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「剣と為す」関連

それは下校途中のことだったと、美濃は思い出す。

 いつもの通学路。大通りから商店街へ通り抜けていくルート。通りはたくさんの車が往来しているが、商店街に入れば、大型ショッピングモールの出店のせいなのかなんなのか活気がほとんどない。そこを独り静かに辿っていくのが美濃の通学路だ。しかし、そこにもささやかながら楽しみはあって、美濃にとってのそれは商店街の端の肉屋のコロッケだった。その日も、美濃はコロッケを楽しみにしながら商店街を歩いていた。

 肉屋まで10歩ほどに来た、その瞬間だった。
〈空間〉が歪んだ。

 視界異常、そもそも感覚異常。自意識が深層の部分ごともぎ取られるような感覚。不快感に吐き気がした。眼前にあるはずの、肉屋の赤い看板は見えなかった。異空間。その言葉が美濃の頭に浮かんだ。看板の代わりに、眼前には明らかに異形と思われる存在がいた。それはヒトのような形をしており、仁王立ちをしているというのが適切そうだった。それは、これまた明らかに美濃に対しての敵であった。自分に対する、強い怨念を感じた。こいつは鬼だ、と美濃は理解した。しかし、行動が読めない。己にとっての最善の行動をとるため、美濃は「鬼」と目を合わせた。
 その一瞬、美濃は意図しない形で鬼に釘付けになった。合った視線の先、鬼の瞳のようなものの奥底から、美濃は意識存在としての存在そのものを釘付けにされたのだ。動けない。思考することもままならない。自分は今までどうやって考えてきたのかわからなくなった美濃にできることはなかった。ただ、わけのわからない恐怖に震えることしかできなかった。膝は笑っていた。そんな美濃のところへ、鬼はズシリと重い足取りで、しかし確実に向かってきた。まるで、美濃の肉体をも奪おうとするかのように。

 その時だった。突然、青白い閃光が美濃と鬼を包んだ。同時に閃光は、美濃の思考の中でこう囁いた。
「我と契約せよ」
「え?」急なことに聞き逃した美濃が心で尋ねた。
「我はヤマンバギリ。我と契約せよ。さすれば力を授けよう」光はそう返した。
「…」
 美濃はできるだけ考えた。なんかよくわからないものに襲われて、なんかピンチで、光に囁かれて、バカみたいな状況だ。しかし、ここから抜け出したい。そのためにこいつの言うことを聞く必要があるならば、聞いてやろうじゃねえか。
「わかった。契約する」
 そのとたん、光が消えた。美濃の手には、一振りの刀剣が握られていた。武器はそろった。後は眼前の脅威を排除するのみ。
「うおおおおおおおっっ!」
 美濃は全身で吠えた。そして感覚の赴くままに、刃を鬼へ向けた。ヤマンバギリを握る腕は、美濃自身が驚くほどに手練れた手つきで鬼を切り刻んでいく。血しぶきはかからない。しかし、みるみるうちに鬼にダメージが入っていくのが美濃には見えた。それは一種の快感でもあったが、制御できない感情に振り回されて、同じくらい恐怖でもあった。気付けば、鬼の反撃を受けることなく、討伐することに成功していた。
 「…勝った…のか……」
 「そうだ。おまえは、鬼を討伐した」ヤマンバギリが言った。そしてこう続けた。
 「よかったなわたしがここにいて」
 「うるせえよ」美濃はそう言って返した。しかし、
 「…でも、助かった」それは本心だった。
 「そうか」ヤマンバギリは否定しない。その「声」が、心なしか嬉しそうに美濃には聞こえた。
 「さあキミ、元の世界に帰りたまえ…また会うことになるだろうが」ヤマンバギリはそう言って、黙った。
 「おう」
 美濃が返事をしたころには、街は元に戻っていた。肉屋の赤い看板も、ちゃんとそこにあった。美濃はまだ少し動揺していたが、平静を保っているように振舞いたくて、いつものように肉屋でコロッケを買うことにした。
 「コロッケひとつ」
 「80円ね…はい」
 いつもの熱々のコロッケ。それの味は変わることなくそこにあった。しかし、ついさっき自分が体験したことは本当だったのだろうか。肉屋のおばちゃんに尋ねてみようかと思ったが、頭の心配をされそうで、結局できなかった。
 
 そのまま、電車に乗って、美濃は学校から家へと帰った。
 同じような境遇の「若者」たちと出会うのは、それから少ししてのことである。

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