how am I to know?
幼馴染みの話しはいつでも唐突で現実味がない。
南は隣のカウンターからドヤ顔を晒して、自分を見やってくる岸本を胡乱な目で見て、カウンターの上のグラスに手を伸ばした。隣のコースターの上にはもう何杯めとも忘れた大ジョッキが乗っている。
こいつが華奢な脚のついたグラスを傾けているところなんか見たことない。
いや、あるか。
『彼女がコレモンで』
自分の腹を大きくさするジェスチャーをして、気恥ずかしそうに嬉しそうに顔を緩ませた後輩のチームメイトの結婚式に出席したときに、そういえば飲んでいた。あれだって自分で選んだわけではない。後輩の隠し芸に腹を抱えて笑っていた時に、背後からウェイターに飲み物の種類を聞かれて、適当に指差していただけだ。後から目の前に置かれたワイングラスを見て、「なんやこれ」とか理不尽に文句を言いながら、味わう間もなく呷っていた。
それが。
「イケルと思うねん。都市型ワイナリー」
どこから来るのか毎度不思議に思う根拠のない自信を口にして、また大きな手が大きなジョッキを掴んで空にした。
都市型。
ワイナリー。
どっちの言葉も岸本が口にすると違和感しか残らない。
この幼馴染みはそうは見えないが実はまあまあのボンボンで、父親はそこそこ名の知れた外食チェーン店のオーナーだ。30手前になって、おまえもそろそろ店の一つもやってみろ、と言われたと思えば納得もいくが。
それでも。
ワイナリー。
ないだろ。たこ焼や餃子とわけが違う
「冗談も休み休み言え」
そっけなく言って、こちらも空になったグラスに気づき、近くを通った店員に手を挙げて、「同じの」と頼む。
「あ、俺ワインにしといてや」
今更。
南は眉をしかめてスルーした。岸本は気にすることもなく、「この赤のボトル一本!」とメニューを指して店員の背に大声を上げる。
「一本? いい加減にしとけや。おまえ大ジョッキ何杯空けてんねん」
「ビールはアルコールの内に入らん」
ため息をついて、それにも南は取り合わない。確かに岸本はザルどころか、その網目もない枠とあだ名がついた男で、飲んだ後にも人の厄介になっているところは未だ見たことがない。対して自分は飲めないわけではないが、悩みがある時に酒を過ごせばあまり思い出したくもない、頭を抱えるたくなるような失敗を繰り返す。特にこいつの前では二度と飲み過ごしたくない。
二つ、目の前のカウンターに置かれたグラスを見て、「俺は飲まれへん」、と南はそっけなく突き返した。
「まあ、そう言わんと」
人の言葉など聞かない岸本が、店員が下げようとしたグラスを奪い返す。
「板倉、おったやろ」
ついさっき思い出した後輩の名を上げられて、南は岸本を流し見た。
「あいつのばあちゃんな、柏原の方にデラウェアの畑持っててん。でも誰も後継ぐもんがおらんのやて」
デラウェア。
話の流れでなんとなくそれがぶどうの品種か何かであることはわかるが、岸本の口から出るとやっぱり違和感しか感じない。
「ああ、あいつも就職したしな」
卒業後はバスケときっぱり手を切って、地元の企業に就職した後輩の息子はもう10歳近くになるはずだ。
「板倉のばあちゃんとこだけやない。あの辺り後継者問題や資金繰りやなんやで、畑潰すとこ多いんや」
南は隣の幼馴染とチャリを飛ばした小学生の頃を思い出した。柏原が目的地だったわけではない。そのふもとの病院に、入院していた友達を見舞いに行こう、と岸本が言い出した。少ない小遣いなんかマンガや駄菓子ですぐに消える子供同士、電車賃をケチって、親には内緒で冒険気分で飛び出した。
1時間近くかけて辿りついた病院には子供だけでは当然入院病棟に入れてはもらえず、目的が果たせず引っ込みがつかなくなった小学生男子が、目の前の高い所に上りたくなった、というのが柏原に登った理由だった。
こんなとこにぶどう畑があるんや。
それが正直な感想で、坂道を漕ぎ続けた足を投げ出して座り込むと、吹き抜けていく風が汗をかいて火照った体に気持ちよかった。幼馴染みは隣でつまらなさそうに大欠伸をしていて、勢いよく南の隣に寝っ転がって目を閉じた。南は目を細めて深呼吸をし、体を起き上げると、おもちゃのような大阪の市街が遠く見渡せた。
「で、昔っからのワイナリーもどんどん潰れてって折角ぶどう育てても引き取り手に困るんやと。そこで考えたわけや」
「おまえは考えんなや」
「一緒にやってくれへん?」
目の前の運ばれてきた、地元の地名が洒落た横文字で印字されたエチケットが貼られたボトルを南は見た。それからゆっくりと、そのボトルに手を伸ばした岸本に目をやる。
こいつ今なんて言った?
説教のスルースキルは今まで通り。それでいて、こいつは俺の耳を疑うような言葉をいつも、突然、繰り出す。
南は動揺から言葉を選べない。
「おまえがおってくれたら頑張れると思うねん」
ホント、アホなことばっかり。
なのに、カウンターの上に置いた自分の手に重ねられた大きな手を振り払えない。
「…まだ残務処理あんねん。すぐこっち戻ってこられん」
今季いっぱいで関東のチームから首を切られた。
ついでに付き合っていた男とも別れた。
心機一転、拾ってくれた地元の二部チームでやり直そうとしていた出鼻をこいつに挫かれる。
「うん」
「…バスケは止めない」
「うん、止めるな」
全部全部知ってるクセに、当たり前みたいな顔して、こいつは両腕を広げて俺を待ってるという。
「ホント、アホやな、おまえ」
「うん。ごめん」
岸本は南の手を握りしめた手とは逆の腕を伸ばしてボトルを取り上げ、二つのグラスに並々と、溢れんばかりに赤い液体を注いだ。
もしかしたらこいつもあの丘で過ごした時間を、ずっと忘れずにいたのかもしれない。大欠伸をしていたくせに。
仕方ない。
ワインの注ぎ方をさえなってないやつを一人にはしておけないだろ。
南は温かさで動けない利き手はそのままに、左手でグラスを持って一口、舐めた。
「えぐい。甘い」
深い。
すぐりの味。
それからオークの香りがする。
もっと時間をおいて、開いた方が絶対美味い。
そんなことをこれからこいつの傍で言えたらいい。
end
オマケ
元カレとカレシの会話(南は出てきません)
「うん、なかなか美味しいなぁ。もうちょい盛りがサービスされてたら言うことないんやけどなぁ」
「食って飲んだらさっさと帰れ」
「冷たいなぁ。あ、この白、もう一杯」
「まいど。…南は今日は来ないで」
「うん、知ってる。確認してきたから」
「…なにしに来てん」
「なにって。元チームメイトが店開いたって聞いたら行くやん」
「国体はチームメイトに入らん。勘定書きここ置いとくで」
「いやー…あいつ…どんなかなーって。…やっぱり気になって」
「…そんなん南本人に聞けや」
「うん、ごめん。僕もまだまだやな。勇気が出んくて」
「見た目は変わらん。相変わらず忙しそうにしとる。ここにもあんまり来れんし」
「そっか。…岸本はあんまり聞かないんやね」
「おまえら二人のことやからな」
「うん…。あ、もう一杯」
「まだ飲むんか。ええ加減に、」
「いい店やね~。今度チームメイト連れてくるわ。連中、ごっつい体通り飲むわ食うわで」
「飲み放題コース5,000円から承ります。別途料金で個室もご用意させていただきます」
「別料金かい。そこは友達のよしみで」
「誰が友達や。明日もあるんやろ。もう帰れ」
「これだけ飲ませて」
「ホラ、店のおごりや」
「わぁ~! デッカイ! 美味しそうな牡蠣やな~。おおきに~」
「…ほんま連れてこいよ、チームメイト」
「うん。…なぁ…幸せにしたってな」
「おまえに言われるまでもないわ」
「…うん。あ、次、赤ね」
「もう帰れ」
・とか言いながら岸本は自慢の赤と、それに合わせて牛頬の赤ワイン煮込みとか出してあげます。
・岸本は料理は作らない。普段はぶどう畑か地下の醸造所にいて、気が向くと2階のレストランに顔を出すオーナー。
・倉庫を改装したとこでさー、吹き抜けててレストランから醸造所を見渡せるとよいな~。
・最上階のだだーっ広いワンルームに住んでる。ベンチプレスとかもある。もちろんベッドはキングだお♡
・南が恥ずかしがるから、1階裏手からスタッフに会わずに直岸本の部屋へ行けるよ♡
・ワイン通販してくれ
記事で読んだ都市型ワイナリーは地下が醸造所、1階が物販店舗、2階がレストランだそうです。よいな~♡行きたいな~♡コ口ナいなくなったら絶対行く!!
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