翔陽バスケ部誌





海から浜辺に戻ると、高野達と陣取って広げたはずのレジャーシートが見当たらなかった。
見ればその背後にあったはずの海の家も、形や色や呼び込みをやっているバイトの顔が違うような気がする。
花形は眼鏡の上に手で庇を作って日差しを遮り、潮の流れを考えて検討をつけ、見覚えのある海の家を右手遥か彼方に見つけた。
「あれ? あいつらは?」
背後から続いて上がってきた藤真がキョロキョロと首を動かす。
花形の傍にパラソルを広げていた女の子の二人連れが藤真を見つめて口を開き、ひそひそと話を始めた。
「うん、大分流されたな。見えるか?」
「んんー? どれ?」
パラソルを避けるふりをしてその肩に腕を乗せて引き寄せ、「あそこだ」と指さした。
「って!」
乗せた腕の下の肩が熱くて、花形は驚いて腕をどけた。
「真っ赤だな」
「マジか。海の中、結構いたんだなー」
「日焼け止め塗ったか?」
「やだよ。焼きたいじゃん」
目の端に女の子達がクスクス笑いながら立ち上がるのが見えた。
肘で互いを突きながらちらちらと藤真を見てくる。
「うぇーあそこまで歩くのかー。砂あっちいんだよなー。ビーサン履いてくりゃよかった」
「海から行くか」
「お、ナイスアイディア!」
花形の言葉に藤真は持っていた特大の浮き輪を抱え直すと、また海に向かって真っすぐに走った。
勢いを止めずにそのまま派手に海に飛び込む。
「あー…行っちゃったー…」
残念そうに呟いた女の子の声が花形の耳に届く。
藤真の後を追おうとすると、「あのー」とそこから声がかかった。
顔を向けると、自分の胸よりも低い位置の女の子の目が驚いたように大きく開かれた。
「なにか?」
「あのー…わたし達も二人なんですけどーよかったら、」
「仲間と来てるので」
花形はそれに平坦に言い置いて背を向け、海へと向かった。
ザブザブと大股に波に分け入っていくと、浮き輪の穴に腰を入れて波に浮かんだ藤真がニヤニヤしている。
近づいていくと藤真の足がバタバタと海を蹴り、顔にしぶきが飛んできた。
「なにナンパ? なんだって? なんて誘われた?」
聞いていながらこちらが答える間もなく、飛んでくる海水は止まない。
花形は無言で浮き輪の周りに巡らされた縄に手をかけた。
「なんだよ~。教えろよ~!」
藤真は後ろ向きに引っ張られながら、届かなくなった足に代わって空いた両手で海面を叩き、またバシャバシャと海水を投げてくる。
自分の背も大分熱を持っているようで、かけられた水はむしろ冷たく気持ちいい。
胸の辺りの高さまで沖合にでると遊ぶ人影はほぼいなくなって、そこから目標となる赤い屋根の海の家を目指して浮き輪をひっぱりつつ、浜辺と平行に花形は歩き始めた。
波に体が揺らされ、砂に足がとられる。浮き輪に乗った藤真はじっとはしてくれない。
なかなかにいい鍛錬じゃないか?
そんなことを考えながら一歩一歩進む。
「『お食事でも』って? 『一緒に遊びませんか』?」
花形が無言を通すと、さらに降りかかってくる海水の量が増えた。
藤真の乗った浮き輪が乱暴にゆさゆさと左右に揺れて、花形の手を離れた。
「あっ! こらー置いてくなー」
そこに一際大きな波が来た。
振り返った目の前で、波に飲まれた浮き輪の上の藤真が、大きく一回転して海に落ちた。
ポコン、と大きな浮き輪が浮かび、花形はそれが流れていかないように手を伸ばして縄を引き寄せた。
重たい。と、手にした浮き輪に目をやると、反対側の縄が引っ張られて、浮上してきた藤真に脇腹辺りに頭突きを受けた。
不意をくらってよろけたところにまた波が来て、今度は花形が波にのまれる。
目の前に浮き輪の穴にくぐった藤真の足が見えて、花形は浮上した。
あ、と気づいて顔に手をやると、浮き輪の間に眼鏡を持った真顔の藤真がいた。
「なんで隠すんだよ」
海水の滴る目を覆った前髪がうっとうしくて、両手でかきあげて頭の上に撫でつけると、花形は藤真の持つ自分の眼鏡へ腕を伸ばした。
もう少しで手が届く、というところで、揶揄うように眼鏡は遠ざけられる。
「隠してはいない。あれはおまえ目当てだった」
「うそつけ」
「嘘ついてどうする」
「だっておまえ、」
藤真は言いかけた言葉を飲んだ。
「外したまんまでいれば」
手に持った眼鏡を藤真は自分の顔にかけて、浮き輪の上の両腕に顔を乗せた。
「…海から出るまで」
その伏せられた顔に手を伸ばしてそっと眼鏡を外そうとすると、藤真がまた口を開いた。
話していた内容を変えた言葉を紡ぐ声は低く潜めているようで、外そうとしていた花形の手が止まる。
「パンダ焼けになるぜ? 俺がかけててやるよ」
「目が悪くなるぞ」
「目ぇ瞑ってる。ちゃんと連れてけよー」
そう言うと、藤真はさっさと目を閉じた。
海から浮き輪に乗り出した肩が赤い。
それへ海水が被ってはすぐに乾いて、水滴を弾く。
藤真は肌を灼きたいようだったが、きっとまた赤くなってそれで終いだ。
花形は藤真ごと浮き輪を引き寄せて、それを先頭に体を浮かべてバタ足で動かし始めた。
顔を上げた海の上には入道雲が浮かんでいる。
頬に藤真の髪から流れ落ちた水滴が垂れる。
夏はまだ終わらない。


design


1/3ページ