徐庶の婚約者【徐庶×アナタ←趙雲オチ】
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劉備の陣が、ざわめいていた。
「八門金鎖の陣」と呼ばれた曹操軍が誇るその陣形を、ひとりの客将が看破したという報せが、瞬く間に陣中を巡っていた。
その男、徐庶は、劉備の前に静かに立っていた。
華美な装いも、己を誇る言葉もない。
むしろ無精ひげまで生やして地味な見た目だ。
彼は曹操軍を退けて、劉備軍に入る事を望んだ。
万年人材不足…その上、知将が欲しいと思っていた劉備からすれば、願ったりかなったりの人間だ。
「来てくれたか、徐庶。此度はわが軍に加わってくれること、嬉しく思うぞ」
徐庶は一礼すると、一歩脇へと引いた。
「実は、本日お目にかけたい者がおります」
そう言って、徐庶が振り返る。
陣幕の陰から、一人の女が進み出た。
文官らしき装いをしている。
屈強な武将たちの前にあっても、場に呑まれぬ落ち着きがあった。
ゆったりと一礼する。
「ええと…こちらは、○。俺の婚約者です」
その言葉に、陣中の空気が一瞬だけ止まる。
しかし張飛だけは「なに⁉」と声をあげる。
「兵站をはじめとした文官として働けます。彼女の参入も許可を頂きたいのです」
「○と申します。元直と同じく、水鏡先生の元で学んでおりました。微力ながらお力となるべく参りました」
劉備は柔らかな笑みを浮かべた。
「わが軍には文官が少ないのだ。なんと心強い。よく来てくれた」
そのやり取りを、少し離れた位置から趙雲は見ていた。
彼の視線は、自然と○に向かう。
女性の文官は初めて見た。
ゆったりした表情の徐庶と比べ、キリッとした目元が印象的だった。
徐庶が劉備軍に正式に迎え入れられてから、数日が過ぎた。
陣は相変わらず慌ただしい。
劉備はちょっとした抗争にも兵士を派遣して鎮圧を行うので、細々した出陣が多いからだ。
今の所は大きな戦もないので、鎮圧に向かう軍団に物資をあてがうのが仕事である○は、物資倉庫と帳面でにらめっこだ。
「○、この帳簿でいいのかな?」
部屋に入ってきた徐庶が、一つの書簡を持ち上げた。
「そこに置いてあるのは、もうお渡ししていいよ」
言いながら側の椅子に腰かける。
周囲に人がいない事を確認して、徐庶は肩の力を抜く。
「それにしても、仕事が早いな。昨日頼んだ書簡も、もう清書まで終わってるじゃないか」
「元直が遅いのよ」
「ひどいな」
そう言いながらも、徐庶はどこか楽しそうだ。
「でも助かる。君がいなかったら、書き直しばかりで大変だ」
「ふふ、やることがたくさんあって、大変だけどやりがいがあるわ」
○はくすりと笑い、筆を止めずに言った。
「もうすぐ昼か…何か食べに行こう」
「そうね」
二人は部屋をでる。
ーーーー
新野の城下町は、劉備が治めているだけあって穏やかだ。
しかし小さいのでどこにいても誰かには見られる様で。
「あ、徐庶殿たちですよ」
部下たちと昼食に出ていた趙雲は、そう言われてそちらを見た。
少し離れた席にちょうど徐庶と○が座る所だった。
「女性の文官なんて、珍しいですよね。もうお話されましたか?」
趙雲は首を横に振った。
「筆も早いし、なにより話しやすい方でしたよ」
そう言った部下は食事を続けた。
徐庶達は、時々声をあげて笑っている。
仕事をしている時には見せない、はしゃぐような様子だ。
一度、小規模な戦闘の本陣にいたことがあるが、その際も落ち着いて対応していた。
場を和らげ、人を近づける。
それでいて仕事の線は決して越えない。
(…わざわざ戦場になどと…変わった方だな)
趙雲は心中で呟く。
夕刻。
陣中の喧騒がひと段落し、兵たちがそれぞれの持ち場へ戻っていく頃。
○は帳面を抱え、少し急ぎ足で廊下を進む。
「……あっ、」
角を曲がった瞬間、視界に鎧が入り、思わず足を止める。
趙雲だった。
夜警に入る直前なのだろう。
槍を手に、甲冑を整えている最中だった。
「すみません。急いでいて」
咄嗟にそう言うと、趙雲は小さく首を振った。
「いや。こちらこそ、道を塞いでしまった」
趙雲の声は低く、落ち着いている。
威圧感はないがやはり将軍というのは雰囲気があり、自然と背筋が伸びる○。
一瞬の沈黙。
○はそれを破るように、軽く会釈した。
「趙雲将軍、ですよね」
軍に参加した際に、一人ずつに挨拶に回っていた徐庶と○。
趙雲ときちんと話すのはあれ以来だ。
「覚えておられましたか」
「勿論です。最近のご出陣で持っていかれた補給物資も覚えていますよ」
そう言って微笑むと、趙雲はわずかに目を見開いた。
「あ…冗談ですよ?気味悪がらないでくださいね?」
趙雲の様子が、"引いた"のだと思って言い訳する○に趙雲は微笑む。
「なんだか冗談に聞こえないのが不思議だ」
「あら。よく分かりましたね…本当は、覚えています。数を覚えるのが好きで。不正を働いたらすぐに分かりますよ」
目を細めてのその言葉に、趙雲は「参ったな」とまた笑う。
そんな様子に○も目じりを下げた。
「でも、趙雲将軍と関羽将軍と張飛将軍…お三方は遠くにいてもすぐに分かりますね」
「?」
「立っていらっしゃるだけで、安心感が漂っていますから」
○は何気ない調子で言ったが、趙雲は一瞬、なぜか言葉を失った。
「…恐縮です」
短くそう返すのが精一杯だった。
趙雲は視線を外し、槍の柄に手を置く。
「書簡を運んでおられたのですか」
「あ…そうでした」
○は帳面を抱え直す。
「元直が執務室に忘れて帰ってしまったので、届けてから休もうかと思っていたのです。昔から片づけが苦手な人で…忘れ物が多くて。困ったものです」
とはいえ、困っているようには見えない様子の○。
「そろそろ行きますね。元直が寝てしまう前に届けないといけません。…夜警、お疲れさまです」
「お気をつけて」
○が去った後も、趙雲はしばらくその場を動かなかった。
―話しやすい人。
それが、最初に浮かんだ感想だった。
気を遣わせない距離。
踏み込みすぎない冗談。
それでいて、不思議と印象に残る。
「八門金鎖の陣」と呼ばれた曹操軍が誇るその陣形を、ひとりの客将が看破したという報せが、瞬く間に陣中を巡っていた。
その男、徐庶は、劉備の前に静かに立っていた。
華美な装いも、己を誇る言葉もない。
むしろ無精ひげまで生やして地味な見た目だ。
彼は曹操軍を退けて、劉備軍に入る事を望んだ。
万年人材不足…その上、知将が欲しいと思っていた劉備からすれば、願ったりかなったりの人間だ。
「来てくれたか、徐庶。此度はわが軍に加わってくれること、嬉しく思うぞ」
徐庶は一礼すると、一歩脇へと引いた。
「実は、本日お目にかけたい者がおります」
そう言って、徐庶が振り返る。
陣幕の陰から、一人の女が進み出た。
文官らしき装いをしている。
屈強な武将たちの前にあっても、場に呑まれぬ落ち着きがあった。
ゆったりと一礼する。
「ええと…こちらは、○。俺の婚約者です」
その言葉に、陣中の空気が一瞬だけ止まる。
しかし張飛だけは「なに⁉」と声をあげる。
「兵站をはじめとした文官として働けます。彼女の参入も許可を頂きたいのです」
「○と申します。元直と同じく、水鏡先生の元で学んでおりました。微力ながらお力となるべく参りました」
劉備は柔らかな笑みを浮かべた。
「わが軍には文官が少ないのだ。なんと心強い。よく来てくれた」
そのやり取りを、少し離れた位置から趙雲は見ていた。
彼の視線は、自然と○に向かう。
女性の文官は初めて見た。
ゆったりした表情の徐庶と比べ、キリッとした目元が印象的だった。
徐庶が劉備軍に正式に迎え入れられてから、数日が過ぎた。
陣は相変わらず慌ただしい。
劉備はちょっとした抗争にも兵士を派遣して鎮圧を行うので、細々した出陣が多いからだ。
今の所は大きな戦もないので、鎮圧に向かう軍団に物資をあてがうのが仕事である○は、物資倉庫と帳面でにらめっこだ。
「○、この帳簿でいいのかな?」
部屋に入ってきた徐庶が、一つの書簡を持ち上げた。
「そこに置いてあるのは、もうお渡ししていいよ」
言いながら側の椅子に腰かける。
周囲に人がいない事を確認して、徐庶は肩の力を抜く。
「それにしても、仕事が早いな。昨日頼んだ書簡も、もう清書まで終わってるじゃないか」
「元直が遅いのよ」
「ひどいな」
そう言いながらも、徐庶はどこか楽しそうだ。
「でも助かる。君がいなかったら、書き直しばかりで大変だ」
「ふふ、やることがたくさんあって、大変だけどやりがいがあるわ」
○はくすりと笑い、筆を止めずに言った。
「もうすぐ昼か…何か食べに行こう」
「そうね」
二人は部屋をでる。
ーーーー
新野の城下町は、劉備が治めているだけあって穏やかだ。
しかし小さいのでどこにいても誰かには見られる様で。
「あ、徐庶殿たちですよ」
部下たちと昼食に出ていた趙雲は、そう言われてそちらを見た。
少し離れた席にちょうど徐庶と○が座る所だった。
「女性の文官なんて、珍しいですよね。もうお話されましたか?」
趙雲は首を横に振った。
「筆も早いし、なにより話しやすい方でしたよ」
そう言った部下は食事を続けた。
徐庶達は、時々声をあげて笑っている。
仕事をしている時には見せない、はしゃぐような様子だ。
一度、小規模な戦闘の本陣にいたことがあるが、その際も落ち着いて対応していた。
場を和らげ、人を近づける。
それでいて仕事の線は決して越えない。
(…わざわざ戦場になどと…変わった方だな)
趙雲は心中で呟く。
夕刻。
陣中の喧騒がひと段落し、兵たちがそれぞれの持ち場へ戻っていく頃。
○は帳面を抱え、少し急ぎ足で廊下を進む。
「……あっ、」
角を曲がった瞬間、視界に鎧が入り、思わず足を止める。
趙雲だった。
夜警に入る直前なのだろう。
槍を手に、甲冑を整えている最中だった。
「すみません。急いでいて」
咄嗟にそう言うと、趙雲は小さく首を振った。
「いや。こちらこそ、道を塞いでしまった」
趙雲の声は低く、落ち着いている。
威圧感はないがやはり将軍というのは雰囲気があり、自然と背筋が伸びる○。
一瞬の沈黙。
○はそれを破るように、軽く会釈した。
「趙雲将軍、ですよね」
軍に参加した際に、一人ずつに挨拶に回っていた徐庶と○。
趙雲ときちんと話すのはあれ以来だ。
「覚えておられましたか」
「勿論です。最近のご出陣で持っていかれた補給物資も覚えていますよ」
そう言って微笑むと、趙雲はわずかに目を見開いた。
「あ…冗談ですよ?気味悪がらないでくださいね?」
趙雲の様子が、"引いた"のだと思って言い訳する○に趙雲は微笑む。
「なんだか冗談に聞こえないのが不思議だ」
「あら。よく分かりましたね…本当は、覚えています。数を覚えるのが好きで。不正を働いたらすぐに分かりますよ」
目を細めてのその言葉に、趙雲は「参ったな」とまた笑う。
そんな様子に○も目じりを下げた。
「でも、趙雲将軍と関羽将軍と張飛将軍…お三方は遠くにいてもすぐに分かりますね」
「?」
「立っていらっしゃるだけで、安心感が漂っていますから」
○は何気ない調子で言ったが、趙雲は一瞬、なぜか言葉を失った。
「…恐縮です」
短くそう返すのが精一杯だった。
趙雲は視線を外し、槍の柄に手を置く。
「書簡を運んでおられたのですか」
「あ…そうでした」
○は帳面を抱え直す。
「元直が執務室に忘れて帰ってしまったので、届けてから休もうかと思っていたのです。昔から片づけが苦手な人で…忘れ物が多くて。困ったものです」
とはいえ、困っているようには見えない様子の○。
「そろそろ行きますね。元直が寝てしまう前に届けないといけません。…夜警、お疲れさまです」
「お気をつけて」
○が去った後も、趙雲はしばらくその場を動かなかった。
―話しやすい人。
それが、最初に浮かんだ感想だった。
気を遣わせない距離。
踏み込みすぎない冗談。
それでいて、不思議と印象に残る。
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