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天使の分け前

「で、話って、どんな」
「先日、わたしは貴女に『わたしに死者の死後の言葉を伝える能力はありません』と言いました」
「そうね」
「しかし、この数回の外出で、わたしも破魔矢様をはじめ人類がするような推測や想像をしてみたいと思うようになりました。きちんとできているか分からないのですが、その想像とやらを破魔矢様に聞いていただきたいのです」
「なるほど。話してみて。ちなみに何の話?」
「この前話題に上った佐伯氏の件なのですが、わたしのその…想像では、彼は戦略として死を選んだのではないかと思うのです」
「戦略としての死?」
「はい。佐伯一仁という人間は、自己の存在を保持するために死を選んだとわたしは考えました」
「存在し続けるために死ぬ?矛盾しているわね」
「そうです、この矛盾がポイントなのです」
「どういうこと?」しかめっ面をしながら破魔矢はこの得体の知れない話をし始めた相手を見つめた。
「でも面白そうね、続けて」しかめっ面のまま破魔矢は言う。センチネルはそれに従う。
「つまりです、この現代では、生きている者は皆妄霊(ゴースト)の脅威にさらされています。今の人類は常に、その存在そのものが抹消される危機にあるのです。ですが、自己の意識があるうちに死を選べば、存在が妄霊によって消されることはなくなります」
 不可解そうな顔のまま、破魔矢は話を飲み込むように頷いている。
「そしてそうすれば、自分の残したものを後世につなぐことができる可能性が残るのです。これは一種の賭けです。多分ですが、大きな賭けなのでしょう。そして、佐伯氏はおそらくそれを実行した」
 センチネルが言葉を切ると、破魔矢は一転して興味深そうに身を乗り出していた。瞳も輝いているようにセンチネルには認識できた。
「面白い理屈ね、どうしてそれに気付いたの」
「破魔矢様、古代の史料は大部分が解読不能になっていることは流石にご存知でしょう?」
「それは知っているわ」
「それなのに、佐伯氏の遺したデータは複数存在していて、しかも解読可能です」
「確かに、それはそうね」
「不思議だとは思いませんか?ある一個人のデータだけ良い状態で残されていること」
「う…言われてみればそうかも…」
破魔矢の表情が曇る。
「それは、たとえばの話ですが、佐伯氏が自分のデータをかなりの数の場所にアップロードしていたとか、そういう要素があってのことだったのではないかとわたしは思います」
「なるほど。…それの裏付けになるものは見つかった?」
「それが、このわたしの権限ではデータのアップロード元までは特定できないのです…なので仮説でしかありません」
「なるほど、で、貴方、センチネルはそれを知りたいと」
「はい、そういうことになります」
「わかったわ。…センチネル、もっと調べてみちゃうのはどう?」
「え?」
センチネルは驚いた。というのも、検索機単体にはデータの内容までは認識できてもデータの詳細を調べることができず、つまりこれ以上は調べられないからだった。
「ええ。…センチネル、今から貴方に私の司書権限を貸してあげます。くれぐれもデータを改変したり、消去したりしないこと。借りたものは必ず返すように。そして、貴方の本来の役割はわたしの補佐よ。あくまでも補佐業務を優先すること」
「本当にいいのですか?」
「当たり前でしょ、貴方はわたしの検索機なんだから、ちゃんとやってね」
「はい。承知しました。…ありがとうございます、破魔矢様。恩に着ます。…早速探索を始めてもよろしいですか」
「もちろん。…あ、カラダはまたロッカーにしまってね」
「はい」センチネルはそれに従い、ロッカーに入る。

それから数日間、レスポンスこそ微かに悪くなったものの、センチネルはきちんと役目を果たした。
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