翔陽バスケ部誌





秋・ふじまさくぶん



小学生の作文かって突っ返された。口を尖らせてそう言った藤真にクシャクシャに丸められた原稿用紙は、教室の隅に飛んでいって、ゴミ箱のフチに当たって跳ね返った。
「あーちくしょー」
「ちょっと見せてみろよ」
花形が拾いに行く背中に声をかけると、尖ったままの口が振り向いた。
「えー…。…笑うなよ?」
それは約束できない。
とは口に出さず、黙って手のひらを藤真に伸ばすと、拾いあげた丸めたままの原稿用紙が手の上に乗せられた。
机の上で適当に伸ばし、眼鏡をかけ直して藤真の字を辿り始める。
部活で監督業を兼任する上での話を聞かせて欲しい、と新聞部に要請されて、藤真がここ数日、原稿用紙を前に頭を抱えているのは知っていた。
普段ならはねのけるだろう依頼を受けたのは、藤真にしては珍しく、新聞部になにやら借りを作ってしまったからだ、ということだった。
乱暴に左から右に跳ね、落ちる癖のある字を追い続け、ある個所で目が止まった。
読み違えたか、と少し前から辿るが、やはり文章は変わらない。
「なー、やっぱヘン? どっかおかしいか?」
おかしくはない。
言葉選びが口語に近いことと、充てられる漢字が少ないことを差し引けば、新聞部の部長がいったような文章にはならない。
しかし。
「おかしいとこあったら直してくんない? 俺、もう書き直すのヤだー」
気にし過ぎなのかもしれない。自意識過剰であるのかもしれない。
花形は勝手に身の内に湧き上がってくる熱に弱り、空いていた左手で口元を隠した。
「やっぱ笑ってんじゃん!」
背後から肩越しに藤真が自分と顔を並べた。
息遣いを至近距離に感じて、動きが止まる。
「どこだよ。そんなウケる?」
シャープペンシルの先を置いていた箇所を藤真の目が追う。
「あーここか。…だってホントのことだろ。俺はおまえが、」
そこで藤真は口の動きを止めた。
纏う空気が瞬時に変わったのを肌で感じる。
それでも藤真は自分のすぐ隣から顔を引くことはしなかった。
「…なあ。おまえは?」
吐息のような言葉が耳に直に伝わってくる。
「おまえは…どう、思ってる?」
もう原稿用紙に羅列された言葉のことではないのだろう。
自分のすぐ右隣りに並ぶ男の顔が見れない。
いつものように笑って返すことができない。
「俺は、おまえが…」
永遠にも思える時間が流れたように感じられたが、実際のところは1分も経っていたのか。
口を開くと、重なった肩が揺れた。
「おまえを、」
「おーいたいた! 新聞部が記事まだ出来ねーのかってよ!」
教室の扉が乱暴に音をたてて開かれ、顔を覗かせた高野が大声を張り上げてきた。
すぐ隣にあった存在はあっけなく離れて、何事もなかったようないつもの藤真の声が上がる。
「今、花形に添削してもらってんだよ。終わったら届けるっつっといて」
「花形に見てもらったんならマチガイないな。どう、いけそう?」
「…ああ。まあ、いいんじゃないのかな」
適当に漢字と言い回しを変えて、原稿用紙を目の前に立てると、それを高野が横から引っ張っていった。
「どらどら」
「おいっ! おまえは読むな!」
「あっ! なんでだよ! 花形は読んだんだろ?」
高野の手にあった原稿用紙を奪い返して、藤真は教室の出口に向かった。
「直してもらったんだから花形はいーの」
その背を見つめて、花形は大きく息をついた。



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