キャラクター動作デモ・破魔矢実乃編
この日も僕は破魔矢先輩のいる図書館事務室に向かった。それは、最近先輩が話してくれる「私は学園の備品である」という説について意味を聞いてみようと思ったからだった。
「破魔矢先輩」
「あら柏木くん。今日は何を知りたいの」
「あの、先輩、この前に『私は学園の備品だ』って、なんかそういうことをおっしゃっていましたよね…それの意味がよく分からなくて」
「ああ、それね…」
先輩の顔色は緩やかに暗くなった。やはり聞いてはいけない類の話だったらしい。やってしまった。先輩と僕との間に深い沈黙の溝が刻まれていく。
「ああっ、す、すいません」僕は急いで非礼を詫びた。しかし、言ったことはもう取り返せない。僕の背筋を冷たいものがつつっと通っていく。表情もみるみるうちに硬くなって、変な薄笑いから変えられなくなった。怖い。先輩に何を言われてしまうだろう。僕のせいではあるけれど、先輩とのこの脆く繊細な関係を壊してしまったかもしれないということが、急にものすごく苦しくなった。言葉を出そうとしてもすべてが引っかかる。
体感では長い時間があったように感じたが、実際には数秒もなかっただろう、
「いや、いいの…私が勝手に言ったことだし」
「いいんですか?」
「ええ。だって私が言い出したってこと自体は事実でしょ。事実は確認されるに値する。そして純粋なる柏木穣君はその確認を実行した」
「まあ、そうですね…」
いつもなのだが、先輩の話し方は時々ややこしくなる。この日もそうだった。でも僕はそれに慣れてきて、焦ることもなくなってきたはずだ。そう自分に言い聞かせて、僕は僕の聞きたいことを質問した。
「僕は『組織の犬』とか、『組織の奴隷』だとか、そういう言い回しなら理解できます…しかし『備品』とはどういう意味です」
すると先輩は、
「『備品』ねえ。確かに変な言い方かもしれないけどね、でも私は学園という組織の『犬』とか『奴隷』とかにすらなれてないの。だからどうあがいても『備品』でしかないんだよね」
そう言いながら先輩は笑っていた。自らの立場に呆れているような、それでいてそれを楽しんでいるような、そんな笑い方で。先輩はそのまま話し続ける。
「犬とモノが違うのは、犬は自分で考えることが許されてるってこと。組織の犬、って人もそう。組織に忠誠を誓って、組織のためならなんでもやるけど、それは自分でそうすることを選んているっていう前提がある。でも私はそうじゃない。
キミも知るように、またキミもそうであるように、私もこの学園に入れられ、ここで育てられた。人々、世間様の鍵となるようにね。でもそれだけじゃなかったわけ。私はこの学園に残された。私の知らない上の人たちの意向なんだってさ。で、私の希望なんか誰も聞いてくれなかった。だから私は犬ではなく備品、学園にとってのアイテムでしかないの」
「なるほど……。…あの、学園の備品になるってどんな感じですか」
「つまんない。いろいろ周りが準備してくれるけど、それだけだから」
「そうですか……」
「あとさ、元々私、最終学年の後半くらいまでずっと、他の子達と一緒に卒業してどこかに行くことになるんだと思ってたんだよ…笑えるよね…」
「え…」
この話は僕には笑うことのできない類のものだった。まだ子供だった先輩も僕と同じ学園の生徒だった。卒業したら皆どこかへ行く。広い社会のどこかへだ。しかし先輩にはそれが許されなかったということである。その悲しみはいかほどのものであったろう。それを含めて、適正検査を不本意に通過して相禱学園に入学した僕にとって、先輩が話すことには分かる部分が度々あった。しかし、それを受け止め適切な言葉を返すには、僕の思考回路は遅すぎた。どう反応したらいいのだろうか。再び沈黙が場を包んでいく。沈黙を裂こうと、話の糸口を探そうと僕は必死になった。そうして出た言葉は、
「でも…先輩はいつも自由にしているように見えます」
だった。最悪な返し方だったと確かに思う。でも、これは僕が抱いた疑問が包み隠さず出てしまったもので、このときの僕にはどうにもならなかった。それを聞いて先輩は、いつもの薄く気高い微笑みのまま、表情を変えずにこう言った。
「そう。それは良かった」
「はい…?」僕はこういう返しに弱い。もうずっとだが、このときもそうだった。
「結論から言うと、私は今だって自由ではないの。全然ね。生活の大部分が学園によって規定されている…そこからはみ出さない際のところで勝手にしているのが私。住むところも出かけるところも、すべて用意してもらってるといえば聞こえはいいかもしれないけど、逆に言えばそれ以上のものを望めない。一生ね」
先輩は悲しいことを話しているのに、でも、何故か楽しそうだった。際どいところで生活を続けるスリルを感じているような口ぶり。先輩らしいなと僕は思い、思わず表情を緩めてしまった。
「ちょっと、流石に笑うところじゃなくない?」
そう言いながら、先輩もちょっと笑った。ああ、いつもの破魔矢先輩だと、僕は安心した。僕もまた笑った。二人で笑いだした。この人はやはり一緒にいて楽しい。この気持ちは僕だけが持っていて先輩はそんなの全く思ってもいないかもしれないけれど、それでもこの気持ちは僕の心を少し晴れやかにしてくれた。
そんなことをしている間に日は暮れ、寮に帰るべき時間が近づいていた。
「ああ、時間だ、帰らないと…」
「ホントだ。じゃ、柏木くん、またね」
「はい。今日はこれにて失礼します」
いつものように僕はお辞儀をして、事務室を後にした。真面目な話をもう少ししようと思ったのに、途中からつい楽しい感じになって帰ってきてしまった。やはり先輩といると調子は狂う。でも楽しい。明日はもう少し僕も話せるようになればいいなと思いつつ、今はこれを書いている。明日がまた実りある日になりますように。
「破魔矢先輩」
「あら柏木くん。今日は何を知りたいの」
「あの、先輩、この前に『私は学園の備品だ』って、なんかそういうことをおっしゃっていましたよね…それの意味がよく分からなくて」
「ああ、それね…」
先輩の顔色は緩やかに暗くなった。やはり聞いてはいけない類の話だったらしい。やってしまった。先輩と僕との間に深い沈黙の溝が刻まれていく。
「ああっ、す、すいません」僕は急いで非礼を詫びた。しかし、言ったことはもう取り返せない。僕の背筋を冷たいものがつつっと通っていく。表情もみるみるうちに硬くなって、変な薄笑いから変えられなくなった。怖い。先輩に何を言われてしまうだろう。僕のせいではあるけれど、先輩とのこの脆く繊細な関係を壊してしまったかもしれないということが、急にものすごく苦しくなった。言葉を出そうとしてもすべてが引っかかる。
体感では長い時間があったように感じたが、実際には数秒もなかっただろう、
「いや、いいの…私が勝手に言ったことだし」
「いいんですか?」
「ええ。だって私が言い出したってこと自体は事実でしょ。事実は確認されるに値する。そして純粋なる柏木穣君はその確認を実行した」
「まあ、そうですね…」
いつもなのだが、先輩の話し方は時々ややこしくなる。この日もそうだった。でも僕はそれに慣れてきて、焦ることもなくなってきたはずだ。そう自分に言い聞かせて、僕は僕の聞きたいことを質問した。
「僕は『組織の犬』とか、『組織の奴隷』だとか、そういう言い回しなら理解できます…しかし『備品』とはどういう意味です」
すると先輩は、
「『備品』ねえ。確かに変な言い方かもしれないけどね、でも私は学園という組織の『犬』とか『奴隷』とかにすらなれてないの。だからどうあがいても『備品』でしかないんだよね」
そう言いながら先輩は笑っていた。自らの立場に呆れているような、それでいてそれを楽しんでいるような、そんな笑い方で。先輩はそのまま話し続ける。
「犬とモノが違うのは、犬は自分で考えることが許されてるってこと。組織の犬、って人もそう。組織に忠誠を誓って、組織のためならなんでもやるけど、それは自分でそうすることを選んているっていう前提がある。でも私はそうじゃない。
キミも知るように、またキミもそうであるように、私もこの学園に入れられ、ここで育てられた。人々、世間様の鍵となるようにね。でもそれだけじゃなかったわけ。私はこの学園に残された。私の知らない上の人たちの意向なんだってさ。で、私の希望なんか誰も聞いてくれなかった。だから私は犬ではなく備品、学園にとってのアイテムでしかないの」
「なるほど……。…あの、学園の備品になるってどんな感じですか」
「つまんない。いろいろ周りが準備してくれるけど、それだけだから」
「そうですか……」
「あとさ、元々私、最終学年の後半くらいまでずっと、他の子達と一緒に卒業してどこかに行くことになるんだと思ってたんだよ…笑えるよね…」
「え…」
この話は僕には笑うことのできない類のものだった。まだ子供だった先輩も僕と同じ学園の生徒だった。卒業したら皆どこかへ行く。広い社会のどこかへだ。しかし先輩にはそれが許されなかったということである。その悲しみはいかほどのものであったろう。それを含めて、適正検査を不本意に通過して相禱学園に入学した僕にとって、先輩が話すことには分かる部分が度々あった。しかし、それを受け止め適切な言葉を返すには、僕の思考回路は遅すぎた。どう反応したらいいのだろうか。再び沈黙が場を包んでいく。沈黙を裂こうと、話の糸口を探そうと僕は必死になった。そうして出た言葉は、
「でも…先輩はいつも自由にしているように見えます」
だった。最悪な返し方だったと確かに思う。でも、これは僕が抱いた疑問が包み隠さず出てしまったもので、このときの僕にはどうにもならなかった。それを聞いて先輩は、いつもの薄く気高い微笑みのまま、表情を変えずにこう言った。
「そう。それは良かった」
「はい…?」僕はこういう返しに弱い。もうずっとだが、このときもそうだった。
「結論から言うと、私は今だって自由ではないの。全然ね。生活の大部分が学園によって規定されている…そこからはみ出さない際のところで勝手にしているのが私。住むところも出かけるところも、すべて用意してもらってるといえば聞こえはいいかもしれないけど、逆に言えばそれ以上のものを望めない。一生ね」
先輩は悲しいことを話しているのに、でも、何故か楽しそうだった。際どいところで生活を続けるスリルを感じているような口ぶり。先輩らしいなと僕は思い、思わず表情を緩めてしまった。
「ちょっと、流石に笑うところじゃなくない?」
そう言いながら、先輩もちょっと笑った。ああ、いつもの破魔矢先輩だと、僕は安心した。僕もまた笑った。二人で笑いだした。この人はやはり一緒にいて楽しい。この気持ちは僕だけが持っていて先輩はそんなの全く思ってもいないかもしれないけれど、それでもこの気持ちは僕の心を少し晴れやかにしてくれた。
そんなことをしている間に日は暮れ、寮に帰るべき時間が近づいていた。
「ああ、時間だ、帰らないと…」
「ホントだ。じゃ、柏木くん、またね」
「はい。今日はこれにて失礼します」
いつものように僕はお辞儀をして、事務室を後にした。真面目な話をもう少ししようと思ったのに、途中からつい楽しい感じになって帰ってきてしまった。やはり先輩といると調子は狂う。でも楽しい。明日はもう少し僕も話せるようになればいいなと思いつつ、今はこれを書いている。明日がまた実りある日になりますように。