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You can't hurry love




「こっち、」
 重い引き扉を開けると篭ったような饐えた埃臭い空気が体を取り巻く。自校でも慣れた匂いの中に、バスケットボールが詰め込まれたケージを避けつつ手を引いて連れ込むと、「待てって」と握った手が払われて、三井が背を向けて開きっぱなしの扉を閉めて丁寧に鍵をかけた。その背に取りついて、腰に両腕を回す。体を押した勢いで、三井が扉に片手をついた。ゴンと重たい音が響いて三井が抑えた、けれど怒った声を上げる。
「おい!」
「だって時間ないし」
「だから何すんだって」
「ナニって」
 背後から首筋に鼻先を埋めて、ずっと触れたかった三井の匂いを鼻孔いっぱいに吸い込んだ。
「やめろって。汗かいてんだよ」
「それがいいんです」
「…変態」
 合同合宿のまだ一日目から我慢がきかない自分は確かにおかしい。尚も鼻を押し付けようとすると、腕の中の体が抗って自分の正面に向いた。怒っているかと思った顔は意外にもにやにや笑っていて、悪戯そうな二重の大きな目が仙道を見上げてくる。至近距離から見るそこに自分が映っていて、急いていた仙道の気が少しだけ落ち着いた。
「なにおまえ。もしかして妬いちゃったりしてんの?」
 仙道の心を捉えて離さない笑顔で憎たらしいことを言って見上げてくる。読まれてる。やっぱり勝てないなと眉を下げた。
 正直二人だけで過ごせる時間はもっとあるかと思っていた。国体は4校混合チームの出場となったと聞いた時にまず三井の顔が浮かんだ自分は、よく副将に突っ込まれる通り腑抜けているのかもしれない。ところが練習の想像以上のハードさに加えて、三井は思っていた以上に湘北のメンバーと仲が良く、たまの休憩時間でもなかなか近づくことができない。どころか、やっと話すことができたと思えば、三井との間に入って邪魔してくる湘北の一年の、負けん気の強そうな視線に小さく舌打ちが出たことも数度。
「ねえ、」
「んだよ」
 額同士をつけて目を覗き込むと、びっくりしたように目が瞬く。かわいいなぁ、と思いつつ、こんな顔を自校では無邪気に晒しているのかと思うと、苛々とした気持ちにまた火がつく。
 三井さんと付き合ってんの、俺だよね?
 そんな子供みたいなことを言い出しかけて、さらに意地悪く笑う三井が簡単に想像できて、仙道は代わりに三井の顔を見つめて思いついた言葉を口に出した。
「…キス。キスしてください」
「はぁ?」
「いいでしょ、キスぐらい。誰も見てないし」
「っておまえこんなとこで…?」
 キスはもう何度もしている。それ以上のことも。なのにキス一つで閉めた扉の向こうに思案気に目をやったり、口を尖らせて黙りこむ三井がまたかわいくて、もっと困らせたくなる。
「三井さんがキスしてくれたら俺もっと頑張れそう」
「なんだよ、それ…」
 基本バスケバカの三井だから、頑張れると聞いたら大体のお願いは受け入れてくれる。今回もそれを狙って、でも困る顔も堪能できて、たとえ三井からのキスがもらえなくても仙道の三井タンクは8分目まできている。
「できないなら、」とさらに困らせようと顔を三井に少し下げて近づけると、「ん」と小さく声がして、唇に暖かく柔らかいものが押し付けられた。思わず目を見開いて顔をまじまじと見てしまう。それはすぐに離れてしまって、慌てて仙道は「待ってもう一回! 今のもう一回!」と強請った。
「んだよ。もういいだろ」
「だって急だったんだもん。ノーカンです。もう一度。もう一回だけ。お願い」
 手を合わせてお願いすると、三井の顔が困ったように赤くなる。なんだかんだ三井も自分の「お願い」に弱いことは仙道も心得ている。
「…もう一回だけだぞ? …ちゃんと目ぇ閉じてろよ?」
 もう一度。目の前でスローモーションのように瞳が閉じられて、今度はゆっくりとふっくらとした唇が押し付けられる。
 三井さんにバレたら怒られるけど。
 三井のキス顔が好きだ。と仙道はいつも思う。目のきつい光が消えて、濃い睫毛が伏せられる。少しあどけないような表情と、どこかまだ照れているような瞼の赤味。見ているだけで頭はふわふわとして温かくなるのに、触れている唇は汗をかいたからかしっとりと濡れていて、正直に反応を示してくる下半身を抑えるのも一苦労だ。
 自然に口の端が巻き上がって、三井の表情を堪能していると、焦れたように上唇を軽く噛まれて、ヤベと思ったときには目の前のきつい光を放つ瞳が自分を睨んでいた。
「おまえっ! なんで目ぇ開けてんだよ!」
「えーだってー。もったいねーし…」
「そういう約束を守れないヤツはな!」
 三井が仙道に詰め寄ったところで、扉がまた重たい音を立てて引き開かれた。慌てて三井が仙道から飛びのく。
「あ、こーんなとこいた。なに、ケンカ? もーやめてよ、三井さん」
 立っていたのは湘北の、仙道と同学年の宮城だった。嫌そうな顔をして扉に寄りかかり、中に入ってこようとしない。
「ちっ! ちげーよ! こいつが…!」
「あーはいはい。集合かかってっから。ペナルティー食らってもう10周とかホント勘弁してくださいよー」
 4校合同出場で普段よりさらにチームワークは必要。秩序を乱せば連帯責任。そう宣言した田岡監督に、清田と流川のケンカで、全員が体育館周り10周を走らされたばかりだった。5分休憩をもらって水を飲んでいた三井を引きずっていった用具倉庫から顔を出せば、すでに選手達は整列していて、汗のひかない顔を並べてこちらを睨みつけている。
「あんたもさー」
 ワリーワリー!と走っていった三井の後を追いながら、宮城が仙道を振り向いた。
「あんまり煽んないでくれる? 流川抑えんのタイヘンなんだから」
 どこまでバレているのかわからない牽制を受けて、仙道はへらりと顔を笑わせた。列へ顔を戻せば、確かにすごい形相をした一年坊がこちらを睨みつけていた。
 合宿はあと3日。ちょっと楽しくなってきて、仙道も「すみませーん!」と声を張り上げて列へ向かった。



 ドン、と背中から軽く体を押されて振り返ると、仙道が「すみません、三井さん」と笑って頭を下げた。口元を見て、あ、こいつワザとだな、とわかって軽く睨みつけると、仙道はさらに笑みを深めて、三井を横目に見つつ背を向ける。
 練習が終わってすぐの風呂場、食事、その後のミーティング。これで3度目だ。なかなかお互いの都合が合わなかった仙道に会えたのはうれしい。しかも練習寝食共にする選抜の合宿だ。自分だって舞い上がらないわけではなかったが、こいつのコレはどうなんだ?と三井は危ぶむ。何かにつけてちょっかいを出されれば、まさか付き合ってるとは思わなくても、他校の一度試合をやっただけの選手同士でどういう繋がりだ?と突っ込んでくる人間は出てくる。例えばこいつらみたいに。
「あいつ、しつこい」
 歩み去る仙道の背を睨みつつ流川がボソッと呟くのに、宮城が頷く。
「ホント。心当たりないんすか、三井サン?」
「ね、ねぇよ! あるワケねー!!」
 焦ってちょっとばかり声が大きくなってしまって、流川と宮城が驚いたように見返してくる。
「ならいいんスけどね。もめ事はもーホント勘弁してくださいよ? あんただって推薦かかってんでしょ」
「…う。わかってる…!」
 宮城に言われなくてもそのつもりだった。このメンバーならいいところまで、いや優勝だって夢ではないと三井は考えている。その中で少しでも多くのプレイタイムを得ること。そして大学のスカウトの目に触れること。それがこの選抜に向けての優勝とは別の、自分のもう一つの目標だった。愛だ恋だとばかり浮かれてるわけにはいかないのだ。
 今度絡んで来やがったらそこんとこビシッと言ってやる、と決心して羽織っていたパーカーに両手を突っ込むと、指先が入れた覚えのない紙屑のような感触を伝えてきた。掴んでい引き出すとやっぱり見覚えのない畳まれたメモ用紙で、不思議に思って開くと、その仙道の筆跡で時間と、合宿に使っているこの施設のある場所が書いてあった。三井はそれを確認して顔を赤くし、またポケットに握ったメモ用紙を慌てて突っ込んだ。
「ナニ? どーしました?」
「なんでもねーよ!」
 乱暴に返すと、宮城は肩を竦めて先に廊下に歩き出した。



『消灯後、脱衣場』
 部屋に戻り、一人鞄に向かって荷物整理をしているフリをしてメモ書きを取り出し、それだけ書かれているのを何度も見返して、メモ書きはちぎってゴミ箱に捨てた。
 誰が行くかバーカ、と思っていた。
「消すぞー」
「おー」
「おやすみ」
 藤真が一声かけて個々に声が上がり、部屋の中が暗くなると、三井は布団を肩まで引き上げて固く目を瞑った。
 大体なんなんだ。脱衣場って。考えてることが丸わかりなんだバーカ。万年発情野郎。
 夕方も用具室に有無を言わずに連れ込まれた。そこでナニをするのかと言えば『キスをしろ』 そのすぐ外にメンバー達がいるにも関わらず。
 三井はそっと自分の唇を指で触れた。
 意外に大きい唇。少し乾いていて、三井が不意をついてキスすると、逆に驚いて慌てていた。三井はクスリと一人笑って、体を丸めて寝返りをうった。
 その唇の中も自分は知っている。長くて厚い舌。絡むとなかなか離してくれない。舌まで器用で、迂闊に咥内を明け渡すとズルズルとその先までなし崩しに始まることが多かった。気づけば自分の唇を指で何度もなぞっていて、三井は指を慌てて離し、布団を更に頭までかけて潜り込んだ。
 一人でマスでもかいてろバーカバーカ!
 シン、と静まりかえった部屋の中で、一つ一つ聞こえる寝息が増えてくる。昼間の練習は本当にハードだった。そっと布団から顔を出して窺うと、隣の布団に寝ている牧も寝息を立ててその瞼は固く閉じられている。反対隣の高砂からは鼾が高く聞こえてきた。
 そういえば。
 仙道は鼾をかかないな、と思い出す。その代わり寝息が大きいかもしれない。スースーと健康そうな寝息をたて、唇が半開きで、いつもの大人っぽい顔が少しだけ子供っぽくあどけなくすら見える。ふと目が覚めた時にその顔を眺めるのが三井は好きだった。いつまでも飽かずに見つめていられる。その瞼が開いて自分を見、焦点が合うとふにゃと笑って口の端が持ち上がる。
『みついさん…』
 掠れたような声で自分の名前を呼んで、長い腕を回して体を引き寄せられる。広くて厚い胸板は自身のコンプレックスを刺激されるけれども、その肌に顔を押し付けると、温度と匂いに安心するのも確かだった。
「ーーー!!」
 三井は布団を体から跳ね上げた。
 キスだけだ。キスだけ。
 仙道にとってだって国体は大事な初の全国大会だ。みんなもいる合宿所で最後までなんてこたーねーだろ、と三井はそっと布団を抜け出した。
 明かりをつけず、手探りでドアノブを探して、音を立てないよう細心の注意を払って廊下にそっと出る。見つかっても便所を探してたとか言えばいい。そう考えて風呂場のある1階へ向かった。
「…仙道…? いるか…?」
 風呂場のドアを開け、暗い中を呼びかける。大分暗さには目が慣れてきたけれども、まだ一度しか訪れていない場所ではどういった室内の配置であったかも覚束ない。自分の声だけが頼りなく暗い脱衣場に響いたが、しばらく待ってみても戻ってくる声はなかった。
「仙道? …クソ、いねーのかよ」
 布団の中で大分時間を過ごしたように感じていたが、自分の方が早かったのかもしれない。そう考えると期待していたようで自分に腹が立つような、こんなところに一人で心細いようなで、三井は手探りに壁を伝っていた動きを止めた。
「帰るか」
 声に出すとスッと気分が落ちた。バカバカしい。あいつ明日はガン無視だ。と腹に決めたその時。
 ピチョン、と浴室の方から音がした。浴槽のある洗い場は窓が大きく、外の頼りない光が入ってきてこの脱衣場も真っ暗闇というわけではない。薄っすらと歪な影の明暗も見えて、それが余計に不気味だった。
 ついさっき、大勢で入った時には明るく狭いぐらいに感じたのに。
 またピチョン、と音がした。と思うと、いきなりザバッと水の流れる音と桶の転がる音がして、三井は飛び上がった。
「な…?」
 息が止まったように体が動かせない。そこにドアノブの回る音が聞こえた。摺りガラス越しのシルエットは自分より背が高い。入って来させてはまずい。仙道が来たという安心と、待ち合わせがバレたらマズイという焦りで頭がパニくる。
「…三井さん?」
 思わず隠れた影から、そのまますれ違いに廊下に飛び出そうとして、腕を掴まれた。
「三井さん! 俺です。仙道」
「洗い場に誰かいる!」 
 小さく抑えた声を作るが、焦りで語尾が強くなる。
「へ? …まさかぁー」
「ホントだって! 今、水の垂れる音と、でっけー音がしたんだ!」
 そう言うと仙道は黙り、様子を探るように洗い場の方へ首を伸ばした。
「ちょっと待っててくださいね」
「あ、おい、仙道! 待てって!」
 三井が掴んだ腕を仙道はそっと外し、洗い場へと無造作に入っていった。三井は実は暗い場所には弱い。オバケを信じているわけではないが、どうしてたって足が竦む。それでも仙道を置いて帰るわけにもいかず、唇を噛み、後を追って洗い場に恐る恐る足を踏み入れた。洗い場は予想外に外の光を受けて明るかった。見回すとやはり人の影はないように見えた。
 並んだ蛇口の前にしゃがみこんでいた仙道は、その一つを締めて立ち上がった。
「ホラ、誰かが蛇口きちんと締めてなかったんですよ。一滴づつ垂れててそれが桶に溜って倒れたみたい」
「は…」
 仙道から説明を受けて、その足元に転がっていた桶に目をやる。改めて見渡すともちろん洗い場には誰もおらず、外の月の光が仙道の穏やかに笑った顔を映し出した。
「…なんだよ」
 気が抜けてボソッと呟くと、三井はすたすたと脱衣場に戻った。そのすぐ後から仙道もやってくる。それへ、照れと安堵と、忘れていた怒りを思い出して、「俺もう部屋戻るわ」と乱暴に言い放った。
「え、なんで?!」
 言葉にするにはあまりに自分の抱えている感情が幼稚に思えて、「ここに来て結構経っちまったし、」と顔を逸らし、語気を抑えて三井は答えた。
「あー…すみません。今日の消灯確認当番が神で、一年がまた揉めてたらしくてなかなか戻ってこねーで」
「…ふーん…」
「ね、もうちょっと。もうちょっとだけ一緒にいて? お願い」
 出た。仙道のお願い。
 こいつは自分が強請れば大概のことは許されると思ってやがる節がある。
 それでも自分の手を掴んだ仙道の温かさに、安堵と、常にないシチュエーションに昂った気持ちの方が膨らんでいく。
「…ちょっと…だぞ?」
「はい、ちょっと」
 膨れた顔で小さく呟けば、仙道はにっこり笑って頷いてくれる。照れが勝って、三井は黙ってその場に座り込み、籠の並んだ棚に背を凭せた。その隣に仙道も並んで腰を降ろす。
「三井さんの部屋、どんな感じです?」
「どんなって…3年で主将やってるヤツが多いからな。まー手がかからねーってか、ちょっと窮屈なぐらいだ。あ、でも藤真はおもしれーヤツだな」
「そっか。恋バナとかしない?」
「しねー! するわけねーよ」
 あの面々で恋バナをする様子を想像して三井は思わず笑っていた。
「え、おまえんとこすんの?!」
「アハハハ、しません。2年チームも静かだなぁ」
「神と福田と宮城か? あー噛み合わなさそー」
「一年みたく仲が悪いってわけじゃねーんだけど、なんか不思議な緊張感があって」
「キンチョー? おまえはしねぇだろ」
「しませんねぇ」
 目元を撓めて自分を見つめてくる仙道は、外で会う時と同じ。楽しそうで優しそうで、でも距離感が少しだけいつもより他人行儀なような気がした。膝を抱えて他愛もない話しを仙道とするのは楽しい。
 でも。
「…なぁ」
「なに?」
「…しねぇの?」
「…え…?」
 驚いて目を瞠った仙道を見て、三井は自分が何を口走ったか理解した。
「み、三井さん?! な、ナニ…? ナニを…?!」
「なんでもねーー!! バーカ! ナニ想像してんだよ! バーカバーカ! やっぱ戻るわ!」
「あ、待って! 待ってって!」
 その場で立ち上がった三井の手首を仙道は慌てて掴んだ。仙道は掴んでおいて引き寄せ、バランスを崩して倒れこんできた三井の体をそっと自分の身体の上に受け止めた。抱きすくめられて三井は動けなくなる。
 こいつはデカいから。バカ力で離さねーから。
 自分に言い訳をして、三井はそのまま大人しく仙道の胸の中に収まった。
「…昼間さ、体育館の用具室で、」
「あー…おまえさ、みんなの前であんまあーいうことよせって」
「うん、そうですね…。中途半端やっちゃうとホントヤバかった。だから…今もキスなんてしちゃうと離せなくなっちゃうから…」
「から、なんだよ」
「…三井さん…」
 見上げるとヘロっと困ったように仙道の眉が下がっている。その顔へ三井は伸びあがって鼻を近づけた。仙道の匂い。唇が触れるまでもう1㎝もない。
「あんま煽んないでよ」
「…キスだけじゃ勃たねーだろ」
「キスによりますよ」
「ん、じゃこれは…?」
 唇の端に軽く口づける。少しざらついた唇のそばの肌は髭が伸びかかっているのかもしれない。そう思うと止まらなくなって、三井は舌を出してその肌を舐めとった。
「俺…言いましたからね…!」
 覆いかぶさってきた仙道の体を三井は歓喜を持って受け止めた。
 ほら、おまえの方が欲しいんじゃん。
 口を開けば布団の中で思い出していたままの熱さの舌が乱暴に押し入ってくる。片手で背中をきつく抱きしめられ、残る手で首の後ろを仙道の顔へと押さえつけられる。貪るように口咥を荒らされ、吸い上げられて閉じた目の前がスパークする。夢中で仙道の体に手を這わせると、「んんん!」と仙道の方からくぐもった声が漏れた。両頬を大きな手で挟まれて、顔を離される。仙道の舌を追いかけるように自分の舌が伸ばされるのを三井はどこか他人事のように感じた。
「…んだよ」
「ホンッとにヤバいから!」
「いーじゃん」
 自分でもどうするつもりかわからないままに三井は手を伸ばし、仙道の股間に触れた。固く萌したそれに唇が歪む。
「よくないでしょ。三井さん、やった後いっつも体キツいっていうじゃん。明日は今日よりもっと練習キツくなりますよ?」
 そうだった、合宿。推薦。
 こいつの隣に大きな顔して並んでいるためにも。
 三井は手を離し、ごつん、と仙道の肩に額をぶつけて脱力した体を預けた。すぐに仙道がその頭に手を回し、髪の毛の中をかき分けるようにして口づけられる。三井は頭を起こし、仙道を見つめて唇に軽いキスを落とした。それから腕をすり抜けて身軽く立ち上がる。
「そうだな。じゃ、俺行くわ」
 それでも収まりきらないものを感じて、意趣返しにちらっと仙道の股間に目を落としてにやりと笑う。仙道は情けなさそうな顔で、「俺はコレおさまったら戻ります」と座ったまま三井を見上げた。
「おう。また明日な」
「うん、あ、待って」
「なに?」
「また会えます? 明日も。ここで」
「あー」
 三井は考えるフリをして顎を撫でた。そんなの答えは決まっているけれども。
「今度はおまえ絶対先に来いよ?」
「はい、絶対」
「うん」
 手伝ってやれなくてワリー。
 やっちゃうと俺が収まらんなくなる。
 声には出させなくて、最後に手を伸ばして今は降りてさらさらの感触を伝える仙道の髪の毛に触れた。
「おやすみなさい」
「…おやすみ。明日、な」
「はい。また明日」
 三井は顔を振り、ドアノブに手をかけ外に出た。閉めて歩き出し、少し考えてドアの脇の壁に身を寄せる。仙道の小さい声が聞こえて三井はほくそ笑み、暗い廊下へ足を踏み出した。




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