。きっちりしないといけません。…そんな事より早く何か頼みませんか?今日は○の奢りですからね。なんでも好きな物頼んでいいですよ」
「な、なんで私がおごる事になってんの?小銭借りる位、今、お金持ってないのよ!?こっちでは賭博も行けないし」
「賭博!?」
「あ、いや…まあ、ははは」
「……。まあいいでしょう。貸しにしておいてあげます。○の為にお金など払いたくありませんから」
「そんな〜私お金ないのに〜どんだけ私の事嫌いなのよ!」
キィッと騒ぐ○を無視して、勝手に陸遜は店員を呼んだ。
「私にはこの、《当店特製のお茶》と、彼女には《鳥の丸焼き香草焼き》を」
「えっ!?待って待って!」
慌てて制止する○に、店員の女性は困った様に○と陸遜を見たが、ここで陸遜が店員にニッコリと極上の笑みを向けて一言、「それでお願いします」と伝えた。
流石は呉の女性達を取り込んだ男。
店員はポッと顔を赤くすると「かしこまりました」と言って厨房に消えていった。
「あ、あんた何してくれてんのよ!夕飯食べられなくなるじゃないの!」
「○なら大丈夫ですよ。信じています」
「何を信じてるのよ、何を」
結局、○は鳥の丸焼きを食べ切って、2人はお茶屋を出た。
食べ過ぎて「もうなんも食えねえ」とグッタリしている○の後ろ姿を見て、背後で笑いをこらえる陸遜。
とぼとぼと城に戻ろうとしたその時、背後から2人を呼ぶ声がした。
振り向くとなんと趙雲。
その隣には大喬がいた。
「趙雲様に大喬様!?な、なんとも意外な組み合わせ」
いつも通り振る舞う○だが、趙雲と大喬が一緒にいることに衝撃を受けている様だ。
陸遜もそこは気になったが、この二人は今日あったばかりだという事を瞬時に思い出して落ち着く。
そんな気持ちを知ってかしらずか、趙雲は呑気に微笑む。
「これは陸遜殿。こちらにいらっしゃましたか」
「「え?」」
○と陸遜の声が重なる。
「大喬殿が城下で探し人がいるという事でお付き合いしていたのです。とはいえ、迷っていらした所に声をかけた状態なのですが」
「探し人、ですか?」
首をかしげた陸遜に大喬は俯き加減に言う。
「ええ。実は小喬がいなくて。人を付けずに城下に出てしまったみたいで、見つからないんです」
「あらら。小喬様は好奇心が旺盛ですからねぇ」
「○。また無礼な事を」
一瞥する陸遜にヘラヘラ笑った○を尻目に、陸遜は自分達も捜索に加わると言う。
「二手に分かれましょう」という趙雲の提案を聞いた○の脳内では、瞬時に「組み合わせ」の計算が始まった。
(ん?この顔ぶれで二手に分ける?どうやって分けるのが正解なの? 分け方によっちゃ、あまりにも私の下心が透けて見えるような……というか、これ、陸遜にとっても私にとっても、あまりに都合が良すぎない?ここは間を取って、私が陸遜と行くべきか…)
○が陸遜を見ると、彼も同じことを考えていたようで、お互い口を開こうとした。
その時。
「では、私は○殿と参りましょう」
趙雲が言う。
陸遜と○は一瞬顔を見合わせるが、すぐに○は趙雲に向き直る。
「……は、はいっ!そーですよねー!そうそう!」
○は心臓が口から飛び出しそうなのを必死に抑え、直立不動で答える。
隣で「……やれやれ」とばかりに溜息をついている陸遜。
歩き出した趙雲の後ろに着いた○は、陸遜に目で合図をすると捜索に向かった。
その後ろ姿を見ていた大喬は小さく笑ったので、陸遜が大喬を振り返る。
「いえ、あのお2人お似合いだなあと思って。ほら、○殿ってすらっとしているでしょう?こうして見ていても絵になると思いませんか?」
言われてみればそうかもしれない。
いや、お似合いというか。
「お似合いというよりも、上官に叱られて後ろを歩いている部下の様に見えますが…。あの挙動不審を見てください」
その陸遜の言葉に大喬は鈴を転がしたように笑う。
「ふふふふ。そんな事言っては、趙雲様がお可哀想です」
微笑む大喬に、陸遜は首を傾げた。
○の速度に合わせて趙雲が隣を歩く。
肩が触れそうな距離。
この可愛げがなく縁談も上がらない身長が、今日ほど良かったと思ったことはない。
しかし少し顔をあげると趙雲の顔が見えてしまうので緊張する。
「……○殿、先ほどは陸遜殿と随分と楽しそうに話をされていましたね」
「 た、楽しそう……? いえいえ! あれはただの小言の応酬ですよ。あいつ、小銭一枚の貸しで私を一生こき使おうとするんですから」
○が慌てて手を振って否定すると、趙雲は笑う。
「ふふ、仲が良いのですね。……少し、羨ましく思います。飾らずに接してくれる相手がいるというのは、とても得難いものです」
「う、羨ましいだなんてそんな。言われたこともありませんよ。『大変そうだな』とは言われてるみたいですけど」
「それはあまりに見る目がない」
いつになく声を出して笑う趙雲は、劉備の隣にいる彼とは違った。
規律正しく真っすぐに立つ彼とは違い、声を立てて笑い足取りも穏やか。
もしかしたら彼も自分の様に、使命を全うしなくてはとあの場では肩ひじを張っているだけなのかもしれない。
そこを離れれば、そこらの男性と何ら変わりないのだろう。
(私も、色眼鏡で見ていた一人だったのかもな…自分もそう見られたくないのに。申し訳ないことしてたかも)
そう思うと、少し気が楽になった。
「そうだ。いい贈り物は買えましたか?」
目線は小喬を探しながら趙雲が聞いた。
「は、はいっ。尚…姫様が欲しいと言っていた櫛によく似ているものがあったので」
「まだまだ小さいこの国ですが、孫尚香殿がお気に召しそうな物があって良かった」
「そんな!この国の物は、とても装飾が細かくて美しいです。それにこんな色の石、呉にはなくてつい自分にも櫛を買ってしまいました」
そういうと、○はさっき自分用に買った櫛を見せた。
そこには綺麗な緑色の石がはめ込まれている。
「へえ、綺麗ですね」
「明日の婚姻の儀で付けようと思いまして。この色がすっかり気に入ってしまって、お店の方に聞いたらこの辺りの名産だって言いますし。あ…でもちょっとお金が足りなくて、陸遜に借りたんですけどね。戦働きなので無くすと嫌で、櫛なんて久しぶりに買いました」
お恥ずかしい、と言いながら櫛を袖に戻した。
「陸遜殿と、あの茶屋でお茶を?」
「ええ。買い物に疲れてしまって。奢らされ(強制借金させられ)ましたけど」
「そうか」
小さく笑った趙雲を見上げる。
「実はあの店に今日、○殿をお連れしたくて声をかけようとしていたんです」
「ええ!?そうだったんですかっ!?」
「ええ。女官たちが、あそこはとても美味しいお茶が出ると話しているのを聞いて、興味があったのです。ですが、ああいった華やかな店は、男一人ではどうしても入りづらくて……」
○は食いかかるように趙雲に向き直る。
「わ、私で良ければ!今日は鳥の香草丸焼きしか食べてないので、是非今度行きましょう!!!」
「丸焼き!?お一人で召し上がったのですか?」
趙雲様が少しだけ驚いたように目を丸くして、○はハッとする。
「ええと、これには色々訳がありまして!昔から陸遜は私に大食いをさせる趣味があると言いますか…あぁ、っと、」
眉間を抑えて必死で言い訳を考える○を、趙雲はじっと見つめていたが、やがて堪えきれないといった風に、これまでで一番晴れやかな笑顔で頷いた。
「ふふ、承知いたしました。では、今度行く時は……丸焼きではなく、ゆっくりとお茶を楽しみましょう。約束ですよ、○殿」
「は、はいっ! 約束ですっ!」
程なくして買い食いをしている小喬を見つけた○と趙雲。
「あ!○だ~久しぶりだね!」と呑気に腕に絡みつく小喬に、「後で陸遜に怒られると思いますよ」と脅しをかける○。
陸遜と大喬に合流すると、連れだって城に帰った。