time remembered






成型されたばかりの空の段ボールを仙道から受け取り、牧は積んである段ボールを避けて、「そっちお願いします」と言われた方向の、机の置かれた6畳間の部屋の隅に足を向けた。
机の足元に大きな埃が床に固まっているのが目について、あとで掃除機だな、と頭のメモに書き止める。
既に机の上はあらかた物は片付いており、念のため上から開けていった抽斗の中にも物は入っていなかった。
「机の中はもう何もないぞ」
「あ、うん。その脇のラックお願いしてもいいですか?」
「ああ、こっちだな」
机のすぐ脇に置かれていた棚には大きいものはなかったが、まだ本が少々と細かい物がいくつか残っている。
タイトルを見ると本はほとんどが大学で使われていたもののようだった。
卒業を待たずに特別指定選手として秋から拠点をそのクラブチームがある地方に動かすための引越しだが、卒論指導以外の単位はあと2つ3つ残すだけだと仙道は自慢気にしていた。これだけの量はまだ必要なのか?と判断に困り、牧は後ろを振り向いた。
「この本は大学の教科書とかだろ。いるか?」
仙道は座りこんで洋服類を雑に段ボールに放り込んでいた手を止めて、何かを思い出したように顔を顰めた。
「あー…そうだ、後輩にやる約束してて忘れてた。脇によけといてください」
「了解。じゃああとは適当に詰めてくぞ」
「すみませーん。助かります」
重そうな物や頑丈そうなものから段ボールに詰めて、ラックの上の段に腕を伸ばすと何か固いものに手が触れた。
引き寄せてみると、厚紙で作られた平たい小さめの黒い箱で、それに見覚えがあるように思えて、牧は動きを止めた。
そうだ、高校を卒業する仙道にプレゼントしたものだ、と思い出す。
それまで仙道は中学入学時に親にもらったという帆布製の財布を使っていたのだが、それがとうとう小銭入れの擦り切れた部分から壊れたのだった。
牧が自分用に使うにしても少し背伸びしたように感じられた革製の財布を選んで、「プレゼント用に」と言うと店員がこの箱を出してきて、こそばゆく思いながらそれが包まれていく様を眺めていた。
その財布を仙道は愛用してくれているようなので中身は空だろうと思い、捨てるかと聞こうとすると、先に仙道から声がかかった。
「あ、それ」
「…え?」
振り向いた拍子に手を棚に当てて、牧は持っていた小箱を取り落とした。
「あっと、すまん」
「大丈夫? 手、ぶつけた?」
「ああ、平気…」
返事をしながら、落ちて蓋が開いた小箱からこぼれた紙片を拾おうとしていた手を止めた。
そこには自分がいた。
大分若い。というか幼い。

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3㎝x4㎝の紙片に、今はもう処分した制服を着て、澄ました顔で写っている自分。
思わず手を伸ばして拾うと、周りに散った紙片にも目が止まり、まさかこれはもしかして全てがアレか、と気づく。
裏返って落ちていた紙片に手を伸ばそうとすると、一足先に近づいてきていた仙道にそれを掬い取られた。
「アハ、かーわいい」
「こんなもんまだ取っておいたのか」
「捨てるワケないでしょ。これって中学校入学の時のだよね。あ、違う。そっちがそうか」
牧は手に持った紙片を覗き込んできた仙道から隠した。
「なに、今更。もうじーっくり見ちゃってますよ」
「目の前で見られるのはわけが違う。もうこんなもんいらないだろ」
牧が床に落ちていた他の紙片も集めようとすると、仙道は慌てて先に紙片をかき集め始めた。
「何言ってんですか。俺がもらったもんですよ。それも返して」
仙道は牧が持っていた箱を奪い取り、かき集めた紙片をそっとその中に入れた。
「はい、それも」
牧が持っていた最後の一枚に向かって、にっこり笑って仙道は手を伸ばした。
仙道の言った通り、中学入学したばかりの自分で、見ていると気恥ずかしくて顔が赤くなってくる。
渋々と紙片を乗せた手のひらを仙道に向かって広げると、仙道は幸せそうな顔をしてそれを受け取り小箱に収めた。
その笑顔を見ていると、そばに本人がいるじゃないか、と多少つまらなくなってくる。
口に出せば自分が子供のようにも思えて、牧は口を噤んだ。
これを見つけられた時のことも覚えている。
はじめて仙道が自分の実家の部屋に遊びに来た時のことだった。
その時は二人とも高校生で、まだ付き合ってはいない頃だった。
なぜだか仙道と外で偶然出会う機会が増えて、そのためなのかどうなのか、仙道は随分自分に懐いてきた。
きっかけは忘れたが、その日も仙道に押されて自分の家の部屋に上げたのだった。
自分の部屋に他校生の仙道がいるという不思議さと、なぜ感じるのかわからないおかしな緊張感で、牧はぎこちなく自分の部屋の中に突っ立ったまま、珍し気にキョロキョロと部屋を眺める仙道の姿を目で追っていた。
仙道は落ち着きなくウロウロと部屋を歩き回り、事前にきれいに片づけた机周りを大袈裟に褒め、本棚の前に立って並べられた本に感心したような声を上げ、壁にかけられたカレンダーに書き込んだ予定を一つ一つ読み上げた。
「あ、これ生徒手帳? へー、海南の生徒手帳初めて見る」
そりゃそうだろう。他校の生徒手帳なんか俺も見たことがない。
そう思いながら、牧は生徒手帳が置いてあったベッド脇の小さなテーブルの前でやっと足を止めた仙道の傍に寄った。
「まあウチと似たような作りですね」
適当にパラパラと手帳を捲っていた仙道の手が止まった。体の動きまで止まり、不思議に思ってその手元を覗いこむと、証明写真が貼られたページを仙道は真剣に見つめていた。
「うわー…やっぱりカッコいいわー。キリッとしてんなー」
ブツブツ言いながら仙道はずっと手に持った手帳を見ていて、牧はその横顔に自室の中だというのに、また所在がないような思いに捉われた。
自分の写真などをまじまじと見られているから居心地が悪いのだ、と結論づけて、「俺ばっかりズルい。おまえのも見せろ」と言うと、「えー俺の?
つまんないっすよ?」と仙道は渋るような声を上げた。
「いいから見せろ」
強めの命令口調で強請ると、仙道はなぜだかうれしそうに笑い、「えーどこやったっけかなー」といいつつ、着ていた学ランを探り、内ポケットに手をやってようやく見つけて取り出し、「はい、どうぞ」と差し出してきた。
その学ランと同じように少し色の薄い青い色の手帳を受け取り、牧は仇を取るようにまず写真を見た。
「ぷっ。なんだおまえこれ」
「あっ見せろって言っといてヒドイ。笑うことないじゃないっすかー」
そう言いながら仙道の少し下がった目尻も楽しそうに撓んでいて、牧はそれに瞬間見惚れた顔を慌ててまた笑いに変えた。
「だっておまえ、これ」
眠そうな重い瞼の仙道がそこには写っていた。視線もまともにカメラの正面を向いていない。
「撮られた次の瞬間にあくびが出たんですよ。だって長いんだもん、カウント取るの」
いーち,にぃーい,さぁぁーーーん、でパシャっと撮られるのとフアァーってほぼ同時で。
欠伸を真似して見せる仙道の顔に、引っ込みかけた笑いがまた漏れる。
その時の事が簡単に想像できて、目の前の写真と合わせて、今度は本気で笑いが止まらなくなっていると、すぐ傍に立つ仙道がニコニコと笑って自分を見ているのに気付き、牧は笑いをおさめて小さく咳払いをした。
「よくこれでオッケーになったな」
「ねえ、牧さんこれだけ?」
「なにが」
「生徒手帳。ってか証明写真。とってあったりしません?」
「…どうだったかな」
「あーあるんでしょ。見せてくださいよー」
「面白いもんじゃない」
「俺のだけ笑っといてズルイー。見せてー」
ブーブーと唇を尖らす仙道に、渋るほど大したものではないな、と考えて牧は机の抽斗から小さいビニール袋に入ったそれを取りだした。
「わー!これ!もしかして中学生?!」
海南は中学からの一貫教育校で、男子の制服は高校に進学しても変わらずに、ネクタイの色だけが変わる。
取っておこうという明確な意思があったわけではないが、なんとなく写真を捨てることも出来ずに、今年で最終学年、すでに6枚目だった。
「あんまりまじまじ見るな」
「無理無理。うっわ…かわいい…。ハーフの子みたい…。いつからいったいこんな…」
「老け顔に、って言いたいのか?」
「そんなこと言ってないじゃないですかー。イケメンにって言いたかったんですよ」
笑顔のままの仙道が自分を見る。
イケメンというならこいつの顔だろう。
長い睫毛の下の瞳が、笑いを含んだまま自分を覗き込んでくる。
「おまえに言われてもな」
「え、牧さん俺イケメンって思ってくれてます?」
近いな、と思った。
仙道の漆黒の瞳に写った自分が不思議だった。
それがだんだんと大きくなって、気が付いた時にはもうキスをされていた。
「…あそこはキスをする場面だったか?」
仙道が写真をしまい入れた箱を受け取り、段ボールの中に詰めると、牧は常々頭に浮かんでいた疑問を口に出した。
そのおかげでいまの自分達があるわけだが、それにしてもあの時のあれは唐突に思えた。
「え、どの場面?」
「ほら、おまえが初めて俺の部屋に来たとき」
「え? 初めてエッチした時? だってはじめはやっぱキスからでしょ?」
「違う! あー、実家の俺の部屋だ」
「あ? あー…初チュー! 懐かしいなー」
そう言ってまた仙道の目尻が撓む。そうすると優しい顔立ちが余計に際立つのだ。
あの時と同じように。
まるで自分をとても好きだ、と告白されているように。
牧は眉間を寄せて厳しい顔を作った。そうでないとまた仙道のペースに乗せられそうに思えた。
「だって牧さんかわいかったから」
「はぁ? 中学一年の時の写真と高校生の俺じゃ別人だろう」
「違う違う。その時の牧さん。高校3年生の牧さん。俺が好きになった牧さん」
「え?」
「やっぱり気がついてなかった? 俺一生懸命アタックかけてたのに」
「そうなのか?」
そうだったのか?
外でやたら仙道に出会う偶然が重なるな、とは思っていた。
偶然が重なって仙道に会うことが多くなって懐かれて、いつの頃からか自分の目が仙道を追うようになって、強請られて内心心臓が悲鳴を上げているのを宥めながら家にあげた。
「やっぱりー! 気がついてなかったか」
撓んだままの仙道の瞳が自分を見る。
この瞳がいつも自分を見ていればいい。
そう思ったのは、きっと部屋にあげる前からだ。
「海南の校門前で張ってた時も『偶然だな!』って。もうあり得ないでしょ」
「あれもそうだったのか。すごい偶然だと思ってた…」
「なわけないー!」
言いながら腹を抱えるように体を折って仙道は笑った。目尻から涙までこぼれている。
「うん。だから俺、」
それを指で擦りながら、また仙道の顔が近づいてくる。
「部屋に入れてもらえて舞い上がって、もうこれはここで勝負かけないとって必死だった」
「そ…うか…」
「うん」
額に、自分より少し高い位置にある仙道の唇を感じた。
鼻にまたキスを受けて、顔を持ち上げると、唇にそれは来た。
チュと軽く音をたてて、追おうとした唇が離れていき、代わりに悪戯そうな目が覗き込んでくる。
「受け入れてもらえてすごくすごくうれしかった。牧さんは? いつから俺のこと好きになってくれたの?」
「…どうだったかな」
「あ、ズルい。教えてくださいよー」
「忘れた」
「それは忘れてない顔でしょ。ねぇ、いつから?」
キスされて拒否しなければもうその時には好きになっていた、とは考えないのだろうか。
仙道が向かう地方のチームは、牧が所属するクラブチームとは地区も異なった。
高校で対戦して仙道を知り、一緒に戦いたいと密かに願っていたら自分の大学に仙道が来て、今またプロとして離れていく。
それが頼もしくもあり、寂しくもあり。
牧は無言で鼻を寄せる仙道を見上げた。
目が合うと困ったように眉が下がる。
「…今はキスしていいタイミング?」
仙道と付き合うようになってわかったことがある。
自分などより余程恋愛に長けているような顔をしていて、実は仙道はとても繊細で臆病だ。
真剣な瞳は自分の許しを待っているようで、牧はふっと笑って仙道の後頭部に手をやって引き寄せた。
「聞くな」
唇を合わせるようにして囁くと、仙道は牧の好きな笑みを顔いっぱいに刷いた。





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こちらは床に落ちた高校生の牧さんに焦点が合った学生証です。
梅園さん、こちらまで描いてくださったの…!!もう優し…優しい~!!(´;ω;`)
梅園さんのサイトではクリック一つで、中学生の牧さんと高校生の牧さんを見つめられるからそちらで堪能されてください~。
顔を少しづづ変えられていてちゃんと同一人物なのよ~?!このかわいい子がこんないい男になるのよ~?!生命の神秘…✨✨

そしてそして下には更に天使が…!✨✨
なんとなんと小学生の牧さんです…。しもうはこちらを見て犯罪者になりそうになりましたよ…。
こんなコがいたらどうします?!しかも成長したらあの牧さんですよ?!神に感謝…( ノД`)💓💓

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