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となりの仙道先生






「ここか!」と押し開いたドアからのぞいた体育倉庫の中には、どこかで見た覚えのある同学年の男と見たことのない女がいて、目を丸くして絡んでいたお互いから飛びのいた。
 三井は舌打ちして開いたときと同じように乱暴に扉を閉めた。
「どこ行きゃーがった!」
 空振り5回目だった。職員室には当たり前のようにいない。図書室にも視聴覚室にも体育館にも体育館倉庫にも。
 鼻息荒く周りを見回して、ふと顔を上にあげる。
 青空の下の屋上に、見知った特徴のある髪の毛が動いたような気がした。
 ダッシュで校舎に入り、昼休みに入って生徒で溢れる階段をかき分け駆け上って、最後の数段は気をつけて忍び足で昇っていく。
 開け放されたままの屋上へ通じるドアを見て確信し、外に出てからそっとドアを閉める。気づいて、傍に立て掛けてあった箒を取り上げてドアに立て掛け、下には箒の入っていたバケツを置いておく。
 直射日光の厳しい屋上に人影はなかった。三井は目を細め、背後の自分が出てきた階段室を振り返る。近寄って回り込み、影になっている裏手に静かに移動する。しばらく待つとガシャンとバケツの倒れる音がし、三井は急いで元来た通り回りこんだ。
「センセー!」
 ドアの前で慌てて転がったバケツを拾いあげていた広い背中に呼びかけると、その男はおそるおそる三井を振り返った。
「なんだ、三井くんかー」
 わざとらしくへらっと笑って頭をかく。
「逃げんなよ」
「逃げてなんかないよ。落ち着いて昼飯食べられるところを探してたの」
「ふーん…?」
 その手から持っていたバケツを取り上げて、元通りドアの下に置いておく。
 なんで?というように眉を上げた仙道に、三井は口の端を上げ笑って見せた。
「邪魔入ったらヤだろ?」
 逃げられないように仙道の腕を引いて裏手に回り込み、日陰に来ると三井は自分より大きな体を壁に押し付けた。
「昼ご飯まだなんだけど」
「その前に食うもんあんだろ」
 笑みを浮かべる大人ぶった余裕が憎たらしかった。
 唇を寄せ、誘って囁くと長い睫毛が額を擽った。下睫毛まで長くて、それがなんかやらしい。
 好奇心を覚えて三井は背を少し伸ばしてそれを食もうとすると、さすがに掴めなくて、擽ったそうに閉じられた瞼にキスをした。
「悪い子だね」
 待っていた唇が降りてくる。薄く口を開いて待ち受けていると、焦らすように上唇の端に軽いキスが落とされた。三井は唸り、顔を傾けて自分から年上の男の唇を追う。合わせる気がないような唇と数度掠ってそれが却って性感を煽ってくる。
 じゃれ合うように顔のパーツを摺りあわされて、いい加減三井が怒ろうとした時、男が食いついてきた。よし、と気合を入れて体を押し付ける。
 仙道の舌は自在に三井の口内を探りまわった。歯の付け根を舐められて舌にたどり着き、絡めてきつく吸われ、やり返そうとするとするっと逃げて上顎を撫でられる。これまで何度か唇を重ねて、仙道はすぐに三井の弱いところを探りあてた。執拗に責められて三井の喉の奥からくぐもった声がもれ始めた。腰が知らず揺れて腹の下がじんじんしてくる。
 ヤバい、と思っても男は止まらずに三井の舌を弄び続ける。飲み込めきれなかった涎液が顎を伝ったとき、三井の足が挫けた。心得たように背中を支えていた腕に力が籠る。
「待てっ…て、まだ…」
「はいはい」
 ふらつく三井を抱えてそっと床に座らせて、仙道は自分もその隣に座りこんだ。
 一仕事終わったとばかりに持参していた弁当を広げはじめた年上の男を、三井は膝を抱えまだ力の入らない半目で睨み上げた。
「…すぐ飯食ってんじゃねぇよ」
「昼休み終わっちゃうから。三井くんは食べた?」
 箸で鳥の唐揚げを摘まんで口元に持ってくるのに、三井は首を振った。そんなもの食べる気分じゃないし敏感になっている口腔内にそんなものを入れたら大変だ。
 この男はそんなことは感じないのかな、と三井は唇を尖らせて隣に並んで座る仙道を見つめた。おいしそうに弁当の中身を減らしていく男は何も考えてはいないように見える。
「ガキ扱いすんなよ」
「してないよ」
 笑いかけてくる顔がカッコ良すぎて憎たらしい。
 三井はさらにむくれてそっぽを向いた。
 仙道が臨時教員として湘北高校に赴任してから2週間たった。
 いきなりプロバスケリーグのイケメン元スター選手がやってきた学校は阿鼻叫喚に包まれた。
 さすがに当初の熱狂ぶりは薄れてはきたが、まだまだ仙道に熱を上げて追いかけまわす女生徒は後を絶たない。
 休み時間は質問と称して仙道の前には長蛇の列ができるし、昼休みや放課後は呼び出しを受けておかしなところに連れ込まれそうになる。仙道が逃げ回るようになったのは理解できるが、自分にも捕まらないのは納得いかないし、そこに持ってきてこの態度。
 絶対子供扱いしてる。
 三井は膝を抱えた腕につまらなさそうに顔を乗せた。
「夜家行っていいか?」
「部活あるでしょ」
「…あんた顧問やればいいじゃん。なんでやんないの」
「田岡先生は立派な指導者だよ」
 質問や要求はのんびりした声ではぐらかされる。自分がこの高校の生徒だとわかってからずっとこうだ。



 隣に建つアパートは住宅密集地の常で、細い路地が間にはあったものの、三井の家からすぐにも手が届きそうな近さだった。
 三井の自室から一番近い部屋はここ何年かなぜだか入居者が入らず、油断はしていた。
 いつから見られていたのかは夢中で気づかなかった。
 我に返ってふと視線を感じて、いつもは閉まって新聞紙が貼られていたアパートの窓が開いており、窓枠に頬杖をついて呆けたようにこちらを見ている男に気が付いた。
 すぐには声が出なかった。
 声どころか息まで止まる。
 たった今まで自分を慰めていたばかりだったのだ。
 安心できるはずの自分の部屋で、もうそれは思う存分に。
 掃き出し窓ではないから全身は見えない。きっと上半身だけ。いや、胸から上くらいしか見えてない、はずだ…けれども同じ男だったら自分が何をしていたのかバレバレだっただろう。女にだってわかる。
 三井は目を見開き顔を真っ赤に染め上げた。
 ただやってるところを見られただけじゃない。その男が誰であるのか、知り過ぎるほどに知っていたから。
 自分の部屋の正面の壁に貼られたポスターを茫然と見て、顔をもう一度隣へと向ける。
 間違いなく同じ顔だった。妄想でもなんでもなく。
 三井はこの男が所属していたチームの熱烈なブースターだった。ボランティアで何度かアリーナの仕事を手伝ったことだってある。
 その時は遠くから見かけただけの男が、なぜだか隣のアパートにいて自分と目が合っている。しかも自分は下半身丸出しで。そこは見えてないだろうけれども。
 エースだった仙道がいきなり退団したのは寝耳に水の出来事だった。どこか他のチームに移籍するわけでもない。ケガも聞いたことがない。
 それがなんで今窓の外とはいえ、隣にいておれを見てるんだ?
 仙道は三井が気づいたことがわかるとニッコリ笑ってきた。
 慌てるでもなく、紛れもなく今固まっている自分に笑って、ゆっくりと部屋の中に引っ込んでいった。
 誰もいなくなった窓辺を三井はたっぷり数分あっけに取られて見ていた。
 が、その後の決断は早かった。
 手早く後処理をして身繕いをし、部屋を飛び出す。家も飛び出して、隣のアパートの外階段の手摺に取り付いて駆け上った。
 目的の部屋の前に行くとその勢いでもって乱暴にドアを数度ノックする。インターフォンは使わない。
 さほど待つこともなくドアが開かれ、さっき見たばかりの長身の男が三井を見て目を瞬いた。
「ええと、」
 三井は何も言わず部屋に上がり込んだ。
「きみは、」
 振り向きざま男の何か言いかけた唇を塞いだ。食むように唇で撫でてから薄く開いていた唇をチロリと舐める。
 キスを止めて男を見ると、びっくりしたように見開かれていた目が緩み、口が笑いの形に引き上げられた。
 背後に手を伸ばされ、開けっ放しだったドアが閉められて、鍵がかけられる。
「おいで」
 腕を取られて三井は男のベッドのある続きの部屋へ足を踏み入れた。


 自分の家がある側とは違う、道路に面した窓から月の光が差していた。
 道を挟んだ前方の家と家の隙間から光が等間隔に見えて、「朝になればその外灯の向こうに海が見えるでしょ?」と男は言って笑った。
 それは三井にとっては生まれた頃から日常で見ていた光景で、仙道が何を言いたかったのかすぐには分からなかった。
 ベッドヘッドに背をもたせた肌が月の光で白く浮いている。
 触ってみたくて仕方なかった体が目の前にあって、しかもそれはついさっきまで自分の上で自分をいいように翻弄していた体だ。
 逆三角形に肩から広くて、締まった腰に繋がる腹はきれいに割れている。長く伸びる腕はふと過ぎず、だがしっかりと筋肉がついていて、理想的に思える肉体にまだ信じられない思いで目が離せない。
 手を伸ばして胸に触れる。
 分厚い胸は自分が思っていたより堅くなくて、意外に思った。
「だからここに決めたんだ」
 戯れに胸から腹まで手を滑らせても、今は家しか見えない暗い外を見る横顔はさっきから自分を振り向かなくて、これは終わったらさっさと帰れということなのか?と三井はちらりと考えた。
 まだここに居座るには、この男とこれきりにしないためには。
 あと何をすればいいんだろう。
 考えて、仙道の下半身にかけられていた薄がけを剥いだ。
 仙道が窓の外に向けていた顔を自分に戻しておもしろそうに笑う。それに三井は勇気をもらって行為を続けた。
 今は力をなくしているそれに指を絡めて、身を乗り出した。顔を近づけてからちょっと躊躇う。仲間うちで猥談で話しに聞いたことはあるけれども、されたことはないし、もちろん自分でするのは初めてだ。
 友達連中と風呂に入るときには見たこともないような色と大きさで、悔しいがちょっと迫力があって大人の男のものだと実感して、三井の喉が鳴る。
 先端を舌を出してちろりと舐めてみる。じんわりと苦いような青いような味が舌を刺して三井はちょっと腰が引けたが、今更後戻りすることもできずに思い切ってカリの部分まで歯を当てないように注意して口に含んだ。先刻の自慰を思い出して、自分ならどこが感じるのか考えながら傘の回りを舌でくすぐってみる。手を添えていた幹が徐々に復活してきて三井は調子に乗った。
 身を本格的に乗り出して足の間に座りこみ、根本から舐め上げてこれ見よがしに仙道を見上げる。まだ余裕があるような顔に見返されて、三井は少しむっとして口に入れられるところまで一息に頬張った。
 すぐにまた復活した長大なそれは口の中には収まらず、えずきそうになりながら三井は懸命に首を上下に振った。
 粘着質な水音が耳を刺激して三井自身も萌してくる。下腹に熱が溜まり頭がぼうっとし始める。喉の奥から「んうっんっ…」と耐えきれないような自分の声が聞こえて飲み込めない涎が口の端を辿るのがわかる。
 ふいに頭に仙道の手が伸びてきて耳を擽り、髪を撫であげた。そのまま顔を両手で引き上げられて、いろいろ緩みきっただらしない顔になっているだろうとは思いながら目の前の男を見た。
「座って」
 何を指示されたかわかって三井は躊躇った。
 仙道は丁寧に後孔をほぐしてはくれたけれど、それでもかなり痛かったし、今もまだじんじんと熱をもっている。
 後ろを使ったセックスは初めてだと悟られたくなかったから懸命に堪えていたけれど、もう一度あの体験をするのは正直怖い。
 ちろりと上目遣いで仙道を見ると、急かすでもなく両手で三井の頬を撫でて笑みを浮かべている。
 三井はおずおずと膝立ちし、そのまま仙道の腰まで進んだ。
 仙道の目に見つめられて否とは言えない。魅入られたように三井は視線を外せないまま、後ろ手に仙道のものを探る。口が干上がったように乾く。
「…んっ…ふっ」
 先端がぬるぬると後孔を擦ると自然に声が上がった。自身も立ち上がったままだ。
 三井は舌で唇を舐め、ゆっくりと腰を落としていった。


 日課の早朝のランニングを終えて、家の近所まで戻ってくると突堤の先に見知った特徴ある髪型を見つけて三井は足を止めた。
 首にかけていたタオルで汗を拭き、少し躊躇ってからその方角へ足を向ける。
 仙道は座り込んで釣り糸を海に垂れていた。
 釣りが趣味、というのはどこにも書いてなかったな、と思い返す。
 何かを釣ろうという気概も感じられない、のんびりと海を見ているその隣に三井は立った。
 あれから何度か三井は仙道の部屋まで行った。
 行けばとくに言葉を交わすでもなく、すぐにベッドに直行する。
 気になって仕方なかった仙道の去就どころか、自分がバスケ部であることも三井は口にのぼせなかった。
 春休み中で家にいることも三井は多かったが、その間自室から見ている限りでは、仙道はどこかに長時間出るということもなく、三井が部屋に来れば小さく笑い、黙って部屋に迎え入れた。
「何か釣れるのか?」
 知りたいとは別に思わないことで口を開くと、仙道は「んー…」と考え、脇に置かれたクーラーボックスを見た。
「なんだろう?」
 なんだ、それと思いながら、三井も惰性でクーラーボックスを開くと、筆箱くらいの大きさの魚が2匹、狭いボックスの中を泳いでいた。
「食えるのかな」
「食べる?」
 聞かれて、三井はまー大丈夫かな?と思い、頷く。
「じゃあ焼いててよ」
 仙道はポケットに手を突っ込んで鍵を取り出し、三井に手渡した。
 手の中の鍵を見つめ、仙道の頭を見つめる。
 三井はクーラーボックスを掴み上げ、仙道のアパートに足を向けた。


 魚なんて焼いたことがない。
 人の家の台所に立ち、三井はまな板の上に2匹並んだ魚を見下ろし固まった。
 魚を焼いたことがないどころか、台所に立つことだって稀だ。
 とりあえず洗ってまな板の上に乗せてみたはいいが、包丁で腹を開く度胸もなくて、古い記憶を思い出しながら目についたフライパンにアルミ箔を敷き、魚を並べてコンロの火をつけた。これなら小さい頃キャンプに連れて行かれてやったことがある。から、大丈夫だろう、きっと。
 セックスをする以外でこの部屋にいるのは初めてだ。しかも一人で。
 振り返って部屋の中を見渡す。
 バスケに関係するものは皆無だった。物自体があまりない、まるで仮住まいのような簡素さ。
 フライパンのたてる音を聞きながら部屋を眺めていると玄関のドアが開けられ、仙道が戻ってきた。
 なんだか擽ったいような気持ちで、サンダルを脱ぐ仙道を見つめる。
「おかえり」と声をかけるのも恥ずかしくて、長身を屈めるようにして洗面所に入っていくところまで黙ったまま見送って、三井はコンロを振り返ってフライパンの蓋を開け、菜箸で魚をひっくり返した。
 仙道が鼻をひくつかせ、「いい匂い」と言いながら台所にやってきた。
 三井の背後に立って腕を伸ばし、肩越しにフライパンの蓋を開ける。
「あ」
 取らなかったはらわたが弾けてフライパンの中は結構なスプラッター状態だった。
 仙道は蓋を戻してガスの火を止めた。
「…ごめん」
「うん、後で食べよう」
 蓋を置いた手で三井の顎を捉えて横を向かせてキスしてくる。それが深くなって三井は焦った。
「おれ走ってきて風呂入ってないから」
「うん」
 返事をしながら仙道は三井の首筋にキスを移していく。背後からTシャツの中に手が入り込み、尖りをひっかかれて三井は唸った。腰を押し付けられて足が自然に開いていく。
 穿いていた短パンに手をかけられたところで、三井は流しの手前に両手をついて体を支え、焼いた魚の匂いが立ち込める中で背後の男に体を委ねた。



 次の日に三井が仙道と会ったのは自分の通う高校の体育館の中、春休み明けの始業式の真っ最中だった。
 全校生徒が大騒ぎの中、三井の頭の中も大騒ぎだった。
 舞台に立った仙道がにこやかに挨拶を終え、壇から下がって教員の席に並んだときに、その近くの生徒の列にいた三井は慌てて顔を逸らした。が、逸らす前の一瞬、確かに笑みが固まった仙道と目が合ってしまった。
 沸き立った頭を抱えて帰宅した三井は夜を待った。
 夕食後にさっさと自室に引きこもり、勉強などするわけでもないのに机に座って、窓越しに隣のアパートの部屋を様子をドキドキしながら眺める。
 8時を過ぎ、9時を回ったところでアパートの外階段の方角から階段を上がってくる靴音が聞こえた。その必要もないのに息を潜めているとやがて自室から見える部屋に明かりがついた。
 よし。
 三井は初めて仙道の部屋へ押しかけたときのように勢いだけで部屋を飛び出した。
 仙道のアパートまで辿りついたときにはだが既にその勢いは挫け、インターフォンの助けを借りる。
「はい。どなた?」
 ドア越しの仙道の声。
 今更のように胸が跳ね、三井は何と言っていいのかわからず、「おれ」とだけぶっきらぼうに答えた。
「…詐欺?」
「ふざけろ。開けろよ」
「今日は遅いし。また明日」
「はあっ?」
 10時過ぎて来たことだってある。ニコニコ笑って開けやがったじゃねぇか。
 三井はドアを腕で叩いた。
「ふざけんな!開けろって」
「明日も学校でしょ」
「ビビッてんのかよ」
 しばらく待つとドアが小さく開けられた。すかさず隙間から部屋に潜りこもうとすると体でブロックされる。
 何度かそれをお互い無言で繰り返して、三井は仙道を睨み上げた。
「仙道センセーは教え子をセフレにし」
 大声で怒鳴ると長い腕が三井を部屋に引き込んでドアが閉まった。
 にやりと笑って仙道を見上げ、三井はさっさと靴を脱いで部屋に上がり込んだ。
「…気にしてんの」
 背中を向けたまま問うと、「そりゃ当たり前でしょ」とため息をついて返される。
「大学生くらいだと思ってた」
「変わんねーよ。高3だし」
 台所に立ち尽くす仙道をおいて、勝手知った部屋を横切りベッドの置いてある奥の和室へ行く。
 そばを通った時に仙道からは酒とタバコの匂いがして、さっそく歓迎会かよ、と三井は顔を顰めた。
 あまり酔ってないみたいだけどちゃんと勃つかな、などと考えながら、ベッドの上にどっかり座って三井はさっさと着ているものを脱いでいった。
 仙道が大股に近づいてきて、脱ぎ捨てられたパーカーを拾って三井の頭から被せた。それを身を捩って落とし、着ていたTシャツを脱いで部屋の端に投げ飛ばして仙道を睨む。
「元々童貞じゃねーし!何がダメなんだよ!」
「高校生の彼女と、30過ぎの俺とじゃ違うでしょ」
 くそ、ため息なんかついてんじゃねーよ!
 目から涙が出そうになって三井は焦った。こんなところで泣いたらますます子ども扱いだ。
「何が違うんだよ。わかんねーよ。くそっ!」
 絶対帰らない。という意思を込めて三井はベッドに転がった。ここで散々好き勝手しやがったくせに。
 もう馴染みになった仙道の寝具の匂い。
 うつぶせにひっくり返って駄々を捏ねているようだと思いながら、三井は安堵と興奮という相反する気持ちを呼び起こされるその匂いに浸った。
 ギッと音を立ててベッドの片側が沈み、仙道が自分の脇に腰掛けたことを知る。手が伸びて三井の後頭部を撫でてくる。
 子供にするようなその仕草がやさしくて悔しくて、三井は堪えていた涙を寝具に吸わせた。
「おれ、学校のセンセーとエッチするの夢だった」
 ピタリと撫でていた手が止まる。
「放課後の教室とか。音楽室とか化学準備室とか」
 反応がなくなった脇に座った存在に不安を覚えて三井はちらりと顔を上げた。
 見上げる肩が震えている。ますます不安になって体を起こすと、仙道が声をたてて笑った。
「あははははははっ!はっはは!…いや…」
「なんだよっ!」
 バカ笑いに近い笑い声をようやくおさめて、仙道は三井を見た。笑い過ぎて目の端に涙が浮かんでいる。
「いやー、うんうん」
「だからなんだっての!」
 またしても頭を撫でてこようとする手を払って本気で怒ると、仙道は笑いをおさめて三井に向き直った。
「誕生日はいつ?」
「へ?」
「いつ18歳になるの?」
「あ…5月。5月22日」
「じゃあその日は視聴覚室でお祝いしよう」
「あ…」
 何を約束されたかわかった。
 自分の今の状態を忘れて、顔を耳まで赤く染める。
 渋々といった体を作って唇を尖らせ、三井は首を縦に振った。
「セフレにするなら初めての子は避けるよ」
 三井は驚いて仙道を見た。自分を見る仙道の目がやさしくて、もらった言葉の意味を悟って、バレていたのにいきがっていた恥ずかしさは薄れていった。
「キス…は?ダメか?」
 降ってきた唇は子供を寝かしつけるときのように軽い音をたててすぐに離れていったけれど。
 三井は満足して小さく笑った。
 
 

「ホントに誕生日までやんねーの」
 コンビニ弁当を3つ空にして屋上の床に寝そべり目を瞑った男に声をかける。
「寝てんのかよ」
 反応のない男の鼻を摘まんで、「腹減ったなー」とその隣に転がれば青い空が眩しい。その空に向かって指を折って数える。
 あと8日。大人になるには近いような遠いような。
 年齢という数字に意味なんてあるのかな、と思う。もうあんなこともこんなこともやっちゃってるのに。
 八つ当たりのように隣の胸の上に頭を強く凭せ掛けて自分も目を閉じた。
「弁当もう一つあるよ」
 起きてやがる、と身を乗り出して仙道の顔を覗き込む。
 目を閉じたままの唇をぺろりと舐める。と、笑みを形作ったそれがうれしくて再度唇を落とす。何度か軽くついばんでは舐めてを繰り返すと、下から伸びてきた腕が自分を抱え込んできて、視界がくるりと反転してまた青空が仙道の後ろに見えた。
「センセーとやりたいところ、屋上も入ってたの?」
「…今入れた」
 自分の上に覆いかぶさる男の背中に両腕を回す。
 仙道の顔が降りてきたところで、バケツの転がる派手な音と、大声で悪態をつく知ったバスケ部の後輩の声が聞こえてきて、三井は舌打ちをした。
「屋上はリストから削っといて」
 自分の上から大きな体がどいて、代わりに白いコンビニのビニール袋が降ってきた。
 宮城のヤローは後でシメる、と決めて弁当を袋から出し、割り箸を割る。
「来週楽しみにしてるから。あんまり誘惑しないで」
 言葉に振り返ると、仙道は笑顔を見せて階段室へ足を向けた。
 宮城がやってきて、すれ違った仙道を口を開けて見ている。
「すげぇ。やっぱホンモノだよね」
「だな」
「バスケ部来てくんねーかなー」
「だな」
 適当な相槌をうちつつ、箸でつまんだ鳥カラをみて、さっき仙道が食べていたものと同じ弁当だと気が付いた。
 こういうとこだよな、と思いつつ、口に放り込んで咀嚼する。
 1週間で先生が思うような大人になれるとは思わないけれど。
 三井はリストを思い返し、想像に顔をニヤつかせて弁当をたいらげた。



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