徐庶の婚約者【徐庶×アナタ←趙雲オチ】
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徐庶は新野から去っていった。
○は見送りには行かなかった。
そうして程なく。
諸葛亮が劉備軍に入る事となる。
初めて諸葛亮が陣に姿を現す日、○は劉備に呼び出された。
目の前には諸葛亮と劉備。
それにその義兄弟の二人が立っている。
「お久しぶりです、先生」
「変わらぬようで、何より。元気では…なさそうですね」
諸葛亮は、静かに微笑む。
「元直の件は聞いています。旅立たせた弟子が、またこうして舞い戻ってくるのも何かの縁でしょう」
「○殿。実は諸葛亮が、そなたを自身の副官にと言っている」
「えっ…」
副官と言えば、文官からすれば大出世だ。
「私の要望は細かく執拗です。弟子である○が適任だと思うのです。いかがでしょう」
今の○は、言うなれば「婚約破棄をされて、自分よりも敵対する勢力を取られた」女。
周囲が気の毒に思う事で、少し浮いた存在になっていた。
それを諸葛亮が救い上げる形になる。
臥龍と呼ばれる軍師の弟子で、副官ともなれば、周りの見る目も変わるだろう。
「…喜んで、お引き受けします。先生」
○は深々と頭を下げた。
城内を案内しがてら、諸葛亮の部屋につれていく○。
部屋に通された諸葛亮は、満足げに微笑んだ。
「あなたが用意してくれたのですか?」
「はい。よく分かりましたね」
「この書物の配置や花の置き方…あなたの癖が出ています」
諸葛亮がここに来ると聞いた時、○が彼の部屋の掃除をしたのだが、やはり彼の観察眼は鋭い。
上着を受け取って片付ける○に、早速自分の椅子に腰かけた諸葛亮は、ゆったりと声をかけた。
「着いて早々ですが…元直の件です」
その名を聞いた瞬間、胸が跳ねる。
「彼が去った理由。詳細を聞かせていただけますか」
「……。はい」
○はお茶を差し出しながら話した。
全てを話し終えてから、諸葛亮は続ける。
「あなたは止めたのですか?○」
「…止め、ました。駄目なら一緒に行きたいと何度も…」
声が震えた。
「その状況であれば、人質が増えるだけの可能性がありますね」
「…そう、言われました。分かってるんです。正しい判断だって。でも…私は」
○は両手で顔を覆う。
「死んでも良かった…親もいない私には、元直しかいないから…っ」
涙が止まらなかった。
「でもそれも、許して貰えなかったんです…元直にも、劉備殿にも」
諸葛亮は立ち上がると、そっと○の背をなでる。
「○。次に進むには、きちんと悲しまなくてはいけません」
そう言われて○は声をあげて泣いた。
劉備軍の人たちはやさしい。
でも、徐庶がいない今、自分が自分でいられる場所がなかった。
それが分かっていた諸葛亮の思いやりだった。
しばらくして、涙が落ち着いた頃。
「…取り乱しまして、すみません…」
「謝る必要はありません。これも師の務めです」
諸葛亮は元の席に戻る。
「とはいえ、勝手にあなたに師にされたのですが」
冗談を言った諸葛亮に○は、ふっと息をつく。
「元直は貴方を守るために去った…少しでもあなたらしくいられる場所にいてほしいと願って。それを、無意味にしてはなりません」
「…はい」
「私があなたを副官にしたのは、同情や弟子だからという理由だけではありません。出て行かせようと嫌がらせをしていたのに、それでも弟子にしろと私の草庵に居座った覚悟を知っているのと、才能を買っているからです」
「…嫌がらせされてたんですか、当時の私。ただ偏屈なだけかと思ってました」
「……。あれに気づかぬ鈍感さ。それも必要ですね、私の副官ならば」
諸葛亮は困った様に言った。
「そもそも、あなたは一人ではない。草庵に帰ってきても良かったのですから」
「…」
「あなたの面倒を見る分、仕事で返してもらいますよ」
○は大きくうなずいた。
*****
諸葛亮の副官になってからというもの、毎日劉備が足しげく執務室にやってくる。
○は側で茶を出したり、必要な書簡を出したりして過ごした。
たまに、二人で話したい事もあるだろうと気遣って外に出るようにしている。
「少し、資料室に行ってきます」
そう言って部屋を出た。
外はもう夕刻。
城壁近くの回廊で、○は一人、外を眺めながら歩く。
空は茜から群青へと移ろい、遠くの山影が溶けていく。
その変化を追っているようで、実際には何も見ていなかった。
ここの所はずっと、心ここにあらず。
風がふんわりと衣の裾を揺らす。
「おーい、副官さん」
場違いに明るい声が、背後から飛んだ。
○が振り返ると、腕を組み、にやりと笑った男が立っていた。
いつも通りの軽い調子。
「…周倉殿」
「ぼんやりしてると危ないぜ?」
「ぼんやりしてましたか?」
「してた、してた」
大げさに言いながら、周倉は隣に立つ。
「関羽の親分に、『少し、気にかけてやれ』って言われてな」
○は、わずかに目を伏せる。
「…そう、ですか。心配をかけてしまうほどだなんて…」
「いや~劉備様が最近、諸葛亮殿の所に入り浸ってるだろ?お陰で親分もやることがなくて、細かいところに目がいっちまうんだよ」
周倉は困った様に頬をかく。
「あの…ところで親分って…?」
「ああ。俺、関羽の親分に惚れ込んで無理やり子分になったんだよ」
その言葉に○は笑った。
「実は、私もなんです」
「え?なにが?」
「私も、孔明先生に無理矢理弟子入りしたんです」
思わぬ共通点に周倉も驚きの声を出した。
「勝手に家に入って、先生が出て行けと言うのに勝手に一角に部屋も作って…」
「おいおい。危ない奴じゃねえか…」
「今思えば…、先生からしたら怖かったかもしれないですね」
二人は自然と笑う。
周倉は安心したように口の端をあげた。
「ま、笑ってくれて良かったよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「元気になったか?」
「…はい」
周倉は満足そうに頷いた。
「そりゃ良かった。また黄昏てたら邪魔するからな~」
そう言って去っていった。
○は自然と笑えた自分に驚きながらも、周倉に感謝した。
今日も夜更けまで続いた劉備と諸葛亮の語らい。
その片づけを終えた○は、諸葛亮の執務室を出る。
ふと、無意識のうちに足を止めた。
灯りの消えた通路の先。
そこに、かつて徐庶の部屋があった。
ついこの間まで、毎日のように通っていたのに。
…あった、という言い方をすること自体、胸が痛む。
徐庶が去ってから、忙しかった。
諸葛亮が劉備と語らう傍で、本来彼がやる予定だった仕事を全て○がやっていたからだ。
諸葛亮の副官として、息をつく暇もなく。
泣く暇も考える暇もなかった。
仕事をする中で沢山の将とも交流が出来て、少しずつ劉備軍になじんできたように思える。
ただ、たまにこうした静けさの中で、はっきりと浮かび上がってきて辛い。
ー先に寝ないでくれー
ーもう少しだけ、話そうー
そんな他愛ない言葉が交わされた部屋なのに、今は、闇しかない。
覚悟はしていたし理解もしている。
それでも思い出すと顔をあげていられない。
胸の奥が、じわじわと痛む。
徐庶は、いない。
それは、明日も、明後日も、ずっと。
(…会いたい)
初めて、素直にそう思った。
叶わない願いだと、分かっていても。
その時。
「……誰だ?」
低く、警戒した声。
○は、はっと顔を上げた。
月明りの下に趙雲の姿があった。
巡回をしていたらしい。
「趙雲殿」
趙雲は、すぐに状況を察したようだった。
「○殿…?こんな時間に、どうしたのです」
「あ、………少し、考え事を」
嘘ではない。
趙雲は、それ以上追及しなかった。
ただ、少し距離を保ったまま、立つ。
「城内とはいえ、夜間に歩き回るのは危険です。送りましょう」
「…ありがとうございます」
○は趙雲の後ろをついて行く。
「徐庶殿を想う事……隠したりする必要はない」
「…」
「彼は確かにここに、いたのだから」
「…」
「あなたは、もっと堂々としていていいのです」
趙雲はそれから何も話さなかった。
○は見送りには行かなかった。
そうして程なく。
諸葛亮が劉備軍に入る事となる。
初めて諸葛亮が陣に姿を現す日、○は劉備に呼び出された。
目の前には諸葛亮と劉備。
それにその義兄弟の二人が立っている。
「お久しぶりです、先生」
「変わらぬようで、何より。元気では…なさそうですね」
諸葛亮は、静かに微笑む。
「元直の件は聞いています。旅立たせた弟子が、またこうして舞い戻ってくるのも何かの縁でしょう」
「○殿。実は諸葛亮が、そなたを自身の副官にと言っている」
「えっ…」
副官と言えば、文官からすれば大出世だ。
「私の要望は細かく執拗です。弟子である○が適任だと思うのです。いかがでしょう」
今の○は、言うなれば「婚約破棄をされて、自分よりも敵対する勢力を取られた」女。
周囲が気の毒に思う事で、少し浮いた存在になっていた。
それを諸葛亮が救い上げる形になる。
臥龍と呼ばれる軍師の弟子で、副官ともなれば、周りの見る目も変わるだろう。
「…喜んで、お引き受けします。先生」
○は深々と頭を下げた。
城内を案内しがてら、諸葛亮の部屋につれていく○。
部屋に通された諸葛亮は、満足げに微笑んだ。
「あなたが用意してくれたのですか?」
「はい。よく分かりましたね」
「この書物の配置や花の置き方…あなたの癖が出ています」
諸葛亮がここに来ると聞いた時、○が彼の部屋の掃除をしたのだが、やはり彼の観察眼は鋭い。
上着を受け取って片付ける○に、早速自分の椅子に腰かけた諸葛亮は、ゆったりと声をかけた。
「着いて早々ですが…元直の件です」
その名を聞いた瞬間、胸が跳ねる。
「彼が去った理由。詳細を聞かせていただけますか」
「……。はい」
○はお茶を差し出しながら話した。
全てを話し終えてから、諸葛亮は続ける。
「あなたは止めたのですか?○」
「…止め、ました。駄目なら一緒に行きたいと何度も…」
声が震えた。
「その状況であれば、人質が増えるだけの可能性がありますね」
「…そう、言われました。分かってるんです。正しい判断だって。でも…私は」
○は両手で顔を覆う。
「死んでも良かった…親もいない私には、元直しかいないから…っ」
涙が止まらなかった。
「でもそれも、許して貰えなかったんです…元直にも、劉備殿にも」
諸葛亮は立ち上がると、そっと○の背をなでる。
「○。次に進むには、きちんと悲しまなくてはいけません」
そう言われて○は声をあげて泣いた。
劉備軍の人たちはやさしい。
でも、徐庶がいない今、自分が自分でいられる場所がなかった。
それが分かっていた諸葛亮の思いやりだった。
しばらくして、涙が落ち着いた頃。
「…取り乱しまして、すみません…」
「謝る必要はありません。これも師の務めです」
諸葛亮は元の席に戻る。
「とはいえ、勝手にあなたに師にされたのですが」
冗談を言った諸葛亮に○は、ふっと息をつく。
「元直は貴方を守るために去った…少しでもあなたらしくいられる場所にいてほしいと願って。それを、無意味にしてはなりません」
「…はい」
「私があなたを副官にしたのは、同情や弟子だからという理由だけではありません。出て行かせようと嫌がらせをしていたのに、それでも弟子にしろと私の草庵に居座った覚悟を知っているのと、才能を買っているからです」
「…嫌がらせされてたんですか、当時の私。ただ偏屈なだけかと思ってました」
「……。あれに気づかぬ鈍感さ。それも必要ですね、私の副官ならば」
諸葛亮は困った様に言った。
「そもそも、あなたは一人ではない。草庵に帰ってきても良かったのですから」
「…」
「あなたの面倒を見る分、仕事で返してもらいますよ」
○は大きくうなずいた。
*****
諸葛亮の副官になってからというもの、毎日劉備が足しげく執務室にやってくる。
○は側で茶を出したり、必要な書簡を出したりして過ごした。
たまに、二人で話したい事もあるだろうと気遣って外に出るようにしている。
「少し、資料室に行ってきます」
そう言って部屋を出た。
外はもう夕刻。
城壁近くの回廊で、○は一人、外を眺めながら歩く。
空は茜から群青へと移ろい、遠くの山影が溶けていく。
その変化を追っているようで、実際には何も見ていなかった。
ここの所はずっと、心ここにあらず。
風がふんわりと衣の裾を揺らす。
「おーい、副官さん」
場違いに明るい声が、背後から飛んだ。
○が振り返ると、腕を組み、にやりと笑った男が立っていた。
いつも通りの軽い調子。
「…周倉殿」
「ぼんやりしてると危ないぜ?」
「ぼんやりしてましたか?」
「してた、してた」
大げさに言いながら、周倉は隣に立つ。
「関羽の親分に、『少し、気にかけてやれ』って言われてな」
○は、わずかに目を伏せる。
「…そう、ですか。心配をかけてしまうほどだなんて…」
「いや~劉備様が最近、諸葛亮殿の所に入り浸ってるだろ?お陰で親分もやることがなくて、細かいところに目がいっちまうんだよ」
周倉は困った様に頬をかく。
「あの…ところで親分って…?」
「ああ。俺、関羽の親分に惚れ込んで無理やり子分になったんだよ」
その言葉に○は笑った。
「実は、私もなんです」
「え?なにが?」
「私も、孔明先生に無理矢理弟子入りしたんです」
思わぬ共通点に周倉も驚きの声を出した。
「勝手に家に入って、先生が出て行けと言うのに勝手に一角に部屋も作って…」
「おいおい。危ない奴じゃねえか…」
「今思えば…、先生からしたら怖かったかもしれないですね」
二人は自然と笑う。
周倉は安心したように口の端をあげた。
「ま、笑ってくれて良かったよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「元気になったか?」
「…はい」
周倉は満足そうに頷いた。
「そりゃ良かった。また黄昏てたら邪魔するからな~」
そう言って去っていった。
○は自然と笑えた自分に驚きながらも、周倉に感謝した。
今日も夜更けまで続いた劉備と諸葛亮の語らい。
その片づけを終えた○は、諸葛亮の執務室を出る。
ふと、無意識のうちに足を止めた。
灯りの消えた通路の先。
そこに、かつて徐庶の部屋があった。
ついこの間まで、毎日のように通っていたのに。
…あった、という言い方をすること自体、胸が痛む。
徐庶が去ってから、忙しかった。
諸葛亮が劉備と語らう傍で、本来彼がやる予定だった仕事を全て○がやっていたからだ。
諸葛亮の副官として、息をつく暇もなく。
泣く暇も考える暇もなかった。
仕事をする中で沢山の将とも交流が出来て、少しずつ劉備軍になじんできたように思える。
ただ、たまにこうした静けさの中で、はっきりと浮かび上がってきて辛い。
ー先に寝ないでくれー
ーもう少しだけ、話そうー
そんな他愛ない言葉が交わされた部屋なのに、今は、闇しかない。
覚悟はしていたし理解もしている。
それでも思い出すと顔をあげていられない。
胸の奥が、じわじわと痛む。
徐庶は、いない。
それは、明日も、明後日も、ずっと。
(…会いたい)
初めて、素直にそう思った。
叶わない願いだと、分かっていても。
その時。
「……誰だ?」
低く、警戒した声。
○は、はっと顔を上げた。
月明りの下に趙雲の姿があった。
巡回をしていたらしい。
「趙雲殿」
趙雲は、すぐに状況を察したようだった。
「○殿…?こんな時間に、どうしたのです」
「あ、………少し、考え事を」
嘘ではない。
趙雲は、それ以上追及しなかった。
ただ、少し距離を保ったまま、立つ。
「城内とはいえ、夜間に歩き回るのは危険です。送りましょう」
「…ありがとうございます」
○は趙雲の後ろをついて行く。
「徐庶殿を想う事……隠したりする必要はない」
「…」
「彼は確かにここに、いたのだから」
「…」
「あなたは、もっと堂々としていていいのです」
趙雲はそれから何も話さなかった。