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キャラクター動作デモ・破魔矢実乃編

その日は、僕が相禱学園に入学して初めて図書館に行った日だった。

 600年もの歴史を持つ超伝統校に入学することが許された僕は、入学式から毎日、なんだかものすごく浮足立っていて、その日もそうだった。学内で見るものすべてが刺激的で、楽しくて仕方がなかったんだ。それで僕は、この学校のことが早くもっと知りたくて、相禱学園の中央図書館に行った。

「変人司書に気をつけておけ」という担任の先生の言葉を忘れたまま……。


 その人は僕が本を探している間、よりにもよって貸出機の前で本を読んでいた。僕が時々貸出機の様子を見ても、その人は全然どきそうにない。しかも本を読みながら時々笑っていた。しかしぼくが調べたい棚の側にある貸出機というとそれしかなく、これでは僕が無意味に遠回りして遠くの機械で貸出手続きをするか、この、どう見ても仕事をサボっている司書らしき女性に声をかけてどいてもらうかのどちらかを実行しなければならないということが推測できた。事態を打開するために、僕は行動を起こした。
「あの、すいません、か、貸…」
 僕はその女性に声をかけることを選んだ。が、そのクオリティは散々だった。噛みまくって止まらない。しかしむしろその様子が彼女の気を引いたようだ。彼女の視線はゆったりと本から離れ、そして僕の方へ向いた。そして、
「あー、ちょっと待って、今すっごくいいとこだから」その人はそんなことを言った。それからもう一度本を確認すると、
「思ったより長そうだからどくわ。すまんね」
 と言い残して貸出機から離れていった。僕は行動を起こしたおかげでいちおう貸出機を使えるようになったが、僕には今の流れがなんだか面白くて、本を貸出機にかけている間にもその気持ちはどんどん増殖していき、あっという間に僕の理性を超えていってしまった。
「は…は……ははっ…」
 静粛にすることが定められている図書館という空間に、僕から溢れ出たくぐもった笑い声がぼんやりと広がっていく。幸い、他の生徒の姿はここから見つからない。しかし笑い声はさっきの司書さんの耳に入り、司書さんは自分の本を持ったまま貸出機の近くに戻ってきた。
「何、そんなに面白かった?」
 どう考えても仕事をしていない司書さんは、笑いをこらえようとして貸出作業ができなくなっている僕の様子を見て、薄く笑いながら話しかけてきた。参った。でもそのとおりであるので、僕は嘘なくそのように言うことにした。
「はい…」
 すると司書さんは意外にもくしゃっとした人懐っこい笑顔を返して、こう言った。
「正直者でよろしいこと。…で、キミが調べたいのは学園の歴史?」
 司書さんは完全に仕事をしていないわけではなかったらしい。僕がかき集めた本の共通要素をきちんと見抜いたのだ。
「まあ良い選び方してるんじゃない…ところでキミは新入生かな」
「はい、そうです。早く学園ここのことを知りたくて来ました」
「なるほど、良い心がけじゃない」司書さんは少しだけにやりと笑った。司書さんの瞳のはやたらと深い蒼色をしていて、僕にはその真意がよくわからなかった。この司書さんは全体的に、只者ではない雰囲気を贅沢に垂れ流しにしている。ひとつひとつの問いで僕の心を探ってきているような、しかし同時にそんなこと気にもしていないような分からなさがあり、それは僕の感情を、主に恐怖でざわつかせた。僕は神経を尖らせて次の発言を待った。すると、
「そうだ、キミ、ここのことは本だけじゃなくて人に聞いてみるってのも悪くはない、なんて思わない?」
「え、どういうことですかそれ」
 意外だった。図書館司書から本ではなく人から情報を得よと言われるとは。思わず素で返事をしてしまったではないか。そんな僕の様子を見て、司書さんの調子が上がっていくのを空気で感じた。この人はとっておきの何かを言うつもりだ。何だ?僕の緊張度は上がった。身構えて司書さんの視線を追う。
「それはね、ここに学園を知る者が立ってるってこと。学生でもあったし、今はこここの本を知る存在、それが破魔矢実乃はまやみの、私のこと。何か聞きたければ私に聞くといいわ」
 そう言い切った司書さん…いや破魔矢さんの瞳はきらきらしていた。破魔矢さんはいつの間にか頼もしそうな雰囲気を纏って僕の正面にしっかりと立っていた。その勢いある姿を見て僕はつい、話を聞いてみたくなってしまったのである。
「あ…私だけ名乗っちゃうなんて不公平。キミ、名前教えてくれる」
柏木穣かしわぎゆたかです」
「そっか。柏木くん、私の話を聞く気はある?あるならたんまり教えたげる」
「あります。お願いします、破魔矢…先輩」
「上出来。よろしくね」

 そこから、僕と破魔矢さんは仲良くなってしまった。



 それからというもの、僕は未だに破魔矢さんから諸々の助言をもらっている。あまりにも図書館に通い続けているからか、去年あたりからは生徒の間で僕も「学園一の変人生徒」という二つ名を賜ることとなったようだ。最近、破魔矢さんは立ち居振る舞いこそ飄々としているけれど、思考の中ではいつも相禱学園という組織の中での自己について考えている「悩める人」らしいということがわかってきた。破魔矢さんはこの前も「私は人々の鍵であり、学園の備品だ」とか、なんかそういう難しいことを言っていたけれど、そのあたりの詳しい話は、まだまだ僕の知らない部分が多い。相禱学園が何を望まれて生まれ、そしてどこへ向かうのか。僕も考えながら残りの日々を過ごそうと思う。



〈学生寮居室から発見された日記の一部。年代として最近と考えられるが、この柏木という生徒の情報は現在の相禱学園公式文書に残されていない〉
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