若者との出会い
粗方食事が済んでセナの涙も落ち着いてきたころ、ファルフはデザートのコーヒーゼリーをテーブルに置きながらセナに話しかけた。
「…セナくん、君のお話を聞いても大丈夫かな?」
「……はい、ボクのお家の話ですね。お家といっても、貴方が思っているようなものではありませんが…」
セナは舞台役者だった。セナの所属しているところは移動式の劇団で、世界中を転々としながら人々に笑顔を届けていたと言う。団員は主に両親に棄てられた行き場のない人間達で、皆が家族同然に暮らしていた。その中にセナととても仲の良い役者がいて、二人で舞台のトップを目指し努力していたそうだ。
そんなある日、セナの友人に大きなチャンスが訪れる。その時いた町の伝統的なお祭りで公演することになった歌劇の主役に抜擢されたのだ。さらにその町は『歌と海を愛する町』と言われ、今まで数々の有名な歌手や舞台役者を排出していったらしい。友人の練習にも気合いが入っていた。親友であるセナと一緒に台詞の読み合わせも何度も行った。
「………本当に、彼は誰にも負けないくらい努力していました。でも…」
待ちに待った公演当日、友人は謎の病に倒れてしまった。高熱を出し喉は酷く腫れ、歌うことはおろか声も出せない。主役のいなくなった舞台。焦る舞台裏の中、翡翠の髪の劇団員はこう言った。
『ボク、代わりにやれます。一緒に練習してて、台詞は全部入ってます。ボクにやらせてください。』
劇は大成功だった。セナの役者としての能力、そして歌唱力は町中の人間に知れ渡り、セナは劇団の顔になった。しかしそれを許さない人間もいた。友人だった彼は、劇が終わってからセナに冷たく当たるようになった。無理もないだろう、彼からすれば自分の得るはずだった栄誉を横取りされたのだから。
それでも体調不良なら仕方ない。プロを目指すならその辺りを管理するのも仕事だ。セナはじきに態度を改めるだろうと静観していた。大切な友達だから、ライバルだから、きっと元に戻ってくれると信じていた。
しかし、彼の態度は悪化するばかりだった。そればかりか彼は他の団員達も巻き込んで全員でセナに対しよりきつく当たるようになった。
また別の町で劇をやることになった前日、セナは一人で舞台に立ち、動きや演技の確認をしていた。大体の確認が終わり、そろそろ戻ろうとしたその時、
───プツリ
ロープの紐が切れ、ぶら下げられていた星と月の装飾物がセナの真上に落ちてきた。
角が頭を直撃し、まともに立っていられなくなる。歪む視界の中で捉えたのは、かつての親友の姿だった。
もうここにはいられない。
団員に運ばれた病院の病室でそう思い、傷が塞がったその日の夜に、セナは劇団からいなくなった。
「…ひどいね。そんなの逆恨みじゃないか。」
「…ボクの話は以上です。今日はありがとうございました。ご飯…とても美味しかったです。このコーヒーゼリーも。」
セナは俯き、ファルフが聞こえないくらい小さな声で
「みんなと食べられたらよかったのに…。」
と呟いた。
「転職先とか、住む場所とかもまだ決まってないんだよね?」
「そう…ですね。まだ出たばかりなので」
「それなら…僕の店に暫くいるといい。ご飯もお部屋もお風呂もあるよ。」
そう言うとセナはひどく驚いた様子で目を見開き、ファルフの顔を見た。
「本当に…大丈夫なんですか?」
「勿論!君がよければね。心が落ち着くまでここでのんびり暮らすといいさ。」
セナはしばらく葛藤していたようで、うんうんと唸った後に、
「うう、じゃあ…あの、お言葉に甘えて…お邪魔します。ファルフさん。」
と立ち上がりお辞儀をした。
「ようこそ。歓迎するよセナ君。」
「あの…ボク、あ、明日からここで働くんですよね…?えっと、お料理は少ししかできなくて…。」
「そんなこと気にしなくていいよ。今はしっかり休んで、気が向いたら手伝ってくれるくらいでいいからさ。寝室は分かるかい?階段を登って廊下にでたところの一番奥だ。」
「あ、ありがとうございます…うう、何から何まで…。」
「構わないさ。ゆっくりおやすみ、セナくん。」
ファルフの家のベッドはとてもふかふかで暖かく、セナはさっき食べたパンみたいだ、と思った。セナは明日の朝ごはんを少しだけ楽しみにしながら眠りについた。
「…セナくん、君のお話を聞いても大丈夫かな?」
「……はい、ボクのお家の話ですね。お家といっても、貴方が思っているようなものではありませんが…」
セナは舞台役者だった。セナの所属しているところは移動式の劇団で、世界中を転々としながら人々に笑顔を届けていたと言う。団員は主に両親に棄てられた行き場のない人間達で、皆が家族同然に暮らしていた。その中にセナととても仲の良い役者がいて、二人で舞台のトップを目指し努力していたそうだ。
そんなある日、セナの友人に大きなチャンスが訪れる。その時いた町の伝統的なお祭りで公演することになった歌劇の主役に抜擢されたのだ。さらにその町は『歌と海を愛する町』と言われ、今まで数々の有名な歌手や舞台役者を排出していったらしい。友人の練習にも気合いが入っていた。親友であるセナと一緒に台詞の読み合わせも何度も行った。
「………本当に、彼は誰にも負けないくらい努力していました。でも…」
待ちに待った公演当日、友人は謎の病に倒れてしまった。高熱を出し喉は酷く腫れ、歌うことはおろか声も出せない。主役のいなくなった舞台。焦る舞台裏の中、翡翠の髪の劇団員はこう言った。
『ボク、代わりにやれます。一緒に練習してて、台詞は全部入ってます。ボクにやらせてください。』
劇は大成功だった。セナの役者としての能力、そして歌唱力は町中の人間に知れ渡り、セナは劇団の顔になった。しかしそれを許さない人間もいた。友人だった彼は、劇が終わってからセナに冷たく当たるようになった。無理もないだろう、彼からすれば自分の得るはずだった栄誉を横取りされたのだから。
それでも体調不良なら仕方ない。プロを目指すならその辺りを管理するのも仕事だ。セナはじきに態度を改めるだろうと静観していた。大切な友達だから、ライバルだから、きっと元に戻ってくれると信じていた。
しかし、彼の態度は悪化するばかりだった。そればかりか彼は他の団員達も巻き込んで全員でセナに対しよりきつく当たるようになった。
また別の町で劇をやることになった前日、セナは一人で舞台に立ち、動きや演技の確認をしていた。大体の確認が終わり、そろそろ戻ろうとしたその時、
───プツリ
ロープの紐が切れ、ぶら下げられていた星と月の装飾物がセナの真上に落ちてきた。
角が頭を直撃し、まともに立っていられなくなる。歪む視界の中で捉えたのは、かつての親友の姿だった。
もうここにはいられない。
団員に運ばれた病院の病室でそう思い、傷が塞がったその日の夜に、セナは劇団からいなくなった。
「…ひどいね。そんなの逆恨みじゃないか。」
「…ボクの話は以上です。今日はありがとうございました。ご飯…とても美味しかったです。このコーヒーゼリーも。」
セナは俯き、ファルフが聞こえないくらい小さな声で
「みんなと食べられたらよかったのに…。」
と呟いた。
「転職先とか、住む場所とかもまだ決まってないんだよね?」
「そう…ですね。まだ出たばかりなので」
「それなら…僕の店に暫くいるといい。ご飯もお部屋もお風呂もあるよ。」
そう言うとセナはひどく驚いた様子で目を見開き、ファルフの顔を見た。
「本当に…大丈夫なんですか?」
「勿論!君がよければね。心が落ち着くまでここでのんびり暮らすといいさ。」
セナはしばらく葛藤していたようで、うんうんと唸った後に、
「うう、じゃあ…あの、お言葉に甘えて…お邪魔します。ファルフさん。」
と立ち上がりお辞儀をした。
「ようこそ。歓迎するよセナ君。」
「あの…ボク、あ、明日からここで働くんですよね…?えっと、お料理は少ししかできなくて…。」
「そんなこと気にしなくていいよ。今はしっかり休んで、気が向いたら手伝ってくれるくらいでいいからさ。寝室は分かるかい?階段を登って廊下にでたところの一番奥だ。」
「あ、ありがとうございます…うう、何から何まで…。」
「構わないさ。ゆっくりおやすみ、セナくん。」
ファルフの家のベッドはとてもふかふかで暖かく、セナはさっき食べたパンみたいだ、と思った。セナは明日の朝ごはんを少しだけ楽しみにしながら眠りについた。