bounce






 弛緩した体の上でほぼ同時に達した仙道が止めていた息を吐いた。目が合うと少し下がった目尻が笑んで強調され、それが堪らなく愛しくて首に両腕をかけて引き寄せた。力なく倒れてきた体を抱きしめて、舌を絡ませる。少し乾いた冷たく感じられる口内が行為に没頭していた証のようで、それもまた愛しい。
 続いたキスで脇についていた肘から力が抜けて、遠慮がちに乗せられた仙道の全体重を体で感じた。隙間なく合わせられた胸から腹、ペニスから腿、膝、足首。首にかけていた両腕を背中に回して更に自分の体に貼りつかせて、その重みに言葉では言い表せない充足を感じ、牧は溜息をついて目の前に来た首に唇を寄せた。
「…重くない?」
「俺を誰だと思ってる?」
 首筋の匂いで肺を満たし胸筋を使って出来る限り大きく膨らませると、「ふっ」と、抑えきれないような小さな笑いが上がった。
 両手を腰まで滑らせていくと、虚脱していた体に力が戻った。だが尻を握った両の手は止められることはなく、伏せていた顔が上がって悪戯そうな光が目に宿った。
「…今日は俺が王様じゃなかったの?」
「王様は奉仕されていればいい」
「こわいなぁ」
 そんなことは露ほども思っていないだろう声に逆に煽られるようで、片手を背中に回して上下を入れ替わった。
「まじで?」
 少し驚いたように瞠られた目に見上げられて、溜飲が下がって牧は笑った。
「嫌か?」
「どっちの方向に行くのか考えてる」
「どっちがいい?」
 跨った体の上から締まった腹に手をつくと、潤んだような目に熱を持った笑みが浮かんだ。
「そりゃーキモチいい方」
 それに牧は口の端を引き上げただけで答えず、体を倒して目の前の尖りに舌を這わせた。





「牧さんさー」
 部屋を出ようとしてところで呼ばれて首だけを振り向かせると、ベッドの上で腹這いの仙道が自分の腕に顔を埋めてこちらを見ていた。何も纏っていない、長い手足を持て余した白い体が闇に浮かんで美しい。思わず目を細めて眺めるていると、意識したような顔が笑って横に倒れた。
「実際のとこどっちがいい?」
「どっちとは」
「だからさー、上?か下?」
「ああ」
 何を言うのかと思えば。
「あまり考えたことがないな」
「うっそ。マジ?」
「おまえは?」
「やっぱり上かなー。あ、牧さんが上手くないとかいうんじゃないよ?」
 気になることを言う。
 牧は体を返してベッドサイドまで近づいた。
「…よくなかったか?」
「だから違うって」
 枕に突っ込んだ顔の傍に座って、剥き出しの肩を撫でてから口づけた。
「俺、あんたを抱いてるときが一番安心できるから」
「安心?」
「うん」
 仙道は牧の手を取ると、言葉は続けずにしばらく見つめてからその甲に口づけた。気障な仕草のそれではなく、子供のような頑是なさを感じて牧は反対の手で仙道の頭に手をやった。目を閉じた仙道は見た目は子供というよりも機嫌のいい大型動物のようで、髪を撫でられるがままになっている。
「なら、今度は俺は鮪になってる」
「それはヤメて」
 軽口を叩けば仙道は他愛なく笑い転げた。かと思うと不意に笑いを止めて真っすぐに見上げてくる。その唇が何を紡ぐのか、と待っていると、一言「今度は外で会いたいな」と呟いて、視線は外れた。
「本戦中は無理だろう」
「え、俺CSも出るけど」
 現実的にしか考えられない自分の言葉を仙道は本気の混じった冗談に変えてまた笑う。自分には思ったままを言えばいい、と考えるのはこういう時だ。少し考えて牧は提案した。
「今度の月曜日はどうだ?そっちも休みじゃないのか?」
「マジ?いいの?!」
「ああ、プレゼントは気に入らなかったようだし」
 包みが開けられた状態で放置されている小箱に目をやる。
「違うって。それは気に入った。でも朝の情報番組かなんかで決めたでしょ。俺も見たもん、多分それ」
 確かに朝出かける時につけっぱなしのテレビから聞こえてきた、春に人からもらった財布に変えると運が上がるとか言っていたアナウンサーの声が耳に残っていた。それを鵜呑みにしたわけではないが、話題程度に口に乗せて手渡すと仙道の顔が曇った。迷った挙句に聞き流した情報で決めるほどに、そろそろ誕生日にプレゼントする物にもネタが尽きてくるほどの付き合いの長さだった。だが、お互いに今の生活を続ける限り一緒に過ごせる時間は限られている。
「釣りは勘弁な」
「ハハ、考えとくよ」
 言い置いくと仙道は顔をまた腕の中に伏せた。寝ている内に行け、ということなのだろうが今日はこの部屋から、仙道の傍から離れがたく感じ、牧は髪から伏せた首筋に手を滑らせた。背筋を辿って背中に降りると僅かに背が揺れた。
「もう明日になっちゃったよ。前日はやんないんでしょ」
 試合がある前日にはセックスはしないとは牧が自分で言い出したことだった。体の負担を考えてのことだったが、所属するクラブ同士で直接戦う試合がない日にしても、二人同じリーグに在籍する選手としてモチベーションの問題もある、と考えていた。それには仙道も賛同していたが、「ああ、気が変わった」と返すと、驚いたような顔がベッドから持ち上がってから破顔した。
「やっぱり俺今日は王様だな」
「誕生日は終わったけどな」
 しばらく背中を滑らせていた手を引き、仙道の背後に寄りそうように横になった。
「じゃあバレンタインの分だ」
 背筋を唇で辿ると、撓った裸の背が笑いで揺らいだ。






end
1/1ページ